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    HOME5 この世に生を受けてからは伯爵と。伯爵が滅殺されてからは、師匠と。ツェッドがライブラに加入するまで、まともに会話を交わした経験があるのは、この二人のみである。半魚人であるツェッドが人界と関われるわけがなく、長らく秘境暮らしをしていた彼にとって、HLは初めて触れる人間社会だ。毎日が目新しい刺激に溢れている。
    「ハイ、ミスタ。今ちょっといいかしら」
     しかし同時に、対処法がわからず困惑しきることもしばしば起きた。
     例えば、今。一人で昼食を食べに飲食店へ行ったら、向かいの席に見知らぬ女性が腰かけてきた。
     社会経験の乏しいツェッドだが、ライブラ以外の人間と一切関わりがないわけではない。外食先で店員と雑談を交わすぐらいはするし、道を聞いたり聞かれることもある。しかし、初対面の人間といきなり腰を据えての会話は、そうそうない。
     女性は画家だと自己紹介した。人界では見られない、異界存在を描きたくて、この都市に来たと。
    「こういうのも、一目惚れ……って言うのかしら。私、どうしても貴方を描きたいの」
     だからモデルをやってくれないかしら。もちろん、バイト代は出すわ。
     思ってもみない申し出に、ますます困惑させられた。
     醜悪とは言わないが、半分は人でありながら、およそ人とは呼べない外見をした半魚人。兄弟子はツェッドを見るなり吹き出して「葛餅だ」と笑い転げていたが、あれはまだマシな方だ。もっと心無い言葉を浴びせてくる人類もいる。そんな己が、好意的に評価されるなんて、本当にあり得ることなのか。
     表情がわかりづらいと言われるツェッドでも、戸惑っていることが伝わったらしい。女性は苦笑して、名刺を取り出した。
    「これ、私の連絡先。あと、アトリエの住所も書いてあるから、気が向いたらぜひ遊びに来て」
     強引に迫ってくる女性でなくて助かった。名刺を受け取り、ツェッドはほっと息をつく。
     そのまま立ち去るかと思いきや、女性はそのまま注文するものだから再び身構えてしまったが――食事中は些細な雑談をするだけで、食べ終えれば穏便に別れることができた。生みの親であり、育ての親でもある伯爵と、かつては芸術を語らっていたツェッドだ。師の元で修行をしていたころは芸術とはとんと縁がなく、誰かと絵の話をするのは久しぶりだった。モデルになることに興味はないが、女性と話すのは素直に楽しい時間となった。
     そんな楽しい気分は、兄弟子の下品で厭らしい顔を見た途端、霧散した。
    「ようお魚クンよ、なーに色気づいちゃってんの」
     ツェッドは不覚にも、見晴らしのいい窓際のテーブルにいた。そこを、事務所に向かう途中だった兄弟子に見られてしまったらしい。
    「少し雑談しただけです」
     我慢するときもあるが、今日は肩に乗ってきた手を払い落とす。
    「カマトトぶっちゃって、イイ女だったじゃねえか。俺ァばっちり見たぜ、連絡先までもらってたろ、見せてみろや」
    「どこからどこまで見てたんですか、貴方は」
     悪趣味極まりない。兄弟子の下賤な視線に気づけなかったことが悔やまれる。
     何が何でも他人の個人情報を掠め取る気なのか、わざわざ血法まで使おうとしてきたから、瞬時にソファを挟んで距離を取る。こんなのが己の兄弟弟子なのかと思うと、あまりの情けなさに眩暈を起こしそうだ。
     視界の端に、黒いものが現れた。
    「ふぎゃ」
     靴が遠慮なく銀髪を踏みつける。
     質量希釈も解いているのか、兄弟子はそのまま床と濃厚なキスをさせられた。数度足裏を丁寧に擦りつけてから、チェインは床に降りたつ。
    「ジェントルマーマンを口説いてたのに、アンタみたいな万年発情期の銀猿に茶々入れられる彼女の気持ちにもなってみなさいよ」
    「口説かれたわけじゃないです」
     ツェッドの訂正はスルーされた。
     チェインはソファに腰掛け、隣に座りなさいと叩いて促す。
    「それで? その彼女さんはどこの誰で、何の話をしてたの?」
     聞き方に雲泥の差があるが、実際の内容は兄弟子とそう変わらない。まさかこの二人、こんなときに限って結託しやしないだろうな――ツェッドは身震いする。
    「オラ白状しろや。あわよくば交尾まで狙ってんだろ? ――お」
    「ちょえーっす」
     執務室のドアが開き、小柄な少年が入ってきた。レオの頭越しに、細身の少女がいるのも見て取れる。
     タイミングが良いのか、悪いのか。二人の乱入は、ツェッドにとって吉と出るか、凶と出るか。普段ならばまったく害のない二人に、ツェッドの身体に緊張が走る。
    「……何の話してるんスか?」
     入って早々、異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。ドアを開けたまま、レオは室内に入るのを躊躇してみせた。
    「良いタイミングだ、女男」
     床に寝そべったまま兄弟子が指を鳴らす。ご指名に水希は露骨に顔を歪ませた。既にろくでもない話題だと察したらしい。
    「生きた嘘発見器くんよ、その能力でちょいとそこの魚類がむっつりなことを証明してくれや」
    「なに言ってんの?」
     路地にへばりついた吐瀉物を見るような目で、兄弟子を見下ろす。
     次いで、ツェッドを憐れむ顔で見た。
     おそらく、いま彼女はツェッドの脳内を読んで、経緯を把握しているのだろう。一々話を聞くのが面倒なとき、彼女はそうすることが多い。口頭の応酬よりも、ずっと早いからだ。読まれることに抵抗があるときもあるけど、今に限っては説明することすら馬鹿馬鹿しい話なので、ツェッドも助かる。
     水希が能力を使うとき、読まれている側は何も感じない。何もだ。相手に些細な違和感も与えず、頭の中にあるものを暴く。便利で、敵ならば恐ろしい力だ。
    「は?」
     青い目が見開かれる。
    「ツェッドさん……その女、どこで知り合ったの?」
    「何? 知り合い?」
     女性の特徴は、写真もなしに、口頭だけで説明するのは難しい。しかし精神感応力ならば、ツェッドの記憶に残る女性の姿かたちを、水希はそのまま知ることができる。水希はその顔を、知ったような口ぶりだった。
     しかし、「その女」とは。攻撃的な言葉使いだ。
    「先ほど、外で声をかけられたんです。絵を描いてるそうで、モデルになってくれないかと」
     なあんだ、絵のモデルか。チェインがつまらなそうに呟く。レオも発端は把握できたのか、へえと頷いた。
     その一方で、水希の顔がみるみるうちに強張っていく。目が泳ぎ、執務室奥のデスクの方へ視線が走らされた。スティーブンのデスクだが、今は不在だ。
    「番頭なら出かけてんぞ」視線の意味をいち早く察した兄弟子が教える。「何だ。その女、何かあンのか」
    「パパの……」
    「パパ?」
     水希の口から初めて聞くワードだ。と言っても、この中でツェッドは一番彼女との付き合いが短いので、不思議なことではないが。
    「知り合い……だと思う。その顔、見たことある気がする」
     兄弟子とチェインの顔つきが変わった。踏まれてから寝そべっていた上体を起こし、頭を搔く。その目に剣呑な光が宿った。
    「関係者か」
    「たぶん……。だって、ツェッドさんにわざわざ声かけたんでしょ?」
    「え、はい。その、あまり怪しい感じはしなかったのですが……」
     生い立ち故、ツェッドは対人関係の経験に乏しい。もちろん、他人への警戒心はあるけれど、目の前にいる人間に裏があるかどうか察知することは得意ではない。
     女性への悪い印象はなかった。けれど、それが演じられたものではないと、言い切ることはできない。
     そんなツェッドだから、水希と組まされることが多いのだろう。彼女を前にすれば、どんなに巧妙に隠された悪意も、筒抜けになるから。
    「スターフェイズさんはいつ戻ってくるんだったか?」
    「予定が長引かなければ夕方。リーダーが温室にいるはず」
    「ん。――魚類」
    「はい」
    「さっき、連絡先もらってたよな。貸せ」
    「どうぞ」
     先ほどは固辞したが、今はからかう意図でないことは明らかだ。素直に手渡す。
     名刺を一瞥し、兄弟子は水希を促して温室へ向かった。取り残されたツェッドは、同じく事態を把握できていないらしいレオと顔を見合わせる。彼も、水希の父親のことは知らないらしい。
     ほぼ同時に、説明を求めてチェインを見た。
    「あの子の父親――」
     ふう、と一息。
    「異界人を排除する団体にいたのよ」
    「え……」
     レオが息をのむ。
     ツェッドは、ライブラに加入したばかりの頃を思い出す。水希と組ませると言ったスティーブンに、ザップは問いかけていた。
     ――……大丈夫なんスか? だってアイツ。
     スティーブンが「大丈夫だろ」と言い切っていたから、ザップが何を言いかけたのかわからずじまいだったが。今になって、理解した。
    「……先ほど、あの女性は関係者、と言ってましたよね。その割には、それらしい敵意は感じませんでしたが」
     むしろ、絵のモデルを依頼するなんて、好意的な発言だ。
    「表向きはね。紐育だったこの街から、化け物を追い出そうって運動するだけの組織なんだけど。裏では、だいぶあくどいことをしてた」
    「と言うと」
    「罪のない異界人を殺したり、人身売買したり。そういうところ」
     気が向いたら遊びに来て。女性の誘いを思い出し、ぞっとする。
     あれはもしや、ツェッドをおびき出そうとしていたのか。そう簡単に相手の意のままにされる斗流ではないが、その悪意には怖気が走る。
     この街に来て、口さがなく悪口雑言を浴びせられたことは何度かある。しかしこれは、初めて向けられるタイプの悪意だ。
    「もしかして、水希もそこに……?」
    「だって、あの子の能力はそういうことに向いてるもの」
     ツェッドは水希と組むようになって、しばしば思うことがある。
     敵に回したくない能力だと。
     他人の心を読み、手で触れずに物を動かせる力。証拠を残さず、相手に抵抗する隙も与えず、好き勝手にできる能力。それらを悪用したら、止められる者はどれほどいるだろう。少なくとも、ツェッドには無理だ。血法を使うより先に、彼女はツェッドの頸椎を折ることも、内臓を握りつぶすこともできる。
     そう考えると、ライブラですら、彼女を食い止めることは難しい。
     HLの廃倉庫の一つ。調べたところ、物件の所有者は紐育崩壊時に行方不明となったらしい。それを良いことに、犯罪組織が居座った。
     怒号と銃声が響き渡る中、水希と捉えた男を引き連れて、スティーブンは奥へと進む。男は拘束していない。具体的に言うと、ロープや手錠と言った、目に見える手段では。抵抗して逃げれないよう、水希が念力で男を浮かせて、一緒に移動している。男は最初は驚き足をばたつかせていたが、体力も尽きて為されるがまま。
     どれだけ性能も威力も高い兵器を集めで武装しようと、扱う人間そのものを遠距離から操れる念動力者には敵わない。おまけに水希には、精神感応力まである。肉眼で敵を捉えずとも、壁の向こうに対象者がいるとわかれば、念動力で捕らえることができる。どちらか片方だけでも手ごわい能力なのだから、最強の組み合わせだ。
     一年半前。チェインがいなかったら、水希によってライブラは壊滅の危機に晒されていたぐらいだ。
    「この先かな」
     厳重な扉を前に、男へ振り返る。
     扉のわきにはタッチパネル。鍵穴は見当たらないから、このパネルに英数字を打ち込んで、開錠するわけだ。
    「パスワードを教えてもらおうか」
     男の口元が歪む。苦悶を滲ませているように見えるが、言うまいと反抗的に口角を上げたようにも読み取れる。
     胸中がどうであれ、男に選択肢など残されていないのだから、スティーブンは一向に構わない。
     男の腕が上がった。己の指が伸ばされる様を、男は茫然と見つめる。目には見えない力に抗っているのか、指先が震えていた。
    「あんまり無理に動かすと、折れるよ。下手したら、ちぎれちゃうかも」
     水希の忠告に、男はひっと喉の奥で悲鳴を上げる。
     念動力で動かされるまま、男の指がタッチパネルを押していく。男の脳内から読み取ったはずのパスワードを水希自身で入力しないのは、きっとパネルには指紋認証も設定してあるのだろう。
    「う、裏切り、者が……」
     男の顔に脂汗がにじみ出る。
    「化け物共の味方など、正気の沙汰じゃ、ない……っ」
    「僕らは世界の均衡のために戦ってるんでね」
     人類を守るために異界存在と戦うこともあるが、絶対的に人類側につくわけではない。世界を脅かす存在であるならば、人類であろうと容赦はしない。
     ましてや、人類よりか弱い異界人を捕まえては売り捌いていた連中へかける慈悲など、持ち合わせちゃいない。彼らの醜悪さの方が、よほど化け物じみている。
     軽い電子音の後に、扉が開いた。
    「スティーブンさん。こいつ、どうする?」
     わざわざ水希がここで聞くということは、この先、男は不要ということ。
    「それじゃ、ここら辺に転がしておこう」
     途端、男が床に落とされる。無様に転がった男が逃げられないよう、凍らせた。と言っても、倉庫はライブラの人間が包囲しているから、逃げ場は残されていないが。
     中へ進む。
     照明は、センサーで発動するらしい。スティーブンたちが足を踏み入れると、ライトが室内を照らす。
     倉庫には様々な異界人がずらりと並んでいた。
     正確には、異界人の遺体だ。
     まるで、生きた姿で。
     剥製となって。
    「誰か生存者はいるかな」
     意識があるものなら、水希は生きた者の思考をキャッチできる。しかし何も感じ取れないようで、首を横に振る。その青い双眸は、確と哀れな犠牲者たちを見つめていた。
     かつては加害者側にいた自覚があるのだろう。悪夢のような光景に顔を青白くしても、決して目を逸らさない。
    「うん……そうか。せめて、遺体だけでも家族の元へ帰してあげよう」
     足が止まった。同じ種族の異界人が数人、まとめて並べられている。大人サイズと子どもサイズで、どれも似通った顔立ちだ。もしかしたら、一家全員殺され、趣味の悪いオブジェに変えられてしまったのかもしれない。
    「ツェッドさんも……」
    「うん?」
    「ツェッドさんも、こうなってたのかな」
    「彼らはそのつもりだったろうね」
     今、そのツェッドたちが急襲し捕まえている剥製師たちにその認識があったかどうかは不明だが、彼は世界で唯一の個体種だ。多種多様の種族に溢れるHLであっても、彼と同じ外見の者は存在しない。希少性の高い剥製を作り上げ、どこぞの悪趣味なコレクターに売りつける算段だったのだろう。
     HL内だけでも頭の痛くなる話だが、外界には存在しない生き物の剥製への需要が、外にもあるらしい。幸い、外へ流出される前に阻止できた。しかし街の中ではすでに売買された被害者もいるため、取引相手を探して回収せねばならない。
    「ま、アイツはそう簡単に見世物になる男じゃないさ」
     行方不明とされていた被害者たちは見つかった。あとの対処は警察がする。もうこの場に用はないと、水希の肩を抱き、室外へ促す。
     細い肩は震えていた。
     母親と弟は霧の彼方に消失し、地獄のような街に父親と二人きり。そんな子どもが選べる道など、限られている。
     それでも、異界差別主義へ走った父親を見限れず、悪事に手を貸してしまった水希の罪は、決して軽くない。いっそ父親のように、異界へ絶対的な憎悪を抱けたのなら、楽でいられただろう。しかし彼女はそこまで愚かになれなかった。
     そんな少女だから、スティーブンは命を奪わず、彼女を保護し、生かすことを覚悟したのだ。
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    2023/01/21 0:00:05

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    番頭の養女夢
    ツェッド視点
    ※オリ主/名前変換なし
    #オリ主 #夢界戦線 #夢小説

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