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    HOME8<三年前>

     辺りは濃霧に覆われ、さらには崩壊したビル群の粉塵まで加わり、視界は最悪。道路の至る所が陥没し、瓦礫が積み重なっていることもあるため、スティーブンが運転するジープはゆっくり走らされている。どれだけ進んでも霧の中から現れるのは、未だ崩壊し続けている紐育の街並みだ。
     長年築き上げられた文明がことごとく破壊され、牙狩り本部へ連絡を取ろうにも携帯は通じない。繋がったところで、異界存在との関わりが長い牙狩り組織であっても、未曾有の事態だ。打開できる案が出てくるとは思えない。そもそも、この被害の規模が紐育に留まっているとも限らないのだ。スティーブンがこぼした通り、全世界中で同じ現象が起きていることは考えられた。
    「泣き止んだようだな」
     スティーブンが呟く。
    「ああ。よく眠っている」
     視線を落とす。先ほどまで元気に泣いていた赤ん坊は、腕の中で静かに眠っていた。
     はたして、この街に安全な場所など残されているのか。誰にも保証はできない。しかし、ほどなくして、比較的形を保ったままの建造物を発見した。中央に設置された十字架が、何の施設かわかりやすく示している。そこは、総合病院の一病棟だった。頑丈な壁の内側なら、身を隠せる場所は多く、飛来物も防げる。赤ん坊の世話に必要なものも揃っているだろう。
     足元は、重力を無視した地面に支えられており、不安は残るが、クラウスたちは院内へ足を踏み入れた。
     辛うじて死を免れ、ある程度移動できる者たちが考えることは、一緒なのだろう。中は、生存者で溢れていた。人の集合体にいること、怪我人たちの治療に追われる忙しさ。それらでどうにか平静さを保ち、秩序が維持されているようだ。
     ふと、ロビーの一角に目が留まった。人が集中している。
     中心には、子どもが二人。生き写しのようにそっくりな顔立ちが並び、一目で双子だとわかる。だが身体付きや、重心のかけ方がわずかに違う。一見すると一卵双生児のような二人だが、片方は少年で、もう片方は少女だろう。
     その双子に向かって、大人たちが拝んでいるようだった。半日以上前から続く異常事態に疲弊した感覚をもってしても、異様な光景だ。
    「あれは?」
    「君達が来る少し前に避難してきた連中だ」
     医師が疲れたように首を振る。
    「我々と同じ境遇の避難者だし、謎の生き物たちの死骸サンプルを提供してくれたのは彼らだ。無下にはできんが……恐怖で正気を保てなくなったらしい。見ての通り、非力な子どもを担ぎ上げている」
     可哀想な双子は、少なくとも正気を保っている。大人たちの必死さに圧倒され、ぎこちなく顔を見合わせ、居心地が悪そうだ。遠巻きにしている他の避難者たちは、彼らの異常さに触れるのを恐れているのか、顔を逸らしていた。
    「その死骸サンプル、見せていただいても?」
    「構わん。こちらだ」
     去り際に、再び双子を一瞥する。
    「スティーブン。後で彼らにも、サンプルを手に入れたときのことを聞こう」
    「あの子たちに構うつもりか、クラウス」
     スティーブンが息を吐く。
    「僕らでも狂気は相手にできない。言葉は通じないぞ」
     彼の言う通りだ。
     避難者たちが正常な判断を下せない状況にあるのは理解できる。しかし今は子どもたちに拝んでいるだけで害はないが、エスカレートするようなことがあれば、どんな行動に移すかわからない。そうなった場合、さらなる苦境に立たされることになるのは、あの子たちだ。
    「──だが、異形たちを殺したのか、それとも偶然死骸を拾ったのかぐらいは、聞く価値はあるかもしれない。発見した状況は、僕も知りたいね」
     それは遠回しのイエスだ。クラウスは頷き、医師の案内についていった。
     死骸は体構造を調べるために解剖されていた。説明する医師が解剖した張本人だが、未知なる死骸を前にすると顔を青くする。曰く、地球上の生物とはまったく異なる生き物だと。
     そのときだ。
     派手な銃声が響き渡った。一発ではない。ひっきりなしに撃ち続けられている。おそらく、病院に到着したクラウスたちをはじめに迎えた、入り口で警備を務めていた男たちのものだろう。
     何者かと戦闘している。
    「みんな!! 建物の奥へ移動しろ!!」
     院内の奥へと患者たちを誘導する医師と別れ、スティーブンと連れ立って人並みに逆らう。悲鳴は続いているが、銃声が止んだ。それが意味することを考え、ナックルを握りしめる。
    「水希!!」
     甲高い声が鼓膜に刺さる。
    「助けて! 私たちを助けて!」
    「お願いだ、さっきも俺たちを助けてくれただろう!」
    「外の化け物を倒してくれ!!」
     先ほど見かけた双子の一人に、大人たちが詰め寄っていた。ひきつった顔で怯える子どもに、もう一人の兄弟が庇うように抱きしめている。
     足先を変更した。背後でスティーブンが「おい」と呼んだ気がするが、ずんずん突き進む。
     事態は逼迫している。今にも入り口から何者かが侵入するかもしれず、子ども一人を構う時間的猶予は残されていないかもしれない。
     しかし、子どもが危険な外に追い出されるかもしれないのに、見過ごすことはできない。無駄な生贄を差し出すようなものだ。
     クラウスは人並み外れた上背を持つ。さらに鍛えているから、筋肉の厚みが加算され、人の注目を集めやすい巨体である。他の避難者たちはほぼ奥へと逃れ、閑散としてきたロビーを突っ切ってきた大男に、パニックになっていた大人たちは口を閉ざした。
     肩を叩かれる。
     スティーブンだ。
    「僕らもその子たちと外に行く。君たちは、早く奥へ逃げるんだ」
     大人たちが黙り込んだだけあり、彼の声はよく響いた。
     ぽかんとクラウスを見上げるままの大人たちに、今度は「早く!」と一喝する。この場にこれ以上留まるだけでも危険だと、ようやく頭に浮かんだのだろう。子どもたちに見向きもせず、一斉に駆け出す。
     ロビーには、四人だけが残された。
    「君たちは」
     青白い顔で立ち尽くす双子の肩を、スティーブンが優しく叩き、顎で受け付けの方を示す。
    「あそこの陰に隠れているんだ」
     でも、と一人が声を上げる。
    「おじさんたちは? 隠れないの?」
    「心配いらない」
     微笑もうとしたが、先ほど小さな女の子に同じようにしたら、泣かれたことを思い出す。代わりに拳で胸を叩き、己が戦える人間であることをアピールする。
    「アタシ──」
     もう一人が口を開く。
    「ここを護らなきゃ」
     身体は震えている。けれど芯のある声で、そう告げた。こんな状況でありながら自身を見失わない気丈さが感じ取れたが、こんなに細い体躯のか弱い子どもが言うのは、ただの無謀だ。
    「大丈夫。僕らはプロだ。僕たちがここを護る。だから君たちは、お互いに兄弟を護るんだ。いいね」



    <現在>

     信じられない気持ちで、かつて霧に紛れて姿を消した病棟を見上げる、クラウスの隣で。不意にかかってきた電話に応答していたスティーブンが、クラウスを呼ぶ。
    「学校からだ。授業中に、水希が飛び出したらしい」
     思い出すのは、一年半前。
     ライブラが用意したアパートの一室へ軟禁していた水希は、HLPDの留置所にいる父親に何かが起こったと騒ぎ立てた。彼女を監視していたチェインが確認したところ、ほぼ同時刻に父親が殺されていたことが判明した。
     超能力者ゆえか。彼女は時折、離れた場所で起きる何かを感知する。
     再び、記憶に残るものとはやや変貌したブラッドベリ総合病院を見る。
     もしかしたら。
     弟と共に行方をくらました病院の出現を、水希は感じ取ったのかもしれない。
    「GPSは」
     スティーブンがスマホの画面をクラウスとレオに見せる。
     彼女の位置を示す光は移動していた。まっすぐに、こちらへ向かって。
     徒歩のスピードではない。自転車よりずっと早い。彼女はまだ若く、車の免許は持っていないはずだ。これはおそらく、念動力で自身の身体を動かしている。危険だからと滅多に使わない手だが、彼女の移動手段の一つだった。己の肉体も、物体だ。人一人の身体を浮かせることなど彼女にとっては造作もないことで、宙を飛べば信号などの足止めもないから、車より早く移動できる。
     先ほど、三年ぶりに会った医師に、中で待っていてくれと言われたが。クラウスたちはその場にとどまり、GPSの動きを見守た。
     最初に気づいたのは、人間の肉眼では不可能な距離まで見通す眼を持つ、レオだ。「あっ」と声をあげて、彼方を見る。
     やがて、クラウスの眼も、水希の姿を捉えた。
     細い体躯が、地面に降り立つ。
     水希の顔は強張っていた。
    「スティーブンさん……」
     常日頃から、学業を疎かにしてはいけないと言い聞かせているスティーブンだが、この時ばかりは何も言わなかった。
     弟との再会は、彼女の悲願だ。どんなにこの街は危険だ、家族はライブラで探すと言い聞かせても、彼女は頑として譲らず、この街に留まり続けた。
     水希の視線が反れる。
     病院から、誰かが出てきた。
     中性的な顔。細い肢体。生き写しのように、水希にそっくりな少年。
     子どもたちはほぼ同時に走り出していた。
     しがみつくように背に腕が回り、水希の足から力が抜ける。少年もつられて、二人で膝をついた。
     泣き声が上がる。
     絶望的だった、姉弟の再会だ。
     同時に、それは別れの合図だった。
    「ただいま」
    「おかえりなさいませ、旦那様」
     血界の眷属との思わぬ戦闘があったが、諱名を読めるレオナルドがいたことにより、さして激化することはなかったため、身体はあまり疲れていない。しかし、今日は早く眠りたい気分だった。
     卓上には、スティーブン一人分の夕食が並んでいる。今日は水希の分は不要だと、あらかじめ連絡していたからだ。
    「水希さんは、今日は泊まりだそうですね」
    「ああ」スティーブンは微笑みを作る。「水希の家族が、見つかったんだ」
    「まあ!」
     見た目は人類と離れているが、その所作は人類らしい。ヴェデッドは触手を合わせ、顔を輝かせた。
    「それは、まあ、本当に──」
     彼女は子を持つ母親だ。家族と離れ離れになっていた水希のことを、いつも気にかけてくれていた。目を潤ませ、言葉を詰まらせる彼女は、我がことのように喜んでいる。
     水希の弟。そして二人の母は──三年前のあのときは、怪我を負って治療を受けていたらしい──無事だった。と言っても、母親は他の患者たちと同じく、病院への侵入を許してしまった食獣動植物によって、人繭状態にあったが。今、エステヴェス医師たちが全力で治療しているから、時期に元気になるだろう。
     元気になれば……。
     水希を、家族の元へ帰さねばならない。
     超能力を持つのは水希だけ。弟と母親は、普通の人類だ。まさか一般市民が平穏に暮らすことすら難しいこの街に、定住するわけがない。崩壊によって何もかもを失ってしまった母子家庭では苦労するだろうが、外界での暮らしを望むはずだ。スティーブンだって、それを推奨する。
    「とりあえず今日は、家族の元で泊まりだけど、明日はここへ戻ってくると思うから」
     食獣動植物によって多数の被害者が出たが、弟は被害を免れた。弟が襲われる前に、水希が超能力で応酬し、病院外へ追い出したからだ。止めを刺そうと、弟を院内に残して水希だけ外に出てしまったことで、三年間もの別離になってしまった。
     この三年間、彼はあちら側に移った病院に、住み込みで働いていたそうだ。もちろん、知識も資格もない少年にできる範囲で。長年牙狩りに属するスティーブンですら未知の世界だ。さぞや心細い思いをしていただろうが、医療スタッフたちに看護知識を教えてもらいながら、彼は頑張ってきた。人界に帰ったら、看護師を目指したいのだと、笑いながら語っていた。
     少し話しただけでも、明るく、気持ちのいい少年だと感じた。水希からは「見た目はそっくりだけど、性格は正反対」と聞いていたが、想像以上だ。彼の傍なら、水希も寂しい思いをしないだろう。
    「ええ、お祝いに水希さんの好物を作りましょうね」
    「頼んだよ」
     仕事を終えたヴェデッドを見送り、スティーブンだけが残された。
     温かな夕食に手を付ける。向かいの空いた席が、自然と視界に入った。
     次いで、視線をダイニング全体に走らせる。
     室内の至る所に水希の私物があり、彼女がいた形跡が残っている。それらがすべて消えてしまった後の光景を──水希がこのアパートメントで暮らす前と同じだ──思い浮かべようとしたが、上手く想像できない。
     いつかはその日が来るとは思っていた。しかし、予想していたよりも早く訪れた。
    「寂しくなるな……」
     その呟きを拾う人間はいない。
     一年以上、一緒に住んでいたのだ。腹黒、冷血漢と呼ばれる男でも情が湧くし、生活の一部になっている。
     寂しさはある。アパートが今まで以上に広く感じることになるだろう。
     けれど彼女が外の世界で、平和に穏やかに過ごしていくのなら。世界の均衡を守るために、スティーブンはこの街で戦い続ける。スティーブンが血を流すことで、水希が暮らす外界を守れるというのなら、やりがいもあるってものだ。
     だいたい、大切なものなど作る予定はなかった。この家は、彼女にとって宿り木のようなもの。本当に帰るべき場所ではない。
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    2023/02/11 0:00:00

    HOME8

    番頭の養女夢
    クラウス視点
    ※オリ主/名前変換なし
    #夢界戦線 #夢小説 #オリ主

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