Hello,shining!4 熱気。熱気。熱気。
咆哮のような歓声、紙吹雪のように舞う紙幣。フェンスに四平を囲まれたリングを中心に、人類と異界人がひしめき合う。
そこは、地下闘技場だった。
「地下闘技場です。ザックリ言うと、賭けをして殴り合うんです」
貴族のお坊ちゃん育ちのクラウスは、耳にしたこともないだろう。レオの説明に、興味深げに頷いている。
レオも実物を見るのは初めてだが、HLの地下闘技場は、レオが知るものよりもえげつない。外の世界のものなら人間対人間だが、ここでは種族や体格の隔てはなく、象のように大きな異界人が人類を殴り倒している。
対戦者たちはもちろん、観戦者も揃いも揃っておっかない容貌をした奴らばっかりだ。
なぜレオとクラウスが、こんな血生臭い場所へ足を踏み入れたのかと言うと。
ザップからの(嘘くさい)ヘルプ要請のためだった。
いったいなにがあったのやら、不特定多数の者たちに銃や刃物を突き付けられた状態で、殺されそうだから助けに来てくれと連絡してきたのだ。どう見ても胡散臭さMAXだったのだが、クラウスは疑うことを知らない男だ。レオに案内を頼み、ザップが指定した場所へ直行した。ちなみに、他のメンバーもレオ同様端から信用せず、誰もついてこなかった。
「ザップはどこだろう」
つい対戦の激しさに目を奪われていたレオだが、目的を思い出してぐるりと観戦席を見渡す。ザップの特徴的な銀髪は見当たらない。
「……えっ」
誰よりも高性能な眼が、一人の人類を探し当てる。
「いたかね」
「い、いえ。ザップさんじゃないんですけど……」
視線でも感じたのだろうか。
くるりとその人物──水希が、レオの方へ振り向いた。レオの顔を見止め、片眉を上げる。怒号交じりの歓声にかき消されたが、その口が「レオナルド」と動いたのがわかった。
血気盛んそうな観客たちに「すいません、すいません」と頭を下げながら、水希の方へ向かう。平時ならこんな物騒な人混みに入るのはごめんだが、今はクラウスが一緒にいる。危ない奴に絡まれても、助けてくれるだろう。
「何でこんなとこに?」
「小遣い稼ぎ」
確かにこの街はどこもバイト代が安っすいが、だからと言ってなにもこんな所で賭け事なんてしなくても。
「って言うか、年齢的にアウトなんじゃ……」
「それブーメラン」
ごもっとも。
と言っても、レオはクラウスの付き添いのような形で、中に入れてもらえたのだが。水希も誰かに連れてきてもらったのだろうか。それとも、上背があるし、年齢確認されなかったとか。
水希はつと視線を上げる。レオの背後にいるクラウスを見たのだ。B級映画に出てくるモンスターのような異界人がうようよいるこの空間でも、七フィート近い巨体を持つクラウスは目を引く。
レオはここに来た目的を思い出す。
「ええっと、俺たち、人を探してるんだけど──」
「人?」
「銀髪に褐色肌で、君と同じぐらいの身長……いや、もうちょっと高いかな? 人類なんだけど。見てない?」
「ああ……」
水希は首を捻る。
「何回か、そんな人見たことはあるけど。今日はまだ見かけてない。関係者のとこにいるとか?」
関係者以外立ち入り禁止区域か。入れるのだろうか。
「失礼。そこはどこに──」
クラウスが問いかけようとした瞬間、強烈な光が彼を照らした。
*
「ワーオ」
試合の白熱っぷりに、レオの隣で観戦する水希が口笛を吹く。
おそらくザップの差し金なのだろう。ザップに助けを求められて駆けつけたはずのクラウスが、なぜかリングの上に引き上げられ、屈強な異界人たちと試合をすることになってしまった。もちろん、素手で。
対戦者たちは、どいつもこいつもクラウスより大きく、頑丈そうだ。レオだったら、最初の人型甲殻類のような異界人相手だって、一発も殴れる気がしない。殴れたところで、あんな硬そうな殻に全力で拳をぶつけたら、こっちが怪我をする。しかしクラウスは、どいつもこいつも瞬殺でKO。だてに世界を何度も救っちゃいない。
「すごいね、アンタの……連れ? 本当に人類? その、純粋な」
「いやーはは……サイボーグとかじゃないし、一応生身の人間だよ……」
中々失礼な質問だけど、気持ちはわかる。
この街じゃ、戦闘サイボーグの人間は珍しくないが、クラウスにそんな仕込みは一切ない。血法という不思議な能力はあるけれど、試合では未使用。
武器もなしに、種族の壁を越えて素手で勝ち抜ける人間なんて、普通じゃ考えられない。
「チャンピオンまで倒しちゃったじゃん」
対戦はもう終わりのはずだが、観客たちは最高の盛り上がりを見せている。
こんな物騒な場所に、小柄なレオだけ取り残されて些か不安だったが、杞憂なようだ。誰もレオのことなんか気にしちゃいない。皆が皆、クラウスの雄姿に釘付けだ。
「水希、こういう所が好きなわけ?」
意外って言うほど彼女のことを知っちゃいないが、それでも意外に思えた。
「いや、そうでもない。うるさいし。もう次からは行かないかな」
ちょっと安心した。こんな所、細っちい人類が出入りするのは、どう考えても危なすぎる。
「けっきょく、探しに来た人は見つかったの?」
「あ、それはまだ。どうせザップさんのことだから、無事だろうけどね」
クラウスが強制的に試合に参加させられたのは、十中八九、ザップが裏で糸を引いてるんだろう。ザップのことだ、借金でも積み重なって、その埋め合わせのために誰よりも強いクラウスを呼び出して、興行を盛り上げようとしたのだ。
「ザップって言うんだ、あの人」
「知ってるの?」
「声かけられたことがある。迷子とでも思ったみたい」
あのクズな先輩にも、良心というものがあったらしい。
「けっこう賭けに勝ってたからかな。ついでに集られそうになった」
前言撤回。やっぱりクズだ。クズが服を着た生き物だ。
見ず知らずの女の子の掛け金を狙うだなんて……。
「なんかゴメン……」
ザップ本人じゃないが、申し訳ない気持ちになった。
「あ」
ザップのどうしようもない思惑による対戦も終え、無事に事務所へ戻ったレオは、一応事の顛末をスティーブンに伝えた。呆れかえった様子を隠そうともしない副官への報告を終えたレオは、思い出したようにソファに座るザップを振り返る。
「ザップさん、水希にまでカツアゲしようとしたんですか?」
「あん?」
帰り際にクラウスにこてんぱんにされてぐったりしていたザップが、だるそうに顔を上げる。
記憶をたどるように、視線が宙を漂う。
「あ、あー、あの女男か」
だから女男じゃなくて、男女……も違った。
チェインは汚物を見るような目でザップを睥睨する。
「ほんっと、どうしようもないクズよねあんた。女の子にまでカツアゲするなんて」
まあ普段から愛人たちからのお小遣いで生活を送っているヒモではあるが。しかしそれは好意で受け取っているものであって、強奪ではない。レオは被害者代表と言っても差し支えないぐらいザップから金を盗られているが、まさか女子まで同じ目に遭わせているとは思わなかった。ハッキリ言って、見損なった。
「ばっか、違えよ」
ザップは否定するように手を振るが、誰もが蔑むような視線をザップに送り続ける。
「あの女男、他の賭博場にも顔出してたんだが、イカサマ疑惑が上がってんだよ。で、探るように頼まれた」
「イカサマぁ?」
「あんたがじゃなくて?」
「あのなあ!」
ザップは凄むが、実際、この男はイカサマ博打を何度もやってる常習犯だ。疑いをやめないレオたちは悪くない。
「疑惑持たれるような、怪しいことでもしたのか? 例のお嬢さんは」
「やけに勝ちすぎてんすよ、あの女」
「そんなの、偶然じゃないんですか」
葉巻を咥えながらザップは首を横に振る。まあ、偶然勝ってるぐらいの勝率だったら、店だってわざわざ探りを入れさせやしないだろう。
「証拠はねえが、ありゃ間違いなくやってるな。声かけてみたが、やってない奴の反応じゃない。イカサマ慣れしてねえ」
どうやら水希に声をかけたのは、賭けに勝ってる人間から巻き上げる目的じゃなかったらしい。それもあったかもしれないけど。なにせザップさんだから。
しかしこんな危険と隣り合わせの街で、イカサマ賭博なんて。バレたらただじゃすまない。
ザップ曰く、まだイカサマ慣れするほどじゃないようだけど。せめてザップほどクズに堕ちていないことに安堵するべきか……。
「証拠はなし、ねえ……。外ならともかく、この街でバレずにやるとは、大したもんだ」
「ディーラーとグルってわけでもなさそうだったし」
「ディーラーって、なにしてたんだ、彼女」
「ルーレットとかっすね。カードも偶に」
ザップとスティーブンの応答に、レオは段々現実味を失っていく。
どんなに親しくなくとも、同郷で育った同級生が立派な非行少女になっていることに、ショックを禁じ得ない。
「しっかし、最新式の武装兵だって簡単におっ死ぬこの街で、どうやってあんなガリガリ女が生きてんですかね」
まったくだ。
身体能力は並であるが特殊な眼を持ったレオだって、ライブラというバックアップがあってこの街を生き延びているのだ。
どうして彼女みたいなヒョロイ女の子がHLで生活できているのか疑問は尽きない。その問いはブーメランになる自覚があるから、直接本人には訊けないけど。
薄々察せる。レオの眼のように、彼女にも秘密があるのだと。
レオが暴かれたら困るのと同じで、彼女だって不用意に踏み込まれたくはないだろうことも。