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    Hello,shining!6 HL。不条理で無慈悲、平和とは程遠い狂騒の街。
     人界と異界がごっちゃとなった混沌の街に居を据えて、早半年以上が経つ。魔道や呪術なるものが実在すると聞いた水希はてっきり空を箒に乗った人間が飛んでたりするのかと思っていたが、そうでもなかった。某魔法学校を舞台にしたファンタジー映画のような光景の想像を裏切り、実態はB級パニックホラー映画。モンスターものの映像を撮りたければ、CGを使わずともこの街でなら手っ取り早く撮影できる。
     賭博場で稼いだ金で、壊した部屋の弁償を済ませた水希は、大家と別れた。
     きっちり支払ったことで大家は留飲を下げてくれたが、水希への印象は悪くなっただろう。
     幸い大きなトラブルに発展することはなかったけれど、引っ越した方が良いかもしれない。
     生まれつき備わっていた念動力の暴走は、今までにも何度かあった。この街で、アパートの部屋が吹っ飛ぶなんて日常茶飯事だし、その原因も千差万別だから、そうそう怪しまれることはないとは思う。しかし、念には念を、だ。
     そんなことを考えながら、アパートの階段を上る。
     カンカンカン。
     精神感応力を利用して、賭博でうまく稼ぐ方法にも慣れてきた。次は今よりも治安の良い地域(安全性が高くなると、もれなく家賃も高くなる)で物件を探そうか。
     カンカン──。
     清掃のバイトは、どうするか。賭博だけで充分稼げる。でも、まともな働き先を止めたなんて弟に知れたら、勘繰られそうだし。
     カン。
     階段を登りきったところで、足を止めた。
     水希の部屋の前に、〝なにか〟がいる。
     異界生物なのは間違いない。ブツブツとした真っ黒な肌。四本脚は節くれ立っていて、手先に細い毛がびっしり、虫の脚みたいで気持ち悪い。
    「キキッ!」
     猿の鳴き声。見れば、異界生物の肩に、手のひらサイズの小さな白猿が乗っていた。音速猿だ。名の通り、いやそれ以上に早く移動できる音速猿は人間の眼で追うことはできない。自身の目ではっきりと捉えるのは初めてだ。
     水希の足音に気付いたのか、猿の鳴き声に反応したのか、猫みたいな目(三つある)がギョロリとこちらを見る。
     率直に言って、近づきたい容姿ではない。失礼だが。
     遅れて、血の匂いに気付く。
     異界生物の方からだ。よく見れば、青紫色の体液が滲んでいる。たぶん、血だろう。種別は違うが、血の匂いは人類と変わらないらしい。
    「誰? なにしてるの、そんなとこで」
     声をかけたくないが、部屋の前に居座られたら、そうしないわけにもいかない。
     異界生物の口が開く。パクパクと開いては閉じてを繰り返すが、人語らしきものは発せられない。ウサギみたいに、声帯がないのだろうか。
     敵意は感じられない。
     代わりに、水希の全身を痛覚が襲う。
    (水希)
     唐突に、頭の中にレオナルドの〝声〟が響いた。
     先日、もう会いに来るなと言ったのに。
     たった今上ってきた階段を振り返る。
     しかし、誰もいない。今レオナルドの思考が流れ込んできたのだから、すぐそこにいると思ったのに。
    (俺だよ。レオナルド。お願い。気づいて。お願い)
     思考は途絶えない。近くにいる。
     アパートに着く前なのだろうか。
    (こっちだ。水希。こっち。君ならわかるだろう)
     頭の中に強く響く。
     これほどの強さなら、肉眼でも見える距離のはずなのだが。
    (こっちを見て。お願い。精神感応力者の君なら)
     ぎくり、と身体を強張らせた。
     まさか。
     恐る恐る、部屋の前で蹲っている、傷だらけの異界生物を見つめる。
    (見た。こっちを。わかって。お願い。わかって)
     異界生物も、水希を見つめている。
    (お願い。俺だ。助けて。助けて!)
     切羽詰まったレオナルドの思考は、目の前にいる異界生物から発せられている。
     信じられない気持ちで、水希は問う。
    「まさか、アンタ……レオナルド?」

       *

     この街に来てから、レオは数えきれないほど怪我を負った。
     自分で手当てをすることもあれば、クラウスの多才な執事ギルベルトに手当てをしてもらうこともあったり。医者や看護師のように手際よく処置してくれるギルベルトはもちろん、素人のレオと比べても、包帯を巻く水希のそれはあまり器用でないことがわかる。
    「悪かったね、下手で」
     レオはなにも言ってないのに、水希は口をへの字にして包帯をぎゅっと結ぶ。
     反射的にフォローしようとしたけど、相変わらず口から出るのは呼気のみ。いや、正確に言うと、一応発声はされているのだ。人の耳では捉えられない音域で、だが。音速猿のソニックは人類より五感が優れているために、聞き分けられるみたいだけど。
    「それで?」
     歪ながらも包帯を巻き終えた水希が、胡坐をかく。
    「いったい、なにがどうなって、そんな気色悪いことになったわけ? レオナルド」
     改めて、二重の意味で衝撃を受ける。
     一つは、一枚もオブラートを被せずに「気色悪い」とはっきり言われたこと。まあ、レオも今の身体は好ましいものとは思えないが。
     もう一つは、本当に水希が目の前にいる異界生物を、レオだと認識していることだ。
     上司たちの推測は正しかった。
     水希は精神感応力者で、レオの心を読んでいる。
     きっと、今も。
    「そうだよ」
     承知の上で押しかけたのはレオだが、落ち着かない気分だ。
    「で、なにがあったの」
     二度も聞かれて、答えようにも、この身体は人語を話せない。
     しかしジェスチャーで伝えるには事情が複雑すぎる。今レオはスマホを持っていないから、水希に借りて文字を打つか、紙とペンがあるならそれを使わせてもらうか。
    「……話せないわけね」
     頷く。
    「なにがあったか、順に思い出せる?」
     ……これは、頭の中を覗くつもりか。
    「その方が早いんだよ」
     それは、確かに。きっと、そうなのだろう。慣れない身体で文字を打ったり書いたりするより。超能力を持たないレオにはわからないことだけど。
     水希に促され、レオは事の発端を思い出す。
     ピザ屋のバイトで配達をしていたときだ。もう配達予定のピザは残り少なく、それを終えればライブラの事務所に行く予定だった。同じく事務所に向かうつもりだったらしいザップが、まだバイトが終わってないのに「乗せてけ」なんて無理やり乗ってきて。商品のピザを盗み食いされないよう死守しながら、配達先に辿り着いたのだ。
     ザップを停めたバイクとともに残し、レオだけが注文されたピザを手にアパートメントへ入って行った。
     そこまではいつも通りだった。
     けれどレオが配達先を訪ねた途端、なぜかピザごと部屋の中に乱暴に引っ張り込まれ、なにやらわからぬうちに強烈な眩暈に襲われたかと思ったら(数秒ぐらい意識を失っていたかもしれない)、目の前に自分が立っていた。
     そう、自分の顔が、レオを見下ろしていたのである。
     鏡? いや、ドッペルゲンガー?
     当然、レオは混乱した。
     ニタニタ意地の悪い顔で見下ろしていたドッペルゲンガーは、事態を呑み込めずにいるレオになにも告げず、部屋を出ていこうとした。
     動転しながらも、正常な思考回路は僅かながらに残っていたらしい。或いは、優先順位がわからなくなるほど、仰天していたのか。ピザの代金を受け取っていない! なんて、今考えればそれどころじゃないことを思って、ドッペルゲンガーを追いかけようとした。
     そこで、もう一つ重大な事実にやっと気づく。
     レオが、レオナルド・ウォッチではなくなっていることに。
     繊毛がびっしりと生えた虫のような脚。ぶつぶつと凹凸の多い、黒炭のように黒光りする肌。
     どこからどう見ても人類ではない肉体。
     これはどういうことかと、いよいよ焦ってレオはドッペルゲンガーを追って、部屋の外に出た。
     外にいたのは、悲鳴をあげてザップの方へ走り寄るドッペルゲンガー。
    「助けて、ザップさん!!」
     レオの危険信号は、黄色をすっ飛ばして、赤が点滅した。
     一瞬で、己の身になにが起こったのか、そしてドッペルゲンガーの目的を悟った。
     ──違います、ザップさん! そいつは俺じゃない!
     そう叫ぼうとした。けれど慣れない舌でどうにか発音した英語は、ザップの耳に届かなかった。
     その後のことは、あんまり思い出したくない。というか、思い出せない。とにかく無我夢中で誤解したザップの攻撃から逃れて、死に物狂いであの場から去った。
     酒・女・クスリと趣味がクズの見本市のような男だが、今回ばかりはザップのクズな嗜好に助けられた。あのときザップは、大量の飲酒とクスリをキメて女性とよろしく遊んだ後のグロッキー状態で、本調子じゃなかったのだ。そうでなきゃ、レオはザップの血刃にばっさり斬られていた。
     誤解せざるを得ない状況だったとはいえ、仲間に本気で刃を向けられた瞬間を思い出し、身震いする。
     死ぬところだった。本当に。
    「なるほどね」
     水希の目は、ググりながらなんとか巻いた包帯を見ている。
    「身体の入れ替えられた、と」
     さすがなんでもアリなHLと言うべきか。
     映画で見たことあるシチュエーションが、まさか我が身に降りかかるとは思わなかった。入れ替わる相手が可愛い異性の人類ではなく、醜くひしゃげた異界生物なのが辛い。
     しかも人語でコミュニケーションできないのがハード過ぎる。レオの身体に乗っ取った誰かがいるであろう事務所に行ったところで、今度こそ事情を説明する前にプチっと殺られてしまうだろう。レオを狙ったのだから住所は割れてると思われ、帰るわけにもいかない。鍵だってないし。
     どうしよう。
     途方に暮れたレオだったが、たった一人だけ、今のレオの現状を察せるであろう人物がいたことに思い当たった。
     そんなわけで、一縷の望みを抱いて、水希の元へ来たわけだ。
     暗闇の中。
     棒立ちする己と、車椅子に収まるミシェーラ
     闇を引き裂くように、巨大な異形が現れる。
     開けた口から覗く大きな目。身体中に散らばる眼球までもが、こちらを見下ろしている。
     異形は言う。
    『選ぶがよい。見届けるのはどちらだ』
     見たこともない〝ソレ〟が、途方もない存在であることを肌で感じる。
     突如現れた神性存在に圧倒され、足も口も動かない。
     怖気づく兄より先に、ミシェーラが応えた。
    「奪うなら、私から奪いなさい」
     気高く勇敢な妹。
     レオナルドにとって誰よりも尊い彼女に、異形は手を伸ばす。
    『承知した』
     ミシェーラから視力が奪われるのを目の当たりにして、ようやく声が喉から発せられた。
     絶叫として。
    「は、あ……」
     水希は覚醒した。
     全身にじっとりと嫌な汗をかきながら。湿り気を帯びた前髪をかき分け、ゆっくり起き上がる。
     日は跨いでいるようだが、時刻はまだ夜中。朝日が昇るまで、まだ時間がある。
     奇妙な夢を見た。
     レオナルド・ウォッチとなって、妹と共に神性存在と対峙する夢。
     それはおそらく。
    (ごめんよ、ミシェーラ)
     ベッド横の床で眠っていたレオナルドの夢が、精神感応力者である水希の中に流れ込んできたためだろう。
     幼い頃、水希が実家で暮らしていた時期に、弟と同じ夢を見たことが度々あった。それと同じだ。誰かと同じ空間で眠るのは随分と久しぶりのことであったので、こんな弊害があったことをすっかり忘れていた。
    (ごめん。起こした?)
     たった今起きたばかりなので、現在の身体ではどれだけ絶叫しようが、水希の睡眠妨害にならないことが頭にないらしい。まあ悪夢に苦しむレオナルドの思考で目が覚めたのだから、レオナルドが起こしたことに変わりはないが。
    「水、飲む?」
     けれどその睡眠妨害は、水希の特殊な能力が起因したものだ。起きているときは読まないように水希も意識できるけど、寝ている間はガードが緩む。どうしようもないことなので、水希は流すことにした。
    (うん)
     シンクで、自分とレオナルドの分の水を注ぐ。
     レオナルドがHLに来た経緯は、漠然とではあるが知っていた。
     あの田舎町に住んでいた頃、レオナルドの視力が奇妙なことになり、同時期に妹が全盲になった。妹の目が見えなくなったことは近所でも話題になっていた。レオナルドの眼については当然ながら本人たちが隠し通していたので、水希以外誰も知ることはなかったが。
     夢に出てきた神性存在。
     あれが兄妹の視覚を狂わせたのだろう。
     自分のために、最愛の妹が視力を失う。
     水希は想像する。
     もし自分が同じように神性存在に選択を迫られて。弟が自分の代わりに視覚を差し出してしまったら。
     最悪の気分になるに違いない。レオが悪夢の中で味わっていた後悔や罪悪感、すべてを水希も負うだろう。
    (ありがとう)
     どうにか身体中の傷が疼かないよう気を付けつつ、レオナルドは水を飲み干す。
     レオナルドが身体を動かすたび、水希も同じ箇所に痛みを覚える。
     心を読む能力というのは、便利な面もあるが、不便なところもある。
     読んでいる対象が怪我を負っていれば、怪我をしていない水希も同じ苦痛を味わうことになる。今はレオナルドと意思を疎通するには心を読むしかないから、水希が我慢するしかない。
    (ソニックまで起こしたか。ごめんな)
     レオナルドの傍らで寝ていた音速猿も、目を開けていた。きょろきょろと水希とレオナルドを見比べて、再び目を閉じる。
     身体を奪われる場に居合わせていたからか、動物的勘か。レオナルドが普段から可愛がっているという猿は、異界生物がレオナルドであることを認識しているらしい。人生を奪われたも同然な目に遭ったレオナルドが平静を失わなかったのは、ソニックの存在が大きいだろう。
    「疲れてるんだから、もう寝たら」
    (うん)
     レオナルドも、ベッドの代わりにお情けで貸した毛布に包まり、瞼を閉ざす。
    (ミシェーラ。ごめんよ。兄ちゃん、お前の目を取り戻すためにこの街に来たのに。それどころじゃなくなるなんて)
     水希は二人分のコップをシンクに置きながら、精神感応力の知覚を広げる。
     誰かがこちらの様子を窺っている。
     三人。
     アパートの近く。
     レオナルドが神性存在に押し付けられた眼は、〝神々の義眼〟と言うらしい。その気になれば、一度見たものを探すこともできるんだとか。
     時間があまり経過すると、追いきれないようだけど、レオナルドが義眼ごと身体を奪われて半日近く。乗っ取った誰かさんが追ってくるには、十分だったらしい。
     人と言葉を交わせない身体を押し付けても、念のため口封じに来たか。それとも、なにかあったときのための人質にでもしようと、捕まえに来たか。いずれにせよ、重火器を持った仲間をここへ送り込んできた。
     どうするか。
     やることは一つ。
     水希はこの街に来て、一つルールを決めた。
     明日の命もわからない、危険と隣り合わせの不安定な街で。
     綺麗事は通じない。この街で命の扱いはあまりにも軽い。時には外界の常識を捨てる必要がある。
     敵意には敵意を。殺意には殺意を。武器を向けられるのなら、こちらも同じものを。
     〝手〟を伸ばす。
     実体のない〝手〟。アパートの壁など関係ない。すり抜け、アパートの前の通りを挟んだ向こうの路地へ。
     一人の腕と銃を〝掴む〟。そのままぐい、ともう一人の方へ銃を向ける。
    (なんだ。身体が勝手に)
     僅かな動揺。
     自然と、シンクの縁を強く掴む。
     撃て。
     引き金を〝引く〟。
     火花が弾け、敵の一人の胸から血と肉片が散った。
    (撃たれた。なぜ。痛え。裏切った? どうして。痛えよ。急に。くそ)
    (なにが起こった。撃っちまった。撃っちまった。銃が勝手に。俺はなにもしてねえ。なにも)
     激痛。混乱。怒り。それらがどっと激流のように水希の中に雪崩れ込んでくる。
     まだだ。
     乱れる呼吸を宥めながら、もう一人へと銃を構える。
    (なんのつもりだ。やめろ)
    (違う。なんなんだ。俺じゃない。避けろ)
     もう一度撃つ。
     狭い路地に固まっていたから、相手に避ける余裕などなかった。
     一発。二発。
     悲鳴をあげて、敵は倒れる。
     撃たせた敵も、恐怖に慄き、言葉にならない悲鳴をあげていた。
     最後に銃を、その口に差し込む。
    (やめろ。やめろ! やめてくれ!!)
     撃つ。
     同時に〝耳〟を閉ざす。
     それでも最期の、死ぬ間際に弾ける意識は、水希の脳に響き渡った。
     胸や腹に弾丸が食い込む焼き付くような痛みが、ぷっつりと止む。
     悲鳴や発砲音を聞きつけた誰かが通報して、夜明けまでには彼ら三人の死体が発見されるだろう。
     法律上は、人類も異界人も同じく、手をかければ殺人罪だ。けれどこの街の警察官は皆人類で、異界人が殺されても親身になって捜査する者は多くない。念動力なんて証拠の残らないもの、いかに物理的に近い距離で起こった事件であろうと、警察が水希に辿り着くなんてことはあり得ない。HLが発現する前とはいえ、七歳のときだってそうだったのだから。
     〝神々の義眼〟を奪った者でも、この一件だけで水希が超能力者であることはわかるまい。
     その気になれば容易く完全犯罪を成し遂げられる。水希の能力は、そういうものだった。
    (水希。どうかした?)
     気づけば、レオナルドが背後にいた。暗闇の中で、三つの目玉が水希を見つめている。
     水希の異変を感じとったらしい。
    (顔色が悪い。大丈夫?)
     背を、巨大な虫の脚で撫でられる。そっと、優しく、気遣うように。
     心から案じてくれてるのはわかるが、逆にもっと気分が悪くなりそうだった。
     秘密結社という言葉通り、ライブラは秘匿された組織だ。そのわりには世界の危機が訪れるたびに派手に街中で戦闘を繰り広げている気もするけど、非公式の団体である。
     水希も名前は小耳に挟んだことはあったようだが、レオが構成員だと知るまでは、都市伝説のようなものだと思っていたらしい。
     レオは当初、水希に代理でライブラへ事情を説明してもらうつもりでいた。
     しかし水希が嫌がった。
     あくどいことはしていないとはいえ危険な組織、おまけに超能力という手の内を知られてる連中と、関わりたくないと。信じてくれるかもわからないんだから、と。
     お世話になっている身なのでレオにその感覚はなかったが、一般人からしてみればライブラはそんなものなのかもしれない。おまけに人一倍警戒心の強い彼女だから、無理もなかった。秘匿性の高いライブラに、精神感応力者から接近してきたら驚くだろうし。
     ではどうするのか。
    「忘れたの? こっちは相手の考えてることなんでもわかるんだよ」
     というわけで。
     レオは水希と一緒に、外に出ている。
     昨日の今日で、当然だが、怪我は完治していない。深い傷ではないが、動けばけっこう痛い。だが我慢だ。
     ライブラに奇襲をかけるためか。ライブラの情報を得て敵対組織に売り飛ばすためか。はたまた義眼目的か。敵がどこの何者であるか、レオの身体を奪った目的、レオはなに一つ知らないけれど、ライブラに害心を抱いているのは間違いない。できるだけ速やかに身体を取り戻すのが望ましい。
     本来なら、今日レオはザップたちと共に潜入捜査をする予定だった。盗人がレオとして行動するなら、作戦に参加しているはず。不測の事態が起きなければ、任務を遂行した後は、事務所に戻って報告して解散する。
     そして一人になったところで、レオたちが接触するつもりだ。
     今、偽物はソニックが見張っている。
     水希と相談したところ、〝神々の義眼〟で知覚でき範囲は、水希の精神感応力を超えているらしいことがわかった。盗人がたった一日であの眼をどれだけ使いこなせているかはわからないが、用心のため、一人になるまでは近寄らないことにした。ソニックなら、近くでうろちょろしても不審に思われない。盗人が皆と別れたら、ソニックに教えてもらう。そういう手はずだ。もしソニックの身にまで危険が及ぶようなら、迷わずに逃げろと言い聞かせている。
    「アンタを乗っ取ったのって、人類だったんだよね?」
     事務所からやや離れた広場で、水希とレオはソニックの知らせを待つことにした。
     近くのカフェで買ったコーヒーを飲みながら問う水希に、レオは頷く。
     混乱していたのであの場にいた全員を覚えてはいないが、術をかけてきたらしい者が人類であったのは思い出せる。レオが乗り移っている異界生物は、彼らの仲間というよりは、それ用に捕捉して用意した誰かだったのかもしれない。
     常なら、過去の事象を振り返るときは、義眼に映ったものをビデオ再生のように思い出すことができるのだが、今はレオ自身の頭脳に頼るしかない。レオもコーヒーを味わいながら、再び昨日の悲劇を想起する。
     あのとき、術師と思われる男は、スマホを手にしていた。おそらくあれで魔術的ななにかをかけてきたのだろう。
    「……魔術ってさ」
     水希がテーブルに片肘をつく。
    「白いチョークとかで地面に魔法陣描いて呪文唱えるイメージなんだけど」
     わかる。レオもこの街に来るまで、そんなものだと思っていた。
     人界と異界が融合したことで、人類は異界の不思議な技術を取り入れるようになった。それと同じように、魔術も人界の科学技術を取り入れデジタル化したのだろう。現代魔術の必須アイテムは、杖ではなくスマホにとって代わった。夢のない話だ。
    「でもま、相手が人類でよかったよ」
     どうして?
    「異界人の思考は読みづらい。ほとんどが異界あっちの言葉で考えてるからね」
     それは、例えば同じ人類でも、中国語で喋るような相手だったらなに考えてるのかわからないってことだろうか。
    「そういうこと。翻訳機能なんてのはないから」
     僅かに、右肩が重みを増す。
     ソニックだ。
    「ウキッ!」
     音速猿は速さに特化している反面、身体は脆く、警戒心が強い。水希にはまだ馴れていないようで、あまり近寄らない。
    「行こうか」
     広場の時計を見る。十八時過ぎ。あたりは薄暗く、そこかしこの街灯が点灯している。
     水希はバイクを持参していた。レオは後部に乗る。
     不意に、不安が胸を占める。
     焦れるような感覚。
     クラウスたちは強い。そう簡単に倒されることはないし、大抵の相手は返り討ちにする。けれど今、ライブラに得体のしれない何者かが侵入しているのだ。今更ながらに、皆は大丈夫だろうかと心配になってきた。
     まあ一番大丈夫じゃないのは、レオかもしれないが……。
     うっかり盗人が行方を晦ませたりなんかしたら、レオが身体を取り返す機会が失われることになる。
    「レオナルド」
     大通りから逸れて、路地裏に入ったところで、水希に呼ばれる。
    「アタシから離れるな」
     ふっと頭上が陰った。
     なにかが頭上を飛び去ったのか。
     それとも、なにかがこちらに飛び掛かったか──、
    「ふぎゃっ!!」
     悲鳴が路地に響き渡る。
     レオのでも、水希のでもない。
     聞き間違いでなければ──ザップの声だ。
     振り返ると、聞き間違いなんかじゃなく、本当にザップがひっくり返っていた。バイクで走行中だからじっくりとは見れなかったけど、頭から血を流していたように見えた。
    「ちゃんと掴まってろ!」
     加速するバイクに、つい緩んでいた腕を、慌てて水希の腰にしっかりと回す。
     しかし突然現れたザップの存在を無視できなかった。
     あの一瞬で、なにが起こったのか。
    「大丈夫、ちょっとうっかり力加減ミスったけど……死んでない。たぶん」
     たぶんって。しかも今のは、水希がザップを攻撃したのか。
    「偽物に気づかれたんだよ。それでアンタの仲間をけしかけてきた。あっちからしてみたら、アタシらは敵だ」
     昨日、ザップが仕留め損ねた異界生物となったレオ。その異界生物と一緒に行動している精神感応力者の水希。なるほど、ザップからしてみれば、挨拶抜きで斬りかかるのも当然の組み合わせ。
     水希は「たぶん」と濁していたけれど、きっとザップは大丈夫だろう。腐っても斗流血法を使いこなす牙狩りの精鋭。受け身ぐらい取っているはずだ。
     水希にとってもザップにとっても幸運だったのは、襲いかかったのがそこらのチンピラではなく、チンピラ風情の戦闘員ザップだったこと。でなければ、水希の「うっかり」でザップは命を落とし、水希は罪のない(?)人を殺めた犯罪者になるところだった。
    「急いで奴から術の解除方聞きだして逃げないと、もっと呼ばれるよ」
     複雑な路地を右に曲がり、左に曲がり。
     やがて、レオナルド・ウォッチの姿を目で捉えた。
     ザップが一瞬で伸されたことに驚いた顔には、焦りが見て取れる。
     まさか奴は、こちらが真正面から聞きに来るとは思ってもいなかっただろう。
     どれだけ拷問されようが、口を開く気はないかもしれない。けれどそんな心意気は関係ない。
    「Hi」
     異界生物となったレオナルドを凝視するヤツに、水希が手を振ってみせる。
    「単刀直入に訊こう。アンタの術、どうやったら解ける?」
     相手がだんまりを決め込もうが、関係ない。
     問いかけるだけ。それだけでこちらが得たい情報を、水希は得ることができる。

       *

     昨日、レオがバイト中に異界生物に襲われた。
     レオの護衛担当であるザップが取り逃がしてしまったが、肝心のレオは無事。善良な人類が異界生物に襲われることは、残念なことにこの街では日常的に起きること。昨日クラウスが報告を受けたときは、気には留めたものの、そこまで危険視はしていなかった。
     けれど同じ人物が、再びレオとの接近を試みていると知れば、話は別だ。
     その連絡は、レオ本人からもたらされた。
     昨日襲ってきた異界生物に尾行されていると。異界生物だけではない。男の人類と共に。
     作戦を終えて解散した直後で、クラウスはまだ事務所にいた。副官のスティーブンもだ。レオと同じく事務所を出たばかりのザップが一番近くにいたので、彼を向かわせた。
    「念のため僕も行きます」
     事務所が住処であるザップの弟弟子ツェッドも、続けて事務所を出ていった。よほどの手練れでなければ、斗流二人が揃えば敵ではない。新しく増えた人類はともかく、昨日の異界生物は大した敵ではないのだから。
     それでも緊張状態は緩めず、クラウスとスティーブンは報告を待った。
    『ザップさんがやられました!』
     しかし続けて入ったレオからの連絡に、スティーブンと顔を見合わせ、すぐさま事務所を後にした。
     こと戦闘に関しては天才的センスを誇るザップが、短時間で負けるなど尋常ではない。ツェッドだけで敵う相手じゃないだろう。
    「ザップ!」
     GPSで追った先は、そんなに離れた場所ではなかった。路地裏で伸びるザップに駆け寄る。
    「旦那……」
     脂汗を滲ませ苦痛に顔を歪めるザップは、胸のあたりを手で押さえていた。ろっ骨を折ったのかもしれない。
     遠くで、ツェッドの悲鳴が聞こえた。加勢のため、スティーブンは先に路地の奥へ走っていく。クラウスも続こうとした。
    「待ってくれ、旦那!」
     掠れた声で呼び止められる。
    「どうも、おかしい……」
    「どうした、ザップ」
     焦る気持ちを抑え、片膝をついてザップの言葉に集中する。
    「あいつだ、レオのダチの……女男」
     地下闘技場で見かけた、華奢な少女を思い出す。
    「君を攻撃したのは、彼女かね」
     だとすると、厄介だ。
     超能力者と戦ったことはないが、思念という実体を持たない武器は、防ぐのが困難を極める。こちらは視認できないうえ、一度捉えられてしまえば回避することもできない。おまけに心を読めるのだから、こちらの手の内はすべて伝わる。
     どう対処したものか。
     そう働かせようとした頭脳が、ストップを呼びかける。
     水希は少女だ。男ではない。
     だがレオは男だと言っていた。初対面ならいざ知らず、レオは水希の性別を知らないわけがない。矛盾している。
    「それと、俺の見間違いじゃなけりゃ、あのチビ猿が一緒にいた」
    「ソニックがかね?」
     襲われた報告を受けてから。作戦前のミーティング、任務遂行中、そして完了後まで。
     ソニックがレオと共にいるところを見ていない。ソニックは事務所に現れていたが、誰よりも懐いているレオに近づく様子はなかった。
    「昨日の今日、たった一日だ。二十四時間ずっといたわけじゃねえしな、偶然かもしれねえ。だが──」
     些細な違和感。
     ライブラは厳重に隠された組織だ。その実態を暴くため、あの手この手と働きかける者は後を絶たず、その方法は多岐にわたる。
     確信には至らないまでも。
     一つの仮説は立つ。
    「ザップ。君はギルベルトに連絡して、治療を受け給え」
     ザップを残し、クラウスも戦闘に向かった。

       *

     存在と消滅。
     綱渡りのように、ぎりぎりの境界線を保ちながら。チェインはアパートの屋根、街灯、信号機に飛び移る。
     眼下では、車両の間をぬって、一台のバイクが走行している。
     チェインはそのバイクを追っていた。
     跨っているのは、人類の少女と、異界生物。肩にちょこんと小さな白猿が乗っているのも見える。
     異界生物と顔見知りの音速猿はともかく、少女の方は要注意だ。極限まで存在を希釈していても、近づきすぎない方が良い。チェインが追っていることに気づかれる。
     彼女は超能力者だ。精神感応力と念動力の使い手。
     実体を薄めることができるチェインにとって、念動力はさして脅威ではない。いくら超能力と言えども、希釈した不可視の人狼を捕らえることは不可能だろう。相性で言えば、精神感応力にさえ気を付ければ、チェインが優位だ。
     けれど他のライブラ構成員は違う。彼らは生身の人間だから。
     水希を追う前、目の当たりにした光景を思い出す。
     銀猿ザップは肋骨。ツェッドは両腕。スティーブンは両足。反撃する間も与えず、仲間たちは大怪我を負い、戦闘不能に陥った。クラウスが到着したときには彼女が逃亡するところで、彼だけは無事で済んだ。狙われていたレオナルドも、怪我らしい怪我はない。
     血法使いが何人もやられるなんて。
     恐ろしい能力だ。
     トン。
     街灯の上に立つ。
     バイクが停車した。人の少ない通りで、水希が降りる。ぎこちない動きだった。
     かと思ったら、道端の排水溝に蹲り、吐いた。
     慌てたように異界生物が駆け寄り彼女の背を撫でるのを、チェインは静かに見下ろす。チェインならば彼女に接近して、心臓をこの手で握ることができる。だが攻撃はするなとクラウスから指示されていた。ただ、彼女の動向を追い、目的を探れと。
    「……その手で触るのやめて……」
     弱々しく彼女は訴える。気遣ってくれてるのにと思うものの、チェインにも気持ちはわかる。あの虫のような、細い毛がびっしり生えた脚で触られたくない。
     しばらく、彼女は蹲っていた。
     とてもじゃないが、ライブラの戦闘員たちを病院送りにしただなんて信じられない姿だった。
    「先に攻撃してきたのはあっちだ」
     彼女がぽつりと言う。
     異界生物が応える様子はない。
    「どいつも死んでなかったんだから良いでしょ」
     キッと水希は異界生物に睨む。
     野犬が近づいた人間に吠え立てるように。
    「そんな簡単なものじゃないんだよ、この力は。アタシは戦闘のプロじゃない。手加減なんてできるか」
     一見彼女の独り言に見えたが、まるで会話が成立しているようだ。
     距離を取って偵察しているチェインには聞こえない声量で異界生物は喋っている。もしくは、彼女の力によって応答している。
     彼女がなんの目的でレオと接触を図ったのか、彼女の言動から察する他ない。
    「あんな、命のやりとりなんて……」
     水希は言葉を途切れさせて、黙り込む。ふいと顔を背けて、膝に押し付けた。
     チェインからしてみれば、あのスティーブンたちを一瞬で倒してしまった彼女の方が恐ろしいが、彼女もまた怖い思いをしていたようだ。強力なサイキック使いであれど、元々静かな田舎で育った一般人だ。無理もないかもしれない。
     異界生物はなにかを訴えかけるように、両手を上げ下げする。
     知能を持たない魔獣のような姿かたちをしているが、心を持った人のような動作だ。
    「泣いてないよ。泣くかよ、バカ」
     膝に埋めながらだったので、くぐもって聞き取りにくい。
    「ああ……」
     やがて、彼女は顔を上げる。言っていた通り、涙の跡は見られない。涙目ぐらいにはなっていたかもしれないけど、チェインの視力でははっきりと視認できない。
    「そうして。まあ、その前にアンタの身体を取り戻さなきゃだけどね、レオナルド」
     チェインは息を呑んだ。
     水希が目を見開き、こちらを見る。
    「誰?」
     動転して、希釈が緩んでしまったらしい。急いで、己の存在をより薄める。
    「いや……誰かがこっちを見下ろしてたような……」
     念のため、彼女が見上げている街灯から、標識の上へと移った。彼女はチェインの移動に気づく様子なく、街灯を凝視している。
     数秒虚空を見つめていたが、水希は切り替えるように首を振って、異界生物に向き直った。
    「まあ、いい。充分休んだ。あの偽物の前で念動力使ったからね、精神感応力がバレるのも時間の問題だ。急ごう」

       *

     五番街に入ったところで、水希はバイクのスピードを落とした。うっかり目的地を通り過ぎないようにするためだ。
     レオナルドの術を解く方法を訊いたとき、術師は真っ先に(誰が言うか)とせせら笑った。しかし人間、訊かれた問いに口では答えずとも、反射的に頭の中では考えるもの。異界生物の身体を押し付けられたレオナルドと共に現れた水希のことを探る思考の裏で、ほんの数秒だけれど、彼の意識に答えが浮上した。
     術師が直接術を解く。もしくは術師が死ぬ。それか、術の元──今回の場合、例のスマホ──を破壊する。
     一つ目は却下。彼が大人しく解除してくれるわけがない。二つ目は、おそらくレオナルドの身体に乗り移った術師の本当の身体を殺せばいい。本体がいる場所は、彼の思念を通じて把握している。三つ目のスマホも同様。
     二つ目は、あまり気が進まない。長年培った常識的に抵抗があるのもそうだが、それなりに負担がかかるのだ。例えば相手の首の骨をポッキリ折ってやると、精神感応力者であるがために、水希の首にも激痛が走るのである。肉体的にはダメージはないものの、誰かを痛めつければ、その痛みがそっくりそのまま返ってくるのが、水希が持つ超能力の厄介なところだ。実を言うと、レオナルドの同僚たちをぶちのめしたときも、痛かった。攻撃するときはなるべく力を遮断するようにしているけれど、痛覚というものは強烈だ。どんなにガードしようとも、突き破ってくる。
     けれど、今となっては水希の力のことを知ったであろう術師を野放しにしておくのは、危険に感じる。でも考えてみると、水希が今夜見逃しても、ライブラが術師とその仲間たちを許してはおかないだろう。だったら、いったんこの場はスマホだけを破壊して、後の面倒事はライブラに任せてしまえば良いのではないだろうか。
    (うん、その方が良い。俺たち、まだあいつらの素性を知らないし。深入りは危険だ)
     後部に座るレオナルドも同意している。
    (……さっきはごめん)
     ぽつりと詫びた。
     彼はずっと理不尽に身体を奪われたことに静かに怒っていたけれど、己を恥じる気持ちも混じっていた。
     妹の視力を取り戻すどころか、一番の手掛かりになるであろう〝神々の義眼〟を身体そっくり丸ごと奪われてしまった不甲斐なさ。自力じゃ取りもどせないのが情けない。他に手がなかったとはいえ、無関係の水希を巻き込んでしまって申し訳ない。
    (無茶はしないで)
     同時に恐れていた。水希が心変わりしてしまうことを。
     水希以外に頼るあてのないこの状況で、水希に見捨てられてしまったらと、怯えている。
     どうしてこいつを家に上げたのだろう。
     今更ながらに考える。
     事情を聞いて、力を貸す義理なんてなかった。レオナルドに悪感情はないけれど、そんなに仲が良いわけでもない。そりゃ水希の超能力は強力だが、他人に知られるのはかなり危険なことだと思っている。だからレオナルドとは距離を取るべきだと思ったのに。こんな厄介事、首を突っ込むのはリスクが高すぎる。水希の超能力とて、万能じゃない。この街じゃ、超能力者だって凡人同然だ。なのに、なぜ。
    「あ」
     本当のアンタはどこにいるの。術師にそう訊ねた。
     瞬く間に彼の頭を駆け巡った住所を最初から最後まで覚えてはいられなかったけど、五番街であることと、潜んでいるビルの外観の視覚イメージは記憶している。その記憶したビルと同じものを見つけた。
     術師とスマホはこの中だ。
     ビルの敷地内から、黒いバンが出てきた。水希たちとは反対方向へ走っていく。
     水希はバイクのスピードを上げる。
    (どうかした?)
    「術師が乗ってる。スマホ持って逃げるつもりだ」
     通りの車は少ないから、目で追いやすい。だがその代わり、追ってくる水希たちの存在にも気づかれる。
     精神感応力に頼れば、気づかれない距離から追跡できるが。
     数瞬考えて、水希はより加速する。
     短期決戦に切り替えることにした。
    (無茶はしないで)
     レオナルドが繰り返す。
     助手席から、一人顔を出した。肩に担いだマシンガンの銃口を、こちらに向ける。
     水希は銃身を〝掴み〟、針金を折るかのように捻じ曲げた。助手席の男は悲鳴をあげて、使い物にならなくなったマシンガンを道路に落とす。
    「くそっ、化け物クリーチャーめ!」
     言ったな。
     水希はもっと〝手〟を伸ばす。運転席の方へ。
     ハンドルを、右方向へ思いっきり〝回す〟。バンは道路を逸れて、街灯に車体を擦り、歩道に乗り上げ横転した。
     念動力でこんな乱暴なこと、したことないわけではないが、滅多にない。水希は興奮に息を荒くさせる。指先は冷えているのに、身体の中心は熱が渦巻いていた。
    (大丈夫?)
    「ああ」
     バイクから降りて、バンに歩み寄る。後部座席に乗っていた術師が、車内で同乗者の下敷きになっているのを、受信した。男たちが上向きになったドアを開けようとしていたので、〝手〟で外から押さえつける。彼らはドアを叩くが、びくともしない。
     〝手〟で車内を探る。スマホがどこかにあるはず。
     レオナルドの眼だったら、簡単に見つけられそうだなあ、なんて。
     次の瞬間、水希の脇腹になにかが刺さった。
     誰かの痛覚を拾ったのだと思った。
     しかし、身体が傾いだ。
     膝がつく。
    「うっ」
     あまりの痛みに腹に手をやると、ぬるりと指先が濡れた。
     誰かの痛みじゃない。水希自身の痛みだ。
     刺された?
     違う。
     撃たれた。
     狙撃だ。遠くから撃たれた。
     水希の力が及ぶ範囲より、外から。
     黒い影が水希に圧し掛かる。レオナルドが水希を庇うように、覆い被さったのだ。
     虫のような脚が、水希の肩を揺する。
     〝声〟が聞こえない。
     さっきまで、聞こえてたのに。レオナルドの心が読めない。
     レオナルドだけじゃない。車内の方からも。
     嫌な予感がして、〝手〟を伸ばそうとした。横倒しになった車から出てきた術師の仲間を掴もうとしたけど、なんの感触も感じられなかった。
     指先を濡らした血は、手のひらまで広がる。
     レオナルドの身体の下で、水希は震えた。喉の奥が引きつるばかりで、うまく呼吸ができない。
     撃たれた誰かの意識を共有したことは、何度かある。けれど自分の身体に穴が開き、鉛玉が食い込むのは初めてだった。
     レオナルドが蹴飛ばされた。
     マシンガンを持っていた男だった。術で強化された人類なのだろうか。普通の人類が蹴ったとは思えない威力で、異界生物の身体は空を飛び、道路の上を転がった。
     髪を掴まれ、ぐいと持ち上げられる。
     しくじった。
     はっきりと、そう悟る。
     潔くさっさと術師を殺すべきだった。
    「どうした。俺の腕もへし折ってみたらどうだ、ええ?」
     男は嘲笑する。背後では、術師も仲間の手を借りて車から出てきている。
     もう片方の手が、水希の脇腹をまさぐった。血が溢れ続ける傷口を爪でえぐられ、声が出る。
    「この中にある弾はな、術を施した特別製だ。魔術の類を一切封じる。超能力者に使うのは初めてだが、心配いらなかったみたいだな」
     道理で。
     超能力がなければ、水希はただの非力な人類だ。同じ人類相手にすら、敵わない。
    「〝神々の義眼〟も便利だが、こいつの能力も使えるんじゃあないか」
    「よせ。ライブラに面が割れてる。バラした方が良い」
    「いいや」
     一人が水希の頭を撫でる。鳥肌が立つ。
    「超能力者は数が少ないからな、こいつの脳は珍味として高く売れる」
    「げえ、味の違いなんてあるのか」
    「さてな、俺は知らねえけど」
     水希はほぼ反射的に、目の前にいる男の顔めがけて、唾を吐きかけていた。
     男はじろりと水希を見る。水希も睨み返す。
     視界が、ぐわんと揺れた。
     目の奥で火花が散る。
     容赦なく地面に叩きつけられた額から、血が垂れたのがわかった。
    「この、バカ!」
     舌打ち。
    「売れるのは脳なんだぞ。傷つけるな」
    「ああ、ああ、わかったよ!」
     腹につま先が食い込む。
    「ぐっ」
     傷口に響いた。
    「そのへんにしとけ。こっちを手伝え」
    「いつまでもここにいるわけにもいかないんだぞ。誰かに通報される前に、移動するんだ」
     男たちが離れていく。横転した車を戻すために。
     咳き込む。口の中を切ったのか、血の味がした。
     身体が重くて、起き上がれそうになかった。どうにか手を地面に着き、頭だけでも上げる。レオナルドの方を見ようとしたけど、身体の向きを変える必要があった。手に力を込めようとすれば、血で滑り、うまくいかない。
     音を立てて、車が立て直される。
     エンジンが起動される。
     這う。
     足音。
     腕を掴まれる。
    「あっちはどうする」
    「用無しだ。殺しとけ」
     腕を引かれ、上半身が持ち上がり、ようやくレオナルドが視界に入る。
     レオナルド。
     呼ぶ。けれど反応はない。気絶してるのか、ぐったりと倒れたまま。
     一人が銃を片手に、レオナルドに歩み寄っている。
    「おい、車が来るぞ。急げ」
     誰かが言った通り、通りの向こうからヘッドライトが見えた。段々大きくなってくる。
     夜の街。周囲に住居は少なく、どこの窓からも明かりは見えない。それなりの騒ぎになってるけれど、たぶんまだ通報者はいない。けれどこちらへ走ってくる車の主が善良な市民だったら、第一通報者になるかもしれない。
     もがく。引かれる。
     ずるずると。
     摩擦する。
    「急げ!」
     水希の抵抗などあってないもの。持ち上げられた。背中を叩いても、びくともしない。
     ヘッドライトが、レオナルドを照らす。その前に立ち、銃を構える男も。
    「レオナルド! 起きろ!」
     叫ぶ。
     逆光でわかりにくかったが、車がオープンカーであることに気づいた。
     開けた車内から、巨体が飛び出す。
     銃を持った男が、勢いよく飛んだ。水希が先程、レオナルドの同僚を念力で叩きつけたように。男は壁に激突し、頽れた。事切れたかもしれない。ピクリとも動かない。
     たった今男がいた場所に、巨躯が立っている。
     こちらに向けられた大きな背から、圧を感じた。空気を振動させるほどの気迫に臓腑がぎゅっと縮み、全身の毛という毛が逆立ち、汗が吹き出す。それは水希だけではないようで、水希を担ぐ男の手も小刻みに震え出した。
     振り返った巨漢の髪は紅く、眼鏡の奥から翠の眼が業火のように怒気を放つ。
     見覚えのある大男。
     一度、地下闘技場で見た。レオナルドの上司。
     クラウス・Ⅴ・ラインヘルツ。
     ライブラの長が、そこにいた。
    ティウス(夢用) Link Message Mute
    2022/11/19 0:00:05

    Hello,shining!6

    レオ夢
    義眼押し付けられた少年と、超能力少女のお話
    ※オリ主/名前変換なし
    #夢界戦線 #オリ主 #夢小説

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