Hello,shining!2 一夜にして
異世界のゲートが開き、人類が築き上げた常識を覆した街、HL。
元紐育に存在した建物や土地は、崩落して姿を消したものもあれば、過去の姿のままこの街のどこかに存在している。再構築されたことによって、同じ建物であっても住所が変わっていたりする。都市の再構築は、崩落が収まり三年経った今でも時折発生し、住民を混乱させた。
レオは不運にも、住んでいた安アパートが区画クジによって観光地に配置換えされたせいで、四十秒で立ち退きを要求されることとなった。
この街で宿無しは危険すぎる。しばらくはライブラの事務所で寝泊まりさせてもらっているが、次の住居を探さねばならない。治安が悪すぎず、かつ家賃の安い場所。レオは良い物件を求めて、街を練り歩いていた。
ふと、眼に入ったものに足を止める。
レオの特殊な眼が捉えることのできるオーラ。それは生きたヒトから発せられるものだが、残滓が漂う特徴がある。ある程度時間が経てばかき消えてしまうそれは、時にはオーラの持ち主を探すのに役立つ。
人類、異界人ごった返す雑踏の中漂うオーラは、水希のものだった。
まだ濃くハッキリと残っている。水希がほんの少し前にこの道を通ったという証拠だ。追おうと思えば、きっとすぐ追いつく。
少し考えて、レオは進行方向をオーラが残る方へ変更する。
案の定、細長い体躯を見つけることができた。
レオは足を速め、手を伸ばす。
水希が振り向いた。目が合う。
肩を叩いて呼ぶより先に気づかれて、驚いた。別に、気配を消してたわけじゃないけど(そもそも気配の消し方なんて知らないし)。
「や、やあ」
中途半端に上げた手を、ひらりと振る。
「ん」
水希は小さく頷く。
彼女は幼い頃から背が高く、レオと違って成長期も長く続いた。レオよりずっと身長が高いから、同い年の女の子なのに目線がけっこう違う。
けれど恵まれたのは『高さ』だけで、『厚み』はない。質量はレオの方があるだろう。
高身長で小顔のモデル体型。癖のないストレートヘアー。チビで癖っ毛のちんちくりんなレオにとって、実に羨ましい容姿だ。
「なにか用?」
「や、用があるってわけじゃないけど──」
素っ気ない話し方。こういうところも苦手だったなと思い出す。
「まさかここで知り合いに会うとは思わなかったから」
「それは……まあ、そうだね」
「今、暇?」
「バイト帰り」
レオもバイト帰りだ。つまり、暇。
「じゃあ、どっかでお茶でもどう?」
「何で?」
「何でって……」
面食らってしまう。「何で」はないだろう、「何で」は。
そりゃ個人差はあるだろうが、知人のいない街に住むのって、けっこう心細いと思うし、そんな中で地元の人間に会ったらちょっとお話したいと思うのは自然な心理じゃないだろうか。ましてやここは、人類以外のよくわからない生物の割合の方が高い街。いくら今まで関係性を築いていなくとも、知り合いの人間を見たら安心感を覚える。そんなもんだろう。それとも彼女は違うのか。自分よりチビで舐められそうな成りのレオナルド・ウォッチはお呼びでないと。
上司や同僚たちは水希との再会に何らかの意図があったのではと勘繰っていたが、それはないんじゃないかと改めて思う。もし本当にレオと接触せんとこの街に来たんだったら、ここで「何で?」なんて返さず「いいよ」って答えるべきだ。
「お互い暇なんだから、いいじゃん」
最初は軽い気持ちで誘ったのに、自棄になってきた。
背を押し、歩き出す。
「ほら、こないだ会ったダイナーが近いし」
ビビアンだって「また来て」って言ってたのに、あれからまだ来てないと話していた。丁度いいじゃないか。
「何で」なんて聞き返したけど、心底嫌ってわけじゃないらしい。なにか言いたげな顔をしてたけど、水希は抵抗しなかった。
「わ」
人とぶつかりそうになり、慌てて避ける。
ぶつかるのが善良な人なら良いが、運が悪いと因縁をつけられたりする。ちょっと道を歩くだけでも、気を抜けない。
「……えっ」
たった今ぶつかりそうになった人をつい目で追う。特殊な眼を覆い隠している瞼まで開きそうになったけど、そこは思い留まった。
見たことのないぐらい、鮮やかで緋いオーラ。
真っ赤な羽を広げているように見えた。
オーラを除けば人の形をしているけれど、あの色は人間のものじゃない。異界に住まう〝なにか〟だ。
「レオナルド」
水希に呼ばれ、はっと我を取り戻す。
人には視えないものが視える眼のせいで、度々他者から見て挙動不審な行動をとってしまう。事情を知る同僚たちの前なら気にすることはないが、水希は違う。気をつけねば。
「今のやつ、あんまりジロジロ見ない方がいい」
「え? 知り合い?」
「いや、違うけど」
水希はレオを横目で見る。
「アレ、そうとうヤバいと思うよ。ああいうのには、関わらないに限る」
血界の眷属。吸血鬼の別称だ。
伝承やおとぎ話で語り継がれる彼らは実在するもので、ライブラは元々、対吸血鬼組織『牙狩り』から派生した組織らしい。
彼らには、いくつかの特徴がある。
彼らは不死身だ。文字通り、彼らは死なない。首を吹っ飛ばされようが、腹に大穴が開こうが、全身灰になるまで焼き尽くされようが、元通りに復活する。治癒する早さは個体差があるが、長老級となると、たった数秒でどんなケガも完治してしまう。
そんなとんでもない化け物たちは、元は人間だったそうだ。だから見た目は、人と変わらない。そんな連中をどう見分けているかというと、奴らは鏡に映らないので、牙狩りたちはそれで判断することが多いらしい。
そして、人間と決定的に違う特徴がもう一つ。
レオにだけ視えるオーラだ。血界の眷属のオーラは赤く、羽根のように広がっている。
血界の眷属について、一通り教えてもらったレオは、首を傾げた。
「どうした?」
「ええと、その──」
レオは少しだけ首を引っ込める。
「実は、その血界の眷属を見たのは、初めてじゃないんです。前にもあのオーラを見かけました」
「なんでもっと早く言わねーんだオメー」
予想通り、ザップに小突かれる。
「すんません」
「まあ、血界の眷属を知らないんじゃなあ」
道端で一瞬見かけたそれが、この組織にとってそんなに重大なものだとは思わなかったのである。吸血鬼らしく、血を寄こせと襲われたわけでもないし。
「それで、そのときですね……水希と、一緒にいたんですが」
「例の、地元のお友達とか」
以前、ライブラの諜報部が調査した結果、水希が怪しい団体と関わっている様子は見られなかったという。おまけに彼女がHLに引っ越したのはレオより一月ほど先で、ダイナーでの再会は偶然だろうと結論付けられていた。
「彼女、血界の眷属とは言わなかったんですけど、あれは危ないから近寄らない方がいいみたいなことを、言ってまして」
「なるほど」
なぜわかったのだろう。あれが危険な生き物だと。
もしあの場に忠告してくれる水希がいなくて、あのまま血界の眷属に注視し続けてそれが相手にばれていたら、レオはどうなっていただろう。血を吸われたりとか、したんだろうか。
「案外、君の眼と同じように、なにか特殊なものを持っているのかもしれないな」