【Joyeux huit Mers号の口福】ルヴェール編◆第二話
◇ダンスホール@聞き込み
ダンスホールに現れたその婦人はどこか浮世離れした雰囲気をまとっていた。長い黒髪はどこか闇のようであり、瞳は月よりも明るい金色に輝いている。連れている若い従者が周囲に目を光らせ不埒な人間を近づけまいとしているようだったが、婦人本人は特に気にしていない様子で滑るような足取りでホールを歩いていた。
婦人の名はルヴェール。その本来の姿は男性体の天使だが、乗船にあたってどこだかの貴婦人という体裁を取っていた。連れている従者もまた天使で、ルヴェールの眷属のラスイルである。
「奥様、部屋にお戻りになられた方が……」
「どうして?」
おずおずと提案したラスイルに、ルヴェールは小首を傾げた。少女のように無垢にも娼婦のように妖艶にも見える仕草にラスイルは胸をざわつかせたが、気を取り直して言葉を続ける。
「二人……三人も殺されています、もし奥様も狙われるようなことがあったら……」
ゆるゆると瞬きをしたルヴェールは、そっと手を差し伸べるとラスイルの顎へ擽るように触れた。
「心配しているの? かわいい子、私には理由がないから大丈夫」
そのまま頬に手を這わせて顔を覗き込む。動揺しているような、はにかむような、恍惚とするような……そんなふわふわとした表情でルヴェールを見つめるラスイル。
「ルヴェールさま……」
囁くように呟いてから我に返ったラスイルは、ふるふると頭を振ってから表情を引き締める。
「わかりました、お止めしません。あの……でも、おそばにいるのは良いですよね……?」
「? ラスイル、お前どこかに行くつもりだったの?」
「いえっまさか! お許し頂けるならどこへでもお供しますっ」
「そう」
静かに呟き、ルヴェールはまた歩き出した。向かう先には一人の男。ラスイルはその少し後方に位置どったが、どこかはらはらした様子でルヴェールを見守っている。
「今晩は、ピアニストさん。もう演奏はされないの?」
ルヴェールは何やら別のことに夢中になっているらしいピアニストに声をかけ、その腕へそっと触れた。白い指がつう、と前腕を肘に向かって滑る。
その一挙手一投足をラスイルが見ている、……きゅっと拳を握りしめて、見ている。