Can I help someone ? ――私には関係のないことだ。
男のその思考は、諦めであり、逃げであり、救いだった。村人たちがどんどん病に倒れる中で男はいつもと同じような生活を続け、それは、数少ない友人が倒れてなお変わらなかった。
眠り続ける友人――男にはこの呼称が適切なものかまだわからなかったが――の顔を見て、溜め息をひとつ吐く。それからそっと部屋を後にする男を見送るように、窓辺のチェストに置かれた一輪挿しで赤い実のなった小枝が揺れた。
冬ねむり病が命にかかわることはまれであるし、春が来れば目を覚ますことがわかっている病気だ。村はなにやら落ち着かないが、男はこれといって特別なことをするつもりはなかった。今日もいつものように村へ買い出しに行き、さっさと戻って曲でも書くことに決めていた。
訪れた食品店は少し品揃えが悪く、買い物中の女性たちの話によればなにやらこの村に問題が訪れようとしているようだった。盗賊団とやらがこちらへ向かっているとの噂らしい。適当に聞き流しながら食料を買い込み、帰路へ着く。
帰り道、トネリコの木の前を通るのは近道だからで他意は無い。なんとなく確認してみると、確かに掲示板に張り出されている知らせが多いような気がして男は足を止めた。情報提供のお願い、スープ・キッチンのお知らせ……他にも様々な「Someone,Help me」や「I can help Someone.」が並んでいる。
そのまま掲示板の前を通り過ぎようとした男は、ふと自分の目線より少し下に貼ってあった紙に目をとめた。そして再び足を進めようとして、立ち止まり、また紙に目をやった。
不機嫌なようにも見える仏頂面で眉間に皺を寄せ、少し考え込んでから……男は、自分の屋敷とは違う方向へと歩き出した。
……村の外れにある、赤い屋根の家。玄関先にはハーブの植木鉢が並んでいる。男はその扉の前に立つと、逡巡した後そっとノックをした。少しの間を置いてから、男の耳に小さな鈴の音が聞こえる。扉が開いて現れたのは、まだ子供の面差しが残る黒猫のセリアンだった。
「あっ、ええと、ハロー! 何かご用かしら……?」
少し戸惑いながら見上げてくる娘に、男はぐっと眉を寄せる。それが怒っているようにでも見えたのか、ぺたりと娘の耳が伏せられたのを見て男は緩く頭を振った。
「……ハロー、はじめまして。君がニコラータ君か? ラタトスクを見て来たんだが」
慎重に紡がれる言葉は――普段に比べれば!――柔らかだったが、それでもようやく一般的な成人男性程度の威圧感になったにすぎない。それでも娘は男の言葉にぱっと表情を明るくした。
「ろうそくを貰いに来てくれたのね? 中へどうぞ!」
軽い足取りで家の中へと戻る娘の尻尾が機嫌良さそうにすらりと伸ばされ、ちりん、と鈴の音がまた聞こえた。
娘の後に続いて家へと入った男は、特に部屋の内装や娘の身形に興味があるようではなかった。娘がろうそくを取りにゆき、戻ってくるまで、黙ってその場に立っていた。奥から戻ってきた娘にろうそくを手渡され、使用方法の説明を受けている間も特にその表情は変わらない。が、時折迷うように口元が動いているのは、なんとか愛想笑いを浮かべようとしては諦めている証である。それに気付く者は少ないだろうけれど。
男は言葉少なに礼を言ったあと娘の家を辞し、一度屋敷へ戻ると荷物を置くや台所からカンテラを持ち出しある場所へと向かった。
その場所、……地下室に降りる男の表情は陰になって見えない。片手にカンテラを持った状態で部屋の片隅まで来た男は、その床にある小さな扉のような形の蓋に手をかけ、ぐっと持ち上げた。普通は保存食や酒の類いがおさめられているだろうそのスペースには、その場所には不似合いなものがしまい込まれていた……。