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    エクストラショット 全ての事後処理を終えて隊長室に帰ってきたときには、時計の針はいい時間を指していた。さらに書類を作成し、やるべきことをすべて片付けて、ようやく家に帰る頃にはとうに日付が変わっていることだろう。
     人気がない部屋はがらんとしていて、見た目からして寒々しい。せめて窓を覆うのがブラインドではなくカーテンだったらまだ温かみもあるのだろうが、なんてせんなきことを考えるぐらいには後藤の脳は疲弊していた。
     一昨日から第二小隊は夜間シフトへと入ったのだが、まるでそれを待ち構えていたかのように、都内各地でレイバーとその乗組員がこれでもかと暴れまわり、特にこの二十四時間は文字通り東奔西走の大活躍だ。幸いなことに、職務中に(主に二号機が)踏み潰した自家用車の台数は、この忙しさの割にはまだ五台で済んでいて(あくまでも普段と比較した上での感想だ)、その辺りのことで頭を悩ます必要はまだない。
     後藤は部屋に入ってまず蛍光灯をつけ隅々にまで明かりを満たし、次に大きく伸びをしてから自分の机へと戻った。そして、うずたかく積まれた紙の山を前にして、うんざりとしたため息をついてしまう。
     泉ら隊員たちからは漏れなく異論が出そうだが、後藤は出動が多い分には一向に構わない。つくづく自分は現場型の人間らしく、物事の対処にだけ頭を使っていると心が不思議と安定するし、神経を研ぎ澄ませて次の手を考えているときも、あるいはのんびりその辺に座って搭乗者を説得してるときも、どこか心の奥底に充実感すら抱いてしまう。東京のあちこちに出張っていっては、何とか収めてこの埋立地に帰ってきた、と思ったら次の出動がかかりとんぼ返りで出て行くときも、疲れた顔に気合を入れてまた走り出す部下たちの姿に少しは心を痛めながらも、一方でまたあの場に戻れることが嬉しい自分がいたりするのだ。
     それは自分で思っている以上に仕事熱心だからかもしれない、なんて自己判断を下してみたりもするが、この部屋に戻ってくるたびに、それが見当違いだったことを思い出す。
     つまるどころ、なによりも書類仕事が嫌いなだけなのだ。
    「……これは今週中、こっちはまだ平気、と。これは……、急ぎ、か。早く出さないとしのぶさん怒るだろうな」
    「当たり前でしょ」
     不意の突っ込みに、後藤は顔を上げた。
     目の前にある机は綺麗に整理されていて、鞄も特には目に付かなかったから帰ったのかと思ったのだが。
    「帰ってなかったんだ」
     思わず考えていたことをそのまま告げた後藤に対し、しのぶは眉を器用にあげて、
    「それも当たり前です」
     と、ぴしゃりと答えた。
     片方の小隊が出動した場合は、もう片方は準待機となる。慌しいサイレンの音に背を押されながら夕闇の中を出動していったときにはまだ帰ってなかったことと、普段のしのぶの性格を考えると、確かに彼女がこの時間までいることになんら不思議はない。
    「いやあさ、鞄もなかったし、電気もついてなかったから」
    「節約は小さな一歩から、よ。ちょっと席を立っていたの。それに暖房ついてるでしょ」
     言われて、後藤は初めて先ほど感じた見かけとは裏腹に部屋がそれなりに暖かいことに気が付いた。
    「つけておいてくれたんだ」
    「たまたまです」
     すげなく返しながら、しのぶは椅子を引いて、そこに置いてあったらしい鞄を取り出した。
    「悪いね、帰るところだったんでしょ」
    「職務にいいも悪いもないわよ。帰るところはあってますけど」
     今日のしのぶは上品な光沢を持つバートンアンバーのスーツに身を包んでいる。まず机の上を改めて確認するように見渡したあと、しのぶは馴染みの浅梔子のコートとマフラーをロッカーから出しながら、
    「後藤さんはこれからあと一仕事?」
     と逆に問い掛けてきた。
    「うん、そうみたい」
    「みたい、って他人事みたいに」
    「他人事になればいいけどね」
    「後藤さん」
    「もちろん、冗談ですってば」
     冗談であるが、誰か自分の代わりに書類を作成してくれないものか、とは本気で考えてしまう。
    「……まあ、本当にもういい時間ですものね」
     後藤の表情をどう受け取ったのか、しのぶはそう言って視線を時計へとあげた。
    「いっそのこと、泊まってちゃおうかな」
    「宿直室空いてるの?」
    「今日は進士と篠原だから、スペースは開いてるよ。多分布団も」
    「予備の布団、この前クリーニング出したはずだけと、それ取りに行ったのかしら?」
    「ありゃ、まだいってないの? ま、いざとなったら掛け布団だけあればいいんだけどね」
    「風邪引くわよ」
    「大丈夫、体だけは丈夫だから」
     そう言いながら、茶化すように力瘤を作る仕草をしてみせると、しのぶは小さく吹きだした。
    「なんですか、失礼な」
    「ごめんなさいね、つい」
     そういう体育会系の仕草、本当に似合わないわよ、と続いた言葉を聞いて、後藤はなんとも複雑な気分になった。大体警察機構自体がまんま体育会系の組織ではないか。確かに自分と体育会系気質もろもろの相性が悪いことは認めるが。
    「やだなあ、俺だって一応運動の一つや二つできましたよ」
    「過去形なのが正確でいいわね」
    「まあ、確かに体力は衰えてきたけどさ。昔はもっと激務だったと思うけど、逆に家に帰らなくても平気だったもんなあ」
     十年前はそれこそ何徹でも耐えられていた気がする。実際は途中で倒れていたはずだが、ことさら体力面に関して、過去の記憶はいいほうに修正されがちだ。
     後藤のそんな懐旧にしのぶはセピア色のマフラーを巻く手を止めて、そうね、と小さく嘆息した。
    「それでなくても、年度末で駆け込み工事が多いからか、ここ数週間は特に忙しいもの。愚痴りたくなる気持ちにもなるわね」
    「ご理解どうも。……あと、お付き合いしてくれて」
    「後半は余計よ」
    「あ、そう」
     しのぶは再びマフラーを結び始めた。いよいよ本格的に帰り支度をはじめたようだ。
    「……明日、非番だよね」
    「そうよ、ゆっくり休ませて貰うわ。後藤さんの話じゃないけど、昔は非番の時には買い物とかに出たものだけど、今はそれよりも寝ていたいって思うのが悲しいものね」
    「まあ、最近のこの激務だし」
    「ほんと」
     しのぶと視線がかち合い、どちらともなく苦笑する。思考が散漫とするほど疲労が蓄積しているのはお互い様だ。
    「……後藤さんもよかったら祈ってて、明日準待機が掛からないこと」
    「そりゃ祈ってるよ。ゆっくり休んできなよ」
    「ありがと」
     そう言って、最後にもう一度だけ中身を確認したいのか鞄を開いたしのぶを横目に、後藤は「さて、やっちゃいますか」とひとりごちながら、引出しからボールペンを取り出した。帰るにしても泊まるにしても、まずは今日までに決済すべき書類を片付けてからだ。
     まず一枚書類を手に取った時、明日は寂しくなるな。ふとそんなことを思う。
     彼女の姿を見ることは、後藤にとってちょっとした僥倖なのだから。

     ――なーんていったら何からかってるの、って怒るんだろうな。
     書類に目を落としながら、しのぶの思考をトレースしてみて、後藤は誰にも聞かれないよう肩で小さく笑った。少し上がった眉と、かすかに寄る眉間、呆れたと素直に伝える口調。しかし、それらすべてが砕けた態度であることまで、ありありと脳裏に浮かんでくる。ほら後藤さんふざけてないで
    「なに、思い出し笑い?」
     ことり、となにかが置かれた音とともに、しのぶの訝しむ声がした。
     いやなんでも、と口ごもりながら音の方に視線をやれば、目の前には温かそうな湯気を立てるマグカップが一つ置かれている。
    「あ。これ、ありがとう」
    予想外な差し入れに、柄にもなくただ粗僕に礼を述べると
    「いえ、これからまた苦労なさる後藤隊長にちょっとした差し入れよ」。しのぶは改めて後藤の顔を見てそっけなくそう返す。そして、ほんの少しだけ柔らかい口調になって、「……頑張ってね。それじゃ、お先に」
    「うん。お疲れさま」
      彼女の気遣いへの礼を込めて、心の底からいたわりを述べると、その気持ちが少しは通じだのだろうか、しのぶはちょっとだけはにかんだ。
    「ありがとう。それでは休み中はお願いね」
    「はいはい」
     今度こそくるりと背を向けてすたすたと出て行く後姿を見送って、後藤は再び書類に向かおうと顔を伏せた。
     が、すぐに気が変わって、いそいそとマグカップを手にとった。暖房がかろうじて効いているとはいえ、それでもこの部屋は寒い。せっかくしのぶがいれてくれたコーヒーなのだから、適温であるうちにありがたく味わおうと思ったのである。
    「……あれ?」
     飲もうとして、まずかすかな違和感が後藤を襲った。表面がいつものインスタントとは違うのだ。あえて言うならいつもより少しだけ、泡立っているような。
     粉、もう切れる頃だっけ、そう疑問に思いながらも深くは考えず、おもむろに一口飲んで――。
    「――! し、しのぶさん!?」
     後藤は転がる勢いで席を立ちながら、思わず彼女の名を叫んだ。わたわたと隊長室のドアに向かおうとして、すぐに思い直し正面に面したブラインドを開ける。
     闇に溶け込みながら辛うじて見えたその浅梔子の後姿に声をかけようと窓を大きく開いたが時既に遅し。しのぶはさっさと止めてあった車に乗り込み、あっという間に埋立地から出て行った。恐らくは故意に急いだのだ。
     後藤は去っていくテールライトを見送りながら暫く呆然としていたが――そう、それこそ遊馬や進士が見たら、目を何度もこすって口々に信じられないと言うぐらいに、文字通り呆然と、だ――不意に吹き込んできた風の冷たさに正気に戻り、慌てて窓を閉める。
     そして、起こったことが理解できないとばかりに何度か頭を降った。やっぱり自分の勘違いかもしれない、いやでも。
     そんな混乱したままで、恐る恐る目の前の行事予定表で改めて日付を確認して――。
    「……やられた」
     とついには柄にもなくへたり込んでしまった。
     誰もいないのに、つい顔を手で覆ってしまう。鏡を見なくても、赤くなっていることは容易に知れた。
     策士だ悪党だと言われているが、案外不意打ちには弱いんだなあ、と場違いな感想を漏らしながらも、なかなかこの気分は収まらない。

     そんな後藤の机の上で、カフェモカはますます美味しそうな湯気を立てていた。
    いずみのかな Link Message Mute
    2022/06/26 17:26:18

    エクストラショット

    #パトレイバー #ごとしの
    ささやかな一コマ、そして甘い。バレンタインねた

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