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    意図なき花便り注意事項意図なき花便りあとがき注意事項【ATTENTION!!】読む前に確認お願いします

    ・「ワールドトリガー」の二次創作作品です

    ・カップリングとして「諏訪荒(諏訪洸太郎×荒船哲次)」が含まれます

    ・周りのキャラも多いです

    ・文章は拙いです

    ・ご都合主義です


    上記の点確認の上、自己回避よろしくお願いします
    なんでも許せる方のみお楽しみくださいませ!
    意図なき花便り
     眉目秀麗、成績優秀。言葉にすれば何とも簡単に説明できてしまうそれは、とある人物の規格外さを物語っている。年上からも信頼され、同級をまとめ上げるカリスマ性を持ち、後輩育成を担い慕われている。犬が怖い、泳げないなどの弱点を抱えながらも、戦闘面では完璧万能手・木崎レイジに並ぶ武闘派スナイパーとして、攻撃手と狙撃手の両刀で戦う技術を持つ。戦略面では、あまり公にはしていないものの今後のため、自ら戦闘員育成メソッドを立ち上げようとする理論派。
     美しく整った外見に似合わない口の悪さや戦闘時の悪人面も、ギャップとして人気に拍車をかける一因となっている。自分の能力に驕らず、真摯に自己の成長を目指す姿は、年下連中からは目標に、同級からは好敵手に、年上や上官からは好ましく思われている。
     
     そんなモテる要素てんこ盛り状態のB級部隊荒船隊隊長−荒船哲次には、片想いの相手がいるらしい。
     
    「荒船はいつになったら告白するんだろ。片想い長すぎじゃない?」
     
     炭酸の入った紙コップを片手に、犬飼はため息をつくようにそう呟いた。同じくそれぞれ手に中身の入った紙コップを持った友人たちは顔を見合わせた。
      
    「有名な話だよな、それ」
    「荒船は隠さないからな」
    「告白の時も『好きな人がいるから』で断っとるらしいやん」
    「徹底してるよね、ほんと。誰かは教えてくれないのに」
    「教えてくれるがな、どういう人かは」
    「それも見た目とかじゃなくて中身の話じゃん!」
     
     バンッと机を叩くと、上に置いていた荷物が震える。思わず周囲から犬飼に視線が向けられると、ゴメンゴメンといつもの様子で軽く謝った。それはまあいつものことなので、周りも流すように話題を続けた。
     
    「今わかっているだけで、どんな条件だった?」
    「うーんとね……おちゃらける時もあるけど自分をしっかり持っていて、頼りになって、同い年ではない」
    「あと、すごく頭がいいわけでも強いわけでもない、だったか?」
    「そう。でも荒船は尊敬する人の一人なんだ、って」
     
     ポンポンと挙げられる荒船の想い人の情報は、本人からどうにか聞き出してきたものだった。とは言っても、核心に触れるようなことでなければ、本人は意外と喋ってくれるのだが。
     並び立てられた情報を、蔵内が丁寧な字で徐に取り出したルーズリーフに書き込んでいく。箇条書きにされたそれを眺めながら、一堂は揃って一瞬無言になる。
     
    「……普通、尊敬するっつったら年上を想定するけど……」
    「荒船、年下でも普通に尊敬するって言うもんね。ほら、狙撃手なりたての時に教えてもらった奈良坂とか」
    「それはいいことだと思うけど、そのせいで全然絞れないんだよね……」
     
     ほんと荒船様ってば……、と大袈裟に落胆してみせる犬飼に村上がキョトンとした様子で首を傾げた。
     
    「犬飼はどうしてそんなに荒船の片想い相手を知りたいんだ?」
    「そりゃ知りたくなるに決まってんじゃん!あの荒船だよ?見た目もいい、中身もいい!ボーダーのイケメン代表の奈良坂や烏丸とは違った意味での万年モテ男の片想い相手なんだから!」
     
     ギャンっと叫ぶように言い切った犬飼は、一応先程のことを覚えていたらしい。前回よりは抑えた力で叩かれた机は揺れることなく、また上に乗った荷物—さっきまで取り掛かっていた課題たち—も無事なようだった。
     ただ、すぐさまその表情を歪めると先ほどとは一転した声音で静かに言葉をこぼした。
     
    「まぁ、今となってはそろそろ長い片思いが実ってほしいって思ってるだけなんだけど、ね」
    「……それもそうだな。アイツと知り合ってつるむようになった頃からなんだし」
     
     犬飼と当真の言葉に再びみんな無言になる。そう、荒船の片想いは年季が入っている。ボーダーに入ってこのメンツでよく集まるようになった頃、荒船が恋に落ちたと当時は大騒ぎしたものだった。特に犬飼と王子が。だが、荒船は頑として想い人を教えなかったし、それどころか「片想いだから騒ぐな。相手に迷惑がかかるから捜したりもするな」と釘を刺したため、揶揄う者もじきに減っていったからだ。
     あれから月日は経ったが相変わらず告白はそれを理由に断っているし、直接聞いても「まだ好きだぞ」と堂々と答えるものだから荒船の長い片想いは未だ続いている。だが、問題なのは荒船本人にその恋を成就させようとする気がないことだった。もちろん、こういった話題が大好きな犬飼や同級の女性陣が幾度も恋バナを求めて荒船に詰め寄るも、「今はボーダー優先だから」だの「今はそれより大事なことがあるから」といって躱され続けた。実際、荒船はポジションを変えたことで人より忙しかったので、周りも何も言えなかったのだ。そうこうしている内に、イマココというわけである。
     しかし、もはやお通夜のように黙りこくってしまった空間に、突如として鋭い声が飛んできた。
     
    「お前たち、何だべってんだ」
     
     それは問題の張本人である荒船だった。会議終わりの書類を抱えたまま、睨みつけるように机に近づいてくる。その背後には、同じく会議に参加していた隊長格の影浦と王子も続いている。今日は会議が終わり次第みんなで食事をする予定で、会議未参加組が参加組の荷物も既に持ってきていたから直接こちらに向かったのだろう。
     
    「お、会議終わった?」
    「ああ。おい、カゲ書類ちゃんとやっておけよ。今回のは、意外と期限短いんだから」
    「ハッ。知るかよ。そういうのはゾエに任せとくからいーんだよ」
    「いやいや、いくらゾエさんでも何の説明なしに書類はつくれないよ⁉︎」
    「あんまカゲを甘やかすな。…はぁ。ゾエ、こっち来てみろ。簡単に説明してやる」
    「とか何とか言いつつ、君も甘いよね」
    「うるさい、王子」
     
     荒船は少し離れたところに北添を呼びつけ、書類の説明を始める。それを遠目に見ながら友人たちに合流した王子はにこやかに話しかけた。
     
    「それで?みんな集まって何をしてたんだい?」
    「課題だな、一応は」
    「途中からお喋りになってたけどねー」
    「飽きたんだからしょうがない」
    「なるほどねぇ」
    「元々は”あの日をどうするか”について話していたんだがな」
    「本人帰ってきとるし、また後日でええんちゃう?時間はあるんやから」
    「ふむ……」
    「どうした、王子」
    「ちょっと思いついたことがあってね、まだ少しまとまらないから後で説明するよ」
    「そうか?ならいいが…」

     待ち人が来たことで未参加組は早々と荷物を片付けている。北添への説明が終わったらすぐにでも出かけるつもりだろう。王子もまたその流れに乗るように、預けていた荷物の方へ向かうのだった。
     
     **
     
     数日後、荒船を除いた高三男子たちは、改めて”あの日”の予定を決めるため集合していた。”あの日”とは荒船の誕生日である。大切な友人であり、リーダー的存在である荒船を祝うため、この集団は密談を交わしていたというわけだ。当日の予定をあらかた決めた後、プレゼントをどうするかという話になった今、王子がある提案を投げかけていた。
     
    「俺たちでプロデュース?」
    「そう、この前の話を聞いて思いついてね。荒船の告白を僕達でお膳立てするのはどうかと思ったんだ」
    「それが俺たちからのプレゼントってことか」
    「ケーキとかは女子が用意するっていってたし、かげうらでいつものように誕生日パーティするのに文句はないけどそれだけじゃ面白くないだろう?だからこそ、俺たちでアイデアを持ち寄って告白までの段取りをサポートしてしまおうということさ!」
     
     王子が自信たっぷりに話すそれに周りは思い思いの反応を返す。その反応は綺麗に両極端に分かれた。
     
    「いいんじゃね?面白そうだし」
    「だが、できるのか。俺たちにそんなことが」
    「俺も自信ないぞ」
     
     いつものように能天気に同意する当真に対し、心配そうなのは村上や蔵内の真面目組。穂苅も自分の苦手な部類だと思ったのか、いつも変わらない真顔が少し曇っていた。
     
    「そこは大筋を王子や犬飼に決めてもろて、それに必要なものをプレゼントとして渡せばええんやない?」
    「それならまぁ」
    「何とかなる、のか?」
    「じゃあ早速相談しよっ!」
     
     とりあえずの納得はできたとみた犬飼が改めて話し合いを呼びかける。今度こそ全員が乗り気になったそれは和気藹々と進むのだった。
      
     
    「「誕生日おめでと〜!!」」
     
     パンパーンとクラッカーの音が鳴り、それを向けられたお誕生日様に色とりどりのリボンが降りかかった。
     
    「おう、サンキュ」
    「はいはい、主役はこっち座って!カゲがお好み焼き焼いてくれてるからさ!」
    「黙れ、クソ犬!」
     
     荒船は腕を引く犬飼に連れられ、影浦の前の席に腰を落ち着ける。わいわいと騒ぐ奴らのせいで、店内は非常に騒がしいことになっていた。いくら貸切で、ボーダーの常連も多い影浦の実家の店とは言え、迷惑ではないかと少し心配していると、目の前で舌打ちが聞こえる。
     
    「つまんねえ気使ってんじゃねぇ。迷惑だとか思っちゃいねぇよ」
    「……そうか。ならいいんだが」
    「つーか、お前らぐらいマシだわ。成人組が集まった時の方がひでぇ」

     幾分げっそりとした表情になったのは、成人組には影浦をいい意味で気に入っている大人が多いからだろう。他人に敵を作りやすい反面、見知った者には懐かれやすい友人は、年上からも可愛がられている。歳上連中はこの生意気な友人を、揶揄いやすい後輩と見做しているのだ。
     
    「荒船くん、少しいいかしら?」
    「ああ」
     
     そのまま影浦と雑談しながら箸をすすめていると、近寄ってくる影があった。もはや主役を放って騒いでいる集団から抜け出てきたのは、村上同様支部所属の今だった。
     
    「改めて、お誕生日おめでとう」
    「ありがとな。今はケーキ作ってくれたんだろ?」
    「ええ。荒船くんは甘いものがそこまで得意じゃないみたいだし、抹茶のシフォンケーキだけど。他の女の子たちも手伝ってくれたから、そこまで大変ってわけでもなかったわ」
    「あいつらにもまたお礼言っとくよ」
     
     荒船がそう告げると今は嬉しそうに微笑んだ。だが、話はそれで終わりではないようで、再び口を開いた。
     
    「それで、今私がここにきた理由なんだけど、実は来間先輩からプレゼントを預かってきているの」
    「来間さんから?」
    「鋼くんのことでお世話になったのと、太一が狙撃手でお世話になっているからって。これなのだけど……」
     
     そう言って取り出されたそれは綺麗に包装されていた封筒だった。差し出されるがまま、開けてもいいかと今に尋ねると、内容は聞いているから是非、と勧めるため荒船はせっかくの包装を破らないようにゆっくりと開いていった。
     
    「これ、図書カードか?」
    「荒船くんは進学校だし、ボーダーでもよく勉強しているのを見るから少しだけど助けになればって言っていたわ。あと、聞きたいこととかもしあれば、いつでも相談に乗るから気軽にメールしてって」 
    「それはありがたいな。また直接お礼に行くが、今からも伝えてもらえるか?」
    「わかった。伝えとくわね」
    「あー!今ちゃんもうプレゼント渡しちゃったの⁉︎」
    「え、ダメだった⁉︎私から、というか来間先輩からのものなんだけど……」
    「あ、そうなんだ。別にダメじゃないよ〜プレゼントわたすのいつにするか迷ってたからちょうどいいかも」

     じゃあ最初は女子から〜と犬飼の声がかかると、さっきまで各自食事をとっていた女性陣が集まる。もちろん今もそちらに集まっていた。
     
    「私たちからはケーキとお菓子だよ〜」
    「みんなで作ったんだ?」
    「そうだよ〜結花に教えてもらいながらねぇ〜」
     
     犬飼の言葉に緩い口調で国近が答える。周りもそれに笑って頷いているから、その作業も楽しかったのだろう。
     
    「みんなありがとな。でも流石に多すぎるから、ここの奴らに分けてもいいか?」
    「主役が決めたならそれでいいんじゃない?」
    「じゃあそういうことで。ほらお前らとっていいぞ。ちゃんとお礼言うんだぞ」
    「マジか!ラッキー」
    「美味しそうだな、どれも」
    「ああ、綺麗にできてる。結花もお疲れさま」
    「鋼くんにも味見してもらったものね」
     
     どうやら作ったのは鈴鳴支部だったらしい。和やかにお菓子を摘む面々を、荒船は微笑ましそうに眺めていた。
     
    「じゃーここで俺たちからのプレゼントをお披露目しようかな!」
    「お前らまでなんかあんのかよ」
    「あるに決まってんじゃん!最初はねー王子と蔵内!」

     犬飼の呼びかけに応えるように紙袋を抱えてきた王子と蔵内。手渡されたそれは思いのほか大きくて、荒船は眉間に皺を寄せた。
     
    「おい、何だ中身は」
    「服だよ」
    「服?」
    「僕と蔵内で選んだんだ。気に入ってくれるといいんだけど」
    「といっても、そう高いものではないが」
    「……いや、嬉しいよ。王子も会長もありがとな」
    「ふふ。それはみんなのを受け取ってから聞きたいかな?これは一部でしかないからね」
    「は?どういう、」
    「じゃあ次は穂苅と鋼くんねー」
    「俺たちはこれだ、渡すものは」
    「頑張って選んだんだ」
     
     穂苅と村上が差し出したのは映画の前売り券。その他の友人たちもそれぞれ用意したプレゼントを手渡した。影浦と北添は今日のパーティの飲み物代、ということで形あるものではなかったが。そして最後に犬飼が何やら書き込まれた雑誌を手渡した。
     
    「これで最後だよ!」
    「最後って……これ何なんだ?」
    「俺特製デート場所特集!」
    「は?」
    「おすすめのデートスポットと、食事どころメモしたから使ってね!」
    「いや、俺別に付き合ってるやついないんだけど……」
    「知ってるよ!だからもう告白しちゃえって言ってんの!」
     
     犬飼の言葉にハッとしたような顔をする荒船。その視線の先には、そんな荒船を心配そうに見る友人たちがいた。
     
    「荒船さ、もう長いじゃん片想い。そろそろ告白してもいいと思うんだよ」
    「というかアプローチくらいしてもええと思うで?」
    「それにはやっぱりきっかけがいるからさ、デート誘ってみなよ!」
    「俺たちのプレゼントが少しは助けになるといいんだが……」
    「もし、相手にプレゼントとかするなら私たちが相談に乗るよ!」
     
     男女問わず、荒船に声を掛ける。そんな友人たちは、じっともらったプレゼントを眺める荒船が何か決意したような顔で独り言を言ったのに気づかなかった。
     
     ——確かにちょうどいい機会かもしれない、な

    「荒船?」
    「いや、そうだな、と思って。考えてみるわ」
    「ほんとか!」
    「ああ。ここまでお膳立てされたらな」
    「ちゃんと結果教えてよ!またお祝いしなきゃなんだから」
    「何でテメェらに教えなくちゃ何ないんだよ」
    「そりゃ友達なんだから、当たり前でしょー!」
     
     犬飼をはじめ、好意的な反応を返した荒船にからかいまじりに絡んでいく。それに周りの友人がどんどん参加していく中で、妙な顔をした影浦がじっとその背中を見つめているのだった。 
     
     *諏訪視点*

    「なんで俺は言えなかったんだー……。せめて言葉くらいかけたかったのに……」
     
     諏訪洸太郎はとてつもなく後悔していた。
     そのテンションの下がり具合は珍しく、任務前に副官的立場の堤に苦言を呈されるほどだ。本人も今の状況が悪いのはわかっていた。だからタバコ休憩と称して気持ちを整えるため、こうしてボーダー内を散策しているのである。
     テンションが下がりきった理由、それはごく単純なものである。それは『想い人の誕生日を祝えなかったこと』だ。同じボーダーに所属する正隊員だが、年齢も違えばシフトも違う。何なら当日は大学の授業が最も詰まっている曜日、と諏訪にとって最悪なタイミングだった。
     だとしても本当は当日、大学終わりにでもボーダーに寄り、偶然を装っておめでとうの一言くらいかけるつもりだった。何なら飲み物の一本くらい奢ってやるつもりだった。だがその予定は、とあるアクシデントによって失敗に終わってしまったのだ。
     
    「だってのに、なんで問題起こす馬鹿がいんだよ」
     
     大学の友人が次の授業に使うプレゼン資料のデータを飛ばしたとかなんかで、手が離せなかったのだ。何とか仲間内で共有していた途中データで復元できるところまで復元し授業には間に合うよう仕上げることができたのだが、終わった頃にはボーダーに行っても荒船はいないし、何なら友人たちとパーティだと早めに出たらしい。俺はそのまま意気消沈してボーダーを後にしたのだった。
     そんな恨みごとをボソボソ呟きながら廊下を歩いていると、俺は遠くからこちらに歩いてくる人影に気づかなかった。
     
    「お、諏訪さん。元気ねぇな」
    「あ、荒船ぇ?」
    「荒船だけど?何変な声出してんだよ。気持ち悪いぞ」
     
     目の前で胡乱げな視線を向ける生意気な後輩—荒船哲次。この男こそ、なんと諏訪の想い人その人であった。
     突然想い人に会うというハプニングに内心狼狽えながら、少しでも会話を引き伸ばそうと諏訪は何とか言葉を絞り出す。奇しくもその内容がさっきまで考えていた誕生日の内容になってしまったのはお目溢しをいただきたい。
     
    「いや、えーっと昨日誕生日だったんだろ?俺昨日ボーダーいなかったからよ。おめでとさん」
    「ありがと。むしろ今日でよかったよ。流石に当日は言われすぎて疲れた」
    「なんだよ、それ。バレたら怒られんぞ」
    「黙っといてくれよ、誕生日様だったんだから」
     
     諏訪はいつものような軽口の応酬になり、少しほっとしていた。そして、この流れなら自然に聴こえるだろうと昨日できなかったプレゼントがわりの奢りを匂わせることにした。荒船もボーダーに所属しているとはいえ、まだ高校生。奢りの言葉にはつられると思ったのだ。
     
    「いいぜ?むしろ何も用意してねぇからな。一つくらいお願い事聞いてやるぞ?飯でも奢るか?」
     
     いつものように軽くそう口にする諏訪を見て何か考えるような仕草をする荒船。予想していなかった反応に思わず黙ってしまった諏訪に、荒船は意外な返答を返した。
     
    「なら今度の休み俺にくれよ」
    「は?」
    「諏訪さんは俺が片想いしてること知ってるだろ?」
    「まぁ、有名だからな」
     
     諏訪はそう返したがそれは事実だった。隠しもしない荒船の態度と、噂好きの犬飼やボーダーの連中によってそれはもはや周知の事実となっていた。一応、本人も探るなと厳命していること、良識ある年上たちもあまり面白がるなと釘を刺していることで馬鹿なことをする奴は少ないが、あったとしても当の本人である荒船がしっかりと対応するので基本問題になっていなかった。それは本人も自覚しているのか、苦い顔をしながらも話しを続けた。
     
    「何で有名なのかは物申したいとこだが、まぁそれが原因でな。そろそろ告白しろってデートコースと服装一式プレゼントされた」
    「はぁ?お前の周りどうなってんの……」
    「それは思ったけど、俺を思っての行動みたいだから文句も言えないんだよ」
     
     呆れたような表情だがその声音は優しい。荒船も面白がっての行動ではなく心配からくるものだと気づいているのだろう。諏訪の内心としては、それにしてもやりすぎじゃないかとは思わないでもないが。
     だがその後に続いた言葉は先ほどよりももっとぶっ飛んでいた。
     
    「で、練習したいから付き合ってくれ」
    「れ、練習?」
    「一度も行ったことない場所ばっかなんだよ、そのルート。だから一回行っておきたい」
    「え、それってつまり荒船告白すんの?」
    「ああ。いい機会だからな。だから諏訪さんも年上の目線でアドバイスくれよな」
    「何で俺なんだよ。他にもいるだろ」
     
     諏訪の本心からの言葉だった。普通に考えて諏訪じゃなくてもいいはずだった。東や柿崎、来間など誠実なデートをしそうな人物はボーダーにも多くいたし、なぜ諏訪を選んだのか本気でわからなかったのだ。
     
     ——それに、誰が好んで好きな人が告白するデートの下見に着いていかなきゃなんないんだ。とんだ地獄だろ、それ
     
     そう諏訪が考えていると、真面目な顔をした荒船が諏訪を見ていた。真っ直ぐ射抜かれるそれに、諏訪は半歩後退る。それに気づいたのか気づかなかったのか、荒船はスッと視線を逸らすと静かに口を開いた。
     
    「他の人は揶揄ってきそうだし、デートの目線が俺と合うと思えない」
    「俺もだろ、それは」
     
     絞り出すような声だった。だが、荒船はそんなことは意にかえさないようで、いつも通りの芯の通った声で諏訪に告げるのだった。
     
    「あんたはしないだろ」
     
     それは諏訪にとってある種の死刑勧告だった。これ以上の反論は意味をなさないという。信頼か何なのか、ここまで断言されてぐちぐち言い訳をこぼすのは何とも女々しい。そう思ってしまったら白旗を上げるしかなかった。
     
    「……ま、言い出しっぺは俺だからな。付き合ってやるよ」
    「じゃあ後で時間とか連絡する」
     
     そうして、諏訪こと俺は誕生日当日を祝えなかった想い人と、まさかのデートもどきをすることになったのである。
     
     **
     
    「おはよう諏訪さん」
    「おう」
     
     荒船と約束した通りあの会話をした時から一番すぐの休日、俺と荒船はデートもどきのため待ち合わせ場所で顔を合わせていた。約束の時間5分前というタイミングでばったり鉢合わせた俺たちは、お互いを見たまま黙り込んでいた。
     
    「……」
    「どうした?」
    「なんかお前が帽子かぶってないのが違和感だなぁと」
     
     そう、今日の荒船は帽子をかぶっていない。それどころか普段ボーダーで見かける服装より大人っぽさが増しており、そこそこある身長と整った顔のせいでもはや高校生には見えない雰囲気を醸し出している。何なら周りの女性からの視線も鬱陶しいくらいだ。
     つまり何を言いたいかと言うと、とてつもなく似合っている。俺はそんなレアな荒船を見られただけで割とテンションが上がっていた。見せないけど。
     
    「あいつらがくれた服の中に帽子はなかったからな。変か?」
    「確かにいつもの私服とは雰囲気違うけどよ、似合ってるぜ。新鮮でいいんじゃねーか」
    「……そうか」
     
     内心はさておき、素直に見たままを褒めると照れたのかそっぽを向く荒船。そんな年相応の態度に再び心を撃ち抜かれながらも、俺は荒船に今日の本題を問いかけるのだった。
     
    「で、例のルートはどうなってんだ?」
    「一応書いてあったことは写真撮ってきたんだけど……」

     荒船が差し出す端末の画面をそろって覗き込む。そこにはわかりやすいが何となく軽いタッチで書かれたメモが写っていた。
      
     【待ち合わせした後、映画もしくは相手の好きなところを含めて散策(ショッピングとかいいよね!)そのあとは美味しいところでご飯を食べる(おすすめは選んでおいたから参考にしてね!)その次は綺麗な景色の場所(ここもいくつかピックアップしといたよ!)とか荒船の特別な場所に連れて行ってLet's告白!】
     
    「何つうか、ざっくりだな」
     
     全てを見終わった俺の感想はその一言だった。荒船も否定はしないのか、端末をしまいながら喋り始める。
     
    「犬飼が言うには、あんまり細かく決めるとそれを達成しようとして違うとこに力が入るからこれくらいざっくりでいいらしい」
    「慣れてるようで何よりだな……」
     
     あまりにも女性との付き合いに慣れた意見に、俺は何とも言えない気持ちになる。思い出してみれば、犬飼は容姿もよく上に姉がいるとも言っていたから女性の対応も一言があるのだろう。そう思っていると、荒船が続けた言葉に驚くことになる。
     
    「ちなみにこれ、犬飼だけじゃなくて水上と王子も関わってるらしい。なんかおすすめの店がいろんな傾向があって聞いたらそう言ってた」
    「それお前の同級の頭脳派たち総動員じゃねぇか!」
     
     まさかの裏事情に驚愕しながらも、これでは話が進まないため実際にどう動くのか決めることにした。今日の目的はデートの下見だ。それなりに指針を持って動かないといけないだろう。
     
    「んじゃ、待ち合わせは達成したってことで、映画でも行くか?」
    「でも今好みのやつやってないんだよな。穂苅たちから貰った前売り券も、まだ上映始まってないやつだし……」
    「じゃあどうすんだよ。相手の好きなところって書いてあるけど、なんかあてでもあんのか?」
     
     その言葉に悩む素振りを見せる荒船。俺としては好きな人がいることは知っていても誰かは知らないため情報が全くない。つまり待つしかできず、荒船が口を開くのを待った。
     
    「そうだな……本屋、とか」
     
     ——っ……
     
     しばらく待って出されたその意見に、俺は心臓が小さく飛び跳ねる音を聞いた気がした。だが、それを表には出さず問いかける。
     
    「……読書、好きなのか相手」
    「らしい。俺が直接聞いたことはないけど、周りがそう言ってた。諏訪さんも読書好きって聞いたけど」
    「俺が好きなのはミステリーだけどな。他にも割と見境なく読むぜ。なら、俺のおすすめの本屋でも行ってみるか?」
    「そうだな……頼む」
    「りょーかい」
     
     表面上ヘラヘラと笑いながら、行きつけの本屋に荒船を案内するため歩き始める。さっきとは打って変わって内心は複雑としか言いようがない。それはなぜか。自分で自分に問いかけながら答えはとうの昔にわかっていた。「本好き」。それがキーワードに違いなかった。半ば諦めかけたこの恋ではあるが、まさか思い人の好きな人と趣味が合うなんていう最悪の展開が待っていようとは、流石の俺にも予想外だった。
     ずっと考えていたのだ。俺が荒船との恋を絶望視していた理由は何も荒船に好きな人がいるからだけではない。第一の問題は性別が同じこと。これはどうしようもないが、今更変えることはできないし諦めている。第二の問題は趣味が合わないこと。俺は本好きで荒船は映画好きだ。映像と文章、そこに関係はあるが双方なかなかの頑固ものだし趣味にはうるさいタイプだった。つまり、合わないだろう、と俺は思っていたのだ。だからこそ、荒船の好きな人が本好きというのはなかなかの衝撃だった。自分が諦める理由の一つにしていた理由を持つ人物が想い人の好きな人の条件。悪夢を見ているかのようだった。羨ましい、その一言がさっきから頭の中をぐるぐると回っている。
     そうこうしている内に俺は本屋についていたらしい。記憶にはないが中身のない会話を続けていたのを中断して、俺は荒船に立ち止まるよう促した。
     
    「ついたぞ、ここが俺の行きつけ」
    「大きいな」
     
     荒船が見上げるように眺めるのを横から見つめる。その目にはわかりやすい好奇心が浮かんでいて、さっきまでの荒れていた内心が少し癒される気がした。結局俺は単純なのだ。心が乱された理由も荒船なのに、その心に平穏をもたらすのもまた、荒船なのだ。
     
    「そんだけジャンルが豊富なんだよ。だから隊の奴らともよく来るんだ。アイツらも俺に負けず劣らず本好きだからな。日佐人は本というか漫画だけどよ」
    「ふーん」
     
     俺の話にも興味はあるのか、さっきまで店に向けられた視線が戻ってくる。よく考えれば、こうして自分の隊のことを説明するってのも、なかなかない機会かもしれない。一人思考を飛ばしていると、急に思い立ったのか荒船が俺の服を引いて店内マップのところへ連れて行く。その行動の意味がわからず首を傾げていると、荒船がマップを指差して告げた。
     
    「なぁ、諏訪さんはいつもここ来たらどこを見るんだ?」
    「え、それ今関係あるか?」
    「……俺そこまで本好きってわけじゃねぇし、相手が好きならそこのジャンルのとこ行った方が話題あるかと思って」
    「なるほどな。じゃあ、俺ならこっち」
     
     単純にそう思っただけだったのだが、荒船としては不服だったのか少しむくれたような表情になる。思わぬ顔をさせてしまったので慌ててしまった。だが荒船の言い分に納得したので、今度は俺が荒船を引き連れて馴染みのコーナーに連れてきた。
     
    「これ、ミステリー?」
    「ご名答」
     
     どうやら無理矢理引き連れてきたことは怒っていないし、しばらく興味深そうに本棚を眺めるのを横目に、自分も新刊を中心に次に読むものに当たりをつける。すると荒船がこっちを見ているのに気づいた。視線に呼ばれるままそばによると、今度は本棚に視線を移して質問が飛んできた。
     
    「なんかおすすめあったりするのか」
    「お、読む気になったか?俺としてはここらへんのがおすすめだけど、何なら買わなくても俺貸すぜ?」
     
     本好きとして素直に同士が増えるのは嬉しい。本の貸し借りに苦手意識もないし、ちょっとは語れる仲間になれるかもと下心もこみでそう言うと荒船は首を横に振った。
     
    「いやいい。諏訪さんと本屋来たのも何かの縁だし自分で買って読む。だからなんか見繕ってくれよ」
    「っ……ちゃんと感想教えろよっ!」
    「ふっ。期待してくれていいぜ?俺はちゃんと読み込むタイプだ」
    「ほんとかよ……」
     
     そう言いつつもニヤニヤが止まらない俺は、本を選ぶフリで荒船に背を向けた。
     
     ——何だよ、何かの縁って
     
     心の中ではそう思いながらも、俺は嬉しくてしょうがなかった。理由はよくわからないけれど、荒船が自分との行動の記念に本を買うというのだ。それは記憶に残そうとしているってことで、荒船にとってもいい思い出の一つになろうとしているってことだから。そう思うと、俺は思い出となる本選びに力が入るのだった。

     そんな本選びに夢中になっている諏訪を、荒船はどこか影のある笑みで嬉しそうに眺めているのだった。
     
     **
     
     あれから諏訪おすすめの本を本当に購入した荒船は、次の目的地を本屋から程近いショッピングモールに決めた。実はその近くに、犬飼たちおすすめの食事処の中で荒船が目をつけていたところがあるらしく、予約はしてあるためそれまで時間を潰すことになったのだ。
     服の趣味がそこまで似ているというわけでもないため、どうなることかと思っていたがお互いそこまでこだわりも強くなく、おしゃれに興味があるわけでもないので、気になったお店を覗いたり、一緒に小物を物色したりとなかなか順調にウインドウショッピングを楽しんだのだった。
     
    「お。そろそろいい時間じゃねーか?」
    「そうだな、そろそろ行くか」
     
     荒船のナビに任せ向かったお店はこじんまりとした温かみのある小さな店だった。
     
    「なんか、思ったより大人しい見た目の店だな」
    「どんなの想像してたんだよ」
    「なんか女子が気に入りそうな感じの、こう、可愛い感じ?」
    「それだと俺が入りづらい。確かにあのメモにはそういう店もおすすめされてたけど」
    「それもそうだな」
     
     確かに女性向けのお店は基本的に男の入りにくい外装をしている。女性側からしたら逆も然りなのだろうが。
     予約を伝え、スムーズに席に案内される。渡されたメニュー表を開くと、どうやらここは洋食がメインの店のようだ。
     
    「うまそー」
    「俺はこれにするけど諏訪さんは?」
    「俺は無難にパスタかねぇ。荒船はなんでオムライス?この店のイチオシとかなのか?」
     
     まるで元から決めてあったとばかりにメニューを選んだことが気になりそう尋ねると、帰ってきたのは気まずそうな答えだった。
     
    「それもあるけど……半崎の好物なんだよ」
    「……へーぇ?優しい隊長様じゃねーの」
    「うるさい。決まったなら注文しろ!」
    「はいはい」

     まさかの後輩の好物だったらしい。これはきっと美味しかったら連れてくるつもりだな、とニマニマしていると揶揄われているのがわかったのか荒船に注文をせかされてしまった。
     
    「お、なかなか美味い」
    「意外とボリュームあるな」
    「だな。男ならいけるけど女子には無理か?」
    「……なるほど。そういうこともあるのか」
    「うちは小佐野がいるからな。遊びに行った時、食べきれない奴は堤や日佐人に押し付けてたぜ。加賀美はそういうことないのか?」
    「加賀美はしっかり食べる方だからあまり無いな。時々どうしてもって時は頼まれるけど」
    「やっぱ食べる量が違うもんなー」
     
     お互いオペレーターが唯一の女性ともあって、そういうところの理解は早い。俺は今日呼ばれた理由であるアドバイスを忘れないようにしながらも、そんな共通点に頬が緩んでいた。
     それ以降は、お互い喋ることなく黙々と目の前の食事を平らげた。帰り際、飯の代金をどっちが払うかでひともめしたが、一応誕生日祝いの埋め合わせなのだと俺が押し切った。
     
    「さて、腹もいっぱいになったとこだし次はどうする?お勧めされたっていう景色がいいとこにでも行ってみるか?」
    「いや、行きたいところがある。付き合ってくれるか?」
    「当てがあんならどこでも良いぜ」
     
     というわけで荒船についていくことになった俺たちは再び駅へ戻ってきた。
     
    「少し待っててくれ、トイレ行ってくる」
    「りょーかい」
     
     俺は先程の店で済ませていたので、おとなしく荒船を待つことにする。移動中確認していなかった友人たちからの連絡やボーダーからの連絡に返信していると、いつの間にか時間が経っていたようだ。
     
    「悪い待たせた」
    「別にそんなに待ってねぇけどよ。何持ってんだ?」
    「後でわかる」
    「ふーん?」
     
     なぜか帰ってくる時に紙袋が増えていた荒船を訝しみながらも、俺と荒船は電車に乗って移動を開始した。そうして、荒船の言うがまま電車を降り、タクシーで移動すること数十分。目の前にその景色は現れた。
     
    「ここ、か?」
    「着いたな。見せたかったんだ、この景色」
    「すげーな……」
     
     そこに広がっていたのはさまざまな色のコスモスだった。よく見知った色から見たことのないものまで、ごちゃ混ぜになったように咲き乱れるそれは実に見事な花畑だった。
     
    「この前テレビでやっててさ。見てみたいなと思って」
    「なるほどな、こりゃ取材されるのも納得だ。見せたかったってのもわかる気がするぜ。女子ウケも良さそうだしな」
    「……そうだな」
    「じゃあここが『荒船の特別な場所』になるわけだな。絶好の告白スポットってわけだ」
    「……ああ」
    「荒船?」
     
     さっきからどんどん口数が少なくなっていく荒船に俺は心配になる。じっと花畑を見ているその視線に感情が見えなくて、今こいつが何を考えているのか俺にはわからなかった。そんな俺の思考を読んだのか、荒船は急に体の方向を変えると俺にまっすぐ向き直った。突然の動きに俺は何も言葉を発せず、ただじっと見つめることしかできない。
     
    「……」
    「好きだ。誰よりもあんたが好きだ。俺と付き合ってくれませんか」
     
     ……驚いた。それはもう心臓が飛び出るんじゃないかと思うほど驚いた。
     花束を差し出し、スッと下げられた頭はつむじまで今日は帽子がないからよく見える、なんて現実逃避をしたいほど。でも、俺はちゃんとわかっていた。わかっていたから、ニッと無理やり口角を上げて見せた。
     
    「…………それはちゃんと片想い相手に言ってやれよ」
     
     俺の言葉に荒船は下げていた頭を上げた。その目は透き通っていて、何の感情が込められているのだろう。
     
    「……わかってる。でも今日は練習だって言ってあっただろ?なら少しぐらい付き合ってくれよ」
     
     そういつものように俺に物申す態度は、本当に普段通りの荒船だった。本当に嫌になるくらい普通の。
     
    「やだよ。お前ぐらいの美男子なら、練習なしでも告白ぐらい簡単にオッケーもらっちまうだろーが!」
    「非モテの僻みか?」
    「うっせー!」
     
     俺はいつも通り笑えているだろうか。きっと笑えている。だからこんなにも、荒船といつものやりとりができているのだから。いつものように、憎まれ口を叩き合い、喧嘩腰でのコミュニケーション。それが俺と荒船のやりとりだった。
     
    「ま、諏訪さん相手だしこうなることはわかってたけどな。でもこれはあんたに上げる。これドライフラワーになってるから、隊室にでも飾っとけ。小佐野がなんとかしてくれるだろ」
     
     かさりと花を包んでいた包み紙が触れ合う音が嫌に響く。荒船から俺の腕に移動したその花束は少し濃い色をしたコスモスの花束だった。
     
    「お、おお?ってこれもコスモスなのか。というかお前花束もって告白とかキザなヤローだな、おい」
    「花屋に行くのも練習しときたかったからな。でも似合うだろ?」
     
     ニヤリと口角を上げて笑うその姿は様になっていて、つくづく顔面偏差値の高いやつだと思う。俺は憎まれ口を叩きながら、結局許している自分の甘さに呆れ返っていた。
     
    「えーえー似合っておりましたとも。できれば本番は生花の花束がよろしいんじゃありませんかねぇ⁈」
    「考えといてやるよ」
    「ちょっとは年上のアドバイスを素直に聞きやがれ!」
     
     そのあとは何事もなく帰宅の途に着いた。帰り道にあの告白について触れることはなく、俺はただ後輩のデートの下見に付き合った先輩としてその日を終わらせたのだ。そんな俺に残ったのは、もう香りなどなくなった美しいドライフラワーだけだった。
     
     

     *荒船視点*

    「あ、そういえば報告しろって言ってたからいうけど、俺失恋したからな」

     自身の誕生日から数週間後、俺は単なる報告をしたつもりだった。しかしそう思っていたのは俺だけのようで、いつものように空いている隊室−今回は影浦隊ーで駄弁っていた友人たちは一堂に目を丸くして俺に視線を集めた。
     
    「ちょっと、どういうこと!」
    「どういうことも何も言葉通りの意味だが」
     
     案の定一番最初に声を上げたのは犬飼だった。今は防衛任務で生駒隊と王子隊が出ているから王子がいなくてよかった。いたらうるささは2倍になっていたはずだ。
     
    「失恋ってどうして!」
    「告白する前に脈なしだって分かったからな、失恋だろ」
    「本当なのか」
    「こんなこと嘘ついてもしょうがないだろ。なんか応援してくれてたお前らには悪いけどな」
    「せ、せめてデートはしたんだよね……?」
    「もどきみたいなものはな。穂苅、鋼、相手の予定に合わせていたら、もらった前売りのには行けてないんだ。せっかくもらったのに悪い」
     
     矢継ぎ早に飛び出す質問にきっちり答えていく。それが気にかけさせた俺の誠意だと思ったからだ。ただ、映画についてはどうしようもなかったとはいえ、おそらくデートで使うようにと渡してくれたものだったから申し訳ない。そう思って謝ったのだが、鋼も穂苅も首を横に振るだけだった。
     
    「それは構わないんだ。荒船にあげたんだから自由にしてくれていい。でも、荒船が振られるなんて……」
    「そんなに意外か?俺が振られるの」
    「意外だな、とてつもなく」
    「それは褒め言葉として受け取っておく」
     
     本当に驚いたとばかりの表情で二人がいうものだから、俺も少し笑ってしまう。俺は烏丸や奈良坂ほど綺麗な顔をしているわけでもないし、性格もそんなに良くないからそこまでモテるとは思えないんだがな。
     だが、それまでじっとこちらを見ているだけだったカゲが口を開いた。眉間には気に食わないことがあったと言わんばかりに深い皺を作りながら。
     
    「……お前、元から分かってたんだろ」
    「カゲ?」
    「……やっぱり、あの時か?」
     
     俺の言葉にカゲは小さくうなづいた。俺はカゲに気づかれた時の心当たりがあった。それは多分、俺の誕生日当日。みんなからプレゼントをもらい、その意味を教えてもらったあの瞬間だろう。
     
    「言葉と感情があってなかったんだよ、お前にしては珍しくな」
    「……できるだけ、お前には向けないように気をつけたんだけど、まだまだみたいだな」
    「……どういうこと」
     
     その言葉には怒りが込められていた。確かに、今のままではカゲと俺しか話の意味がわからないだろう。俺はカゲに俺の誕生日の時に気づかれていたことを話した。それを聞いた犬飼たちは口々に「どうして言わなかった」と俺を非難する。それもそうだろう、告白だ!と盛り上がっていた時にはもう失恋が確定していると分かっていたなんて。
     
    「そうだな、ここまでバレたらもういいか。気分悪くなるかもしれないけど、聞いてくれるか?」
     
     その言葉に部屋を出て行ったり、聞かないという選択肢をとったものは居なかった。穂苅がそっと端末で録音をし始めていたが、俺は止めなかった。多分、今ここにいない奴らに聞かすのだろうと思ったからだ。それぐらい構わなかった。騙していたようなものだから。
     
    「俺、好きになったの男の人だったんだよ。ちなみにこれが初恋だから、俺の恋愛対象が男だけなのかはわからない。多分違うと思うけど。あの人が特別なだけで」

     「好きな人は男」。その一言に場は凍りついた。それは俺の予想通りだったので、構わず話を続ける。
     
    「だからお前たちが告白しろとか、アプローチしろっていうの躱してたんだ。ごめんな。でも、それも終わりにしようと思ったんだ。犬飼たちが言ったように俺の片想いも長いしこれから受験だし、区切り、つけようと思ったんだ」
     
     そこで一度言葉を切った。周りを見渡すと、泣きそうな奴もいて、何で俺じゃないのにそんな顔してんだと笑ってしまった。本当に、俺はいい友人を持っている。こうして、他人のために傷ついてくれるこいつらが俺は大事だった。
     
    「いい機会だった。ありもしない理由で誤魔化して一日一緒に過ごしてもらった。思い出になったし、改めて脈なんてありもしないって分かったから。ルートはお前らがくれたもの参考にしたから、ほんとにデートみたいだったし。だから、俺意外と辛くないんだ。だからそんな辛気臭い顔しないでくれよ」
    「ほ、本当にそれでいいのか、荒船ぇ!」
    「何でお前が泣きそうなんだ、当真。いいんだよ、別に酷くされたわけじゃない。当たり前のことなんだから」
     
     そう当たり前なのだ。男同士の恋など基本的に前提にない。あの時の告白に嘘偽りは存在しない。ただ、相手は本気にしなかった。本気に捉えるような関係ではなかったというだけだ。それでも俺は満足していた。俺としてはデートできたし、諏訪さんの趣味の話とかを聞けたりいつも以上に距離が近かった1日だったから。俺の覚悟はあの花束に託して、諏訪さんに上げたから、俺に残っているのは幸せな思い出だけなのだ。
     
     そんな内心を抱えながら、目の前で泣きそうになっている友人たちを介抱しようと手を伸ばすと、背後のドアが荒々しく開かれた。ドアが壊れるんじゃないかと思うほど強引にこじ開けられたその先に立っていたのは、換装体なのに何故か息を荒げた諏訪さんだった。

     *諏訪視点*

     あの激動の1日から数週間。俺は普段通り、ボーダーに顔を出していた。今は隊室でゆっくり読書中だ。他の隊員は出払っており今は俺一人だ。そこに軽いノック音が響いた。
     
    「入っていいぞ」
    「失礼します、諏訪さん」
    「お?珍しいな、今が来るのは」
    「鈴鳴の方の書類に本部のものが紛れ込んでいて、ちょうどこちらに来る用事もあったし私が」
     
     扉が開き入ってきたのはオペレーターの今だった。手には書類を抱えており、仕事中なのが見てわかる。
     
    「なるほどなーわざわざありがとな」
    「あら、コスモスのドライフラワーですか?可愛いですね」

     今の視線の先にあるのは例のドライフラワーの花束だった。言われた通り、小佐野に任せられたそれは、形を損なわず綺麗に飾られている。
     
    「あー貰い物なんだけどよ」
    「え、諏訪さんの貰い物ですか?」
    「そうだけど」
    「女の人からですか?」
    「いや、男から押し付けられたようなもんだけど、なんかあるのか?」
    「あ、えっと、押し付けられたなら、特に意味はないかもしれないんですけど」
     
     何とも不思議なやりとりに、思わず質問してしまう。今も自覚があったのか、慌てて言葉を重ねた。
     
    「花言葉って知ってますか?」
    「それぐらいはな。あれだろ?それぞれ意味があって、花束とか作る時に使うっていう」
    「そうです。字のない手紙みたいなことができるんでロマンチックなんですよね。って、本題はここじゃなくて、花によっては細かい種類によって、それぞれ言葉が変わることがあるんです。代表的なのはバラやカーネーションなんですけど、コスモスもその一つなんです」
    「コスモスも?そんな種類あんのか」
    「たくさんありますよ。それで、この花束に使われているのも一種類のコスモスでできているんです。チョコレートコスモスって知ってますか?」
    「いや、知らねぇ」
    「香りがチョコレートみたいな甘い香りなのでその名前がついたんです。花の色もチョコレートみたいな色なんですよ」
    「ほー」
     
     何やら細かい話になってきた。真面目な今が無駄なことを話すとは思えないし、さっきからうなじがどうもチリチリしている。それが何らかの警告だと、今までの経験から知っていた。そんななか、今の説明は続いていく。
     
    「そして花言葉の説明をする前に、ドライフラワーの持つ意味についても説明しますね。ドライフラワーは長期保存に向いていることから、永遠や永久を意味すると言われています。それを踏まえて花言葉を考えると、この花束は少し意味深で……気になっちゃったんです」
     
     意味深。それはあまりいい意味で使われる言葉ではない。話を聞きながら、俺は今更になって、何故練習ごときで荒船がこの花束を用意したのかが気になり始めていた。アイツは告白のための花屋に行くのも練習だと言っていた。だが、本当に練習なら生花の花束を買うべきだ。本職なら花言葉にだって詳しいはずで、きっといい意味の花をまとめるだろう。じゃあ、この花束はどうやって作られたのだろうか。今気づいたが、花束というならもっと様々な花を使うのではないのだろうか。一種類、それもこのチョコレートコスモスを選んだ理由は何なのだろうか。偶然か?それとも、必然、なのか。
     疑問が脳内を埋め尽くす中、俺の相槌に対して凛とした今の声が隊室に響いてゆく。
     
    「その花言葉っていうのは、どんな奴なんだ」
    「『恋の終わり』『恋の思い出』『うつり変わらぬ気持ち』、ですね。これに永遠とかって意味が続いてしまうと、『最後の恋』とか『ずっと思いは変わらない』とか恋に少し未練が残っている人が贈りそうな、そういう意味になるのかなって。深読みだとは思うんですけど、ついこの前花言葉の話をしたばっかりだったから頭に浮かんじゃって」
    「それ誰と話したんだっ!」
     
     思わず叫んでいた。何故かはわからないがそこに答えがあると思った。さっきまでチリチリしていたのはこれだと、本能が叫んでいた。
     
    「えっ!ええっと、来間先輩と私と荒船くん、です。来間さんに質問があって、鈴鳴にきていて」
    「悪いっ!書類はそこに置いといてくれ!」
    「え、諏訪さんっ?」
     
     俺は隊室を飛び出した。向かうは一つ。荒船哲次、元凶のもとだ。
     

     *諏訪視点*

    「ちょっとこいつ借りるわ」
    「なっ!」
    「え、ちょっ、諏訪さん⁉︎荒船どこ連れてくのー⁉︎」
     
     息を整える間もなく、荒船を引き摺り出し、廊下をズンズン進んでいく。道中、ギョッとしたような顔で幾度か見られたが気にすることではない。手ごろな会議室が空室になっているのを確認すると荒船を放り込み、鍵を掛けた。
     放り込まれた荒船は明らかな不満顔だ。俺もその態度にさらに怒りが増す。ここに来るまで考えていたことが本当なら、こいつにはだいぶこけにされたものだ。怒りのままに、視線を返すと、あちらも睨みつけてきた。
     
    「……どういうつもりだよ。さっさとここから、」
    「俺はっ!」
     
     ここで、荒船に自由に喋らせる気はなかった。これまでの俺は荒船の手の内で転がされたと分かったからだ。分かった以上、主導権を譲るつもりは毛頭ない。
     
    「俺にも好きな奴がいる。そいつは美人で頭も良くて、自分を鍛えることを厭わないやつで尊敬できるやつだ。でも、諦めてた。そいつが好きな人がいるって知っていたから」
     
     そうだ。赤みのある真っ直ぐな髪も、理知的な輝きを宿すアメジストの瞳も、どれもが美しく収まった荒船は綺麗だった。だというのに、戦いは荒々しく、狙撃手になった今でも、バックワームを翻しビルから軽々飛び降りる姿は、さながらアクションスターのようだった。
     
    「周りからも慕われていて、年上からも可愛がられて、何ならめちゃくちゃモテるとも噂で聞いた。俺もそう思う、絶対モテる奴だって。告白さえしたら、アイツはその好きな人のものになるんだろうなって、嫉妬すらした」
     
     これも事実。狙撃手になって日が浅いのに、東さんは佐鳥とともに荒船を新入隊員の教官役に抜擢している。頼りになるからこそ荒船に任されたのだろう。普段も、攻撃手の後輩の相手をしたり、当真や国近たちの勉強の世話をしたり、いろんなやつの相談に乗っているのを知っている。なんなら、女から告白されてるのだって目撃したことがあるのだ。そして、いつも通り好きな人がいると断る姿を見て、安心して、苦しくなった。自分ではない、とそう思っていたから。
     
    「さっきから何言って」
    「だから、仲間でいられればいいと思ってた。少しは話ができる友人関係がちょうどいいと思っていた。俺にはそいつと付き合う未来なんて考えられなかったから」
     
     過去の自分とはいえ、なんとも女々しいことだ。だが、それなりの理由があったのだからどうしようもない。これは風間たちにも相談していない。多少勘づかれてはいるだろうが、問題の本質には気付かれていないと信じたい。
     
    「男だから。歳の差があるから。ボーダーに所属する限り、もしもの可能性を考えずにはいられないから。言い訳はたくさんあったが、最後は結局俺自身が躊躇ったからだ」
     
     俺はそこで少し言うのを躊躇った。これから口にするのは俺の本音だ。紛れもなく素直にそれを言葉にしてしまうのは少し、いやかなり恥ずかしかったが、どうせ聞いているのは荒船だけだと俺は覚悟を決めた。
     
    「……怖かった。茨の道に引き込むことが。身を引くことが相手のためだと思ってた。馬鹿だよな、それでも好きな気持ちは変わらねぇんだから」
     
     さっきから荒船は黙ったままだ。顔も俯いていて、どんな表情で俺の話を聞いているのかはわからない。それでも、俺は止まらない。怒りは収まったわけではないのだ。
     
    「もどきだけど、デートして。相手の動作に一喜一憂して。練習だったけど、告白みたいなことされて。嬉しかったし、幸せだった。なのに、」
     
     荒船の肩を掴み、思いっきり引き寄せる。突然掴まれたことに驚いたのか、顔が上げられ目の前にきらりと紫水晶が煌めいた。
     
    「なのになんでお前はっ!一人で終わらせようとしてやがるっ!なんだよ、恋の終わりって、お前が、俺を好きなんて、そんな、そんな……」
    「いたっ……」
     
     思った以上に肩を掴んだ手に力が入っているのか、痛みに綺麗な顔が歪む。いつもだったら、すぐに手を離していただろう。でも、今はむしろさらに力を入れた。その痛みさえ俺だと主張するように。
     俺は荒船を胸に引き込んで叫んだ。唸るようなその声は、我ながら獣のようだ。
     
    「奇跡だろ、そんなの。終わらせてたまるかよっ!」
     
     ああ、グツグツと腹の底が茹だる音が聞こえる。ムカついてムカついて、腹が立ってしょうがない。ただ、それでも、俺が荒船に抱く想いは変わらない。それにまた腹が立つ。
     
    「好きだ、好きだ好きだ好きだっ!俺はお前が好きなんだよ荒船っ!」
    「は、……」
     
     グッと力を込めて抱きしめる。身長は僅かに俺が高いが、日頃しっかり鍛えている荒船の方が体格は圧倒的にいい。それでも、その身体をしっかりと拘束する。離してたまるか。
     
    「どんな思いであの花を渡したかは知らねぇ!けど、受け取ったからには俺のもんだ、勝手にするぞ。あの思いごと俺によこしやがれ!」
     
     **
     
     しばらく抱きしめたまま無言だった。怒りのままやらかした俺はともかく、荒船にとっては急展開にも程があるだろう。いきなり連れ出されたと思ったら怒鳴られ、抱きしめられ、告白だ。自分でもどうかと思うが、先にやらかしたのは荒船だし、俺は怒っていたのだからと自己完結する。というか、自己完結しておかないと、罪悪感で謝りたくなる。しかし今は意地でも離すわけにはいかないと心を強く持とうとすると、腕の中から小さな声がした。少し腕の拘束を緩めて口元に耳を近づける。
     
    「……で」
    「あ、なんか言ったか?できればもうちょっと大きな声で、」
    「なんでアンタがそんなこと言うんだ」
    「はぁ?」
     
     なんだ文句が言いたかったのか、と呆れそうになったが、荒船の口がまだ動いているのを見て耳をすませる。
     
    「俺だって、考えた。男が男を好きになるなんてって悩んだ。もしもを考えようとしても、俺が好かれるとは思わなかった。俺は犬飼みたいにイケメンでもないし、鋼やゾエみたいに優しくもない。カゲや当真みたいに才能があるわけでもないし、王子や水上みたいに戦略を考えられる頭脳もない。穂苅や蔵内みたいにサポートが上手くもない。体も鍛えてるから柔らかくもないし、口が悪くてアンタともよく口喧嘩になる」
     
     そんなことはないと言ってやりたかった。さっきも言い切れなかった荒船の良さがまだたくさんあるというのに。だが、口を挟む間もなく、荒船の語りは続いた。
     
    「それでも、それでも好きだって気づいちまった。アンタのことがあるからああ言って告白も断ってたら、勝手に噂は流れるし、それでアンタも揶揄って来るから脈はないだろうなって」
    「……それは悪かった」
     
     謝罪はすぐ口から飛び出た。言われた通り、俺はこの件について揶揄ったことは何度もある。それは一種の嫉妬からくるものであったのは確かなのだが、荒船にとってはわかりっこないだろう。しかし、荒船にとってそこまで問題ではなかったのか小さく首を横に振る。
     
    「別にいい、それが普通だ。それでも、アンタの好みとか噂で知るたびにほんとかなって少し浮かれて、でも確かめられるわけもなくて沈んで。振り回されるってこういうことかって、思ったりして」
     
     さっき腕の力を緩めたからか、荒船の顔がよく見える。困ったような、嬉しいような、そんな複雑な表情を浮かべ、荒船もその気持ちに悩んでいたことがありありと想像できた。
     
    「誕生日のプレゼントは本当にきっかけだったんだ。この気持ちにいちいち振り回されるのに苦しくなってきてたし、諦めがつくならアンタのためにも良いのかと思った」
    「おいっ!」

     俺のためとは聞き捨てならん、と声を上げるが荒船に止められる。俺は口を挟むのをやめるしかなかった。それは話の後でもできるとの考えは、すぐ落とされた爆弾でどっかに飛んでいったが。
     
    「最後まで聞いてくれ。俺はあの日を最後の思い出にしようと思ってた。俺の初恋の幸せな思い出。アンタは優しいからきっと付き合ってくれるだろうって思ってた」
    「は⁉︎お前、俺が初恋なの⁉︎聞いてねぇんだけど!」
    「言ってないんだから当たり前だろ。それはいいんだよ。俺もあの日は楽しかった。アンタに本も選んでもらえたし、アンタには練習って言ったけど、俺にとっては本当のデートだったから。告白だって、かなり勇気出したんだぜ?」
     
     ニヤッと口角を上げる笑い方は荒船がよくするものだ。見慣れたそれに、少しほっとした。さっきまでの荒船の表情はあまり見ない静かなもので正直心配になるのだ。その安心も次の言葉で無に帰る。
     
    「だからアンタに本命の相手にしろって言われた時、頭から冷水ぶっかけられたみたいだった」
    「っ……」
     
     俺も荒船も言葉を失った。俺にとっては荒船の告白は練習だと思い込んでの言葉だが、本気の告白だった荒船にとっては死刑宣告だろう。それもとびっきり残酷な。
     言葉を失った俺がどんな表情していたのか。それを見た荒船は今まで一度も触れなかった己の手をそっと俺の背に回した。そして、額を俺の肩に寄せると、そっとつぶやいた。
     
    「分かってたけど、辛かった。アンタのことが本命なんだって言えない自分も、分かっていたはずなのに傷ついた自分の心も、馬鹿だと思った。最初から思ってたんだ。女々しい考えだって。でも、そう思うのは辞められないからどうせなら最後まで女々しく貫いてやろうって、そう思ってたのに」
     
     荒船の言葉が途切れる。背に回った両腕はいつの間にかしっかりと服を掴んでいて、もはや荒船が俺に縋っている形だ。
     
    「なんでアンタがそんなこと言うんだよ……」
     
     荒船は泣いていた。涙は出ていないのかもしれないが、声が泣いていた。俺はさっきとは違い、荒船を抱き込むように、そっと抱きしめ直した。
     
    「しょうがねーだろ。気づいちまったんだから」
    「ならっもっと早く気づけよっ」
    「無茶言うな、お前だって気づいてなかったくせに」
    「うるせぇよ、俺は良いんだよっ」
    「なんでだよ、こういうのは両方の責任だろ」
     
     文句を言うその声に力はなく、俺は荒船の背を叩きながらあやすように言葉を返す。きっと、不安だったのだ。俺以上に真面目で責任感も強く、弱みを滅多に他人に見せないこいつは、友人に相談もできずずっと一人で溜め込んできたのだろう。きっとそれが今決壊しているのだと、俺はなんとなく感じていた。どんなに大人ぶっていても、しっかりしていても、目の前の男はまだ高校生の子供なのだと改めて自覚した。
     
     少しの間そのまま座り込み、じっとしていた。やはり少し泣いたのか、肩の辺りが冷たくなっていることは気づかないことする。そして、ようやく顔を上げた荒船の涙が溜まった目尻をなぞり、額を合わせた。
     
    「なぁ、荒船。俺、返事聞きたいんだけど?」
    「……せっかちな男は嫌われるぜ?」
    「荒船は嫌いなのか?」
     
     わざとおちゃらけた声で返すと、荒船が赤く染まった目尻に皺がよる。その柔らかい笑みに俺も自然と口角が上がる。
     
    「生意気だ。でも、嫌いじゃねぇよ。生意気なのはあいつらで慣れてる。……俺も好きだよ、洸太郎さん」
    「うぇっ⁉︎おまっ、荒船サン⁇」
    「は、アホ面だな、諏訪さん」
    「ったく!」
     
     ケラケラと可愛い顔で笑う荒船に俺は苦笑を漏らすことしかできない。これが惚れた方の負けということだろう。俺と荒船はその後、荒船を探しにきた穂苅たちが部屋になだれ込んでくるまで、そのまま抱き合ったまま過ごすのだった。
     
    あとがき 
    あとがき
     
     まず初めに、荒船さん誕生日おめでとうございます!誕生日に間に合わなくて御免なさい!
     
     ワートリにハマったのはアニメ2期からなのですが、まさか小説を書くほどハマるとは思っていませんでした。書いてて思いましたが、なんでこんなに魅力もりもりなんでしょうか……B級1のモテ力は伊達じゃないと実感しました。
     さて、今回のお話ですが、コスモスがキーワードになっている作品となっています。秋桜の別名の通り、秋の代表格の花ですが、筆者が個人的に好きな花でもあります。見た目は細いのに、倒れても強く花を咲かせる生命力のあるコスモスは私の中で荒船のイメージにあったんですよね。ぼんやりとしたイメージですが。
     諏訪さんも荒船さんも基本的に根が真面目で、論理感がしっかりしていると個人的に感じています。だからこそ、男同士という関係に悩み、恋に正直になれない様子を描けていたらいいなと思います。
     誕生日の2日前に思いついたまま書いているので、自分の書きたいことを詰め込んだ話になっています。もし、矛盾等ありましても上手く目を滑らせていただけると幸いです。
     それではここまでの読了ありがとうございました!
     夕霞
     2021.09.10



    夕霞 Link Message Mute
    2021/09/10 23:30:00

    意図なき花便り

    こんばんは、夕霞です。
    今回はお誕生日小説です。(遅れてしまいましたが…)
    短期で急いで書いたので、誤字脱字があるかもしれませんが、ご容赦ください。
    それでは注意事項を読んでお楽しみください。

    2021/09/16 誤字訂正

    #二次創作 #諏訪荒

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