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    TO麺×$ 28途切れたピアノの音に大きく息を吐いて、そのままふらふらと近くにあったイスに腰を下ろす。けらけらと笑う声につられるように苦笑して、溜息を吐いた。
    「いいんじゃないか?」
    「難しいです」
    リリアさんがもう一度譜面に目を通して、鼻歌で音階をなぞる。軽くそうしているだけなのに何故僕よりも上手いのか。経験の差か、才能の差か。残念ながら僕に才能なんてものはない。何事も、もうしてみんなより努力をするしかないのだ。
    「もう一度ここいいですか」
    「うむ」
    下腹部に力を入れて立ち上がり、譜面を指さす。どうしても納得いかない箇所。もう何度歌ったか知れないそこを繰り返しなぞる。リリアさんも嫌な顔一つせずに再びピアノに指を置いて、ゆくぞお、と音を紡いでくれた。
    レコーディングまであと一週間。



    事務所のソファの正面には、ジェイドが困った顔で座っている。困らせている自覚はあった。けれど、どうしても譲れない部分でもあるから、沈黙が重たかったけれど奥歯をぎりりと噛み締めてひたすらその静寂に耐え続ける。
    「……仕方ありませんね」
    深い溜息と共にそう言ったジェイドの声にぱっと顔を上げた。目が合うと、眉を下げたまま笑った彼がパソコン画面に何かを表示させて俺の方へと向ける。
    「但し、少しだけでも歌は入れますからね」
    「おう! ……ごめんな、困らせて」
    「いえ、でもカリムさんがそこまでして我を通すのは珍しいですからね。今回ばかりはこちらが折れて差し上げましょう」
    言外に、次はないぞ、と言われているのだろうか、頷きながらごくりと喉を鳴らした。

    コンセプトミニアルバムでは、メンバー全員で歌う一曲と、それぞれのソロ曲を一曲ずつ。合計四曲を予定している。アズールとリドルはそれぞれ好きなアーティストに作曲を頼めたらしい。ネクラP、と、ミスタークルーウェル。どんな手を使ったのかは分からないけれど、それぞれ名前のある作家だ。けれど、俺は。俺だけは特にそういう好きなアーティストもいなかったし、何ならどうしても、歌よりもダンスがよかった。だから、好きなダンスナンバーのカバーをお願いしていたのだけれど。やはり既存曲が入ってしまうと、全体のバランスが崩れてしまう。このアルバムのプロデュースは実質ジェイドだ。予てから相談はしていたけれど、中々頷いてもらえず、今やっと、説得に成功した。
    「と、言いつつ」
    ジェイドがノートパソコンを操作すると、俺が希望していたダンスナンバー、の、少し違ったバージョンが再生される。歌詞もつけられていて、丸で全くの新曲のような印象さえ受けた。
    「これ……」
    「前もって用意しておきました。レコーディングよろしくお願いしますね」
    明日はリリアの所でレッスンすることになっている。そう言えば、このダンスナンバーの歌パートを少し前からリリアが「遊びで」歌わせてくれていた。そうか。もしかして。
    「ありがとう、ジェイド!」
    「何のことでしょう」
    最初から譲ってくれるつもりでいたけれど、俺の意志の強さを確認されていたのか。途中で引っ込めてしまうようなら半端な事はさせないというジェイドの意志だ。
    「それと」
    ジェイドの長い指がパソコンを操作して、動画が再生される。先刻のダンスナンバーに合わせたダンス。長い手足が鞭のように撓って、画面の中で鮮やかにリズムを刻む。その身のこなしには、見覚えがあった。
    「ジャノメさんだ」
    「はい。カリムさんに合わせて振り付けをつけていただきました」
    ただ、呆然とする。憧れのダンサーが、俺の好きな曲を、俺のために踊ってくれている。しなやかな筋肉が躍動して、息遣いすら聞こえて来そうなそれにただただ目が釘付けになった。一曲を終えて、丸で呼吸を忘れていたかのように慌てて肺を動かす。
    「……ありがとな、ジェイド」
    「頑張っているご褒美です」
    ネクラPにしろ、ミスタークルーウェルにしろ、ジャノメさんだって。申し入れを受けてもらえるのにそう簡単な交渉ではなかっただろうに。ジェイドも、フロイドも、エースだって。みんな俺たちのために頑張ってくれている。それにはきちんと応えなくては。
    「うおー! 頑張るぞーー!」
    両手の拳を突き上げて声を上げると、丁度事務所に来たエースに、海賊王?と聞かれた。意味が分からなかったからそのままスルーしておいた。



    歌う事が好きだったのは、抑圧された毎日から逃げ出すための手段だったのだろうと思う。母はとても厳しくて、正直いまこの活動をしていることだって認めてくれているわけではない。半ば家出も同然でやって来ていることに罪悪感がないわけではなかった。それでも、自由なようで不自由なカリムと、必死で足掻き続けているアズールを見ていると、自分だって、と思うのだ。
    歌はボクを救ってくれた。だから歌でボクも誰かを救いたい。
    「めっちゃ難しいね」
    カリムとジェイドが話をしているダイニングの手前の部屋に篭って繰り返しデモを聴いていたボクの背後からフロイドが顔を出した。エースと共に衣装の下調べに行っていたはずだけれど、いつの間にか戻って来ていたらしい。
    「カリムたちの話は終わっていたかい?」
    「ん~、まとまったみたいだよ~」
    流れる曲を鼻歌でなぞりながら答えたフロイドは、案外歌が上手かった。だから歌手になれと言うほど無責任ではないけれど、これを素人で終わらせるのは勿体ないなと思うくらいだ。
    「困ってんの~?」
    「困ってはない。昨日レッスンに行ってみっちりやって来たばかりだ」
    「でも音が迷ってるよ」
    普段はへらへらしていて何を考えているのか分からないような素振りの癖に。フロイドは野生の勘というべきか、時々ひどく鋭い。迷いが見えたと言うのなら、きっと、家の事を思い出してしまったせいだ。
    「今だけだよ」
    言い捨てて立ち上がる。ボクの座っていた大型のリクライニングチェアの頭に腕を置いていたフロイドも部屋を出るボクに続いた。四十センチ近くある身長で付いて来られるのは最初の頃は何だか怖かったけれど、もう慣れた。ダイニングに戻ると、パソコンにかじりついているカリムを放っておいた、エースとジェイドがお菓子をつまんでいた。
    「あ~ずりぃ~俺も~~! 金魚ちゃんも食べる? 大きくなるかもよ」
    「なるはずないだろう! 抱き上げるな!」
    声を上げたフロイドがさっと両脇の下に手を入れてボクを軽々と持ち上げる。丸で物のように持ち上げられるのは頭に来る。手足を動かして抗議していると、ジェイドがそう言えばと切り出した。
    「今度、トレイさんたちのバンドがホールライブをやるそうなので関係者席をご手配いただいています。勉強になると思うので観に行きましょう」
    ライブは確かに勉強になるかも知れない。アイドルとバンドでは全然毛並みが違うだろうけれど。楽しみだなと笑うカリムに、ボクは何となく、ウンと返すのが精いっぱいだった。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/04/14 12:05:45

    TO麺×$ 28

    ##君に夢中!

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