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    永遠 窓の外では運動部の声。差し込む夕陽は床を飴色に染めている。ポーン、と少し間の抜けたような音は壁に掛かっている時計の音だ。一瞬窓の外から夕陽が迫るような錯覚を覚えつつ、その音を合図に数組残っていた部員たちが「今日はこれで」と出て行くのを棒付きキャンディをくわえたまま見送る。外行きの笑顔で振り向いていたアズールが再びイデアと向き合った時には思うように作戦を進められなかった苛立ちに唇が尖っていた。

     年代物のチェスはいつからこの学園にあったのか知れない。いつかのボードゲーム部の部員が持ち込んで、そのまま使用させてもらっていた。
     魔法学校らしく魔法がかかっている『等身大チェス』もどこかにあるらしいけれど、部員総出で探しても見つからなかったから諦めた。古びたチェスは駒がやや重たくて、ごとりと音を立てて盤面を進む。レザーの黒手袋が優雅な仕草でそれを離し、ふふんと笑った。やっと思い付いた一手で追い詰めたぞとでも言いたいのだろうけれど。残念、まだ手立てはあるのです。イデアはにまりと口端を持ち上げて、アズールのとっておきの進撃を一蹴するように手持ちの駒を前へと進めた。
     クールな顔をしている割に、存外表情豊かなのだ、この人魚は。ヒトかヒトでないか。そんなもの、この学園の中では何の基準にもなりはしない。再び尖った唇に肩を揺らしてふと視線を外す。彼の隣の椅子に寝かして置かれた鞄から小説が飛び出しているのが見えた。
    「それ、拙者も読んだでござる」
     長考に入ってしまったアズールの耳に届くかどうかは分からなかったけれど、がりりと噛んだキャンディを飲み込んでから呟く。意外と集中できていなかったのかも知れない。長い睫毛がふと持ち上がり、イデアを一瞥してから鞄へと目を向けた。
    「ああ。もう読み終わります」
    「どうだった?」
    「面白かったんだと思います」
    「他人事だね」
     何となく、彼の言いたいことが分かる気がする。おどけるように肩を竦めたアズールが右側の眉だけを持ち上げて意地悪く唇を歪めた。
    「永遠の証明ってどうしたらいいんですかね」
     小説は、主人公とヒロインが永遠の愛を誓いあう所で終わる。下らないとでも言いたげなアズールの気持ちはよく分かった。そこまでに行き着くプロセスは面白いのに、ラストのそれで急に興醒めしてしまったのはイデアも同じだったから。
    「永遠を証明するには二人ともが永遠に生きないと証明できないですよね」
    「でもヒロインはヒトだったでしょ」
    「そう、だから。主人公が馬鹿正直に本当に未来永劫彼女だけを想っていたとしても、彼女はいつか死んでしまうわけだから、その後主人公がどうしていたところで分かりはしない訳です」
    「ふひ、主人公側の自己満ですな」
    「にしても無責任じゃないですか? 永遠を見届ける手立てもないのに永遠の愛を誓わせるだなんて」
     不服そうに腕を組んで、やや不貞腐れた頬が膨らんだ。「そういうのは屁理屈というのでは」などと言おうものなら、ご機嫌が一気に急下降するのが目に見えていたのでやめておく。
    「じゃあ、生まれ変わって監視する」
    「転生なんて不確定で保証のないものじゃないですか」
    「手記を書かせ続ける」
    「それを見届ける手段がないでしょう」
     溜息混じりに再び盤面に視線を落としたアズールの、左サイドの長い髪がするりと零れた。色素の薄い肌。髪の色。人魚という種族をこれまでも見たことはあったけれど、彼は特別に綺麗だと思うのは惚れた欲目のせいか。
    「アズール氏は"永遠"は存在しない派?」
    「いえ、歴史的文化財とかもありますし、それ自体はあるんでしょうけど」
     幾ら冥府の番人とはいえ、イデアはヒトであるし、アズールは長寿の人魚だ。
     例えばここでアズールとは寿命が違うイデアが彼に永遠の愛を誓ったとて、恐らくいつか先にイデアが朽ちて、アズールはその誓われた愛だけを抱えていくことになるのだろう。それはいつか、枷になり、重石になるのかも知れない。
    「まあ、永遠なんてのは色んな形があるでござるよ」
     木の椅子の上で膝を抱えて手持無沙汰に駒を弄んだ。その呟きに首を傾げたアズールの銀色の髪が柔らかく揺れて、その美しさに目を細める。
    「キミの番だよ」
     この話は終わりとばかりに水を向けると、そうでしたと頷いたアズールがやっぱりまた長考に入ってしまったものだから、イデアは静かに瞼を下ろした。
     結局、この勝負がついたのはもう窓の外が濃紺に落ちた頃。時間を見て慌てたアズールが鞄を抱え、「明日は勝ちます」と宣戦布告をして教室の出口へと駆け出す。閉じられていた扉を開けて、アズールが廊下へと出て行った。



     ポーン、と少し間の抜けたような音は壁に掛かっている時計の音だ。その音を合図に数組残っていた部員たちが「今日はこれで」と出て行くのを、棒付きキャンディをくわえたまま見送る。外行きの笑顔で振り向いていたアズールが再びイデアと向き合った時には思うように作戦を進められなかった苛立ちに唇が尖っていた。

     ――ほらね。これも立派な「永遠」でしょう。続く時間を生きることだけが永遠ではなく、それは案外、日常と同じ顔をしているのだ。




    KazRyusaki Link Message Mute
    2022/08/03 17:34:49

    永遠

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