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    したたかな婚約者 薄暗い水辺に立たされて、薄手のワンピース一枚という心許ない格好でアズールは目の前に座る支配者をただ見上げるしかできずにいた。洞窟はそこここでぴちゃりぴちゃりと水滴が落ちる音が響き、それが妙に耳につく。浅く大きな水たまりを経た向こうの玉座に座る男は詰まらなさそうにアズールを見下ろし、彼の後ろに彼の身体の倍の大きさの三つ頭の犬が眠っていた。そもそも、男がアズールの3倍はあろうかと言う体躯だ。どう見たって人間ではない。<div>蒼い炎のように揺らめく髪に、紙のような真っ白い顔。くっきりと浮き出た隈と真っ青な唇。黒いローブを羽織った左手をすいと動かすと、彼の目の前に青い電子板のような物が現れた。暫しそれに目を走らせてから、ふうんと声を出してアズールを頭の先から足の先まで舐めるように眺める。冷たく感じる月のようなきいろの瞳に、知らず喉を鳴らした。
    「アズール・アーシェングロット」
    「……はい」
     返事をしなくてもよかったのかも知れない。けれど、そうしなければならないと思わせるだけの何かが、彼にはあった。威圧感と言うべきか。物理的な大きさのみならず、醸し出す雰囲気の重さに緊張して喉が渇く。
    「不慮の事故」
    「……私はこのまま死ぬんでしょうか?」
     若い身空で。街中を歩いていた際の完全なる巻き込まれ事故。これから大手の取引先に行く予定だったのに。取引はもう九割方決着がついていて、あとは判を押してもらうだけだった。そこへ、車が突っ込んで来て、気付いたらここにいた。この、よく分からない薄気味悪い空間に。否、何となく気付いている。ここは恐らく、死後の世界と言うやつだろう。そして彼は、冥府の門番と言ったところか。
    「まあ、このままだとそうなるね。残念だけど」
    「そんな……まだやりたいことは沢山あったんです! 事故の日だって、やっと取り付けた契約だったのに……! 二十歳そこそこで死ぬなんて、あんまりです!」
     じわりと涙が滲んだ。勉強は誰よりも沢山した。学校での勉強以外にも知識という知識はできる限り取り込んだし、交渉術や心理学も学んだ。これから、これからだった。これから狸親父たちを出し抜いて、アズールの望むものを手に入れるはずだったのに。知らず溢れた涙を乱暴に拭いながら奥歯を噛んだ。
    「まあ……そんな人ここにはたくさん来るから……」
     無感情なその声が頭上に落とされる。それはそうだろう。アズールからしてみたら門番であるのだろう彼はただ一人だけれど、彼からしてみたらここを通過する大勢の内の一人だ。いちいち情状酌量などしてはいられない。彼は一体どんな存在なのだろう。魂の行く末を操る権限はあるのだろうか。もしもあるのならば、どんな手を使ってでもアズールが有利なようにことを運ぶのに。例えば、このまま生き返らせてもらうとか。
    「ひとつだけ」
     考え事をしていたそこへ低い声が差し込まれた。遠い彼の顔を見上げると、ローブから覗いた白く長い指が一本、顔の前に立てられる。
    「キミを希望通りに転生させられる方法がある」
    「希望通り……?」
    「そう。環境も、姿かたちも。何なら今の君の頭脳のままの転生も可能」
     思わず唾液を嚥下した。それは、随分と好条件だ。今の頭脳のまま恵まれた環境に転生ができたとしたら、人生勝ち組を約束されたようなもの。アズールはワンピースの裾をぎゅうと握って、男の目をじっと見詰めた。上手い話になんのデメリットもないはずがない。暫し黙っていると、ひひ、と笑った男の青い唇から大きな鋸歯が覗いた。
    「そんなに上手い話、タダでという訳ではないでしょう?」
     可笑しそうに肩を揺らす彼に問い掛けると、目の前で足を組まれる。アズールの頭の上が彼の膝頭だ。そこへ手を重ねた彼の組んだ足の向こう側、不気味な笑みに怯まぬように唇を噛む。
    「この冥王イデア・シュラウドと婚姻を結ぶなら、諸条件は全て飲もう。キミが転生した先で、十七になったら迎えに行くよ」
     婚姻。結婚しろということか。さあと血の気が引いて、目眩がする。目の前の、この男と。しかもいま彼は何と言ったか。冥王、だって? 単なる門番ではなかったのか。もしもこれで条件を飲んで希望通りの転生ができたとしても、十七になったらここへ戻されるのだろうか。神話の、ペルセポネのように。ゾクリと背中に寒気が走った。
    「ああ、安心して、生活は転生先で続けてもいいよ。別にここで暮らせって訳じゃない」
    「通い婚をしろと?」
    「そういう事になるね。僕も人と生活するのは向いてないからね。どうする?」
     彼の話だと、ここは冥界なのだろう。そんなに現世と容易に行き来ができるのだろうか。その辺はよく分からないけれど、転生先での成功と生活が保証されるのなら悪い話ではないのかも知れない。どうせ結婚なんてものに興味はなかったのだ。
    「しかし、もし転生した先で貴方が私を気に入らないということがあったら、命を奪われるなんてことは」
    「いくら冥王とは言え、そう簡単に命を奪えはしないよ」
     世の中のありとあらゆる魂というものには定量があり、そのバランスを崩さないために彼がいるらしい。いまいちスケールが大きくて理解ができなかったけれど、彼の一存で生死が決まると言うことはなさそうだ。その事にほっと胸を撫で下ろし、意を決して彼を見る。
    「その契約、受けましょう」
    「では、キミの次の生で会おう。契約として魂は拘束させてもらうよ」
     言い終わらない内に、アズールの口からずるりと魂が抜き取られた。それは従順に彼の手元に飛んで行き、アンティークな鳥籠の中へと収められる。
    「魂がなくて転生はできるんですか?」
    「大丈夫。心配せずに行っておいで。ここで転生手続はできないから、然るべき場所で望み通りのキミを作って生まれておいで」
     まるでゲームのアバターだ。簡単に言いのけたイデアから目を逸らさないまま半身を出口に向ける。さらりと揺れたワンピースの裾を翻らせて歩き出した。
    「じゃあまた、キミの十七の誕生日に」
     そう言えば彼は一度もあの玉座を離れようとはしなかったなと思う。立ち上がったらどんなに大きいのだろう。それにしても、本当に希望通りの転生が叶って、理想の未来を手に入れることができるのだろうか。半信半疑のまま、長い廊下をひたすらに歩いた。




     生まれた瞬間のことは今もまだ覚えている。狭くて暖かなところから突然明るいところに引き出された感覚。それももう、十六年前のこと。
     アズールは緊張した面持ちで部屋の鏡の前で髪型を整え、制服をチェックした。ナイトレイブンカレッジから入学許可が来たのは当然だと思う。生まれながらに魔力が高かったし、知能も高かった。当然だ、冥界で作り上げた理想そのものなのだから。ただひとつ計算外だったのは、魂がないからと人魚として生まれたことか。土地を指名するのを忘れていたせいだけれど、さしたる問題ではない。結局はこうして陸に上がり、全て上手く行っていた。
    「アズール、起きてますか?」
    「はい」
     寮長室のドアがノックされ、返事を待ったジェイドが顔を覗かせる。次いで、フロイド。
    「誕生日おめでとー!」
    「おめでとうございます」
    「……ありがとうございます」
     そう。今日はアズールの『十七回目の誕生日』だ。約束の誕生日。目覚めたらあの暗い場所、というのも想像したけれど、そういう訳ではなかった。見慣れた天井が目に入った時の安心感たるや。しかし、ならば一体いつあの男が現れるのだろうか。奥歯で緊張感を噛み砕いて、ヒールを鳴らして歩き出した。
    「さあ、行きましょう」
     オクタヴィネル寮の廊下を、ジェイドとフロイドを後ろに従えて歩く。時折誕生日を祝う言葉がかけられるのには笑顔で答え、校舎へと向かった。


     あの契約は夢だったのかも知れない。そう思うようになったのは、昼を過ぎ、放課後を迎える頃だった。いや、そうは言っても今日を終えるまであと十時間弱ある。それまでは気が抜けないなと廊下を歩きながら下腹部に力を入れた。今日は一旦ボードゲーム部に顔を出して、活動記録だけをつけてからモストロ・ラウンジだ。
     どこかの部には必ず所属しなくてはならないと言うから何となくボードゲーム部に入ったけれど、正解だったと思う。アズール以外の部員は殆ど出席しないし、そもそも活動日が週に一度だけ。学校にはほとんど来ない四年生が部長をしているせいで余計に煩わしさがなく、部室で宿題をやってラウンジに移動、なんてこともざらだ。活動日記だけ付けておけば内申に響くこともない。我ながらいい選択をしたものだとほくそ笑みながら部室のドアを開けた。


     見慣れたその部屋に、異物。それも、相当なインパクトだ。アズールよりも少し体格のいい男子生徒は制服を着ているのかすら怪しいオーバーサイズのパーカーを着込み、テーブルにセットされたチェスセットをかたかたと弄っている。何より。蒼く燃えるその髪に見覚えがないわけがなかった。
     アズールの入室に気付いた彼が棒付きキャンティを咥えたまま左の頬をにいと持ち上げ、鋸歯を見せつけるように笑う。
    「やあ、アズール・アーシェングロット。約束通り迎えに来たよ」
     両手を広げて立ち上がった彼は、冥界で見たとんでもないサイズではなく、アズールよりも幾分大きいくらいの普通の人間の大きさだった。ひたりひたりと近付いて来られるのを、身動きできずにただ呆然と見詰める。どうする、逃げるか。ふと頭の片隅に過ぎった選択肢はそのまま無理矢理飲み込んだ。
     大丈夫、だって、既に対策は打ってある。
     アズールの目の前までやって来たイデアは、やっぱり紙のような顔色で、酷いくまに青い唇の見るからに陰気な男だった。ゆらゆらと燃える炎だけが美しく目を奪われる。
    「逃げないの。お利口だね」
     喉が引き攣るような笑い方でそう言われ、ふんと鼻で笑い返した。そんなアズールの態度に違和感を覚えたのか、左目の下を痙攣させた彼がまじまじとアズールを眺める。それから。
    「!?」
     目を見開いた。アズールの取っていた『対策』に気付いたらしい。さあこれが、凶と出るか、吉と出るか。すうと大きく息を吸い込んで、震えそうになる手を手袋の下できつく握った。
    「これはこれは、あの時の約束、覚えてらしたんですね」
    「……どういう事?」
     思い切り不機嫌にイデアの表情が歪む。今にも呪いをかけられそうなくらいの陰の気がじわじわと彼の足元から滲み出た。桁違いの魔力に圧倒されつつもどうにか自分を励ましながら口を動かす。
    「貴方と交した約束は婚姻のみ。あとは僕の好きなように転生していいと仰ってましたよね?」
    「言ったけど……」
    「助かりました! 女性ではどうしても入りきれないお役所とかもありましてね。男性として生まれていたらどんなにかと思っていましたので」
     アズールは、紛うことなきこの男子校の男子生徒である。転生の希望を出す際に、本来女性であった性別を男に変えたのだ。これは、イデアの出した条件から反してはいない。むしろ、アズールの好きなように、好きな姿で転生をしていいと言っていたわけだから何も問題はないはず。
    「こっ、婚姻は、」
    「おや? 同性だって婚姻はできますよ。ご存知ない?」
    「知ってるよそれくらい! あー! 騙された!!」
    「失礼な、騙していませんよ」
     わなわなと震えていたイデアが遂に大きく声を上げる。丸でアズールが悪者扱いだと肩を竦めると、苛立ちを隠すつもりがないらしい彼が大きく頭を掻いた。青い髪が乱暴に揺らされて跳ねる。
    「だって! 分かるでしょ普通! 婚姻したいって言ったら子孫を残すのも条件に入んの!」
    「そんなこと一言も言ってなかったじゃないですか」
    「だから! そのくらい察してよ!」
    「無理ですよ。契約書上取り交わされていない条件は条件とは認められません」
     務めて冷静に。相手が激昂している時は尚更。やれやれと言った風に突き返すと、キャンディに付いていたはずの棒だけがぎりりとあの鋭い歯で噛み締められた。
    「キミ……案外したたかだね」
    「それはどうも」
     性格を考慮せずに、一方的に餌をちらつかせて拘束したのだから当然こういったハレーションは起こるに決まっている。口約束であったとしても、対価が存在している以上は立派な契約だ。契約をするのならば十分すぎる下調べをするべきであるが、それを怠ったのだから仕方がない。話が違うと今更言われても、もうどうしようもないのだ。
    「で、どうします? 僕としては契約破棄でも問題ありませんが」
     もしもここで破棄されたとしても。いくら冥王と言えどそう簡単に命を奪うことはできないのだとあの時の彼は明言していた。無論、彼もそれを分かっているのだろう。ぎち、と音を立てた紙の棒がもう今にもちぎれそうだ。
    「ほんと……いい性格してるよ」
     呆れたように椅子を引き寄せ、その上にどかりと腰を下ろす。口から棒だけを引きずり出し、がりがりと派手な音を立てて口の中で飴玉を噛み砕いた。
    「契約破棄はしない。キミは責任をもって僕との婚姻を実行してもらう」
    「いいんですか? 僕はオスですよ」
     念を押して言うと、苦い顔の彼が渋々頷く。そんな顔をするなら破棄してしまったらいいのに。正直、破棄されないかも知れないと言うのは想像はしていた。けれど、希望ルートでは決してなかったので、そこには進まなかったなと残念に思う。とは言え、前世でも今世でも、結婚について夢を見ているわけでも願望がある訳でもない。同居を要請しないとも言っていたし、彼の元へ定期的に通う程度なら問題はないのだけれど、やはり少し口惜しかった。
    「解消して別の人を探したらいいのに」
    「あのねえ、簡単に言わないでくれる? キミの魂を見付けるまで何年待ったと思ってんの」
    「さあ?」
     苦虫を噛み潰したような顔のまま。向けられた質問には素直に首を傾げた。だって、分かるはずがない。言ってしまえば彼は神なのだろうし、そんな存在がどんな時間の流れの中にいるのかなど、単なる人間(今は人魚だけれど)であるアズールには皆目見当もつかない。溜息を落としながら、イデアは言う。
    「数百年だよ。それから、人間の輪廻は最低でも百年かかるから、キミが今こうして産まれて十七になるまでに更に百と十七年だ」
    「そんなに経っていたんですか!?」
     生まれたこの世界は元いたところとは違う世界であったから、そこまでの差異がある事に気付かなかった。アズールには冥界で彼と別れてから産まれてからの十七年分の記憶しかないため、そこまでの時間が流れているという実感がない。
     ふと、彼はなぜそんな時間をかけてまでアズールに拘るのかと疑問に思う。問うてみようかと思ったけれど、口を開く前に不貞腐れた彼が呟いた。
    「またあの時間を過ごすのは嫌ですし?」
     背もたれに全体重をかけ、そっぽを向いたイデアは、詰まらない、と言うのを隠しもせずに尖らせた唇のまま。目に付いたらしい出しっぱなしのチェスの駒をひとつ握って、ぽんと投げた。
    「……じゃあ、まあ、今日はこれで」
    「うん」
    「失礼します」
     これ以上ここにいても仕方がないだろう。聞きたいことはまだまだあったけれど、彼がそれを閉じてしまってはもうねじ込めなかった。
     ついでに部活動をやって行ってもよかったのかも知れないと気付いたのは、ラウンジに着いてからだ。折角チェスを用意してくれていたのに。一度くらい手合わせをしてもらってもよかったかも知れない。
     そんなことをつらつらと考えながらラウンジの仕事をこなした。閉店後、ジェイドとフロイドが筆頭となって誕生日パーティーを開いてくれたけれど、どうやっても頭の片隅からイデアの件が離れず、ちゃんと笑えていたかなと少しだけ後悔した。




    KazRyusaki Link Message Mute
    2022/02/04 18:23:55

    したたかな婚約者

    ♀→♂に転生するはなし(途中まで)
    イデアが冥界の番人みたいな感じ。

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