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    TO麺×$ 50 透き通るような声で告げられた「ありがとう」に泣きそうになったのはどうにか気付かれずに済んだらしい。ライブに行くのも、お金を使うのも、僕が勝手にやっていることなのに、それをありがとうだなんて。押しつけがましい言い方をしてしまったなと反省した直後だったから少しほっとした。
    「ありがとうって言うのは僕の方だよ」
     不思議そうなアズール氏に苦笑して、本当ならテーブルの上に置かれた白い手を握るくらいはしたいところだったけれど、それは許されているわけではないし、何より突然オタクにそんなことされたら嫌に決まっているだろうから、ぐっと我慢する。そもそもそんな勇気ないんだけど。再び机に落とした視線のまま、ぽつりぽつりと話を始めた。
    「そもそも、僕なんかがこんなところにいること自体何かのバグというか……人見知りでコミュ障で協調性もない、社会の一員にもなれないようなダメ代表」
    「そんな」
    「ううん、本当のことなんだよ。アズール氏は僕のことを知らないから」
     拒絶という訳ではない。壁を作ったつもりもないけれど、そういう風に聞こえてしまっただろうなというのはすぐに分かった。
     身を乗り出しかけた彼女が僕の遮りを受けてしょんぼりしながら再び腰を深く椅子に落としたから。計らずともプライベートで顔を合わせる機会が何度かあったせいで知り合いになった気でいるけれど、僕は彼女のことをよくは知らないし、彼女だって僕のことをよく知りはしないのは確かだ。お互いの「イメージ」はあれど、それは本物ではない。
    「キミだって言ってたでしょ、目を見て話せって。それすらできない社会不適合者でござるからして」
     意地の悪い言い方だったろうか。やや厚めの唇をきゅっと噤んで視線を落とした。長い睫毛が影を落として、柔らかそうな頬が少しだけむくれる。
    「でも、キミを応援するようになってから頑張ろうって思えることが増えたんだよ」
     本当は、ギターだって気が向いたからちょっとやってみようとしか思っていなかった。他にやる事もなく引き篭もってひたすら弾いていたら、ちょっと上達しただけ。それを、たまたまトレイ氏が引っ張っただけ。嫌になったら辞めるからね、と宣言して入ったバンドだったし、売れたいと思ったこともなかった。
     けれど、客の少ないライブハウスでも、笑顔を絶やさずにきらきら輝いているアズール氏達を観て、自分が何とも情けなく思えて。天使がいるのかと思った、とは流石に言えなかったけれど。
    「頑張ってる姿を見て、ちょっと……僕も頑張ろうかなって、思って……」
     左手で右腕を摩りながら、机に落とした視線をそろりと持ち上げた。じっと、まっすぐに。射貫くように僕を見ている空色の瞳は僅かも聞き漏らさないようにと微動だにせずに一生懸命僕の言葉を聞いてくれている。
     腹の底が熱い。じわじわと込み上げて来る熱に胸がいっぱいになって、喉元を上がって頬を染めたそれが涙腺を刺激した。ここで泣くのは流石に恥ずかしいから、何度か瞬きをして誤魔化す。
    「僕の曲に前向きな歌詞をありがとう」
     はらりと零れたそれに、言ってしまってからはっとした。あれ、そう言えば僕が“ネクラP”だってことはアズール氏に話してあったっけ? 〝ネクラP〟が楽曲提供をしたのは当然知っているはずだけれど、それが僕であることは、もしかして。
    「――えっ?」
     元々大きい目が更に見開かれて、メガネ越しに僕を見詰めた。やば、やっぱり言ってなかった。どうしよう、これは誤魔化すべきか。否、でも、もう嘘はつかないと決めたのだ。
    「……その、僕が、ネクラP、です」
     何ネクラPって。まさか口に出して発音する日が来ると思ってなくて適当に付けた名前を今ほど後悔したことはない。いや嘘、今まで何度か口にしたことはあったけど、何が悲しくて推しの、好きな人の前でこんな名前。
     叫び出したいような頭を抱えたいような衝動が身体の中を暴れ回って、一周回って何もできずにいると、アズール氏がまるで僕の代わりと言わんばかりの勢いで立ち上がった。驚いて見上げた先の真っ赤な顔に、今度は僕も瞠目する。
    「ま、なに、えっ? ほん、本当、ですか?」
    「えっ、はい、……なんか、すみません」
     口許を押さえて震えるアズール氏の反応は知っていた。握手会とかでよく見るファンの子の反応だ。アズール氏がネクラPの楽曲を気に入ってるのは知ってたけど、そこまでと思っていなかったからちょっと驚く。
    「イデアさん……た、多才なんですね……」
    「いや、作曲とギターだけですし」
    「十分じゃないですか! その手ひとつでお金を稼げるのは素晴らしい才能です!」
     興奮しきったアズール氏が飛び掛かるようにして机に上体を乗り上げ、僕の手を両手できつく握ってきた。
    いや待って、触ってる! 僕の手に! アズール氏の手! 手が! それもそうだけど、机に伏せた体勢のせいでその、お胸が!! ギリギリ谷間なるものは見えない服装でよかった! けど柔らかそうなふたつのたわわが机にふにゃりと乗っていて、視界の暴力に慌てて顔を背ける。
    「あの曲すごく気に入っているんです。ありがとうございました。本当はお会いする気はなかったんですけど、イデアさんだったのなら話は別です」
    「な、何で?」
    「だって、僕イデアさんのこともっと知りたいですから」
     ねえ。それってすごい殺し文句だと思わない? 両手を握られて、まっすぐに見詰められて、もっと知りたいだなんてそんなこと。
    「じ、じゃあその、一歩踏み込んだりして、みる?」
     手汗がやばい。やばいけどここで引いたら男が廃る! 未だかつてないくらいの勇気をどうにか奮い立たせて、アズール氏の柔らかな両手の隙間から左手を抜き出してそっと上から握ってみた。
    「一歩? ……ああ!」
     きょとんとしていたアズール氏は何か合点が行ったらしく、ぱっと笑って頷く。えっ、頷いたってことは、もしかして、
    「お友達になりましょう!」
     あっ、デスヨネ。こんな拙者のような陰キャが何段か飛ばして天使の恋人になんてなれるはずがないですよね! 言葉のチョイスを間違えたのかも知れないと思っても、時既に遅しってやつだ。心の底から嬉しそうに笑うアズール氏の手のひらの感触と、今ここでお友達に昇格(なのかどうかは分からない)したことを、きっと忘れないでいようと誓ったのだった。


     できるだけ二人きりで過ごさせてあげようと思っていたのだけれど、流石に何かが壁にぶつかるような音がしたのに慌てて閉じられたドアのガラス窓部分から中を覗き込む。机の上に身を乗り出したアズールちゃんがイデアくんの手を握っているのが見えて、踏み込むかどうかと迷っている内にアズールちゃんの無邪気な笑顔に完全に毒気を抜かれたイデアくんが、ついでに魂も抜かれたように見えたからひとまず踏み込むのはやめておいた。恐らくあれは放っておいても大丈夫だろう。二人きりにして万が一、と思っていたけれど、予想よりもはるかに純愛というか、何と言うか。
    「あれは中々苦労しそうだな」
    「ま、その方がマネージャーとしては助かりますけど」
     俺のつむじに顎を乗せたトレイくんも中を覗き込んで苦笑した。タレント同士の恋愛って、思ったより大変だよ。とか、知った風に教えてあげるのは簡単だけれど、できれば一緒に知っていきたいし、一緒に考えながら味方であってあげたいと思う。
    「さあ、これから忙しくなるぞ~!」
     事務所が一緒になったことで本格的にアズールちゃん達のグループの面倒も見ることになった。何せ売り出し中のバンドとアイドルグループの掛け持ちだ。気合を入れ直してそう言いながら会議室のドアから離れると、トレイくんの大きな手が頭のてっぺんに置かれる。
    「無理すんなよ」
     すぐに離れたそのぬくもりに少しだけ後ろ髪を引かれながら頷いて、まずは会議室から出て来る二人をここで出迎えてやろうかなと一番近くの丸テーブルでパソコンを開いた。
     恋愛に疎い二人が次の一歩を踏み出すのは一体いつになることやら。少女漫画を読んでいるみたいだと肩を竦めて小さく笑った。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2022/06/24 20:28:17

    TO麺×$ 50

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