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    TO麺×$ 42 ぽかんとした顔をしているのは自覚があった。あの日街中で会話をした僕のファンであるイデアさんはベースをやっていると言って、三日月のような眼で笑ったはずなのに。目の前にいるギタリストは、そのままあの日と同じ口調で僕とマレウスさんをちらちらと見比べていた。
    「……イデアさん?」
    「ひぇ、はい……」
     僕の様子を伺っているその眼は確かにあの日と同じきいろのそれで、という事は、何故だかはわからないけれど、本当はあの日持っていたのはギターであったのに、ベースだと嘘をつかれたという事か。理由など分からなくても、それだけでむっとするのには十分だった。
     改めてマレウスさんを見上げ、にっこりと笑って彼の右手を取る。ひえ、と情けない声が隣から聞こえるのは無視して、僕を見下ろす緑の瞳を見詰めた。
    「ライブ、とても素晴らしかったです。マレウスさんの歌声感動しました」
    「そうか、それはよかった」
    「是非またお邪魔させてください」
    「ああ、いつでも」
     僕の右手を更に左手で包むようにしたマレウスさんの手は、男の人らしいごつごつとしたそれだったけれど、僕よりも少し体温が低いらしく、ひんやりしている。部屋の奥でくつくつと笑う声と、困ったように成り行きを見守っているトレイさんの視線には気付いていたけれど、作り笑顔で握手を終えてそのままぷいと全部に背を向けた。
    「あ、アズール、いいのか?」
     恐る恐るカリムさんが訊いて来るのを、何の事かと笑って見せる。
    「いつまでもお邪魔するのもよくないかと思うので、僕らはこれで」
     ケイトさんにそう言うと、笑いを堪えるような声がおっけーと返事をした。この後取材があると言っていたし、ここに留まっているのが邪魔になるのは本当の事だ。カリムさんとリドルさんと共に一歩を踏み出す。
    「あっ、あの、アズール氏、その、」
     視界にちらりと入り込んだオルトさんが眉を下げて様子を見守っているのが少しだけ可哀想に思えて、僕を呼び止めた声に足を止めた。そう、イデアさんではなくて、オルトさんが可哀想だったから。貼り付けていた営業用の笑顔をまた貼り付け直して、一度小さく深呼吸をして彼を振り返る。
     怯えるように身体を縮こませて、両手を胸の前でぎゅうと抱えているのは一体どういう感情なのか。ステージの上で見た姿とはまるで違うその様子に、これもギャップかと頭の片隅で考えた。
    「僕、嘘をつかれるの嫌いなんです」
     浮かべたのは営業用のそれの中でもとびきりの笑顔だ。傷付いたような顔をされたって、そもそも先に傷付けられたのは僕の方だ。トレイさん達にぺこりと頭を下げて楽屋を後にする。

     廊下に出たはいいものの、出口が解らなかったので仕方なく最初にいた休憩所までやって来ると、一緒に出て来たケイトさんが堪えきれないという風に、ぶは、と噴き出した。
    「なになに、何があったの?」
    「何でもありませんっ」
     あの日一緒にいたカリムさんは何となく何の事なのかが分かったのかも知れない。困ったように眉を下げて、それでも何も言わずにいてくれた。どうにかケイトさんを誤魔化さなくてはと思っているところへ、男性の声が入り込む。
    「おや、ダイヤモンドさん」
     人の多い廊下では現場のスタッフに紛れて取材スタッフも行き来がある。「取材」と書かれたカードを首から下げたその人はこの後インタビューをする担当記者なのかも知れない。声をかけられたケイトさんが彼の顔を見るなり、少しだけ引き攣った。けれどそれも一瞬のことで、〝いつもの〟人当たりの良い笑顔を作り上げたケイトさんが明るい声で答えた。
    「どうも~! 今日はありがとうございましたあ」
    「いえいえ、この後もよろしくお願いします」
     表面上は当たり障りのない空気で会話がされていたが、ふと、ケイトさんよりも頭一つ大きい彼が腰を屈めるようにして声を潜める。
    「結構大きい事しようとしてるんですね~、聞きましたよお」
    「……いやだなあ~、何の話ですかぁ?」
    「またまた。まさかあそこと合併とは」
    「もうお時間じゃないですか?」
     ケイトさんの笑顔が冷たい。彼が何の話をしているのか僕らには全くわからなかったけれど、恐らく情報解禁前の、それもそれなりの情報をどこからか彼が握って来たのだろう。ケイトさんに鎌をかけてもそんな事くらいでは口を割るような人ではないだろうに。
    「ああ本当だ。ではまた。第一報は是非弊社にお願いしますよ」
     狸のような顔が笑って離れて行くのを見送る。苛立ちに任せたケイトさんの舌打ちが珍しかった。普段柔和で誰とでも温和に交流をするケイトさんがこんな風に感情を露わにするとは。
    「……どこにでもいるんですね、ああいうの」
    「ほんとだよ」
     離れて行く背中を見送りながら呆れた声でそう言うと、思い切り顔を顰めたケイトさんが苦虫を嚙み潰したような顔で背中を丸めた。
     隠している情報ほど探したがる輩。彼らはひとが見せないようにしているものがしまわれたそこへほんの僅かな隙間から入り込んで、こっそり盗んだものを我が物顔で世の中へと送り出す。そのものの真偽などは恐らく問わないのだ。世間が誰も知らない情報をいの一番に自分の手で発表ができて、それで世間が盛り上がれば何だっていいのだろう。例えそれで誰かが傷付いたりしても。
    溜息を吐いたケイトさんに内心同情して、せめて僕の記憶の中からは先刻の会話を消してあげることにした。

     廊下から人が引くのを待ってから帰ろうとしていたのに、一歩遅かったようだ。雑誌用にステージの上でスチール撮影があるとかで、また廊下がざわざわとし始める。楽屋から出て来たマレウスさんと楽しそうに話しているのは先刻の狸だ。やはりインタビュアーだったのかと何となくその姿を見送る。
    「リドル、まだいたのか」
    「廊下に人が多くてね。もう帰るよ」
    「じゃあ丁度よかった、オルトも連れて行ってあげてくれないか」
    「エースはどうしたんだい?」
    「ちょっと別に頼みたい事があってな」
     トレイさんと話していると、最後に話しながら出て来た兄弟がトレイさんの所で足を止め、事情を聞いたオルトさんが頷いて僕らの方へと合流した。その姿を目で追ったイデアさんがふと僕を見る。何かを言おうと口を開いては閉じてを繰り返し、漸く音になったのは、ただ一言。
    「……イベント、楽しみにしてます」
     どちらが客なのか分からなくなるようなそれ。あの日、何度言っても僕の顔を見なかったくせに、今日は綺麗なメイクに綺麗な髪型をした姿でまっすぐに僕を見ている。何だかそれが少しだけ悔しかったけれど、ファンとして僕に話しかけて来たのであれば無視をするわけには行かない。だって僕はアイドルだ。腑に落ちない気持ちをどうにか押さえ隠しながら、完璧なアイドルスマイルを作り上げる。
    「お待ちしていますね」
     手慣れた切り返し。次のライブ楽しみです、とか、今度のイベント行きます、とか、そう言ってくれる人には一様にこうして返事をするのだ。そうすると、みんな嬉しそうに笑ってくれる。はずなのだけれど。
     イデアさんは少しだけ寂しそうに笑って、トレイさんを追い越すようにしてステージに続く階段へと姿を消した。
    「不器用な奴で悪いな」
     逃げるような背中を見送ったトレイさんがそう言うのに首を傾げる。不器用、というのは、何を指していたのだろう。何だかよく分からないまま、彼らが再びステージへの階段に消えていくのを見送った。


    KazRyusaki Link Message Mute
    2022/06/14 12:00:00

    TO麺×$ 42

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