アメリカンブルー 部室に見慣れないものを見付けたイデアが首を傾げた。平然とソファで読書をしている後輩が持ち込んだものに間違いはないのだろうけれど、それにしても何となく彼とイメージが結び付かない。
「これ、アズール氏が持ってきたん?」
「ええ。植物園でラギーさんに分けて頂きました」
「へえ……」
花が好きというイメージはあまりなかったのだけれど。どういう風の吹き回しなのか。ハンギングバスケットに入れられた単なる葉っぱたちを視界の端に留めながらボードゲームの準備を進めた。観葉植物かとも思うけれど、少し違うような。とはいえ蕾があるわけでもないそれが果たして花が咲くのか咲かないのか、実験に使う植物以外のそれに疎いイデアが分かるはずもなく。その話題はさておいて次の話題に移ることにする。
「ラギー氏もタダで物を分けてくれることがあるんですなー」
「まさか。代わりに次の小テストの山をお渡ししましたよ」
「ですよねー」
やはり、アズールとラギーの間に無料のやり取りが成立するはずがないと思った。分かりやすいギブアンドテイクが成り立っている彼らが交渉している様を想像して、イスに掛けながらふと笑う。にしても、わざわざラギーからこれを分けてもらうだなんて。
「そんなに欲しかったの」
「ええ、何となく目に付いたので。この部室も殺風景ですし」
正面のイスに座りながら背中を伸ばした。まっすぐにイデアを見たその顔に何となく違和感を覚える。
放課後、夕暮れ。外からの喧騒と差し込む夕日に違和感の正体を探るけれど、完璧に笑う人魚は綻びの欠片も見せようとはしなかった。
「あれって花咲くやつ?」
「みたいですよ」
「ふーん。じゃあ咲いてからもらえばよかったのでは?」
「それじゃ面白くないじゃないですか」
「面白いって……何を期待してんの」
「イデアさん、今日から交代であの花に水をやりましょう」
机に頬杖を着いて微笑む。何かを企んでいるようには見えないけれど、何の目的もなくそんなことを言い出すようにも思えずに眉を寄せた。意図が分からないというのもあるけれど、そもそも水やりのために部屋を出たくはない。そう断ろうとしたけれど。
「水曜と金曜は飛行術があるので部屋から出ますよね。それと土日どちらかはやって頂けたらあとは僕がやりますよ」
「確信犯」
「なんとでも」
目を細めたアズールが妙に嬉しそうで、断固拒否をしてがっかりさせるのも何となく憚られて、ついでの水やりくらいならまあいいかと渋々頷く。
「明日は木曜なので僕がやりますね。ランチついでに見に来るようにします」
「よろー」
にしたって花の水やりなんて。土の乾燥を測る装置をつけておいて、乾いたら水が流れる仕組みを作っておいたら手をかけずに済むだろうに。非合理的というか何というか。
「花は手塩にかけるから綺麗なんですよ」
まるで思考を読んだようなその発言に目を丸くすると、心底呆れたような顔をされて何だか妙に恥ずかしくなってしまった。
アズールがモストロラウンジに向かってしまったあと、窓際に置かれたバスケットと対峙してその葉を眺める。楕円の薄い葉は、イデアから言わせてもらうと単なる草でしかないのだけれど、アズールにとっては小テストのヤマと引き換えにするくらいには価値があるものらしい。ふと思い立ってスマホを取り出し、葉を写真に収めてみた。その画像をアプリに通して、表示されたデータに目を通す。
――アメリカンブルー。直径2センチほどの小さな青い花が咲く。日差しが好きな花で、朝開き夕方には閉じる。曇りの日には咲かないこともある。
植物図鑑アプリの説明に肩を揺らした。昼間しか咲かないのなら、もし花が咲いてもイデアは滅多に見られないのではないだろうか。残念残念。へらりと笑ってから、最後の項目に固まった。
アズールは一体どういうつもりで二人で交互に水をやろうと言ったのだろうか。それはつまり、この花を一緒に育てようということで。
だから、つまり?
明日の水やり当番を捕まえて、その意図を聞いてみることにしようと熱くなった頬のままアプリを閉じる。その時どんな顔でいようかと考えながら。
――アメリカンブルーの花言葉は、「溢れる思い」「二人の絆」。