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    TO麺×$ 番外編 6あのねアズール氏、頼みがあるんだけど。

    言いながらそっと差し出してきた横ストライプのパーカーに首を傾げた。イデアさんも僕も珍しく仕事に折り合いがついて、先刻まで個室レストランで食事をして今しがたイデアさんの家に帰ってきたところで、シャワーも浴びずに「ちょっといい?」とテーブルとソファしか置かれていない殺風景なリビングに呼び止められ、今に至っている。
    「これは?」
    見たところ、単なるパーカーのようだけれど。これを着ろということだろうか。受け取りつつイデアさんを見ると、心底嬉しそうな笑顔で僕を見詰めていた。
    「着ればいいんですか?」
    「うん、あの、そうなんだけど、もう一段上の頼みがあって」
    頼みごとに一段も二段もあるものかと思うけれど、どうやらこれを着たら満足というわけではないらしい。次いで差し出された古い写真のCDを受け取り、ジャケットを眺めたり裏返したりしてみた。ふと、写真の女性が着ている服に目を留めて、片手に持っていたストライプのパーカーと見比べる。
    「これ、同じ柄ですか?」
    「正解でござる〜! これね、数十年前にヒットしたアイドルソングなんだけど、バレンタインに引っ掛けた超可愛い王道アイドルソングでして、これは是非ともアズール氏にカバーして頂きたいと! いやでもしかし、絶対めちゃくちゃに可愛いから他のファンに見せるのもな〜と思い至ったゆえ、何卒拙者のためだけに、どうかこの曲のカバーをお願いできませぬか」
    一息で言い切ったイデアさんは額に汗まで浮かべて、言い切ったぞと胸を張ってやり切った風の顔をしていた。
    つまり、イデアさんはこの曲が好きで、且つ僕に似合いそうだからこれに似た衣装を着て歌って欲しいと、そういうことらしい。そう言われてもこの曲は今初めて見たもので、中身は当然全く知らない曲だ。歌って欲しいと言われればそれは吝かではないのだけれど、流石に少し練習はさせて欲しい。
    「いいですけど……次に会える時とかでもいいですか? 今すぐ覚えて歌うのはちょっと」
    「勿論でござる!! やってくれるの? ホント神……!! 楽しみにしてますぞ〜!」
    頬を紅潮させてまで興奮を顕にしたイデアさんにそう言われるのは満更でもなかった。となれば、来週会えるかもしれないとスケジュールを擦り合わせていた日に向けて練習をしておこう。どうせなら動画サイトで振り付けも覚えて完璧に仕上げてから見せてあげようと心に決め、パーカーとCDをカバンにしまった。
    「ではお借りしますね。あとシャワーもお借りします」
    代わりに取り出した着替えを抱えて立ち上がる。聞くが早いか、ぬらりと一緒に立ち上がったイデアさんがそのまま近付いて僕の肩に顎を乗せた。
    「お供していい?」
    耳元に囁かれた声に熱を覚えて、鼓膜の奥が痺れるのを感じながらひとつ頷いた。


    二人きりで会うよりも先に事務所でばったり会ってしまったイデアさんが開口一番文句を言ってくるだろうなというのは予想がついていたので、咄嗟に両耳を塞ぐ。
    「アズール氏ーー!!」
    予想通り、大声をどうにか潜めたような半端な声量(結局普通のボリュームになってる)で廊下の隅に押しやられた。
    「どどどういうことあれ」
    「それが……うっかりCDがケイトさんに見付かってしまって」
    「それで!? ケイト氏に脅されたの!?」
    「そんな訳ないじゃーん。ね、アズールちゃん」
    「ヒッ…………」
    僕を壁に押しやって囲うようにしていたイデアさんの背中から明るいケイトさんの声と共に肩を叩く手が覗く。胸の前で両腕を縮こませたイデアさんは文字通りその場で飛び上がり、咄嗟にケイトさんから逃げるように壁と僕の背中の隙間に無理矢理押し入って、その大きな身体を隠した。
    「イデアくんホントありがとね! めちゃくちゃいいアイデアだよ〜! この曲確かにある界隈では毎年ボーカル変えて歌い継がれてる曲だし、王道アイドル!って感じで可愛いし、ちょっと大人ぶった感じがアズールちゃんのイメージにぴったり!」
    イデアさんが薦めてくれたアイドルソングは少し背伸びをする女の子のバレンタイン大作戦、といった歌詞の歌だった。そのジャケットを見たケイトさんは、そのCDを両手に持って食い入るようにジャケットを見詰め、なるほど、と小さく呟いていたのを覚えている。なので、すらすらと出てくる賞賛の言葉は決して建前とかではなく、素直な感想に他ならなかった。
    「ででででしょ……拙者もそう思って…デュフフ……」
    「うん、だからカバー曲を急遽配信で披露しようと思って」
    ここでしれっとそう言えるのはケイトさんの強みだなと思う。そんなことを言ったらイデアさんがどう出るか、彼女は百も承知であるだろうに。案の定、照れ笑いからさっと顔色を変えたイデアさんが僕の後ろに隠れたまま反対の声を上げる。
    「だ、だからそれはダメでござるーー!! 折角アズール氏の可愛いバレキスを拙者だけで観ようと思ってキンブレも新調したし法被もピンクの用意したのにーー!!」
    「うんうん、じゃあそれは仲間内で配信観ながら着てね。二月十四日の二十二時からだからねー。チケット代三千円、投げ銭もあるからね♡」
    「トップランカーの報酬は?」
    「撮り下ろしチェキ。リクエストポーズ」
    「頑張ります」
    「毎度ありー!」
    それって結局事務所の中でお金が回っているだけなのでは、と思わなくはないのだけれど。気合いの入った顔付きで僕の背後から出て来たイデアさんとキラキラ笑顔のケイトさんががっちりと握手をしたのを眺めながら、肩を竦めた。
    「そんなのいつでも撮っていいのに……まあ、あなたがよければいいんですけど」
    呟きは誰に拾われることなく、ケイトさんとイデアさんは僕本人をそっちのけにイメージ写真のアイディアだの当日の衣装だので盛り上がっている。ほかのファンの人もこんな風に喜んでくれるのかと思うとこれでよかったのかなとも思う反面、少しだけイデアさんに申し訳ない気がした。

    青の横ストライプに白いフード。フードからは二本の細い紐が垂れている。高い位置で結ったポニーテールが首の後ろを擽った。配信の準備は万端。三人で今日のためのフォーメーションを考えて、リリアさんに歌唱指導を、ルークさんに振り付けをお願いした。この曲はあくまで今日のためのパフォーマンスで、リリースの予定はない。けれど、これが僕らからのバレンタインプレゼントだ。
    「喜んでくれるかな?」
    「きっと喜んでくれますよ」
    「じゃあ、練習の通りに」
    色違いのストライプパーカーが照明に照らされる。観客はいないけれど、投稿されているコメントはカメラの後ろの壁に映し出されて、どれだけの人が閲覧して、コメントを投稿してくれているかが分かる。勘のいい人はこの衣装でもう曲目が分かったようだ。それほどに有名な曲なのかと気合いを入れ直し、左右のリドルさんとカリムさんに視線を投げる。
    「僕らからのバレンタインプレゼントです!」
    イントロが流れ、ライブの幕が開いた。


    後日、罪悪感を埋めるためイデアさんの部屋で一人ライブをやったのはケイトさんには秘密。新調したというピンクの法被はなんとショッキングピンクで、背中に大きなハートがついていた。イデアさんが手ずから縫いつけたらしいそれは端々が引きつれていたけれど、それがとても愛しかった。

    KazRyusaki Link Message Mute
    2023/02/14 21:23:11

    TO麺×$ 番外編 6

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    ##君に夢中!

    バレンタイン編。

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