イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    想い出に栞ブックマークを見てみるといくつもの電子書籍サイトがクリップされていて、それらのステータスを確認すると会員登録までされている。流石に購入履歴を見るのは気が引けたのでそれはやめておいたけれど、電子書籍サイトなどどこも一緒だろうに、こんなに沢山登録して意味があるのだろうかと思わざるを得ない。

    食事を終え、電子書籍用のタブレットを片手にソファに退いた背中を見送りながら何となくその疑問をぶつけてみた。
    「んー、セールのタイミングとか独占先行配信とかあるとつい登録しちゃうんすわ」
    「ひとつ決めたところのセールを待てばいいのでは?」
    「でも、例えばこのサイトは50%オフはやんないからさ。最初の頃はやってたくせに急にケチになったんだよね」
    「なるほど……もうひとつは独占先行配信でしたっけ。独占て言っても先行配信なら待てば他のところでもやるんでしょう?」
    「でも一刻も早く読みたいでござる。それこそが真のオタク……」
    ひひっ。楽しそうに肩を竦めて笑ったイデアに首を傾げる。早く読みたいという気持ちは分かるけれど、そのためだけに購入サイトを増やしてはアプリがいくつも増えてしまうし、最終的にどこに何があるのかが分からなくなってしまいそうだ。
    「紙はもう買わないんですか? 以前は紙も結構買ってましたよね」
    「んー。小説は紙でしょって思ってた時代が拙者にもありました」
    「……全て電子の時代になったんですね」
    「でもすんごい気に入ってるのとかは今でも紙だよ」
    「小説ですか?」
    「まあ、なんか、いろいろ……」
    タブレットを操作し始めたせいで会話がおざなりになっていく。そろそろ読書がしたいから会話を終わらせたいというサインだ。
    共に生活しているからと言っても別に四六時中会話をする必要はないし、こうしてやりたいことに自然と舵を切ってくれるのは気を遣わなくていい。生活を共にし始めた頃はそれがどうも上手くできなくて、互いにストレスを貯めた時期もあったものだ。

    食器を全て食洗機に入れてから、入浴の支度をする。地下一階と地上二階のこの家は、地下フロアがイデアの居室、地上二階がアズールの居室、地上一階が共有のフロアで、バスルームやキッチンはここにある。ひとつ、ほかの建物と大きく異なるのはアズールの居住区域にもバスルームがあることだろう。人間と同じ風呂を使うことはできても、たまには水に入りたくなることもある。バスルームというよりは巨大な水槽という方が近いのだけれど、イデアが水槽という言葉を使いたがらなかった。彼なりの拘りがあるらしい。
    そんなアズールのバスルームでゆっくりと水に揺蕩い、大きく呼吸をして上っていく水泡を眺めながら明日の仕事のことを考える。
    ひとつ屋根の下で互いに好きなことをして過ごすことが多く、実はこうして暮らしていても二人一緒にいる時間はあまりない。他人から見たらこの距離感が素っ気なく感じられたり不思議だったりするようだけれど、これがアズール達の中で何年も模索した最適解だった。
    水面に昇ってぱちりと弾けた水泡に一度うんと伸びをする。電子書籍というのは水の中でも読めるものがあるだろうか。タブレットさえ持ち込めれば可能か。水に強いタブレットとは、どの程度の水深と水中時間を想定して作られているのだろうか。もし市販で長時間水中で使えるようなものがなかったとしても、イデアに言えばある程度の水深も水中使用時間も耐えられるタブレットを作ってくれるに違いない。そうしたら、こうして水に入りながらも読書ができるようになるのだ。
    そう思ったら急に電子書籍がとてもいいものに思えてくる。イデアはもう今日は読書に熱中してしまっているだろうから、明日にでもお願いしてみようかと大きなバスタブから身体を持ち上げた。

    リビングに戻ると既にイデアの姿はなく、タブレットが雑に放置され、その画面には何かの論文が表示されたままになっていた。所々にペンで書き込まれていて、なるほどこれは便利だなと画面を覗き込む。その隣にはぼろぼろの表紙の本が数冊。リビングの本棚に一時的におかれていた本たちらしい。恐らくここで何か発明のヒントを思い付いて、忘れない内にと地下の研究室(兼、自室)に駆けて行ったのだろう。
    「まったく……片付けができないんだから……」
    子供に言うように独りごちて本を拾い上げてから、そこからはみ出したそれに気が付いた。
    中でも一番ぼろぼろの表紙。参考資料に混じっていたそれは間違って持ち出されたのか、論文でもなんでもない、詩集。こんなものをイデアが、と思うけれど、カバーも外されて掠れてしまっている表紙をよくよく見詰めて息を止めた。
    学生の頃、アズールが気に入っていた詩集。暇さえあればそれを読んで眺めて、知り得ぬ陸上の恋に憧れていたそれ。そんなもの面白いの、と詰まらなさそうに問い掛けてきた学生時代のイデアの声が耳の奥に蘇る。人間の恋を知らなかったアズールにとって、この恋の詩集はまるでバイブルのようであったから。面白いですと笑って見せたら拗ねたように唇を尖らせた横顔を思い出した。
    その本に挟まれているのは、彼が卒業する頃にアズールがプレゼントした、貝殻を砕いて作った手製の栞。レジンで固めた青い海と、砂浜を模した細かい貝殻に、ちいさなヒトデ。いつか海に来て欲しいと願って作ったそれを、受け取った白い指先がそのまま抱き締めてくれたのを昨日のことのように記憶している。
    「…………お気に入りは紙で、ね」
    思わずふと零れた笑みを隠さないままに詩集を抱き締めて地下へと続く階段を振り向く。

    そこへ。
    声をかけようかどうか、肩に触れようかどうか。迷って行き場を失った左手をうろつかせたイデアが赤く青い顔をして立っていて、その複雑な顔色と表情が今さっきまで鮮明に思い描いていた学生の頃のイデアとまるで変わっていなくて、その愛しさに思わず声を立てて笑ってしまった。




    ​───────
    イデが最近読み進めている本が机の上に置いてある。よく見ると自分が昔あげた栞が挟んであって、アズはどうしようもなく嬉しくなってしまった。
    #お題ガチャ #同棲カプのゆるい話 https://odaibako.net/gacha/2563?share=tw
    KazRyusaki Link Message Mute
    2022/01/06 19:40:23

    想い出に栞

    人気作品アーカイブ入り (2022/01/15)

    お題ガチャより。

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品