one dayam 6:00
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。休日と言っても習慣というのはこういう時も長寝を許してはくれない。そっと身体を起こしてまずは掛け布団から抜け出した。壁側からひと一人を越えてベッドから抜け出るのは中々至難の業だったけれど、最近コツを掴み、随分スムーズに出られるようになったと思う。足元側から床に降りて、シャワールームへと向かった。
多少音を立てても彼が目を覚さない事は知っているから、遠慮なくシャワーを終えて部屋に備え付けられたミニキッチンで簡単な朝食を用意する。ライ麦パンのサンドウィッチは最近の二人のお気に入りだった。
am 7:00
作った朝食は向かい合って二人で食べる。なんて事があるはずがない。如何せん夜型のイデアは昨夜も遅くまで起きていたらしいから、こんな時間に起きている事があったらそれこそ奇跡だ。
ドックからスリープモードを終えたオルトが目を覚まして朝の散歩という名の巡回に出て行くのを見送る。サンドウィッチを平らげ、目の前に展開した電子版の新聞に目を通しながらコーヒーを啜った。昨日購買部で買った豆はいつもより少し苦くて、カフェオレにした方が良かったかなと後悔する。イデアは濃いめのブラックが好きだからこれでも大丈夫かも知れないなとカップを置いた。
am 8:00
そっと部屋を出て、人気の少ない薄暗い廊下を抜ける。どうもイグニハイド寮の寮生はこぞって夜型らしい。朝は見事に人と会わないなと思いつつも、それはそれで好都合かとも思う。イデアの部屋から出て来るところを見られるのは多少気恥ずかしさもある。そそくさと鏡の間に抜けて、ラウンジの仕込みのためオクタヴィネルへと向かった。
ちなみに、夜型というのは間違いないのだけれど、この時間活動を開始している寮生はもちろんいる。ただ、昨夜寮長の部屋にアーシェングロットが来たぞ、というのは即座に寮の掲示板で情報共有され、彼がイグニハイドを出て行くまではあまり出歩かないようにという暗黙のルールができているのを、アズールは当然知る由もなかった。
am 9:00
目が覚めた頃には既に部屋にはイデア以外いなかった。もうこれはいつもの事なので特に気にせずにスマホで時間を確認しついでにマジカメのタイムラインを眺める。ベッドでこれをやると時間が溶けるのがわかっているけれどやめられない。
時計の表示を再度確認し、やっと欠伸をしながら身体を起こす。散歩に出ているオルトがそろそろ戻って来る頃かと当たりをつけながら、スウェットのパンツだけを身に着けた格好でシャワールームに向かった。今日はこの後近代電子工学の展示会に出掛ける予定だ。久々の街にうんざりするけれど、アズールが一緒だから幾分か心強い。出掛ける服がないなと今更考えながら、熱めのシャワーを頭からかぶった。
am 10:00
待ち合わせってわくわくしますよねと言うアズールに、面倒なだけじゃないとイデアが返すと、アズールが分かりやすく頬を膨らませる。こう言うところで会話を繋げられるようになると一段上がるのになあと思うけれど、彼にそれを求めるのは中々ハードルが高いかと諦めた。
近代電子工学展示会はイデアの希望である。アズールとしては専門外であるからいまいちピンと来ないものも多かったけれど、隣で分かりやすく解説をしてくれるのに助けられた。
時折、イデアを見てこそこそと話している人達がいたのはきっと、彼をかのイデアシュラウドと知っての事だろう。自慢げにイデアの腕を取って館内を歩き回った。
am 11:00
たっぷりと展示会を楽しんでから、昼食までの間に久々にやりませんか、とアズールに誘われたのはビリヤードだった。薄暗いスペースと、落ち着いたBGM。喧騒とは程遠い店内で、ひたすらキューとボール、壁、それぞれの角度計算をするのは楽しかった。以前アズールとやった時はイデアの圧勝だったけれど、多少練習したらしい彼は随分と腕を上げていて、やはり抜け目がない。台の上に乗り上げ、左半身を台に倒して遠い位置のボールを狙う姿にどことなく色気を感じて慌てて目を逸らした。
pm 12:00
ビリヤード場があるビルは飲食店も入っているそこで、ふたつ下のフロアのイタリアンで食事を摂る事にした。以前から目をつけていたこのレストランは評判の通り味も接客もいい。シーフードパスタは絶品で、イデアと二人、調味料がどうだとか素材がどうかとかと分析するのが楽しかった。
帰りがけにビリヤード場の割引券を渡されて、順番を間違えましたねと話しながらビルを後にする。もう一度ビリヤードをやっても良かったのだけれど、結局負けてしまったのでもう少し練習してからまたチケットの期限が切れる前にリベンジしたい。
pm 1:00
公共機関は嫌いだ。電車に乗っている間、ドアの方へアズールを追いやって、他の乗客から彼を隠すようにしながら早く着かないかなとぼやく。そんなイデアを気にする様子もなくスマホを操作していたアズールがふと画面を見せて来た。少し前に配信開始になった映画。イデアは恋愛映画に興味はないし観たくもないのだけれど、サスペンスが入って来るなら観られない事もない。帰ったらこれ観たいですと言うアズールにあらすじを読ませてもらって、まあいいけど、と頷いた。
pm 2:00
オルトは一度帰って来てまた遊びに行ったらしい。GPSがスカラビア寮を指していたから、悪いようにはされないだろうと判断して放っておく事にする。何かあったら寮の一部が吹き飛ぶくらいで済むだろう。
照明を絞り、引き出したスクリーンにプロジェクターを照射した。床に置いた大きめのクッションに座ってベッドに寄りかかり、スクリーンを見上げるのがアズールのお気に入りだった。
主人公の女性がどことなくヴィルに似ていたものだから、彼が重なって見えてしまって冒頭十数分の間全く集中できなかった。
pm 3:00
少し冷えるねと毛布を出してくれたのをありがたく受け取って、イデアとアズールの肩に広げる。映画を観ている間あまり姿勢を崩さないアズールに対して、イデアは完全にアズールに寄り掛かる姿勢で肩に頭を乗せていた。重くないように気を使ってくれているお陰で重さはあまり感じなかったけれど、ふわりと揺れる髪の先が擽ったい。
スクリーンの中では何件かの殺人が起こり、主人公がパニックになりながらも必死で犯人を探している。これってさ、とイデアが言いかけたのを、ネタバレやめてくださいねと先回って封じた。天才の推理はほぼ間違いないのだ。
毛布の中で指先を絡ませて遊ばせながら、スクリーンの中のキスにうっとりと溜息を零した。
pm 4:00
やっぱりな、というのが最初の感想だった。途中から先が見えてしまった分、ちょっと期待外れだったなと思う。けれど、アズール的には事件よりもその横で展開された恋愛模様に満足したらしい。薄々気付いてはいたけれど、彼は割とロマンチックだ。恋人が主人公にバラの花束をあげるシーンは無意識に興奮していたのか、繋いだ手に少し力が入ってた。ご希望には可能な限り沿ってあげたいけど、と頭の後ろで考えながら、夕飯どうしましょうかと問いかけつつ毛布を畳むお尻に触れたら、そのまま踵で蹴飛ばされるところだった。
オルトが帰って来て、今夜はスカラビアでお泊まり会だと言う。ジャミル氏に一言よろしくとだけメッセージを送って嬉しそうに出て行く弟を見送った。
pm 5:00
夕飯の買い出しにはアズールが一人で行く事にした。二人で行くほどの量は買わないし、何やらゲームのイベントがどうのこうのと言っていたから、それならそれでとイデアを置いて購買部に向かう。サムと雑談しながら素材を買い込み、ついでにモストロラウンジコラボの新メニューについても軽く会話。一時期人気だったタピオカの人気はもう随分落ち着いているらしいので、それに次ぐブームを作るか探すかしないとですねと言って別れた。
イグニハイド寮は相変わらず寮生をあまり見かけない。みんな部屋で何をしているんだろうか。イデアの部屋に帰ると忙しそうにゲームをしていて、各部屋こんな感じなのかなと勝手に納得した。
pm 6:00
トラブったらしいんで少し出て来るねと言い置いたイデアが部屋を出て行くのを見送り、下拵えをしてしまう事にした。完成はやはり彼が帰って来てからの方がいいだろう。
そろそろ次の企画メニューも考えなくては。4月から6月と言うのはイベントの間で、季節柄の企画も打ちにくい。かと言って何もしないのも店としては盛り上がりに欠けるしなとつらつら考えている間にいつの間にかイデアが帰って来ていたらしい。考え事?と声を掛けられて、後ろからお腹に手を回された。包丁を持ってる時じゃなくてよかったですなんて言いながら、じわりと熱くなった耳には気付かないフリをした。
pm 7:00
ダイニングテーブルのような立派なものはないし、唯一のローテーブルもアズールが来ている時くらいにしか活躍しない。とは言えテーブルがないと食事は難しいので、それを部屋の真ん中に置いて用意してもらった食事を摂る。今日の展示会のこと。ビリヤードのこと。映画のこと。ビリヤード台をモストロラウンジに置こうかという相談には、似合うんじゃないと答えつつも行く予定はないと言ったらアズールが少し不機嫌そうに唇を尖らせた。
とは言え、閉店後の店内ならまだ行ってもいいかも知れないとぽつりと呟くと嬉しそうに笑ったものだから、反故にしたら殴られるかなと考えながらスプーンをくわえた。
pm 8:00
ビリヤード台と言ってもピンからキリまで色々な種類がある。導入を確定したわけではないけれど、あってもいいかなと言う気はした。ダーツの方が場所を取らないかも知れないけれど、デジタルダーツは音がうるさいから好きじゃなかった。ベッドの上で膝を立てて座り、ベッドサイドに腰掛けたイデアの背中に頬を寄せる。ふわふわと揺れる髪を時々指先でいじりながら、スマホを操作した。これいいんじゃないのと差し出してくれた画面に、ゲームをしているものだと思い込んでいたアズールが目を瞬かせる。案外閉店後になら行ってもいいと言うのは嘘じゃないのかも知れないと嬉しくなって、どれですかと肩越しに身を乗り出した。
pm 9:00
21時から何かのイベントが発生しているらしく、ヘッドフォンセットを着けた背中がパソコンデスクの前であれやこれやと興奮気味に話をしながら画面に食い付いている。クエストとかいうやつらしいと言うのは以前聞いたことがあったけれど、具体的にはいまいちよくわからない。とは言え、恋人の趣味を完全に理解する必要もない。必要な時に聞いて欲しい事だけを聞ければいい。先日クルーウェル先生に紹介してもらった書籍が案外面白くて、つい読み耽ってしまった。いつの間にか戦いを終えたらしいイデアがアズールの隣に腰を下ろして、何読んでるの、と声を掛けて来た。
pm 10:00
お先にとシャワーを終えたイデアと交代でシャワーを浴びて部屋に戻ると、部屋の真ん中でちんまりと座ったイデアがいてアズールは首を傾げた。どうしたのかと声を掛けたら、そろりとその背中から楕円型のドームが登場する。中には、薄く光る薔薇が三本。プリザーブドフラワーなんだけど。おずおずと差し出されたアズールは大きく目を見開いてから、慌ててイデアの前に座った。何でもない日のプレゼントだと彼は言う。そんな気障な事したことがなかったのに。何と返事をしていいものかわからずにただ薔薇を見詰めていると、さっきの映画の話を持ち出されて、合点が行った。確かにあの薔薇の花束のシーンは美しくて印象的だった。それでわざわざこれを手配したのかと思うと、胸がきゅうとなって、思わずドームに頬擦りをしてしまった。
pm 11:00
ベッドサイドに置いた薔薇はイデアの魔力で仄かに光っている。眠りを妨げないだろうかと思うけれど、髪も薄っすら光っているのだから今更かと勝手に納得した。思ったよりも喜んでもらえたらしい薔薇は、明日アズールの部屋に連れて帰られることだろう。そうして、彼の部屋の特等席で毎日彼の寝顔を見詰めるのだ。
布団の中。お揃いのスウェットを履いた足が絡まる。嬉しかったんですと繰り返すアズールが妙にあどけなく見えて、込み上げた愛しさに思わず接吻けた。擽ったそうに笑って、首の後ろに腕が回る。
ねえこんな毎日、これから先も続くようにと願わずにはいられないんだよ。喧嘩をしても必ず同じベッドで眠って、謝れないならその代わりに手を繋ごう。
そうしたらきっと、続く目眩く幸せの毎日。