ワンライ「お気に入り」放り投げるように渡されたそれを慌てて両手の平で受け止め、手に乗った数センチ四方の白い箱をまじまじと眺めた。これは? と問うよりも先にパソコンデスクに向かっていたイデアが愛用のゲーミングチェアを回転させ、ベッドに腰かけて読書をしていたアズールに向き合ってから一言「あげる」と端的に告げたものだから、どうやらこれは自分へのプレゼントらしいと理解する。
「開けてみても?」
形状からして中身は何となく想像がついた。念のため確認し、蒼い髪が頷いたのを確認してから箱を開け、更にその中にあったベロア地の箱を取り出してイデアを見る。ぶつかった視線でその先を促され、素直にその箱を開けた。
「……どうしたんです?」
「何が」
「こういうの、好きじゃないのかと思っていました」
「拙者は好きじゃないけど、キミは好きでしょ」
悪戯っぽく笑った彼が何かを企んでいるように見えて、つい台座に嵌ったままの指輪をあらゆる角度から観察し、不自然な個所がないかどうかを念入りに確認してしまう。その様にまた笑ったイデアが、アズールの前に翳して見せたその左手の薬指に同じデザインのシルバーリングが嵌っていて、益々目を丸くしてしまった。
「どうしたんですか、本当に」
「いやあ、期待に沿えなくて悪いけど、虫除けにと思って」
揶揄を含んだ言い方に僅かばかりむっとしつつ、けれど彼の口から出た『虫除け』という言葉に勝手に納得して、そういう事ならばとネイビーのリングケースから取り出した細身のシルバーリングを掌に乗せ、シンプルながら波を思わせる刻印が入ったそれを改めて眺める。
「先日の件、気にしてたんですか」
「べっつに~。誰から告白されようとアズール氏が拙者よりそっちを選ぶとは思ってないですし~」
「気にしてたんですね」
何と分かりやすい嫉妬か。くつりと肩を揺らせば、面白くなさそうに尖った唇の奥で小さく舌打ちをされた。
校舎裏に呼び出された時には暴力を覚悟したものだけれど、その覚悟は全くの杞憂で、遅れて現れた一学年下の生徒が真っ赤な顔で「好きです」などと言ってくるものだから拍子抜けしてしまったのは、もう数日前の事。隠しておくのも気持ちが悪くて何気なくイデアに話したところ明らかに機嫌が悪くなり、その日の夜はいつにも増してしつこくされたのを未だ腰骨に残るキスマークが覚えていた。
「まあ、じゃあ、一応」
左手の甲と指輪を彼に差し出すと、思った通りうんざりと嫌な顔をされて可笑しくなる。笑いを堪えながら無言で催促して、漸く受け取ったイデアの細い骨ばった指がアズールの柔らかな掌を支えて薬指にシルバーを嵌めて行くのに目を細めた。
地位も、名誉も、金も、頭脳も、容姿も、総てを持っているこの男に拘束したいと望まれるのは悪い気がしない。
「何なの、意地悪い顔して」
「おや。嬉しい顔をしていたつもりだったんですが」
ぱっと離された左手を目の前に持ち上げて上品なそれを改めて眺めた。イデアの嫉妬と牽制の証。薄く微笑って掌の向こうにイデアを見れば、肩を竦めた彼がまたイスを反転させてアズールに背を向けるようにデスクに向き直る。
「どうせならもっとロマンチックな口説き文句と一緒に渡して欲しかったですけど」
「はあ。例えば?」
「そうですねえ……キミを幸せにするよ、とか」
もう既にこの話題には飽き始めたらしいイデアだったけれど、アズールの挙げた台詞に噴き出した。アズールとしても特に考えていたわけではなく、指輪、ロマンチック、と言うワードから連想しただけのそれを口にしたに過ぎなかったのだけれど笑われるのは面白くはない。じゃあ貴方は、と切り返そうとしたところで、イデアが肩越しに振り向いてそのきいろの目を三日月のように歪めた。
「よく言うよ、キミは僕なんかがいなくたって勝手に幸せになるでしょ。他人から与えられる幸せなんか興味がないくせに」
挑発するようなそれに背中が粟立つ。
「そっくりそのままお返ししますけど?」
立ち上がって二歩三歩、狭い部屋の中でイデアの背中に辿り着くまでにそう距離はなく、すぐに届いた指の先で彼の髪を撫で梳かしながら骨の浮いたそこへぺたりと張り付く。内緒話をするように小さく笑い合って、持ち上がった顎に気付いて目を閉じれば唇に柔らかな体温が押し付けられた。
気怠い雰囲気の残る部屋で煌々と点いたままになっていたパソコンにふと目をやる。席を外す時にロックして行かないなんて珍しいと思いつつ、何となくそのブラウザに触れ、偶然見つけたそれに何度か瞬いた。
ブラウザのお気に入りにあったのはいくつかの指輪のデザインサイト。サイドに彫られた波の形が一定ではないことからハンドメイドであろうことには気付いていたけれど、たかだか『虫除け』のためだけにそこまではしないであろうと可能性を消していた。
「素直じゃないんだから」
小さく笑って踵を返し、熱の冷め切らない身体で使用中のシャワールームへと向かって先客の答えを待たずにドアを開ける。
「貴方がいなくても勝手に幸せになりますけど、貴方がいたらより一層幸せです」
「突然入って来て何の話?」
濡れた髪を掻き上げて怪訝に眉を寄せたイデアに、こっちの話です、とだけ告げてバスルームのドアを閉めて濡れて光る銀色の指で蒼い唇をそろりと撫でた。