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    トマヴェ小ネタログ1■わたつみの星唄


     遠近から、穏やかな海鳴りが響いている。遮幕を端に寄せ、降るような星空を切り取る船長室の窓を半ばまで開け放して、ヴェインは夜の色に染まった潮風を私室へと招き入れた。やわらかく髪を撫でる夜風に目を細めていると、潮騒に紛れて、知った幅の足音が床板を軋ませながら近付いてくる。申し訳程度のノックとほぼ同時に扉が開き、現れたのはヴェインが予想した通りの男だった。
    「定時報告。いまのところ航路を予定通りに進行中、変わりなし。見張り台も同じく異常なし、だとよ」
    「ああ」
     今夜の海は穏やかだ。荒れた海の上でも頼もしく操舵部を取り仕切る男――トマスも、今日は不寝番の部下に早々に持ち場を任せ、船室へ戻ってきたらしい。男が手土産代わりに寄越してきた報告を、ヴェインは首肯とともに受け取る。そのままそばまで歩み寄ってきた男が、ヴェインの座る椅子の座面に片膝をついて乗り上げた。二人掛け分の幅のある座面の半分を、勝手知ったるといった体で占領し、頭ひとつほど下にあるヴェインの顎をすくってがぶりと口付ける。吐息の絡む距離で、男はかすかに顔を顰めてみせた。
    「酒の匂いがする」
    「少し前までバルバロッサがいたからな」
    「ったく、まァた呑みに来たのかよあのオッサン……」
    「……今日は俺から言い出したんだ。少し相談があってな。だから、呑んだと言ってもそれほどの量じゃない」
    「は、どうだかな」
     お前らの『それほど呑んでない』は当てになんねえよ。冗談めかしてそう続け、立て膝をやめた男はどかりと椅子に腰を下ろす。横手にある窓へと視線をやって、滑り込む夜風を浴びて心地好さげに目を細めた。その男の所作に誘われるように、ヴェインも再び視線をそちらへ戻す。窓の外、海の上に広がる月や星々は明るく、望遠鏡なしでもよく見えた。いい夜だ。
    「そういや、レイスに銃を教えるんだって?」
    「ああ」
     わずかな沈黙のあとふいに投げられた問いに、驚くでもなくこくりと頷く。話題に上ったのはヴェインがしばらく前にこの船に迎え入れた、商船乗りの少年のことだった。
    「ヴェインに教えてもらえるんです!って、嬉しそーに話してたぜ。あんなに身振り手振りがでかくて疲れねえってんだから、ガキってのは元気なモンだ」
    「……そうか」
     日々の雑務や、測的手としての仕事にひとしきり触れ終えたようだったので教えることにしたのだけれども、そこまで喜ばれるとは思っていなかった。なんとなしにむずがゆいような、嬉しくもあるような不思議な気分を持て余し、「気が乗っているのならよかった」とだけ呟くと、一瞬目を丸くした男がくつくつと肩を揺らして笑い出した。
    「なんだ、トマス」
    「ああ、いや、お前最近ますます親父に似てきたなと思ってよ」
    「?」
    「いま、ガキのころあいつがアレコレ教えてたときとおんなじ顔してたぞ」
    「……、……お前ほどじゃない」
    「はあ?俺はべつに似てねえよ」
     悪戯っぽく笑う男の表情にこそ、実父の面影が濃く差しているだろうに。幼いころからこの船で兄弟同然に育ってきたゆえの気安さで軽口を放ると、同じように軽い口調で返した男に腕を取られて椅子の背凭れに肩を押し付けられた。「つうか、」
    「どう考えたって俺のほうが頼もしくて男前だろ」
    「…………さあな」
     煽るように言ってやれば、淡い色の瞳に種火のような炎が灯る。
     兄弟同然に過ごして来たはずが、どうしてこうなったのだったか――否、或いはだからこそ、なのかもしれない。
     出会いも別れも、家族も仲間も、親愛も情愛も、生も、死も。ヴェインにとって、すべてはこの海の上にある。束の間の平穏な波に揺られながら、男の肩越しに瞬く星々のひそやかな唄を聴いていた。


    ***
    20170814Mon.//20170902Sat.

    ■流星海路


     圧しつぶされそうな星空の夜のことだった。夜半を過ぎた時分、いまは必要最低限の人数が持ち場にいるばかりで、日中と比べれば甲板の上はずいぶん閑散としている。
     テューさえ寝静まっているような夜更けに、わざわざ声を張り上げてまで雑談を交わすこともない。星の瞬く音さえ聞こえてきそうな夜の海を自身の特等席から見渡していると、耳慣れた足音が鼓膜を揺らした。
    「どーした、こんな時間に」
    「今夜は不寝番だと聞いたから」
     夜の海鳴りを人の声にしたような深い声が、トマスの問いに応える。肩から羽織った長外套を潮風にはためかせた男がそこに立っていた。帽子は船長室にでも置いてきたものか、やわらかな癖毛が夜気に晒されて揺れている。
     舵を取るトマスの隣に並んだきり、男はなにも言わない。もとより寡黙なたちの男であるし、男がときおりこうしてただそばに来るのもトマスにはさほど珍しいことでもなかったので、なにも言わないまま男が口を開くのを待つことにする。ヴェインという男はトマスが物心付いたころにはすでにトマスの世界に存在していて、男にとってもまた、トマスは同様の存在だった。気付けばまるで双子の兄弟のように並び立ち、同じ船の上にいた。

     ――子どものころ、トマスは一度だけ男の手を引いて船から降りたことがある。それは国家間の貿易に使われるほどの大きな港町に停泊した折りのことで、初めて見る景色にいたく感動したのを覚えている。甲板から町を眺める男の目にも自分と同じ色が映っていたから、駄目だと首を横に振るのを無視して、トマスは高揚のままその手を掴んだ。自分と同じ、幼い好奇心を顔に浮かべておきながら、それでいてなにかを怖れるように頑なに制止を繰り返す男と、その胸元で揺れる深碧のひかりがどうしてかひどく気に食わず、男のペンダントを強引に奪い取り――いまになって思えばあまりに軽率な行動だったが――海へと放り投げた。
     呆気に取られている男を引きずるように駆け出して、一歩陸へ足を降ろしたその瞬間の男の姿を、トマスが忘れることはない。
     殴り合いの喧嘩をしても歯を食いしばり涙ひとつ見せない男が声もなく涙をこぼしながら立ち竦み、汗ばむほどの日差しの下で「さむい」と言った。
     あれほどまでに心を満たしていた高揚は泡のように消え去って、焦燥と恐怖に駆られてすぐさま船へと引き返した。涙は止まったものの顔色の優れない男をベッドに寝かせ、まだ船に残っているはずの父を探しに部屋を出たところで、甲板から船員室階へ降りてきた父と鉢合わせた。
     どうやら男を探していたらしい父の、その手に握られたものを見て、トマスは言葉を取り落とした。それも致し方のないことだろう、眼前でさも当然かのように揺れていたのは、つい先ほどたしかに海へ投げ捨てたはずのエメラルドグリーンだったのだから。

     変わらず黙したままの男の、胸元に揺れるペンダントへついと視線を向ける。海の秘宝。七つの星。女神の心臓。プレーイオネーの寵愛に、男はいまも縛られ続けている。
     精悍な横顔になにかを言おうとして、けれども伝えるべきなにかをかたどれない。喉元から込みあげるその感情を当て嵌められるかたちのことばを、トマスはまだ見つけられていなかった。はくり、とトマスが空気を食んだのを察しとったかのように、男がトマスを呼ぶ。
    「トマス」
    「……なんだよ」
    「これを」
     これだけの時間黙しておいてたったそれだけの言葉とともに渡されたのは、男の両目とよく似た、水平線に溶ける太陽の色をした宝石だった。男の持つマイアの星、父の手へ渡ったケライノの星に続く、この航海でやっと行き着いた三つ目の秘宝。
    「…………おまえ、」
    「星は」
     男を呼ぶトマスの声を、女神の左足を託した男の静かな声が遮った。
    「俺がいまどこにいるかを、……どこに向かうべきかを、教えてくれるものだ。だから、」
     お前にも、持っていてほしい。
     潮騒に溶けていくような声に、手のなかの宝石をきつく握り込んでいた。
     雄々しくあたたかな航海の日々のとばりにくるんだ記憶の底に残り続ける、流星のような涙のあとが胸を絞める。飾りけのない言葉で訥々と語るこの不器用な男が、呆れるほどに愛おしい。
     逞しい腕を引き寄せて首筋に片腕を回し、応えの代わりに抱き竦める。不器用な性分なのは男も自分も同じだ。
     圧しつぶされるような、星空の夜のことだった。



    ***
    20170902Sat.

    ■星あかりの夜


     船長室の窓から遠く揺れる街明かりを眺める横顔に、ほんの少しの寂寞を見とめて手を伸ばしていた。
     男の双眸が陸に焦がれるようにふと湛える翳りに気が付いていることを、あえて言葉にはしていない。声にしたところで眼前の男が海から離れられない事実は現状として変わることがなく、いつの日かに「俺の分まで」と託された男の不器用な言葉をいまさらになって突き返す無粋な意味しか持ち得ないからだ。トマスがそれに気が付いていることを男は知っているだろうし、男がそれに気が付いていることをトマスもまた知っている。トマスと男のあいだにある事実など、それだけで良かった。
    「どうした」
     男の寡黙な唇がちいさく開いてトマスを呼ぶ。
     捕まえた手首はしっかりとして熱く、たしかな脈動を手のひら越しに伝えてくる。トマスに引き寄せられるまま身を任せてくる無防備な長躯へ腕をまわして、厚い体を抱き寄せる。水平線に溶けてゆく太陽の色をしたひとみのなかに、灯したランプのほのかな明かりが揺れていた。
    「……いや、なにも」
     そうして今日も、夜の魔法に誑かされたふりをして、男の首筋に唇を寄せる。鼻先を掠めた短い髪からは、よく知った夜と潮の匂いがした。


    ***
    大人な二人へのお題ったー/『夜の魔法に誑かされて』)
    20171129Wed.
    ■#リプされたキャラで戦闘シーン書く

     空と同じ広さの海原を、干戈の音と怒号が揺らす。天高く掲げた海賊旗をはためかせる潮風の向きを目の端に捉えつつ、ヴェインもまた仲間たちと同様に騒乱の渦中へ身を投じる。
     自律を知らない無法者に、海を踏み荒らされることは好きではない。海を赤黒い血で染めることも、好きではない。青く深く続くこの揺りかごに生まれ落ち、アルテミス号という家で育ってきたヴェインがそう思うようになるのはごく自然なことだった。
    「ヴェイン!」
     二隻の船のあいだに飛び交う銃声や剣戟の音に、数え切れぬほどの荒々しい足音と悲鳴が塗り重なる。どちらの船のものともわからない破壊音に混ざって、誰かがヴェインの名を呼ぶ声がした。
     この騒ぎのなかにあっても、長くともに過ごした仲間の声は不思議と耳に届く。即座に視線を走らせれば、敵船から伸びた梯子がアルテミス号の舷に掛けられていた。
     すでに交戦状態となっているが、若干手薄になっていた場所を突かれたためにこちらの分が悪い。駆け出しながら、ヴェインは腰元のホルスターから愛銃を引き抜く。手に馴染んだ重みと感触を確かめ、梯子からアルテミス号へ乗り込んでこようとしていた後続の船員の足を狙って迷うことなく引き金を引いた。撃鉄が弾ける。衝撃。火薬の匂い。上がる硝煙の向こうに、転がり落ちていく敵の姿が見えた。先頭の船員の落下に巻き込まれたらしい敵の短い悲鳴を聞きながら、こちらに気付いて向かってきた相手に銃を持ったまま拳を入れる。大きくたたらを踏んで船べりまでよろけた男の腹部を靴底で蹴り飛ばし、そのまま手摺りの外へ送り返す。
    「助かったけどおっかねー顔しすぎじゃねーか、ヴェイン?」
    「……お前たちこそ緊張感が足りない」
     増援で余裕が戻ったか、仲間のひとりが戦いに煤けた顔をくしゃりと笑みで崩して軽口を投げてくる。どうやら、先ほどヴェインを呼んだのは彼だったらしい。
     まったく、こんなときだというのに。豪胆な笑みにつられて苦笑しつつ、ヴェインは寄せていた眉根をわずかにほどいて次の敵のもとへと駆け出した。


    ***
    20180506Sun.
    ■きれはし

    机に広げた海図へ視線を落としていたく真面目な顔をしている彼の髪が、小窓から滑り込む夜風にわずかに揺れるのをじっと見ていた。今日はもう彼の仕事はひと段落ついていて、そしてまた自分も、あとは寝床に入るだけである。酒杯を交わしながらの流れで生まれた、ともすればいまはまだ寝物語代わりのやり取りだったはずが、やはり一度海図を眺めてしまえば彼は自然と「そう」なってしまうらしかった。
    むろん自分は彼のそういうところを好ましく思っているし、彼のあわい色のひとみが、船長室の明かりを吸って透けるのを見ているのも、決して悪くはない。――ない、の、だけれども。
    「トマス」
    「なんだ」
    名前を呼べど、彼の視線は紙の上の海に向いたままだ。気付いているのかいないのか、ちいさく浮かんだ眉間の皺をほどいてやるために、額にそっと唇を寄せた。
    ふたりへのお題ったー:ふたばのトマヴェへのお題/『おでこにキスをしよう』)


    ***
    20180627Wed.
    なっぱ(ふたば)▪️通販BOOTH Link Message Mute
    2018/06/30 23:51:04

    トマヴェ小ネタログ1

    #演目二次  #トマヴェ

    プレアデスよりトマス×ヴェイン。トマヴェじゃない(CP要素なし)ものも若干。◆先代船長殿の実子と拾われっ子、航海士と船長っていう設定だけでもう爆裂にアツい。接点なぞいくらでもあろうにドラマ中であんまり絡まなかったところすら逆にアツい。そんな感じです。

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    ##腐向け ##二次創作  ##演目二次

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