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    どむさぶ習作人魚の世界にダイナミクスは存在しない。よって、陸に上がってきたアズール達のような人魚にも、それらは発現することは稀だった。
    「きちんとそこで『座って』いてくださいね」
    柔らかに笑んだままそう言うと、やがて震えだした取引相手が逆らえないようにその場にへたり込む。
    「お利口さん」
    ふふんと笑って契約書をテーブルに差し出した。魔法の契約書ではなく、単なる紙のそれに、イッツ・ア・ディールのような効力はない。けれど、これで充分なのだ。彼のような、subが相手であるのなら。

    発現しないであろうと思われたダイナミクスは、アズールの身にはそうそうに現れた。海から上がって二週間ほど経った頃か。何気なく発言した言葉がsubである相手を操った。恍惚と見上げる彼の顔を、今でもまだ覚えている。正式な検査を受けた訳ではなかったけれど、すぐに分かった。自分はdomである。他人を支配し、庇護する側。捕食する側。それを知った日は、酷く気分が良かった。
    記入済みの契約書を整えて、用を終えたsubをVIPルームから出す。金庫を閉めたところで、フロイドが入って来た。
    「終わったぁ〜?」
    「ああ。今終わりました」
    ジェイドもフロイドも、ダイナミクスは発現していない。恐らくこのまま表れないか、またはnormalであるかだろう。subでなくてよかったと思う。発言に気を付けながら生活をするのはやや面倒だった。

    面倒だといえばひとつ。少し前から心配ごとがひとつある。長い廊下を足早に歩きながら、これから会う人物のことを考えた。
    イデア・シュラウドは、subなのではないだろうか。ダイナミクスを直接訊くのはマナー違反であるから面と向かって訊くことはできないけれど、何となくわかる。彼は、「アズールと相性がいい」。命令を下したことはない。そんな会話をしたこともない。けれどわかる。腹の底から込み上げる、庇護欲にも似た欲求と、支配したい欲求。
    どうしたら彼を自分のsubにできるのか。ここのところずっとそれを考えていた。そうして今日もそんな欲求を抱えながら、部室のドアを開けるのだ。彼と二人きりの、甘やかな時間を過ごすために。



    迎え入れてくれた彼は既にカードを切っていて、アズールの気配にぱっと顔を上げる。それはもう、嬉しそうに。
    「アズール氏、今日は遅かったですな」
    「すみません。契約がひとつあったもので」
    正面に腰を下ろして、カードを見た。ひとりで七並べをしていたらしい。面白いのかどうか分からないけれど、寂しさを紛らわすためだったのかと考えると、その行動すら愛しく思う。
    「今日は何で遊びますかな」
    「このまま七並べでもいいですよ」
    「折角アズール氏がいるんだから別のゲームがいいでござる」
    アズールと遊べるのが楽しい、と言うことを隠そうとしないその言葉に小さく笑った。彼からの好意は明らかだ。もしかして、パートナーに申し出たらあっさり承諾してもらえるのかも知れない。そうしたら、焦がれてやまない蒼い髪を、きんいろの瞳を、思う存分可愛がれるのだ。
    さてどうして彼を口説くべきか。いそいそとゲームを選びに立ち上がったイデアの背中を眺めて、口元を弛める。
    「そう言えば、アズール氏domごっこも大概にしておいた方がいいでござるよー」
    何でもない事のように差し出されたそれに、目を瞬かせる。VIPルームでの出来事を知っているのか。それはそうと、ごっこ、とは。何を言われたのか理解ができずに黙っているアズールを置いて、棚からゲームの箱を取り出したイデアが続けた。
    「subっ子達はキミの言霊に従っちゃうみたいだけど、半端に命令するのはよくないって習わなかった?」
    「こと……だま?」
    古びたパッケージのゲームはイデアのお気に入りのゲームだ。互いの陣地と兵を取り合う戦略ゲーム。見慣れたはずのそれが見たことがないもののように見えた。
    「え、気付いてないの? キミ人魚の中でも強い言霊の力を引いてるでしょ。あれ人間にはまあまあな影響力があるんだよ。それこそ、domに命令されたsubみたいに、従わざるを得ないような」
    心底驚いた、と言う風なイデアの様子に混乱する。そんなはずはない。だって、彼らはアズールの命令に従った。恍惚とした表情を浮かべて。褒められたら嬉しそうに。それに、いま目の前にいるイデアにだって、庇護欲や支配欲を覚えている。もしも、アズールがdomではないんだとしたら、ならば一体、自分は何者であるのか。イデアに感じているこの感覚は一体、何であるのか。
    「ぼ、くは、domで……」
    震える声で呟く。目を丸くしたイデアが喉の奥で上げた、えっと言う小さな声が妙に耳に引っ掛かった。このままでは、聞きたくない事を聞くことになる気がする。ひやりとした予感に耳を塞ぎたくなるけれど、どうしてか身体が動かなかった。
    「アズール氏は、subでしょ?」
    聞きたくなかった。頭のてっぺんが衝撃に痺れて、指先が震える。
    (僕が……sub……?)
    支配する側ではなく、される側。虐げられる側。奪われる側であると言うのか。そんなはずは。そんな訳あるはずがない。全身を駆けるショックにはくはくと口を動かすけれど、上手く言葉が出て来なかった。
    「あー……踏み込むべきじゃなかったよね……」
    マナー違反だ、と呟いてしょんぼりと俯いたイデアが向かいの席に座って続ける。
    「でも、言霊使うのもdomのフリするのもちょっと危ないなと思って……キミに何かあると嫌だし……パートナーがいないならdefenseもないんだろうから……その、」
    「ぼ、僕は守ってもらわないといけないほど弱くありません」
    絞り出した声はか細く震えていて、迫力のひとつもなかった。イデアの言っていることは、半分くらいしか頭に入って来なかった。そう言うイデアはひどく安定しているように見えるけれど、パートナーがいるというのか。僕の知らないところで、defenseを敷いてくれる、パートナーが。
    「それに……イデアさんだって、subでしょう」
    悔し紛れにそう言うと、一瞬何かに考えを巡らせた彼が、ふと苦笑する。
    「── 僕はdomだよ」
    喉の奥が詰まる。まさか。アズールがsubであると言う指摘すら受け入れられていないのに、イデアがdomだったなんて。こんなにも、惹かれるのに。否、どちらがどちらでも関係はない。ただ、アズールがイデアと言う人に惹かれているだけなのか。
    「アズール氏がsubなのすぐにわかったから、薬強めに飲んでて……アズール氏?」
    「なわけ、ない……」
    ぐぐと強く拳を握った。込み上げて来るのは悔しさか。屈辱か。突き付けられた現実を受け止めきれずに奥歯を噛む。
    「僕は、もう、虐げられはしない……!」
    もうあんな惨めな思いはしない。揶揄われて、傷付けられるような思いは二度としたくないから、容姿も、成績も、人並み以上になるよう努力に努力を重ねたというのに。それを、生まれつきの属性でカテゴライズされるだなんて我慢できなかった。
    「subだからって虐げられはしないでしょ……キミを理解してくれるパートナーがいれば尚更」
    そんなものいると思うのか。愚図で鈍間なこの蛸に。第一それが、貴方であったならと微かに願っていた。けれど、平然とそんな風に言ってのけると言うことは、彼はアズールに対して特別な感情を抱いていないという事になる。
    「そ、そもそも、僕がsubであるなんてどうして断言ができるんです? 貴方の思い違いでは?」
    いくらdomだからと言って、相手のダイナミクスまで分かるものなのだろうか。実際、アズールは他人のそれを感じ取ったことはない。当てずっぽうではないのか。精一杯の強がりでそう言うと、イデアがやれやれと言った風に肩を竦めてゆるりと首を振った。
    「じゃあ……試してみる?」
    命令を受け付けるかどうか。全て言葉にせずとも提案の内容を理解する。こくりと喉を鳴らして、静かに頷いた。それを確認したイデアが僅か傷付いたような表情を浮かべたのを不思議に思う。けれどもそれはすぐに掻き消された。
    「アズール、『お座り』」
    足の爪先から駆け上がった悪寒にも似た衝動に、胸の奥が、心臓が、ドシンと何かで叩かれたような、貫かれたような衝動に椅子からくずおれる。ぺたりと床に座り込み、両手をそこについたまま身を震わせた。感じたことのない充足感に息が上がる。
    「……? ……??」
    何が起きたのか分からずにそのままの姿勢でそろりと顔を上げた。椅子に座ったイデアの顔を見た瞬間、息を飲む。
    普段は柔らかなきいろの瞳がひどく鋭利な光をもってアズールを見下ろしていた。そこに何も感情は映されていない。ただ、その場を支配する、支配者としての空気だけが部室を包み込んだ。初めて向けられたdomの圧力に息が荒くなる。
    ふと眉を下げたイデアの眼に温度が戻った。
    「よくできたね、いい子」
    イデアの細くて長い指が髪を撫で、そのままするりと頬を撫でる。褒められたと認識した瞬間に、腹の辺りから一気に熱が上がり、全身を包む幸福感にゆっくりと呼気を吐き出した。
    「さ、椅子に座って」
    次第に意識がはっきりとして来る。命令ではないその言葉に頷いて、よろよろと椅子に戻った。
    「あー……もうしないから。大丈夫?」
    優しい声に泣きたくなる。惨めだと思う反面、感じたことのないくらいの幸福感を覚えたのは事実だ。両手放しで全てを委ねることができたら、どれだけ心地よくなれるのか。けれど。そうしてしまうには、アズールの中のトラウマや性格が邪魔をする。
    「……大丈夫……です……」
    ぽつりと呟いたそれは、開けられることなく机に置かれっぱなしになっていたゲームの箱に落ちた。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/04/07 0:15:41

    どむさぶ習作

    defenseがちょっとよくわかってない気がする。
    それ以前にアズがsubを認めてくれなさすぎる…こんな事あるのかわかんないけど、まあとりあえず…

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