TO麺×$ 15テレビを前にして、カリムが眼をキラキラさせながら番組の進行を見守る。トレイ達のバンドが出演するのだと話したらボクの部屋に集まって観ようと言うことになったのは、ほんの数時間前のことだ。やる事があるからと渋り続けていたアズールをカリムが引きずって来たのが、三十分前。
結局、ベッドサイドに腰掛けて膝に乗せたノートパソコンで何やらやり続けている。きっと、ユニットの活動スケジュールや、予算管理だ。多少任せて欲しいと言っても、自分がやった方が早いと言って断られてしまう。信用されていないとか、そういう事ではなく。それらを自らで可視化して把握しておかないと気が済まない性分なのかも知れない。
以前そう訊ねた時は、半ば冗談のように笑って「僕、お金が好きなので」と言っていたけれど、あれもどこまで本当なのかは分からなかった。だって、今のアズールはアイドル活動その物を楽しんで、頑張っているように見える。
「あっ、出た! これか?」
「う、うん」
カリムの声にはっとしてテレビを観た。そこには見慣れたトレイの、いつもとは違う姿があった。
黒縁のメガネの向こうはメイクで彩られ、左目の下にはワンポイントでクローバーが描かれている。メンバーはそれぞれが顔に何かを描いているようだ。ボーカルは右下、顎から耳の上にかけてトライバルの龍を。ギターは右目の半分を覆うように蒼い炎を。ドラムは左こめかみの辺りにトライバルの獅子を。こうして見るとトレイは随分と大人しく見えるが、それもキャラ付けなのだろう。唯一にこやかにMCと会話をする彼だけが、異物に取り込まれた人間のようで世界観がそこに描かれる。皆黒尽くめのゴシックな衣装を着込んでいた。
「ビジュアル系って言うんだっけ。すげーな」
カリムはあまりこの手の音楽に詳しくはない。残念ながら、それはボクもだ。正直ここまでバッチリメイクなトレイを観たのは例の新曲依頼打合せの前に勉強がてら観たライブDVDが初めてで、その時の衝撃と言ったらなかった。
「しかしみんなカッコイイな~」
「圧が凄い、圧が」
開けた口を閉めないままにカリムがメンバーを凝視する。顔面偏差値と言うやつか。テレビ越しでも伝わって来る美形オーラのようなものに圧し潰されそうだと思う。女の子たちがファンになる気持ちもわかる。顔だけではもちろんないのだろうけれど、間違いなくそれはひとつの武器だ。
ふとベッドの方へ目をやるが、アズールは丸で興味がなさそうにノートパソコンとにらめっこを続けている。再びテレビに目を戻して、何となくイデアさんを観察してみた。今日は流石にいつものような出で立ちではなく、メンバーとしてそこに鎮座している。メイクや衣装のせいもあるかも知れないが、フードとマスクの下はこんなにも美形だったのかと感心してしまった。アズールに、これがあのフードの常連だよと言ったら、どんな顔をするのだろうか。何となく考えるけれど、あまり現実味がなくてすぐに掻き消した。
MCが一区切りして、スタンバイをしに立ち上がる。誰一人としてカメラに向かってサービスのようなことはせず、ただ言われたままに移動するだけ。曲紹介を受けた画面が暗くなり、中央に青い薔薇が巻き付いた白いマイクスタンドだけが佇んでいる。配置につき、ドラムのカウントに合わせて演奏が始まった。この曲はトレイが作った曲らしい。クレジットを確認して、ふうんと鼻を鳴らす。
「すっごいな~、みんな」
艶やかなボーカルの声に、それぞれの演奏が重なってひとつに連なる。重低音の効いたロックはボクらのナンバーにはないタイプで、こうしてみるとやはり新鮮だった。きっとカリムもそう思っているのだろう。すごいすごいを繰り返して、食い入るように演奏を観ていた。
「綺麗ですね」
ぽつりと背中から声がして振り向く。アズールがパソコンから目を上げ、テレビの中を観ていた。綺麗、とは。何を指したのだろうか。
「世界観に演出、衣装もメイクも綺麗にまとまっていてすごいと思います」
「……ああ、そうだね」
世界観かあ、と小さく呟いて、再びパソコンに向き合ってしまった。彼女の中に、イデアさんは残らなかったのだろうかと何だか少しがっかりする。偶然観た彼の姿に目が釘付けに……なんていうのは所詮、少女漫画の世界かと少し恥ずかしくなった。
演奏が終わり、ばらばらと持ち場から離れ、CMに入る。恐らくこのCMが明けたらもう出番は終わりだろう。CMをバックにカリムと会話をつづけた。
「いいなあ、テレビ」
「そうだね。ボクらも頑張らないと」
「どうしたら出られるんだろ?」
「そりゃ……ツテとか、コネとか……」
「僕らの場合、まずはそこからでしょうね」
アズールが口を挟む。やはりか。残念だけれど、僕らはそう言った関係値がない。事務所と言っても僕らだけの小さな事務所だし、営業や売り込みはジェイドとアズールが担当していた。けれど、二人ともそこまで顔を売るのが上手いわけではないし、正直、あまり広がらない。アズールもそれについてはかなり焦れているようだった。
『それでは、告知です』
CMが明け、終わりかと思われたトレイが再び登場する。表示されたテロップに、おやと片眉を持ち上げた。ツアーの告知。日程の内ひとつはボクらの出演するイベントと日にちがかぶっている。と言う事は、この日イデアさんはボクらのライブは欠席か、とぼんやり考えた。
「いいなあ、ツアー」
最早いいなあを繰り返すだけになったカリムに苦笑する。でも確かに。テレビにツアー、会場だって随分広い。トレイには二歩も三歩も先に行かれていたようだ。悔しさに唇を尖らせる。負けていられない。
「なあ、アズール、ツアーってどんくらいになったらできるんだ?」
「そうですねえ、地方で300人集められれば十分でしょうけど」
「地方でか……」
ツアーとなれば移動費もかかるし、宿泊費もかかる。そうなると都心にある自宅から移動費も宿泊費も必要ない近場の会場の集客数とは大幅に変わって来るのは当然だ。そもそも都心の会場ですら100人を集めるのがやっとなボクらにとって、ツアーと言うのはまだ少し遠い。
「まあでも、今度のイベントはそこそこですし、そこで名前を売れたら集客率も少し上がるかも知れないですね」
トレイを経由したケイトに紹介してもらったイベントは、そこそこネームバリューがあるアイドルグループも参加するアイドルイベントだ。たった二曲だけれど、そこへどうにかねじ込んでもらえたのは大きい。
「あのイベントだけは絶対に成功させて名前を売って来ないと」
きっと顔を上げたアズールの決意の表情に身が引き締まった。カリムも、おう、と答えて拳を握る。ついと動いたアズールの視線を何となく辿ると、テレビの中はもう番組の締めに入っていた。手を振る司会者と、愛想程度にふと手を振ったマレウスさんと、トレイ。後ろの二人は完全に我関せずの状態だ。
「……青い髪って珍しいですね」
呟いたアズールのそれに、何故か心臓が大きく高鳴る。まさかここで唐突に彼について触れると思わなくて、完全に意表を突かれてしまった。
「あー、周り三人が黒髪だから余計目立つよなー」
「ああ……」
何てことのないカリムの一言に、納得したのか、元からそこまで興味がなかったのか。パソコンを眺めるアズールが、世界観、色、と繰り返す。もうきっと彼女の頭の中からはイデアさんの姿は消えてしまったのだろう。もどかしいと言うか何と言うか。そもそもボクは彼らにどうなって欲しいと思っているんだろうか。考えながら、テレビを消した。