エイプリルフールエイプリルフールと言う物があると知ったのは、3月の中頃だった。フロイドが誰かから聞いて来たのだと言い出して、ラウンジのフェアに使えるかもなと思ったけれど、どちらかと言うとSNSの施策の方が向いているかと思い直した。陸でどのくらい重視されているのか軽く調べた感じでも、やっておいて損はなさそうだ。取り敢えずマジカメのネタだけ仕込んでおいて、ただそれだけだった。
「今日はずっと祭りですなぁ~」
「祭り?」
「エイプリルフールは企業ホームページとかが盛大にナンチャッテコンテンツ作って盛り上がるんだよね」
「ああ、ラウンジも今朝投稿してきました」
「見たよ、オーナー交代でしょ? カリム氏案外似合ってましたなあ」
「引き受けてくれたのがカリムさんくらいだったんですよ」
本当はオクタヴィネルと真逆にいるサバナクローに新オーナーとしてレオナを引っ張り出したかったのだけれど、流石に相当ゴネられ、吹っ掛けられたので急遽変更したのだ。スカラビアもオクタヴィネルとはイメージが離れているだろうし、何よりスカラビア寮生達が妙に盛り上がってくれたからこれはこれでよかった。
「しかし、嘘をついて楽しむだなんて。性格が悪い人もいたものだ」
「んっふ、盛大なるブーメラン」
ようやくスマホから目を上げたイデアが肩を揺らす。このくらいで目くじらを立てていては彼との会話はできないので、軽く流した。
「何か面白い嘘ついてよ」
「無茶言いますね。言い出しっぺの法則とやらはどうしました?」
「あー、……実は僕、頭脳は子供身体は大人なんだ……」
「何の役に立つんですかそれ」
ふと笑って返すと、調子が出て来たらしい彼がソファから起き上がってアズールの座るテーブルの正面に座り直す。
「本当はめっちゃ陽キャ」
「捨て身過ぎる」
口の端を噛みながらの発言に噴き出した。なるほど、そんなに見え見えの嘘でいいのか。何か乗れるものはないだろうかとボードゲームのカタログをめくりながら考える。
「イデアさん、隠していたんですけど」
「なになに?」
「実は僕、女性なんです」
「………微妙に騙されそうになった自分が憎い」
一瞬の呆けた顔が可笑しくて、笑いながらテーブルに組んだ腕を乗せ、次は、と目線で催促した。少し考える仕草をしたイデアが思い付いた顔をする。
「本当は天才なんかじゃなくて、リモートの時は全部AIに任せて解答したりしてるんだよね」
「そのAIを作れた時点で天才なのでダメです」
「買ったやつ」
「ふふ、必死」
二人して声を上げて笑った。何とくだらない会話。まさにフールズだ。学園設備の関係で今日は授業がないと言うのに、こんな所に集まってこんなくだらない会話をして、それがこんなに楽しいと思うだなんて。
「本当は僕とオルトって兄弟じゃないんだよね」
「イジりづらいので却下」
「こう見えて僕めっちゃモテる」
「貴方普通に見た目いいんですから黙ってればモテてるのでは?」
「ひえ……正にエイプリルフール」
「それより僕、本当は魚介が好きじゃなくて」
「死活問題じゃん」
こうなって来るともう、殆ど思考を介さずにただ口を動かすだけの会話だ。そのテンポと何も考えなくていい軽い感じ。楽しそうなイデアを見ているとアズールも嬉しくて、投げれば返される言葉達をただ追いかけた。
「昨夜中庭ですごい勢いで浮遊する棒状の光をいくつか見ました」
「それ拙者とジャミル氏じゃないの。嘘でも何でもない」
「二十本はあろうかと」
「えっなになに怖い話?」
「嘘ですけど」
「怖い話はダメー寝られなくなるー」
「ゴーストがうようよしてるこの学園で怖い話がダメとは……」
「それとこれとは話が別でござるーそれとも何、添い寝してくれる?」
にやにやと差し出されたそれを一瞬頭の中で反芻してから、同じように不敵に笑う。
「ええいいでしょう、仕方がないですねえ、十八歳にもなって」
「んっふ、これってエイプリルフール?」
「さあ、どうですかね」
笑いながら立ち上がると、きいろの瞳がアズールを見上げた。ほんの僅かばかりだけれど不審気に歪められた左目が引き攣る。さて、そろそろ終わりにするか。とっておきを出してあげようとその瞳を見下ろして、ひたと見据えたまま出口へと踏み出す。
一歩、二歩。イデアの真横に並んだタイミング。
「僕、貴方の事が好きなんです」
鐘の音が響いた気がした。さてこれを、どう返して来るだろうか。挑発するように唇を持ち上げ、瞠目したまま固まっているイデアから目を離して歩き出す。ふと伸ばされた手がアズールの右腕を捉えた。
「十二時の鐘、聞こえた? エイプリルフールは昼までだよ」
射貫くような視線に背中が震える。数センチ上にある少し苦し気なイデアの眼を見詰めた。陸の文化には疎くて。エイプリルフールについてだってここ最近で調べて理解した。土地や国によってルールが違う、何と曖昧でくだらない文化だと思ったけれど。まさか。イデアが口にしたルールに思わず目を見開いた。
「知ってますよ」
そんなもの、調べていないはずがないでしょう。
腕を掴んだ手に力が篭り、アズールを捉える期待のこもったその視線に満足げに笑った。