TO麺×$ 22無事に退院したアズールと、ボク、カリム。その後ろにジェイドが控え、約束の時間の少し前に事務所にやって来たケイトを迎え入れた。ケイトが連れて来た「うってつけ」は、オレンジの髪をした、やんちゃそうな青年。ボクらより少し年上だろうか。きょろきょろと事務所の中を見回して、ボクと目が合うとにかりと笑って頭を下げた。
「どうも~、今日はよろしくぅ」
笑ったケイトがテーブルを挟んだ正面のソファに腰を下ろし、彼もそれに倣う。事前資料等は特にもらってはいない。ケイトの紹介、と言うだけで充分だった。
「早速だけど、こちらエース・トラッポラくん。ライブハウスでスタッフやってるんだ」
「ども! エースです~」
「よろしくな!」
カリムの挨拶に爽やかに笑った印象はそれなりに良い。アズールはと言うと、完全に何かを探るような視線を送っているけれど、全くの「ナシ」ではないのだろう。
それにしても、ライブハウスか。ライブに関してはある程度経験があると見て間違いなさそうだ。それからこの人懐っこい雰囲気。やや軽薄ではあるけれど、あとはどこまで信頼を置けるかどうかだろうか。
「ライブハウスのアルバイトはもう辞めてしまったのかい?」
「いや、まだ続けてるっす。こっちの仕事次第かなって」
「ライブハウスの仕事楽しいか?」
「楽しいっすよ! コネもできるし」
「コネ?」
初めて会話に参加したアズールをちらと見たエースが、猫のような目を細めた。
「そう、趣味でバンドやってたりするテレビ局のオエラ方とか、有名番組のプロデューサーとか。あとはそういう人のオトモダチとか。大体酒飲みながら見たり演ったりするんで、そこの紛れ込んで」
ちょっとね、と得意げに笑った顔がやはり猫のようで、感心してしまう。そして何より、そこでこれ見よがしに番組名や局名を出さなかったことに好感が持てた。守秘義務、と言う意識があるかどうかは分からないけれど、その辺りはしっかりしているらしい。
服装は今どきで、かなりおしゃれな部類。話し方も嫌味がなく、距離感を取るのが上手い。この調子だと年上年下関係なく関係値作りが上手いのだろう事も伺えたし、言っていい事と悪いことの区別もついていそうだ。なるほどこれは。ケイトがうってつけ、と言ったのがよくわかった。
「おはよ~」
おおむね合格だろうと考えていた所で事務所のドアが開く。大きな欠伸をしながら入って来たフロイドに、溜息を吐いた。
「フロイド! 今日は面接があるから時間通りに来いと言ったはずだろう」
「はいはいゴメンゴメン」
全く聞いていない態度のフロイドにぎりぎりと奥歯を噛むと、目の前でエースが噴き出す。しまった、ついやってしまった。
「あはは! いっすね、そういう人間味あるとこ出して行ったらいいのに」
「え?」
「ライブ観ましたよ。何かあんま面白くなくて。勿体ないっすよ、もっといいもの持ってるのに」
突然のそれに目を丸くしていると、エースが何でもない事のように続ける。
「リドルさんだって、今みたいな顔もっと出したらいいのに。な~んかみんな同じよ~に振るまって、同じよ~なアイドルを“頑張ってる”感じ」
耳が痛いと感じたのは図星を指されたからだ。僕らの中には結成当初から“アイドル像”がある。可愛くて、きらきらしていて、生活感も、負の感情も出さない、完璧な“アイドル”。そこへ向かっていたはずだけれど。
「では」
表情のないままアズールが口を挟んだ。エースの猫目が彼女を見て、言葉の続きを待つ。
「エースさんとしては、今後僕らはどうしていけばいいと思いますか?」
入院中、あれこれと考えていたことを知っている。どうしたらボクらがもっと売れるのか。方向性は。戦略は。そんなアズールの手の中にあるプランに対して、ボクらの現状を軽く言い当てたエースの考えはどうであるのかを聞きたいのだろう。うーん、と腕を組んだエースが唸った。
「て言うかそもそも、出来てないのに出来てる風にするのやめた方がいいっすよ。鼻につくんですよね。むしろこれが苦手って出しながら、それを応援してもらったらいいんじゃないすか? ベタですけど、メンバーカラーもあった方がいいし、もっとキャラ付けも必要だと思います。特にリドルさんとアズールさんは印象がかぶって勿体ない。衣装もあんなぶりぶりばっかじゃなくて、もっとスタイリッシュなの着たらいいのに」
思ったよりも具体的な解決案が出て来た事に驚く。もしかしてアイドルに詳しいのだろうか。いや、それ以前に、随分とボクらの事を研究して来てくれたようだ。どれもこれも、ご尤も、と頷くしかない。ちらとアズールを盗み見るが、表情を変えないままの彼女はじっとエースの言葉に耳を傾けていた。
「アイドルって概念に囚われすぎなんすよ」
「……エースさん、今日からでも明日からでも、うちで働いてもらえませんか」
「えっ、いいんすか?」
アズールも同じことを考えていたのだろう。ターゲットの年齢層にも近いし、何かと力になってくれそうだ。それにしても。
「アイドルは好きなのかい? 随分詳しいんだね。勉強して来てくれたとか?」
「いやいや、俺の友達があんたらのガチファンなんで、隣で見てて思ったことを言っただけっす」
「えっ!?」
これには流石にその場にいる全員(ケイトを除く)が驚いて声を上げた。流石にそんなに近くにファンがいる人間を運営に引き込むのはまずいのではないか。万が一の事があったら。ぐるぐると考えていると、ひらりと手を振ったケイトが笑った。
「大丈夫だよ、さっきだってエースくんの口の堅さ確認したくせに」
確かに。守秘義務については先刻確認したし、この後契約もある。ちらと目を上げたアズールがジェイドを見て、彼が頷くのを確認した。問題ないと言う事なのだろう。
では契約を、と言い出そうとしたところで、ずっと黙っていたフロイドが割って入った。
「ねえ~、そんな事よりさあ、そのパンツどこで買ったの? チョ~かっこいい」
「えっ、これっすか? これ十番街の裏路地にある店なんすよ!」
「いいな~! ねえねえ、店連れてってよお、俺も欲しい!」
「見る目あるっすね~! いいっすよ!」
「フロイド!!」
アズールの制止を聞かずに立ち上がったエースを連れて事務所を出て行く背中に、思わず立ち上がってしまったアズールががくりとテーブルに両手を着く。なるほど、フロイドと気が合いそうなのは何よりだが、ハンドリングがかなり難しそうだ。
「ま、その内戻って来るでしょ」
面白そうに笑ったケイトに肩を竦め、ふと気付く。そう言えば、紹介者は二人、と言っていなかっただろうか。今日ここへ来たのは、ケイトとエースだけだけれど。
「あれ、もう一人は?」
「やだな、ここにいるじゃん」
ネイルが塗られた指先がぴっと顎を指した。えっと声を上げると、眺めていたスマホを置いて、ボクらを見る。
「アイドル界隈も多少コネはあるし、斡旋してあげる。けど、交渉はマネージャーの仕事だからね、ジェイドくん。紹介料は、5%。本当は10%欲しいけど、今の内は負けておいてあげる。どお?」
ケイトの人脈はよく知っている。トレイからも聞いているし、先日のイベントでも会場のスタッフ何人かに彼女は元気かと聞かれたくらいだ。そんなケイトがそこを担ってくれるなら心強い。
「是非頼むよ」
「僕も頑張ります」
即座に返事をしたボクと頭を下げたジェイドに、おっけー、とケイトが軽く笑った。