【始春】静かな夜に
真夜中、静かに静かに自室を出た春は足を止めた。
隣のドアの前に立つ始とふたり、目を合わせ微苦笑を浮かべる。
半ば予想はしていたけれど時間まで重なるとは思わなかった。
視線だけで待ってと始を制し、右手に提げていた紙袋から赤い大きな靴下をひとつ取り出した。
春の左隣のドアノブへ靴下をぶらさげる。
すでにプレゼントを入れてあるけれど余裕はある。指先で靴下の口を開け、始にどうぞと促した。
ああそうか、と始の目が笑う。
始は枕元に置こうとしていたのだろうけれど、残念ながら人の気配に聡い子もいるので春は最初から諦めていたのだ。始のように気配を消すなんて芸当はできない。
始が静かに靴下の中へ自分のプレゼントを滑り込ませる。
指を離した春はさらに隣のドアへ行く。始も後を追う。
ひとつひとつ靴下をドアノブへぶら下げ、始がプレゼントを入れていく。
よっつめのドアまで作業を終えた春は身体を反転させて廊下を戻る。
そして廊下の突き当りにある始の部屋のドアにも靴下をぶら下げた。
背後にいる始が眉を片方持ち上げたけれど、ウインクひとつで黙らせる。
カモフラージュだって必要でしょう? プレゼントはひとしく与えられるべきだよ。
始はきっと自分の分は用意なんてしていない。
だからカモフラージュですと春は靴下へもうひとつ、別のプレゼントを追加した。
親友で仲間である弥生春からのプレゼントと、腐れ縁で恋人である弥生春からのプレゼントのふたつ。
最後に自分の部屋のドアノブにも靴下をぶら下げる。
そうして他の子へのプレゼントと同じように靴下の口を指で広げた。
始サンタのプレゼントをお待ちしています、と微笑んでみせる。
盛大なため息をつきたそうな顔をしながら始が近づいた。
それでも小さな箱が靴下へ入れられるのは、ちゃんと始が春のためにプレゼントを用意してくれていたということだ。
嬉しくて口元が緩んでしまう。
サンタ業務は無事完了。
ハイタッチをしようと両手のひらを始に向ける。
苦笑しつつもまんざらでもなさそうな始が手のひらを近づけ、そのまま指を絡め取られた。
あれ、と思うより早く始の顔が目前に迫り気づけば唇に柔らかな感触が残る。
瞬きよりも速く離れた始の手が春の部屋のドアノブを回す。
おいで、と始の紫紺の目が優しく光る。
部屋の主は俺なんだけどなぁとぼやく代わりに始の肩をふわりと叩き、揃って春の部屋へと入る。
そうして静かに静かに鍵をかけた。