【始春】温度 ドライヤーで乾かしたばかりの髪は暖かく、ふわりと広がる。
頭が動くたびに揺れる髪を眺めながら春の話を聞いていた。
──カメラマンの……さんってほら、始も先週撮ってもらった人、いるだろ? どういうわけか、七夕の話になってね、七月と八月のどっちだったとか、地元の七夕祭りはどんな風だとか。願い事の話もしたね。……うん、他のスタッフさんも巻き込んで、すごーく楽しかった。……そうなんだよ。七夕の、夏の話をしているのに俺が着ているのは冬用コートでさ、なんだか変な感じだねって。……ああ、そっちじゃなくて、別のCM。新しくいただいたお仕事です。始なら知っていると思うんだけど、……そうそう、そこの新しいレーベルなんだって。軽くて着やすかったからお買い上げしちゃいました。始に似合いそうなセットアップもあったから宣伝担当の春さんとは別におすすめしておくね。それから……
耳に心地良い声で始のために紡がれる言葉は何時間でも聞いていられる。
ときどき問いを発したり、相槌を打つだけの短い応答でも春は嬉しそうな顔をする。
昔からずっと。
春の、始のためだけのラジオはいつも安心できて寛げる。
──昨日事務所へ行ったら、裏の通りに花屋さんがあってね。始、知ってた? ……そっか、先週なんだ。俺、知らなかったからびっくりしちゃって。……そうそう、共有ルームのお花はそこで買ったんだ。きれいでしょう? ……あはは、ばれてたか。さすが始……
ソファに預けていた身体をわずかに起こした始は手を伸ばす。
座面についていた春の左手に触れ、ゆるりと指を絡ませる。
すこしだけ、ラジオが受信できなくなった。
視線を春へ向ければすぐに再開する。
春の指は声と同じように温かい。
それが幸福の温度なのだと始は知っている。