【始春】おためし 9月になると春が使うタブレットには、手帳サイトの履歴が大量に増える。
新しい手帳の説明を眺めては、ああでもない、こうでもないとサイトを行ったり来たりする。
撮影の待機中である今も楽しそうに悩む春を見ながら始は紙コップに入ったコーヒーを飲み干した。
「わざわざ見る必要なんてあるのか?」
比較表まで作りながら、春が新しいメーカの手帳を買うことはない。
毎年同じメーカの、同じラインしか選ばないのだ。
時間の無駄だと思うのだけれど、春にとっては違うらしい。
「手帳にだって流行はあるし、トレンドを掴んでおくのも大切だからね」
「趣味を仕事にするな」
「実益を兼ねているって言ってほしいな」
笑う春は取り合わない。
始の心配だって気づかれているのは癪に触るがしかたがない。
この会話も毎年繰り返している。
「いいんだよ」
俺にもちょうだい、とコーヒーをねだる春のために新しい紙コップを用意してやる。
「選ぶのは今年と同じ手帳でも、来年のグラビをどうやってプロデュースしようかなって考える時間は楽しいよ」
「それは趣味じゃなくて仕事だろ」
「残念、俺の趣味です」
一昨日から別件で脳みそをフル回転させている春のために砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを手渡した。
眉を片方持ち上げつつも一応は口に含んだ春が、小さく抗議した。
「コーヒーじゃなくてコーヒーフレーバーの牛乳になってるんだけど」
「在庫切れだ、文句を言うな」
その言い訳は建前で、これ以上春の胃を痛めさせたくなかったのが理由。
今週は長時間の撮影や打ち合わせで始以上に忙しかった。本人が思うより疲弊しているのだから始が気遣ってやらねばならない。
「ほんとうかなぁ」
唇を尖らせながら春が紙コップを傾ける。
それも言い訳だなんて春にはとっくに見抜かれている。
単に始が春を構いたい。それだけだ。
「それで? なにかネタになりそうな手帳はあったのか?」
だから始が話を振れば、春の瞳はキラキラと輝いた。
「ねえ、これ見てよ」
タブレットを始に差し出しながら春が半身を寄せる。
近づく体温に始も耳を傾けながら身体を寄せた。