【フレイア・フェスタ】(2) 日が暮れていく。フレイア・フェスタもいよいよ佳境だ。広場へと向かうユージーンの手元にはスズランが二輪残っており、彼はそれを胸ポケットへと刺した。
何人かの相手にスズランを渡し渡され、その笑顔や感謝の言葉を受けるうち、ユージーンはどこか落ち着かない気持ちになっていた。あまり普段は人とふれあわないというのもあるし、華やかな空気が肌に合わないというのもある。が、もっと他の理由があるようにも彼には思えた。
その理由はきっと、心の柔らかな、怯えて小さく縮こまってしまっている部分にある。
そんな違和感を直視することは今のユージーンには荷が重く、祭の喧騒の中を不機嫌そうな顔で――実際のところは別段気分を害しているわけではない――歩き続ける。長い耳は、なにかの目印のように揺れていた。
……ミュゲの時間だ。広場では皆そわそわとダンスの始まりを待っている。
「ユージーンさん」
不意に背後からかけられた声に振り返ったユージーンは、そこにいた友人――と呼んでいいものか――の姿にわずかに体の力を抜いた。
「演奏頑張って下さいね。……ああ、やっぱり」
ヴィクターという名のその青年は、小さく苦笑すると相手の襟元に手を伸ばす。捻れていたタイをほどいて結び直してから離れる指先をユージーンは黙って見送った。
「これでよし。ちゃんとかっこいいですよ」
「ん」
謝罪とも礼ともつかない頷きを返し、広場の端に準備されたオルガンへ向かおうとしたユージーンは、ふと何かを思い出したように足を止める。胸ポケットに刺されていた残り二輪のスズランのうち一輪を取って、青年へと差し出した。
「……?」
「世話になった人間に渡している」
仏頂面に似合わない愛らしい小さな鈴は、所在なげに揺れている。
「そうか、ありがとう」
スズランを受け取った青年の笑みを見て満足したのか、改めてユージーンはオルガンへと向かった。椅子に腰掛け、ペダルに足を置く。それからまずは和音を一度、大きく鳴らして注意を引いた。
そして、ユージーンの指が鍵盤の上を踊り出す。静かにかっこうが鳴き始める。軽やかに弾むような旋律に、人々は次々にダンスを始めた。
ユージーンはピアニストではなく、演奏家というより作曲家の面が強い。だが音楽に対してはなにより誠実だった。ダンスで使用される曲は本番に至るまで何度も練習し、弾き込んできた。
彼は音楽神の従者であり、音楽の信仰者でもあった。であるからその指はかっこうを歌わせたし、花を咲かせた。本職には叶わないまでも、ダンスの邪魔はしないようにと丁寧に音を奏でていた。
子供が跳ねるように踊っている。夫婦が慣れた様子でくるくると広場を巡り、初々しい少年と少女は拙いステップを踏んでいる。賑やかで幸福なこの町の、しあわせが今まさにここにある。
ユージーンは腕捲りをすると、アップテンポな曲を演奏し始めた。豊穣と感謝の曲。葡萄を踏むような旋律。他の演奏者たちは一瞬戸惑ったようだったが、すぐに楽しげに合わせてくる。人々も盛り上がる。
豊穣の女神はきっとわれわれを祝福するだろう。