護衛の話「おはようございます! 今日はどちらまで行くんですか?」
「そうですね……今日は泉の方を確認に行きます」
はきはきとした調子で喋るのは精悍な顔立ちに恵まれた体躯、腰に大きな剣を帯びた青年である。対し、柔らかそうな麦色の髪を揺らしながら答えるのはいかにも柔和そうな男性で、こまごまとした道具の入った小さな鞄を持っていた。
「わかりました。あのあたりはモンスターは少ない筈ですが……俺からあまり離れないで下さいね」
「はい、お世話になります」
おっとりと笑う男性の名はクィン、長身の青年の名はトラヴィスといった。
* * *
「クィンさん、あれ以前仰っていた……なんでしたか、あの、火傷に効くという草じゃないですか?」
「はい? ……ああ、あれはよく似ていますがミーミルアロエとは違うものですよ。ミーミルアロエは……あちらです、茎が完全に泉に浸かっている。ミーミルアロエは抽水性なので」
クィンからは数歩分離れた位置で、トラヴィスは腰の剣の柄に手をかけたまま周囲を警戒している。その立ち姿は堂々としたもので、なるほど、騎士であったというのは伊達ではないようだった。一方のクィンは泉の周囲に生えている草花を少量採取したりスケッチをしたりしており、作業の邪魔にならぬよう結わえた髪が尻尾のように揺れていた。
トラヴィスからすればただの雑草にしか見えないものの中から、クィンは魔法のように植物を選び出しその名前や生態を教えてくれる。初めて会った時はどこかたよりなげな優男に見えたのだが、その認識は既にトラヴィスの中で改められていた。
とはいえ、である。森へ入ることが多い彼のことをトラヴィスは心配していた。はじめに口を酸っぱくして注意したこともあり、少なくともトラヴィスが知る限りは一人で森に入ったりはしていないようだが、見た目に反して肝の据わった彼が大胆な行動に出ないか内心はらはらしていた。アッシュバレーの住人には世話焼きな者が多いし、退治屋も何人もいるから護衛には困らない筈である。恐らくこの心配は杞憂なのだろうが、トラヴィスは他人に情を傾けやすい上に真面目な人間で、気を揉まずにはいられないのだ。
「トラヴィス、終わりました。そろそろ戻りましょう」
「わかりました」
服の裾を軽く払いながらこちらへ近付いてきたクィンに、トラヴィスは頷いた。周囲への警戒は怠らないまま帰路につく。森の入り口まで来たところで、鞄を抱え直したクィンが柔らかな口調で告げた。
「今日のランチはじゃがいものスープとローストチキンですよ」
「いつもすみません、お昼ご飯まで」
「命を守って頂くわけですからね。これくらいは」
クィンの護衛代についてはきちんと受け取っているが、それに加えて昼食までご馳走してもらえることになっている。トラヴィスはあまり自炊をしないから、仕事をするだけできちんとした食事もついてくるのはとてもありがたいことではあった。他人の作った料理は、やはり自分で作るよりもおいしい。
「ただいま、……と」
クィンの家へと入りながらつい自宅での癖が出たトラヴィスは、照れ隠しのように咳払いをしてから剣を玄関の脇に立て掛けた。クィンは荷物を整理し、色々と確認しながら選り分けている。
「少し待っていて下さい、片付けてきます」
「あ、はい」
一旦家の奥へと引っ込んだクィンは少しすると戻ってきて、食事の準備を始めた。盛り付けくらいはと手伝うトラヴィス。そうして机の上へ並べられた食事に目を細め、短く食前の祈りを呟いてから食べ始める。都会風の手付きはどことなく洗練されているようにも見えるが、気安い場というのもあってそこまで固くはない。
「どうですか?」
「おいしいです!」
明るくそう言う様は世辞には見えず、クィンはにっこりと笑った。
「それはよかった。沢山めしあがって下さいね」
二人の食事はいつもこんな感じで、トラヴィスが一言二言クィンの今日の作業について質問をしたり、町のちょっとしたニュースを話したりと和やかな雰囲気で進む。きれいに空になった食器はそれぞれ自分の分は自分で洗い──最初の頃はトラヴィスの分もクィンが洗おうとしたが、トラヴィスが固辞したためこうなった──、それからトラヴィスが玄関へと向かう。
「もう少しゆっくりしていってもいいんですよ」
「いえ、これから作業もあるんでしょう? お邪魔するわけにはいかないので」
剣を持ち上げながらそう言ったトラヴィスは、玄関を出る前に会釈をした。
「ではお疲れ様でした。またご用があればいつでも声をかけて下さい」
「ええ、また」
癖なのか、少し頭を下げるようにして扉を潜って出ていくトラヴィスに、クィンはひらりと手を振った。