風の強い日 トラヴィスの朝のランニングコースは町の中心を一度通るため、ついでにラタトスクを覗いていくことが多い。様々な色、形、筆跡……愛しい騒がしさがあるその掲示板にあった一枚の小さな紙が目に入ったのは、たまたまであった。
──帽子を無くしてしまったんだ。
本当にささいな困り事。町を回るついでに探してみよう、と頭の片隅にその文言を記憶したトラヴィスは、またランニングを再開した。その日もアッシュバレーの朝は平和で、よく晴れていた。
その昼、木の枝に引っ掛かった洗濯物を回収してご婦人の元へと届けたトラヴィスは、なんとなく空を見上げて目を細めた。最近は風が強い。風にさらわれるものも多く、トラヴィスも先日タオルを一枚なくした。脳裏に空を飛んでいく帽子の姿がよぎり、あり得る話だと納得はしたが、となると見付けるのは難しいかもしれない。トラヴィスは少し厳しい顔をしたが、ご婦人がお礼だと持ってきた菓子を受け取るためすぐに笑顔を浮かべた。
少し遅めの昼食を終え店から出たトラヴィスは、そういえばあのラタトスクの主の家がこの辺りであるということに気が付いた。トラヴィスは掃除が嫌いではないため依頼をする機会こそなかったが、顔くらいは知っている。少し話を聞いてみるかとトラヴィスはそちらへと足を向けた。
訊ねてきたトラヴィスを出迎えた、ラタトスクの主であるロザリーン……ロザリーン・W・ホプキンスは小柄な鳥型セリアンの娘である。真っ白い翼は今は行儀よく折り畳まれ、くりくりとした月のような目がトラヴィスを見上げていた。かなりの身長差があるため、トラヴィスは少しだけ屈んで、なるべく威圧的にならないよう声を落とした。
「ハロー、ロザリーンさん。ラタトスクを見たのですが、帽子、どの辺りで落としたかわかりますか?」
「ハロー。声をかけてくれてありがとう。落とした場所……」
問われたロザリーンは少し口ごもった。別にトラヴィスに気圧されているわけでも人見知りというわけでもなさそうだったが、常日頃の活発な調子とは少し違っていた。きらきらとした目が少し、泳ぐ。
「……た、多分、街中じゃなかったと思うんだ。街外れに……えっと!」
気を取り直すように言葉を切り、にっとロザリーンは口角を上げた。
「どこかで見つけたら教えてくれ!」
助かるぜ、と言った彼女の笑顔が自然なものなのかどうかは、トラヴィスには判断出来なかった。
……その後、トラヴィスは家へ戻る途中少し遠回りして町外れを眺めた。日が暮れていく。森の向こうへ太陽が走り去る。
──た、多分、街中じゃなかったと思うんだ。
曖昧な言葉を思い出し、首を捻る。ラタトスクを出すほど大事な帽子なのであれば、もう少し情報がはっきりしていて然るべきではないだろうか。なんとなく釈然としないものを感じながら家の方へと足を向けたトラヴィスの髪を、強い風が嬲る。町から森へ向かって、風が吹いていた。