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    05 夜の底から響く声 休暇中の若き召喚師から、緊急連絡。

     その報を聞いた瞬間から、ジンゼルアは、確信めいたひとつの予感を抱いていた。
     それはもちろん、良いものではなかった。
     上着に腕をとおし、私室を出た。総帥室に入室し、すでに待機していた少女に短く命じる。
    「つなげ」
     机のまえに座った。目のまえに置かれた千眼の刻印が施された箱―――スピーカーに、電気がとおされる。
     約3秒間のノイズ。
     ふいに音声がクリアになった。
     スピーカーの向こうから風の音が聞こえ、冷やりとした森の空気が吹きこんできた錯覚に陥る。

    『召喚師エルスト。ジンゼルア総帥に、ご報告いたします』

     風にのって、若々しい声が夜の総帥室に届いた。
    「ジンゼルアだ。話せ」
     命じ、耳を傾ける。やや緊張をはらんだその声が、ふたたび小さな箱を震わせた。
    『本日、ひとりの少年が、異界の者と誓約を結びました。名はフォルス。年齢10歳。出身および現在の居住先は俺の故郷の村です』
    「ふむ」
    『彼が誓約を結んだ響友の名は、カゲロウと言います。彼は一見しますとシルターンの鬼ですが、彼の正確な出自は分かりません。詳細把握できていないのですが、四界のどこにも属さない場所……である可能性があります』
    「どういうことだね」
     ジンゼルアは眉をひそめた。
    『フォルス君は―――少年は、特殊な方法で開かれたゲートを通り、その先の異世界でカゲロウと出会いました。その特殊な方法とは』 言葉を切り、一拍置いて、彼は言った。『冥土召喚術です』
    「待て。今何と言った」
     平時およそ動揺することのないジンゼルアであったが、このときばかりは椅子を鳴らして身を乗りだした。管理官の困惑の表情が、視界の端にうつる。
     声は報告をつづけた。
    『カゲロウは、響友ガウディのデータベースに一致しない生命体でした。少年はカゲロウとともに自力でリィンバウムに戻り、現在は両親のもとに』
     鷲の目で声の源を見つめながら、頭はめまぐるしく思考していた。異世界調停機構に伝わる記録から得た外道の術に関する知識を思い起こし、その術が使われたという事実の指ししめす意味を探る。ほかでもない「この青年」が、術の名を知っている理由も。
     悪寒のような直覚が、鼻の先で香る。
    『これから少年と響友をセイヴァールに―――貴方のもとに、向かわせます。どうか、総帥の手で、彼らを正しく導いてあげてください』
     青年の声が、やけに遠く聞こえた。夜の湖面に映った人影が発した幻声のような、どこか現実感のない、茫漠とした響きであった。
     ジンゼルアは、体のうちに吸いこみ、入りこんだ悪しき予感が胸のなかで存在感を増していくのを感じながら、声を押しだした。
    「冥土召喚術と言ったな。冥土が、喚びだされたというのか。冥土はどうなった。術師はどこだ」
    『冥土は俺たちが倒しました。術師は……』
     返事を待った。
     しかし、中々次の言葉が運ばれてこない。
     側に控える管理官を一瞥した。困惑したその表情をみるかぎり、回線が途切れた訳ではないようだ。
     ジンゼルアは焦れて、声を荒げた。
    「召喚師エルスト。応答しろ」
    『……くっ』
     食いしばった歯の隙間から漏れでたような声が聞こえた。
     ジンゼルアは眉をひそめる。
    「召喚師エルスト。……負傷、したのか」
     沈黙。
     喘ぎのような呼吸音が聞こえてくる。
     そのときジンゼルアは、自らの発した言葉が指ししめす意味に思いいたった。
     空白がつづく。時間にしておよそ30秒に満たない静寂だった。しかし、それは絶望的に長い時間に感じられた。
     喉が引きつれたような音が、しじまを破る。
    『か……軽い怪我です。術師は、もう、ここにはいません。俺は術師を追いかけます』
     ジンゼルアは、額に汗を滲ませながら、声を上げた。
    「待て。勝手なことをするな。ひとまず帰還し、詳細を報告せよ」

     ふたたび、沈黙。
     真夜中の総帥室は、ロレイラル技術を用いた灯りに照らされ、昼間と変わらぬほどに明るい。
     ジンゼルアは、人工的な白い光と、耳に痛いほどの静けさに満ちた部屋のなかで、ただ手を固く握りしめながら、青年の声を待ちわびていた。

    「召喚師エルスト。復唱はどうした」
    『……総帥……』
     風にまぎれるような、頼りない声だった。聞き漏らさぬよう、耳を澄ます。
     夜をたたえる小さな箱から、木々の葉ずれの音があふれ、漏れでてくる。
     ジンゼルアは、箱の向こう側に広がる暗い森を思い浮かべていた。冷えた空気。緑の匂い。濡れた土。そしてそこに立つ青年の姿を。
    『総帥は……俺の家のことを……ご存知だったのでしょう』
     えるすと、と、気遣わしげな声が回線の向こう側に聞こえる。
     ジンゼルアは目を強くつむった。
    (響友が……君の側にいてくれているのだな)
     青年のすがるような声が鼓膜を震わせる。
    『最初からご存知だったのでしょう。だから俺のことを気にかけていた。監視していた。違いますか』
     青年の声の抑揚が、不自然に揺れていた。ジンゼルアはまぶたをひらき、スピーカーを見下ろした。その隻眼には、憐みの色が浮かんでいた。
    「……君の、言うとおりだ」
     しばしの沈黙ののち、青年の声がかえってきた。
    『ありがとうございます』
     あの人のよさそうな青年の、泣き笑いの表情が脳裏に浮かぶ。
    「―――召喚師エルスト。私の話を聞くのだ」
    『俺は、卑怯者でした』
     青年は、もはやこちらの声が聞こえぬかのように、語りはじめた。
    『背負うべきものを背負わず、都合の悪いことは隠し、本当に守らなければならない存在を無視してきました。俺のその卑怯さのせいで、貴方たちからの不信を買っていることも知っていました。でも、見ないふり……気づかないふりを、してきました。手に負えないことを他人に押しつけるために、信頼という言葉を口にして……そのツケが……今、こうしてまわってきているんだな……』
     最後の方は独り言のようだった。
     ジンゼルアは焦りと苛立ちを感じた。青年の声をさえぎる。
    「召喚師エルスト。早急に帰還せよ。話は、それからだ」
     返事がない。ジンゼルアは声をあらげ、さらに念押しをした。
    「良いか、早急に帰還だ。響友ガウディ―――頼んだぞ」

     通信が途切れた。
     ジンゼルアは、椅子に深く身を沈めた。机のうえで指を組み合わせ、しばし思考する。
     頭の後ろが、じわりと重かった。それでもジンゼルアは、召喚師の長として、実に多くのことを考えなければならなかった。
    「ラディリア管理官」
     部屋の片隅で身を強張らせていた少女に、声をかけた。
    「は、はい」
    「エルスト・ブラッテルンを、本日付で現在所属のチームから外し、総帥室付とする」
    「は……」
    「任務内容は追って知らせるものとする。また、先の通信場所から最も近い都市に駐在しているチームを、至急当地に派遣せよ。現地調査、そして召喚師エルストの帰還援助が任務の目的だ」
    「了解しました」
     少女は困惑しながらも、コンピュータでジンゼルアの指令を忠実に記録した。思いついたように尋ねる。
    「救命班も派遣しますか」
    「いや、いい」
     即座に答える。
    「同チームには、とにかく、召喚師エルストを『そのままの状態で』連れてくるように伝えろ。暴れるようであれば捕縛してもかまわん。彼の患部には―――決して触れるなと命じよ」
    「は、はい」
    「以上が至急の任務だ。この他、少年フォルスとその響友の調査、及び少年フォルスの両親との接触について、明朝具体的に指示する」
     少女は、事態をよく飲みこめていないながらも、不穏さを感じとっているのだろう。不安そうな表情で、ジンゼルアを見つめている。
     ジンゼルアは少女に笑みは向けられなかったが、代わりに深く頷いてみせた。
    「心配することはない、ラディリア管理官。焦っても、何も事態は解決しないのだ。今我々ができることは、事態の悪化を食いとめること。そして、無用の混乱を避けること。―――分かっているとは思うが、先程の会話については、他言無用だ。いいな」
     ジンゼルアは立ち上がり、窓際に立った。カーテンを開ける。
     ガラスの向こうに広がる真暗な闇、そして闇に映る自分の姿をみつめながら、ジンゼルアは、夜の森にたたずむ青年を思った。
    yoshi1104 Link Message Mute
    2018/09/29 4:20:14

    05 夜の底から響く声

    (ジンゼルア+エルスト)

    ##サモンナイト

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