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    17 夜明け前「貴方ハ本当ニ、分カッテイナイ人デスネ……」

     ―――俺の友になってくれ。

     思いつめた顔でそう懇願した青年に、ガウディは言った。

    「友トハ、頼ンデナルモノデハアリマセン。友ハ、出会ウモノデス」
     不安そうな茶色の瞳をじっと見つめ、噛んで含めるように語りかける。
    「私ハモウ、トックニ、貴方ノ友デス。えるすと」

     青年の目が見ひらかれた。
     顔がかたむく。その目から、滴がこぼれ落ちた。一粒。まぶたをつむった。また、一粒。
     ガウディはその滴の軌跡を得がたいものとして、回路の奥深くに記録した。

    「俺はお前を、信じていいんだな……」

     ガウディはふと、青年が背に負う窓の外を見やった。
     金色に染まる雲が、ゆっくりと流れている。
     オレンジ色の光が差しこむ、穏やかな夕暮れだ。

     ―――自分は、戦いのために作られた機械だ。
     だからもし、自分に「そのとき」がやってくるのだとすれば、おそらく命のやり取りをしているさなかであろう、と漠然と考えていた。
     「そのとき」がこんなにも穏やかな時間のなかで訪れるとは、思っていなかった。

     視線をもどし、機体に声をひびかせる。
    「約束シマショウ」
     ふたりが向かい合うちょうど真ん中に置かれた、ふたつの蒼い石。
     ガウディは、生まれたばかりのその石にむかって、破られぬ誓いをたてた。
    「コレカラ如何ナルコトガアッテモ、ズット貴方ノ側ニイルト」

    ***

     暁星の丘。
     ぽかりとのぼった月のした、ガウディは、ひとり苦戦していた。

     鋼鉄の腕のなかには、白いコートの青年がいる。
     ガウディは、その青年をかかえながら、おのれの機体を上向かせたり横に傾けたりと、じたばた動いていた。

    (ム、ムズカシイ……)

     ガウディの希望としては、この青年を後ろから抱きしめて座りたいのだ。
     しかし、自分の機体の前の部分がつっかかって、うまくいかない。
     自分はこれほどまでに尖って出っ張った形状をしていただろうか、と疑問に思う。今はされるがままになっている青年も、意識があればきっと「いい加減にしろ、痛いぞ」と怒っていたにちがいない。
     そもそも、「座る」という動作が、結構難儀だ。
     いつもは宙に浮いているこの機体、地面に置かれるようにはできていない。少しでも気を抜くとバランスをくずして、草のうえに青年ごと転がってしまうのだ。ガウディがこの体に戻ったのは随分と久しぶりで、どうにも感覚がつかめない。
     ガウディは、しばらく悪戦苦闘していたが、結局あきらめた。
     機体の真横に青年の体を置き、アームでその背を支える。仕方がない、この辺が妥協のしどころだ。
     ガウディは、青年の横顔をチラリと見た。
     目は、あいている。
     けれど、瞳は何も映してはいない。心をもたない人形のように、無反応だ。
     ガウディとともに世界に戻ってきた彼は、しかし、ガウディと違って未だ目覚めてはいなかった。

    (相変ワラズ、寝坊ガ好キナ人デスネ。貴方ハ)

     ガウディは、心のなかで語りかけた。
     いつ目覚めるのか。本当に目覚めるか。
     そんな不安は、少しもなかった。
     根拠はないが、きっとなるようになるだろうし、寝ているものはいずれ目覚めるだろうと、ガウディは思っていたのだ。
     ―――楽観的なやつだな。
     腕のなかの青年からそんな声が聞こえてきた気がして、ガウディは、頭の羽をぱたぱた動かし抗議した。

    (楽観的ナノデハアリマセン。私ハ、自分ノ運ノ良サヲ信ジテイルダケデス)


     召喚師エルストの響友ガウディは、強運な機械だ。
     少なくともガウディ自身は、そう信じていた。

     ガウディは平時より、機械生命にしては珍しく、自身の直感というものを大事にしていた。
     とりわけ大きな選択をすべきときは、常に勘に頼った。
     青年と出会い、付き合いをはじめたときも。青年と、誓約を交わしたときも。
     ガウディは理屈ではなく、心のまま、直感がさし示す方に賭けた。
     その結果ガウディは、今まで賭けに勝ちつづけてきた。ただの一度も、負けなしである。


     あの日も、ガウディは博打をうった。

     10年前。

    『今の俺には、セイヴァールの調停機構も、警察騎士たちも信用できない』
     暗い森のなか、右腕をきつく押さえ、すさんだ顔で見上げてくる青年を、ガウディはただ茫然と見返していた。
    『ガウディ……響友で最高の相棒だったお前のことさえ……』

     泥ににごっていく青年の暗い目を凝視しながら、ガウディは、めまぐるしく思考した。

     ―――ここで「正しい機械」ならば恐らく、すみやかに異世界調停機構に通報をしたうえで、病んだ召喚師を治療するため本部に連れかえるのだろう。仮に召喚師がそのまま死んだ場合は、弔いをしたのち、後追いをする。
     これが機械にとっての最善だ。多くの機械はきっとこのように行動するだろうとガウディは思った。自分が知る、賢明で誠実な同胞たちであれば、きっと。

     だが、ガウディは。

    『すまない。せめて、完全に手遅れになっちまう前に……』

     今にも闇にさらわれてしまいそうな青年をみて、気づけば響命石を取り出し、かかげていた。

     冥土の性質が分かっていたわけではない。
     相棒ともども得体の知れない何かにおかされて、一体何の解決になるのか、深く考えていたわけでもない。
     それでもガウディはあのとき、「自分はこの相棒から皮膚一枚も離れてはいけない」と直感したのだ。

     結果、ガウディと青年は融合した。

     それから約10年間、ガウディと青年はひとつになって、一緒に歩いた。ボロボロになりながら、歩きつづけた。

     ボロボロのふたりはセイヴァールに帰り、この暁星の丘で、2度目の死を迎えた。
     青年の弟から放たれた大量の冥土を、その身に受けたのだ。

     ガウディはここでも賭けにでた。
     濃硫酸のシャワーのなか、最後の力を振りしぼり、青年と魂の核のさらに奥深くまで融合して、何とかふたりの存在を保ったのだった。
     そうまでして存在を保ってどうなるか、当てがあった訳でもなかったが。

     ガウディが、自分のとったこれらの行動の正否を知ったのは、しばし後のことである。

     満月の光がさしこむ夜。
     ガウディは気づけば、どこかの室内に、ぷかぷかと浮遊していた。
     起動動作を経た覚えはないのだが、すでに安定稼働している。視界も良好。
     しかし、直近の記憶だけがあいまいだった。冥土のかたまりを浴びたあとに、一体なにが起こったか。該当データの大部分が破損しており、復元できなかった。

    (ココハ……)

     状況確認のため作動した視覚センサーが、まずはじめに映したのは、窓を背にして座る壮年男性の姿だった。
     異世界調停機構総帥ジンゼルア。
     ガウディの内部データは、即座に男の名を弾きだした。
     逆光のなか、無言でガウディを見つめる総帥に、ガウディは尋ねた。
    『ココハ、一体』
     私たちは、どうなったのか。
     返事がかえってくるより前に、ガウディは、男と自分のあいだのテーブルで光る蒼い石を見やった。響命石だ。
     次いで、おのれの手を見る。鋼鉄の指を開閉した。キュイ、と音をたてて、それは動いた。
     最後に隣をみた。飛び上がった。
    『えるすと』
     ぐい、と顔を近づけ、よく見つめた。間違いない。ガウディの何より大切な青年が、まぶたを閉じ、眠っていた。
    (ヒトツデハ、ナクナッテイル!)
     ガウディはそのとき初めて事実に気づき、衝撃を受けた。
     ふたりは分かたれ、ガウディは青年ではなく、青年はガウディではなくなっていた。

     至近距離から、青年の横顔をまじまじと観察しつづけるガウディに、低い声がかけられた。

    『賭けに勝ったな。響友ガウディ』

     声の方を振り向くと、隻眼の男が、唇の片端をあげて笑んでいた。
     そのときガウディは、自分がまたしても博打に勝ったことを悟ったのだった。
     今から、ほんの数日前の話である。

    ***

     丘のうえ、月を見あげる影ふたつ。

     その後ろ姿は、ほとんど動かない。話し声も聞こえない。
     長く伸びた影のなか、青い草むらには鈴のかたちをした白い花が咲いていた。
     むかし、ここが戦場であったことなど知らぬふうに、すずやかに揺れている。

     降りそそぐ月光のマナは、ガウディの機体に心地よかった。
     回路のつまった胸の内側に差しこみ、透明な信号を全身にわたらせる。

     隻眼の男の言うことには、石を媒体にして生まれ変わったガウディたちは、機械のようで機械ではなく、人のようで人ではないそうだ。拠り所となる石への依存度が高く、それゆえ生命としての独立性に乏しいことから、いってみれば魔道具に近い存在なのだという。本体である響命石同様、マナを得て動く。
     まあ、ガウディとしては、とりあえず今のところ活動するのに不都合もないので、本性が石ころだろうが何だろうが別に良かった。

     眠る青年も、透きとおった光をあびて気持ちよさそうだ。柔らかい髪が、月光のマナのささやかな流れにあわせてそよいでいる。
     青年は、二十歳前後の若い姿をしていた。故郷の森で冥土を受けたときのまま、時間が止まっているのだろう。

    (コウシテ貴方ノ隣ニイルト、忘レテシマイソウニナリマス。アレカラ10年ノ時ガ経ッタノダトイウコトヲ。永遠ノヨウデ、アットイウ間ノ10年ガ……)

     緑の目に星空を映しながら、ガウディは、青年とひとつになって冥府を歩いた時間を思った。

     黄泉の穢れに侵され、ふたりが落ちた、反転した世界。

     そこで過ごした日々は、現実離れした混沌そのものだった。有史以来、あのような体験をした魂は、ガウディたちをおいて他にあるまい。
     あらゆる科学的法則は無視され、不合理は合理に、条理は不条理に転化された。生命の境界は淡く漠然としたものとなり、種のもつ特徴は、ひとつひとつ意味を奪われていった。
     そうして友は、ガウディの身の内で、少しずつ歪み、人ではなくなっていった。
     同時にガウディもまた、少しずつ機械でなくなり、人に近づいていった。

    『俺は苦しいよ……』

     汚泥の闇にあぶられながら、現実を受け入れられず涙を流し、徐々に正気を失っていく青年。
     何もできぬまま、その様を見つめつづけるだけの長い時間は、ガウディに、機械にあるまじき感情を教えてくれた。

     我を忘れるほどの哀しみと怒り、憎しみ。
     そして、闇にかがやく世界に対する、どうしようもない羨望。定めに対する、慈しみを。

    『苦しい、苦しい、苦しい……』

     誰もいない森のなか。
     ガウディは、崩れゆく青年を身の内に抱きしめ、極彩色の感情を押し殺しながら、黙って夜空を見上げていた。
     枯れた深井戸のような絶望の底から見あげる月の、何と美しかったこと。

     ガウディという機械は、闇のこごりに身を浸しながら、人のこころと、ひとりの人間の魂を手に入れた背徳的な甘さを、確かに感じていた。
     それらの感情の名残りは、青年と分かたれた今なお、ガウディの回路に焼きついて離れない。この罪深さのせいで、自分はきっと界を渡れないだろうとガウディは思う。

    (私タチハ、何故、ヒトツデハナクナッテシマッタノデショウカ)

     わずかな口惜しさをにじませ、ガウディは問いかける。
     ガウディたちは、最後には魂の深い部分まで融合していた。分離することは、ほとんど不可能だったはずだ。
     大量の冥土を身に受けたあとの自分たちに、一体何が起こったのか。
     ガウディは何度も記憶をサーチしたが、どうしてもデータはよみがえらない。
     ただ時折、真黒な泥人形と、伸ばされる腕が、ノイズ交じりのフラッシュバック映像として再生されるのみだ。そしてそのシーンをなぞるたび、レコードの針が飛ぶように、ガウディの注意は弾かれてしまうのだ。

    (……マア、ヤムヲ得マセン。思イ出セナイモノハ、ドウシヨウモナイ)
     ガウディは、かぶりを振った。

     気になるといえば、気になる。記憶の一部が見当たらないことに対する、心許なさもある。
     しかし、ガウディたちは、現にこうして分かたれてしまっているのだ。今ここに至っては、経緯を無理して探ることに、あまり意味はないのかもしれないとガウディは思い直した。
     それに何といっても、自分の記憶媒体は、もっと大事な過去をきちんと確保している。今はそれで十分だ。

     大事な過去―――たとえば、エルスト・ブラッテルンは、響友ガウディと背中から融合したのだということ。

     彼は10年前、人としての最期をむかえるとき、異界の友に背を預けた。
     300年つづいた呪われた血のおわりに、このような挿話があったなど、誰が想像しただろう。
     世界では決して語られることがないだろうこの物語は、ガウディの、ひそやかな誇りだった。

     あるいは、この街でふたりが過ごした、たわいもない日々の思い出だ。

     ガウディは、顔にちょこんと乗っている、黒縁の眼鏡に指で触れた。
     少しだけ度が合っていない安物の眼鏡。かつて青年が、薄給のなかからガウディに買ってくれたものだった。

    『おいガウディ。これ、お前にやるよ』
     言って包装のない眼鏡を差しだしてきた青年は、まだ頬に幼さを残していた。
    『コレハ……』
    『見りゃ分かるだろ、眼鏡だよ。買ってきたんだ。お前、目悪いから』
     俺の、初給料だぞ。そう言いながら青年は、得意げに胸をそらせた。
     ―――機械に眼鏡。
     整備をするでもなく、機械用スコープを買ってくるでもなく、人用の眼鏡!
     ガウディとしては一言二言突っこみたいことがないでもなかったが、真剣な表情で背伸びをし、自分の顔に黒ぶち眼鏡をかけてくれた青年に、何も言うことはできなくなった。
    『これでよし……どうだ、見えるか』
     顔をのぞきこんでくる茶色の瞳と、視線が合った。
     ガウディは、少し考えこんでから、答えた。
    『ハイ。ヨク、見エマス』
    『これでちったぁ誤射も減るだろう』
    『エエ』
     ガウディは、慣れぬ眼鏡の位置を何度も直しながら、青年の顔を見た。
    『アリガトウゴザイマス』
     少しだけ度の合っていないレンズ越し。
     「やや」クリアになった視界のなかで、青年は、鼻のしたを指でこすって照れていた。


     ガウディは、眼鏡に月をうつして祈った。

     ―――あの輝かしい日々よ、戻ってこい!

     鼻歌交じりに街を歩いたり、暑い日に草むらに寝転がったり、仕事の失敗に思い悩んだり、夜の星を見あげたり。
     そんな平凡な日のきらめきを、彼はもっともっと享受すべきなのだ。
     もちろん、そのとなりにはいつも自分が。


    (オヤ?)

     青年をかかえる腕から、信号が伝わってきた。小さな感覚だ。むずがゆさに似た何か。
     腕のなかを覗きこむが、友の様子に変化はない。

    (気ノセイデスカ……?)

     ガウディはキュイ、と視覚センサーを動かし、ふたたび空を見上げた。
     そこでまたガウディは、首をかしげる。
     西の空に浮かぶ月の色が、先程よりも薄くなっている気がするのだ。
     自分の目が、悪いせいだろうか。

    (イエ、眼鏡ノセイデスネ。キット)

     そう結論づけたガウディは、自由な方の手で、かちゃかちゃと眼鏡を直した。天をみる。やっぱり空のランプの色は、薄かった。たよりなくぼんやりと、透明がかっている。
     ウーム、と首を更にかしげると、眼鏡はすべり、ずり落ちた。駄目なグラス。

    「ドウセナラ、モウ少シ高イ眼鏡ヲ買ッテモラウベキデシタ……」

     指で直しながら声にだしてぼやくと、腕のなかの肩が揺れた。
     振り向くと、青年の頬に、笑みが浮かんでいた。

    「えるすと」

     青年が、白い歯をこぼした。自分の方を、ゆっくりと振り向く。


     東の空より、地平に金環がめぐっていく。
     目の前でゆれる茶の髪が、あかるい色に透かされていく。

     ガウディは、ああ、夜明けが訪れていたのだと、このとき初めて気がついた。
    yoshi1104 Link Message Mute
    2018/09/29 4:46:22

    17 夜明け前

    (ガウディ)

    ##サモンナイト

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