堂足わんどろ_191005_お題:眼鏡今日は珍しくお互いの休みが合い、朝からゆったりとした時間を過ごしている。
休みがあったからこれをやろう、とか、
若いカップルとかだとそういうことになるのだろうけど、
僕たちはもういい年したおじさんなわけで。
休息も大切な過ごし方になる。
最近疲れ目になりやすくなったので、
沖奈に出掛けた時に買った細いフレームの黒縁眼鏡をかけ、
パソコンでニュースをさらう。
一方堂島さんはソファーに座り、新聞を読んでいる。
パソコンのタップする音と、時たまこすれる新聞紙の音。
このゆったりした時間が僕は好きだ。
お互いが空気のようになっている感覚を味わうことができるからである。
少しして、堂島さんが新聞を読み終えたらしく、新聞を綺麗に折り畳み始めた。
そのタイミングで僕もニュースをさらうのをやめて、飲み物のおかわりを淹れる準備をする。
「珈琲か。俺が淹れる。」
「ありがとうございます。お湯だけ沸かしておきますね。」
先日、悠くんが家にきたとき、この様子を見て、
『熟年夫婦みたいな呼吸ですね』と笑いながら言っていた。
そんなことを言われて、少し照れ臭くもなったが、嬉しく思った。
あの「ゲーム」から10年と少しが経った。
結局僕は10年塀の中で過ごすことになった。
だが、その間も、堂島さんは僕と手紙のやり取りをしたり、面会してくれたりして、
繋がりを保ち続けてくれた。
そして、出所後、堂島さんは僕を出迎え、共に生きたいと願い、僕を迎え入れてくれた。
僕もまた、それを受け入れ、今は堂島さんと二人、あの稲羽の堂島家で過ごしている。
こんな幸せを感じて良いものか、今でも少し考えてしまうことがある。
それでも堂島さんは、「良いんだよ、それで。」と言って、
何度も僕を優しく包み込んでくれた。
いつか僕が堂島さんを幸せでいっぱいに包み込めるような、そんな存在になれたら、とは思う。
「なぁ、足立。その眼鏡、どこで買ったんだ。」
「あぁ、沖奈でですけど。」
「俺も最近少し老眼入ってきてな…。眼鏡、今度一緒に選んでくれないか。」
「良いですよ。どんなフレームが好きですか?」
「うーん…あんまりそういうのは疎くてな…。お前が選んでくれたら嬉しいんだが。」
「まったく…そういうところは無頓着というか…。わかりました。いいですよ。」
そう言って、珈琲を淹れる準備をしている堂島さんの方を向くと、
「くくっ」っと言いながら笑っていた。
「何笑ってるんですか?」
「いや…本当に幸せだなぁってな。」
「!!?!」
「初めてお前に会ってから10年以上たっているが、
こうして一緒に過ごしていて、眼鏡なんかの話もして。
だんだんお互いにじじいになっていくが、それでもお前は隣居て。
そんな毎日がこの先も続いてるんだなぁと思うと、幸せでいっぱいに感じて、ついな。」
「堂島さん…!」
堂島さんが、僕と過ごすことに「幸せ」を感じてくれている…!
僕は思わず嬉しくなって、堂島さんの背中に抱き着いた。
「おいおい、あぶねぇだろう。どうした?」
「嬉しい。」
「んんっ?」
「僕と過ごすこの時間、幸せ、ですか?」
「当たり前だろう。こんなにゆったりとした時間、至福すぎるよ。」
「…えへへ。」
「なんだ?すごくデレデレしてるぞ、お前。」
「だって嬉しいんだもん。」
「…そうか。」
珈琲を淹れ終えた堂島さんは僕の方にゆっくり向き合い、目尻に皺をよせ、優しく微笑んでいる。
そして、ゆっくりと僕の頭に手を添え、撫でてくれた。
それが気持ち良くて、堂島さんに抱き着いていた腕を少し強めた。
「そんなに嬉しかったのか…。可愛い反応してくれるなぁ。」
「かわいいって…もう僕アラフォーですよ?」
「何歳だって、可愛いよ、お前は。」
「…もう……。」
ほんの少しの間、沈黙が流れた後、
僕と堂島さんは、ゆっくりと視線を交わらせ、
言葉を交わすことなく、顔を近づけ、口づけを交わした。