学ランな先輩堂島さんと後輩足立くん凛とした、空気を切り裂くような力強い声。
僕はその声を聞きながら図書室で本を読むのが好きだった。
その声の主は、1つ上の学年で、八十稲羽高校応援団団長、堂島遼太郎。
…僕の大好きな先輩だ。
実はこの先輩と僕は、ちょっとばかり交流がある。
学年も違うのに、なぜ交流があるかというと、それは2年に上がってすぐの春にまでさかのぼる。
僕は1年と少し前、首席でこの高校に入学した。
勿論、入学後も成績はバッチリキープしている。
実は大学進学に必要な勉強もあらかた終えており、
いつでも受験しても良いくらいの頭脳を持ち合わせているつもりだが、
海外留学まではしたいと思わないので、
適当な成績を作り上げて(試験をほどよく間違えたりもして)この学校でゆっくりとした日々を過ごしている。
たいてい暇な時間は図書室で本を読んでいるのだが、
2年に上がった春のある日、僕が借りようとした本に手をかけた人物がいた。
それが堂島さんだった。
「おぉ、すまん。…というかお前、学年下だよな?もう赤本使って勉強しているのか?」
僕と全く系統の違う、いかにも明るい性格そうで、苦手な人種。
にも拘わらず話しかけられてしまった。
どうしたものか…と苦い顔をしていると、容赦なく堂島さんは質問を続けた。
「あ!思い出した!お前、昨年首席入学して挨拶していた足立透だな。
俺たちの学年でも噂になっているが、お前、頭良いんだな~?」
「まぁ…一応首席キープしているんで。」
「すごいな…。なぁ、お前、勉強教えるの得意か?」
「は?…教えたことはないけど。」
「じゃあバイトだと思ってよ!俺に勉強教えてくれないか?部活ばかりやっていたから、ちっと危なくてな…。」
これがきっかけで、僕は堂島さんに勉強を教えることになった。
最初は、そのうち飽きるだろうと適当に教えていたのだが、
元来真面目な性格らしく、飲み込みも早い様子だったので、
だんだん教えるのも楽しくなってしまった。
季節が廻り、堂島さんとの関係もかなり深いものとなっていった。
遅くまで勉強を教えることがあったときは、ジュースをおごってもらったり。
応援団の引退が近づいた頃は、練習に付き合ったりもした。
そんな日々を過ごしていくうちに、
僕は堂島さんのことが好きになっていた。
でも男同士だし、この想いを伝えるのはできないだろうと、即気持ちに蓋をしたのだが、
それを破る出来事が起こったのだ。
それは秋の応援団の引退合戦のときだった。
堂島さんはいつもの通り、空気を切り裂くような綺麗な声で応援を披露し、
みんなを熱気の渦に巻き込んでいったのだが、
そんな様子を女子がほっとくわけがなく。
引退後、堂島さんは告白ラッシュにあっていた。
堂島さんも満更ではない様子で、勉強会のときもその話を度々しており、
誰と付き合おうか…なんてことを嬉しそうに語っていた。
だが僕はそれに耐えきれなくなってきてしまい、咄嗟に想いをぶちまけてしまったのだ。
「あなたは嬉しいかもしれませんけど、僕はちっとも嬉しくないです。
…今あなたといるのは僕だけ、でしょ…。だったら他の人の話なんてしないでくださいよ…。
僕だけのこと考えて欲しいですよ…!」
言い終わってすぐまずいことを言ったと気づいたが、
時すでに遅しだった。
慌てて僕は今日の勉強会の終了を宣言し、その場を去ったのだった。
それ以降、堂島さんとは話もしていないし、勉強会も開いていない。
もうこれ以上、普通に接していられる自信がなかったからだ。
そうして、冬が過ぎ、堂島さんと出会った春が再びやってきた。
堂島さんはあのあと勉強をきちんと続けていたのか、
スポーツ推薦で大学へ進学が決まったと風の噂で聞いた。
あの性格なら、何でもコツコツ努力することを惜しまないだろうし、
大学進学後も勉学を始め何も困らないだろう。
今日は堂島さんたちの卒業式だ。
僕は堂島さんに会わないよう、朝礼の出席後、こっそりいつものように図書室で本を読んでいた。
あっという間にお昼近くなったので、そろそろ帰るか…と本を片付け始めたその時。
静かに図書室の扉が開いた。
そしてそこから入ってきたのは、なんと堂島さんだった。
「やっぱりここにいたか、足立。」
「どう、じま、さん…!」
秋以来なので約半年ぶりに堂島さんと会ったのだが、
堂島さんの声はさらに男性らしく、低くて少しだけかすれた声になっていた。
「やっとお前に会えた。…お前、隠れるの上手いよな。そんなことにまで頭使ったのか。」
堂島さんは少し寂しそうな声をして話を続けてきたのだが、
僕は目の前の堂島さんに驚きで反応が返せない状態だった。
よくよく見ると、体つきもだいぶ大きくなっており、あれから身長がさらに伸びたようだ。
一段と恰好良い姿になって、惚れ直すくらいだとも思った。
だが、一気に目が覚めるような部分を見つけてしまったのだ。
それは、彼の学ランにあった。
そう、彼の学ランからは全部のボタンが剥ぎ取られていたのだ。
女子がこぞってボタンを求めて、それを素直に許して渡したのだろう。
そして極めつけ。
第二ボタンも取り去られていたのだ。
そこまで確認し、僕は堂島さんに背を向けてこう言った。
「…僕がどう過ごそうと勝手でしょ。あぁ、そうだ。卒業おめでとうございます。
大学も無事受かったようで、良かったですね。
もう僕と会うこともないでしょう。どっかの誰かと仲良く、大学でもお元気で。さようなら。」
今顔を見られるわけにはいかない。
あなたに会えない悲しさに耐えきれず涙を流している顔なんて…
そう思っていたら、不意に首根っこを引っ張られ、180度身体を回転させられていた。
そして、次の瞬間、僕は堂島さんにキスをされていた。
「お前、いい加減にしろよ。…いや、違うな。まずはすまん。
その、あの時はまだ気持ちに気付けていなかったのだが、あれから考えたんだ、お前とのこと。
お前と話したり、なんてことない時間を過ごすのがどれだけ楽しくて、嬉しかったのか。
それが今は俺じゃない他の誰かと過ごしているのかと思うと、気が気じゃなかった。
けどまずは自分の目標をクリアして、自信持ってからお前を落としにいかないとなって思ってな。
だから死に物狂いで勉強頑張ったんだぞ?
それで、な。これをお前にもらってほしいんだ。」
そう言って堂島さんは金色に輝くボタンを僕に差し出した。
「これ…堂島さんの学ランの…?」
「そう。俺の第二ボタンだ。…俺と一緒になってくれるか、足立。」
そう言われて、顔を上げると、今までに見たことがないくらい優しい表情の堂島さんがいた。
僕は胸がいっぱいになりまた涙を流す羽目になったが、一言こう言って堂島さんに抱き着いた。
「はい…!僕なんかでよければ…!」
「当たり前だろ?お前こそ今度は隠れたりして離れるなよ?」
そうして、桜舞う景色を背に、僕と堂島さんは二度目のキスを交わしたのだった。