本編堂島さんがやってきた!の話いつものように家で仕事をしながら、堂島さんの帰りを待つ。
こんな穏やかな日々の中でも、
たまに不思議なことが起きるわけで。
…どうやら今日がその日だったらしい。
「ただいまー。」
堂島さんの少し疲れた声が玄関に響き渡り、
僕はいつもの通りお出迎えをしに行った。
「お帰りなさ…い…、遼太郎…さん?」
「お前、上司を名前呼びとは…って、あだ、ち?」
玄関で遭遇したのは、なんと10年前の堂島さんだった。
「お前、さっきまで一緒に飲んでただろう。何で私服でここにいるんだ。」
(見た目的に…であった頃の堂島さんか?)
「おい、黙ってないで答えろ、足立!」
「あいたー!」
久々に喰らった拳骨は、最近喰らったものよりもだいぶ頭に響くものだった。
さっと堂島さんを見やると、酒の匂いがした。
おそらくこの堂島さんは僕と仕事帰りに一杯引っかけてきたのだろう。
(この酔い加減だといっぱいどころではないかもしれないが。)
「堂島さん、今、何年ですか。」
「あぁ?…2011年だぞ?」
「僕は、202x年を過ごしている足立透です。」
「な、なんだと…!」
「ほら、白髪ここにあるでしょ?もうそんだけおっさんなんですよ。」
そうやって話してあげると、堂島さんは目を大きく見開き、
大袈裟な瞬きをしながら僕を見つめていた。
もし月日が同じなのであれば、おそらくこの頃僕は堂島さんに既に好意を寄せてはいたのだろう。
その気持ちを明かすことなく、あの事件に明け暮れることになるのだ。
そう思うと、今の堂島さんに何かを伝えたくなってきた。
「ねぇ、堂島さん。せっかくなので、あなたの時代の僕の印象、教えてくださいよ。
どうせあなたの時代の僕には伝わらないし。
変わりに僕からもちょっとだけネタ晴らし、してあげますから。」
「むぅ…。立ち話も難だ…水くれぇ飲ませろ。」
「はいはい。」
そうして、二人してリビングへと行き、堂島さんを座らせると、
手際よく飲み物を入れて渡してやった。
「…さっきお前が話していた通り、お前の時代では…その、俺と一緒に住んでいるのか。」
「はい。…その、お付き合いもさせて頂いてます。」
「なっ?!お付き合いってお前…ちゅーしたりするってのか?!!」
「えぇ、毎日。何ならしてあげましょうか。」
ゆっくり顔を近づけ、触れるだけのキスを送ると、堂島さんは顔を真っ赤にしていた。
「お前!合意なしにするか!強要罪だぞ!!」
「あなただったら拒否できるでしょう…。顔をそむけなかったってことは、
意外とまんざらでもないんですか?」
「ぐぅ…年取って減らず口になったのか…?」
ブツブツと文句を言いながらも、無意識に唇を指でなぞり、感触を思い出しているような仕草をする堂島さん。
酒に酔っているせいか、その仕草ひとつひとつが可愛くて仕方がない。
…さて、この時間もいつまで続くかわからないのだ。
玄関でリクエストしたことをさっさと伝え合ってしまおう。
「ねぇ堂島さん。僕はね、今のあなたの時代のとき、誰も僕を見てくれる人って、いないって思っていました。」
「…そう、なのか。」
「はい。でもね、あなたがいつも傍にいたんだって、あとから気づくと思います。
…だから、諦めずに、傍にいてやってくださいね…。」
少し目線を逸らし、願いを込めてゆっくりと呟く。
すると、堂島さんが僕を引き寄せ、頭をかき抱いた。
「…お前、今俺と年齢変わらねぇはずなんだろう。
なのになんで昔と変わらず、寂しそうな目なんざしてるんだ。
…お前の時代の俺は、そんなに頼りねえか。」
「そんなことはないです!いつも僕を支えてくれて、優しく包み込んでくれて…。
その、あなたに言ってもあれかもしれないですけど…大好きですよ。」
「だったらもっと胸張って幸せそうな顔、してろ。」
「…はい。」
敵わないな、堂島さんには。
いつだって、僕の表情から何かを感じて、黙ってみていてくれたり、
こうやって欲しい言葉を投げてくれる。
そんなことにどうして僕は気づかなかったのだろう。
この人の懐の深さに、どうしてもっと甘えなかったんだろう。
「ねぇ、堂島さん。」
「ん、なんだ、足立。」
「どうせ夢だろうから、今のあなたから、『愛してる』って言ってもらえませんか。
…その、嘘でもいいんで。」
「…嘘で伝えたら、お前は傷つくだろう。」
「…!」
当時言ってもらえなかった言葉を一度でもいいから聞いてみたいと思っていたのだが、
堂島さんからやんわり断られてしまった。
…無理もない。
堂島さんは嘘が嫌いなわけで。
今ここにいる堂島さんは僕の時代の堂島さんでもない。
稲羽署刑事で、僕の上司。
ただそれだけで、それ以上の関係はないのだ。
「でもまぁ、お前の時代の俺がそう思っているのだから、嘘ではないか。
ほら、来い。」
手招きをされ、顔を近づけると、ゆっくりと唇に触れて、少し深めのキスをしてきた。
そうして、綺麗な笑顔でこう言ったんだ。
「愛しているよ、透。いつまでも俺の隣で笑っていてくれよな。」
嗚呼。
いつだって堂島さんは僕よりも大きく、広くて温かくて。
こんなにも僕を泣かせるけど。
とてもやさしい気持ちになれるんだ。
あなたの隣はこんなにも愛しい僕の居場所。