道化の望んだ最悪で最高な結末悠が八十稲羽を後にしたあと。
俺は引き続き生田目の聴取を足立と行っていた。
…だがしかし。
聴取を重ねていくうちに、やはり生田目の発言には不審な点が多いと感じていた。
足立はそうは思わないと言っていたが、
俺の刑事の勘…そう、勘でしかないのだが、それが何かを知らせようとしていた。
千里の件を通して、俺は疑問に思ったことは最後まで納得のいくところまで調べると決めたのだ。
だからこそ、この事件もまた、何かあると思い、独自の捜査を始めることにした。
一方で、八十稲羽は霧が一層濃くなっていった。
街の人々は最初の頃はこの異変を不審に思い、騒ぎ立てていることが多かったのだが、
今やその騒ぎすらも起きず、静かにさ迷い歩いているような様子になっていた。
加えて、度々失踪事件が起こるようにもなっていた。
勿論そちらの事件についても調べていたのだが、
聞き込みをしているうちに、失踪した人々は、数日前から異変を起こしていたということがわかった。
そんな日々が続いていく中、俺は一つの疑問にたどり着いた。
…悠が受け取ったあの脅迫状は…どうなったんだ
そういえばあの時、足立に鑑識に回すように言ったが…報告があがっていなかったような…
次の日、合間を縫って鑑識の報告書をあらったが、あの脅迫状に関する報告書がなかったのだ。
…なぜだ。
そうして俺は、事件をさかのぼり、当時の足立の行動、アリバイをあらいあげることにしたのだ。
新たな目線をもって事件を見ていくと、また見え方が異なり、様々な疑問が浮かび上がってきた。
そうして事件を少しずつ紐解き始めていた頃、俺にも異変が起こった。
「…!!」
頭がぐらっとして、近くのデスクに手をつき、なんとか体を支える。
途端に思考が遠のく感覚に陥った。
『…汝、誰もが平等で過ごせる世界を望まんとするものか……』
「ち、違う…俺は…俺はあの事件の真相をきちんと明かすために……!!
まだ、倒れるわけ、には…!!」
そう呟いていると、隣に足立がいた。
「堂島さん!大丈夫ですか?顔色悪いですよ?また根詰めて何か調べていたんですか…?」
「あ、ああ…すまん。もう大丈夫だ。今日はもう帰るか…ハハハ。」
「そうですよ~。菜々子ちゃん、やっと退院してお家で過ごせるようになったんですから。
一緒にいる時間、作ってくださいよ!あとは僕に任せて!」
「ああ…。そう、だな。じゃあ、あと、頼むな、足立。何かあれば連絡しろ。」
「は~い。お疲れ様です、堂島さん。」
この日から、俺は自分で調べ上げた内容をメモに書き起こすことにした。
…あの現象は、行方不明になった人々に怒っていた現象の一つだったからだった。
そうして、どんどん意識が遠のく間隔が短くなってきた頃。
俺は足立を沖奈のとあるホテルの一室に呼び出していた。
「堂島さん…?どうしたんです、急にこんなところに僕を連れてきて…。」
「あぁ。昨年から起きていた例の連続殺人事件のことで話があってな。」
「生田目が犯人のあの事件ですか。」
「…あれは生田目が犯人じゃない。」
「…えぇっ?それ、どういうことですか、堂島さん。」
足立は呼び出されたことに疑問を抱きつつも、俺の発言に驚きの表情を示した。
…俺は推理結果を続けて話すことにした。
「あれは…あの殺人事件は…もう一人実行可能な奴がいたんだ。」
「そんな…現場近くで事情聴取しましたけど、そんな人、全然いなかったじゃないですか!」
「そうだな…事情聴取じゃあわからなかったな。じゃあ聞くがな、足立。
お前、俺が預けた脅迫状、どうしたんだ。」
「脅迫状…?…あぁーあれ。鑑識に回したと思いますけど…報告書ありませんでした?」
「…あぁ、なかったな。」
「えぇー…どうしたんだっけなぁ…。」
だんだん俺の意識も遠のき始めてきた。
もう時間があまりない。
俺は真犯人について、トドメを刺すことにした。
「…足立、もうやめろ。……山野と小西を殺害したのは、お前だろう、足立。」
「…?な、なんでそんなこと言うんですか?」
「死亡推定時刻の時間帯に一番傍にいたと考えられる人物…それは足立、お前だ。
山野については警護指揮を執っていたし、小西に至っては直前に事情聴取をしていただろう。
そして極めつけは報告書があがっていない脅迫状の件だ。
鑑識に聞いたが、そんなものは渡されていないと言っていた。
お前、どこにやった!あの脅迫状!」
そこまで問い詰めると、足立の表情は一変した。
今まで見たことのないような冷たい目線で俺を見つめていた。
そして暗くなったホテルの一室には霧がたちこみ始め、足立の目が金目になっているように見えた。
「…仮に僕が犯人だったとして、犯行方法はどう説明されるんですか。」
「そう、それがわからなかった…それについては全くの証拠がない。
だからこそ、これはただの推理でしかない…だがな。
限りなくお前が犯人だということはわかっている。
だからこそ足立、お前の口から自供をとりたいんだ…俺は。」
そこまで伝えたところで、足立は大きくため息をついた。
そしてゆっくりとベッドの方へと足を運び、少し呆れたような…
だが少し何かを諦めたような表情でベッドに腰かけた。
「すごいすごい!ほんと鬼の堂島の刑事の勘は鋭いなぁ~!満点、花丸差し上げますよ!」
そう言って不敵な笑みを浮かべながら足立は手を叩いていた。
「…ふぅ。犯行の手口ですが。それについては白鐘くんがたどり着いていると思うんで、
聞いてみたらいいと思いますよ?
それであなたの推理は完璧になるはずです。
…まぁ、その前にあなたが人間ではなくなってしまいそうですけど。」
「な、に…?」
そう言われると、また俺の意識は少し遠のいてきた。
まだだ。
まだここで倒れるわけにはいかない。
俺にはまだ…帰る場所が…あるんだ。
冷汗をかきつつもなんとか自分の足で踏ん張って立っていると、
足立がベッドから立ち上がり、俺の目の前に立ちはだかった。
「…あなたが真犯人である僕に辿り着いた時点で、この一連の僕のゲームは終わりです。
GAME OVERだ。
…さて堂島さん。クリアしたあなたには選ぶ権利があります。…あなたは僕をどうしたいですか。」
「どう、したい、か…?」
「そう。…僕には…僕が犯したくなかったことを…
あなたと菜々子ちゃんを傷つけてしまったことに対する責任があるから…。」
…よく聞こえない。
足立、お前は何を言っているんだ。
「どうせもうすぐみんな行方不明になった人たちと同様、シャドウになってこの世界から消えていくんだ。
…おそらく僕もね。
…どうせ消えるなら、その前にあなたに殺されたい。あなたにはその権利があるから。
…ねぇ、堂島さん。お願いだから、僕を、殺して?僕を…裁いて。」
殺され、たい…?
「…もう聞こえないかぁ…。さぁ堂島さん。僕と一緒に、やさしい世界に旅立とう?」
最後に俺が見た光景は、涙を流して両手を広げた足立の姿だった。