監視者・堂島遼太郎あの事件で、俺が失ったものは大きすぎた。
菜々子は最初一命を取り戻したように見えたのだが、
結局還らぬ人となり、千里と同じく、俺を一人この世界に取り残していった。
生田目も突然病室から姿を消し、行方不明となっていたが、
数日後死体となって近くの空き地で発見された。
菜々子の葬儀もどうやって進めたのかあまり覚えていない。
悠が都会へ戻った日ももうあまり覚えていない。
事件は結局闇の中へとなってしまった。
そんなある日、ビールを啜りながらあの広いリビングで一人テレビを見ていると、
いきなり部屋の明かりが落ち、テレビは砂嵐の画面に切り替わった。
少しして、画面は霧のかかった真っ赤な街を映し出した。
同時に、その映像の中に小さな人影が映ったので、テレビに近づき、
目を凝らして見ようとしたその瞬間。
俺はテレビの中に入っていったのだった。
「……うぅぅ……。」
頭を強く打った衝撃を感じつつも、あまり怪我を負っていないようだったので、
なんとか立ち上がると、俺はいつの間にかグレーのシャツに赤いネクタイをした格好…
いつもの仕事着の格好になっていた。
その事実にも驚きつつも、辺りを見回すと、一面真っ赤に染まった街…
稲羽を思わせるような風景が広がっていた。
「…ここは、どこなんだ…。」
ざく、ざくと瓦礫をかき分け、奥へと進んでいく。
空は変わらず真っ赤で、道は一本道がずっと続いている状況だ。
とりあえず出口を探さなくてはならない。
そう思ったとき、背後から殺気を感じ、
咄嗟になぜか背中のベルトに挟まっていた銃を抜いて構えた。
するとそこには…『俺』がいたのだ。
「お前は…誰だ……?」
『誰だっていうのはちょっとひどくねぇか…?俺は「お前」だよ、堂島遼太郎だ。』
「な、なんだって…?!」
確かに背丈、髪型、体型など、外見は自分と同等、いや、本物そっくりな様子だ。
若干言葉遣いが荒く聞こえるのと、目が金目になっていること以外は、俺をコピーしたような人物に見えた。
「…お前、ここで生活している人間なのか。」
『生活…ねぇ。まぁある意味そうだな。』
「じゃあここがどこで、出口を知っているってことだな。」
『…ここは禍津稲羽。人間の欲望が生み出した真の世界だ。出口?それは知らねぇな。』
「禍津稲羽…?八十稲羽じゃないのか…?」
確かに風景としては稲羽を思わせるような店の並び、家の並びをしているが、人ひとりいない状況だ。
ここは…夢の世界なのか…?
そんなことを考えて辺りを引き続き見回していると、いきなり背中越しに銃を突き付けられた。
『そんなことよりもよ、お前、もう死にたいんだろう?千里も守れず、菜々子も守れず。
この街を守りたい、ヒーローになりたいと思って警察官になったのに。
結局大切なものは何一つ守れやしないんだ。
…まぁ、そんなもの、最初からお前にできるはずがなかったんだよ。
…お前の能力なんて、そんなもんだったってことだ。
…もう気づけよ、お前は誰のヒーローにもなれやしないんだ。』
そう。
こいつの言う通り。
俺は千里を守れず、菜々子のことも守れやしなかった。
…俺はもう、誰も守れやしない。誰も守る相手もいない。
ただのちっぽけな人間だったんだ。
自分の守りたいもの一つ守れないなんて、もうあのセカイニハ、イラナイ……。
モウ、オレハ、アノセカイニハ、ヒツヨウナインダ
「あらら…堂島さん、こんなところでどうしたんですか?」
「あだ、ち…?」
だいぶ思考が遠のき、意識を失いつつあった俺だったが、足立の声で一気に引き戻された。
「お前、なんでこんなところに…。」
そう尋ねると、足立の表情は一変し、冷たい目線を投げてきた。
「あーぁ、つまんないなぁ…結局堂島さんも僕には辿りつけないんだもんなぁ~。」
「お前…な、なに言っているんだ?」
「もうどうせ誰も辿りつけないだろうから白状しますけど。あの連続殺人事件の真犯人。
『僕』なんですよ?!
アハハハハ!ざーんねんでした~生田目はフェイクです~!」
「…フェイク、だと……。」
「そう、堂島さんが通ってきたあのテレビ。噂で聞いていたでしょ?『マヨナカテレビ』。
それがこの世界なんですよ~。
それで、この世界に送られちゃった人間は、基本的にはシャドウに殺されちゃうみたいで。
まぁまれに生き残れたりはするみたいですが…。
山野と小西はそれで死んじゃったみたいなんですよ~。もう僕びっくりでした!」
「『死んじゃったみたい』…だと。」
いきなり現れた足立は自分が真犯人で、犯行の手口もするすると話し始めた。
その内容を聞いた俺は、怒りを表に出すことすら忘れ、気が付くと足立の胸倉をつかんでいた。
「うわ、暴力反対!怖い顔しちゃって…。鬼の堂島はもっと冷静でいなきゃ…!」
「これが冷静でいられるか!お前のせいで…お前のせいで菜々子は……生田目に……!」
「…そうですね、僕のせいですよ。…じゃあ堂島さん、あなたはどうしたいですか。僕を殺しますか。
…まぁここで殺すのは多分無理ですよ。僕この世界では無敵レベルに強いんで。」
そうして赤黒く光ったカードが足立の手の上に浮かび上がり、そのカードを割って出てきたのは…
大きな刀を持った人間の形に似た生物だった。
「あなたにはこの力がないから、僕を殺そうとしてもできないです。返り討ちですよ。
でも対抗するための方法があるとすれば…シャドウとしてこの世界で力を得ることですかねぇ。
そうしたらこの世界からも脱出できるかもしれませんね!
…さぁて堂島さん、あなたはどうしますか。」
そう言った足立の目はどす黒く、ただどこか遠いところを見つめているような目をしていた。
…おそらくこいつは俺に裁かれたがっている。
いや、「俺だけ」に裁かれたがっている。
言葉ではあんな酷い自供でに連続殺人の話をしていたが、
菜々子の件について話したとき、あいつの目に一瞬迷いが見えた。
…あいつも菜々子のことに関しては何か思うところがあるのだろうか。
だが今はそこはあえて聞かないでおこう。
あいつが殺されたいと願っていても、罪は裁かれなくてはならない。
今はこの世界からの脱出方法は分からないが、
まずはあのデカい生物を倒すため、
そしてここで生きるためにシャドウってやつにならないといけないのならなってやる。
そうして生きて、生き続けて…あいつをいつか元の世界で裁いてやる。
それが俺の生き甲斐で、守りたいもの…真実を守ることに繋がるのであれば…!
「…お前の言う通りにするのは癪だが、お前の望み通りシャドウになってやろう。
…この世界で生きるために。
そして、お前をいつか逮捕してやるためにな!」
俺は足立の隣にいたシャドウを銃で撃ち抜いた。
撃ち抜かれたシャドウはすぐにバラバラになったが、
それらの塊が束となって俺の身体へと飛んでいき、ズズズ…と言いながら体内へと入っていった。
その直後。俺はあまりの痛みに泣き叫ぶことになる。
体が熱い。
全身が燃えるような感覚に陥り、
焼けるような熱さに泣き叫んだが、
少しずつ痛みが引いてくると、俺は金目を宿した人間のままの姿だった。
「アハハ!すごい!本当にシャドウになっちゃった!へぇ…でも人間の形のままなんだ。」
シャドウとなった俺を見た足立はうっとりしながら俺の方へと歩いてきた。
「堂島さん…ありがとう。僕と一緒に生きてくれるんですね…嬉しいな…。
…あれ、まだシャドウになった反動がデカ過ぎて声は出せないのかな?
…まぁいいや。せいぜい足掻いてみてください。僕はずっと待っていますからね…。
あなたが僕を殺してくれることを。
…大好きな堂島さん。愛していますよ、ずーっとね。」
そうして足立は俺の唇に噛みつき、噛みついたところから出てきた血をぺろりと舐め上げ、優しくキスをした。
…ねぇ堂島さん。
僕はね。あなたには裁かれてもいいと思っています。
僕の望みは…あなたの心。あなたの愛情。
いつだって僕を愛してくれる存在だったから。
それをすべて与えてくれたのはあなただけだったから。
だからそれが憎しみに変わったとしても。
僕はそれを愛だと感じるから。
だから裁かれても殺されても、
僕にとってそれは幸福なことです。
何より堂島さん、愛するあなたにしてもらえることだから。