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    21歳×12歳大きな窓から入り込んだ陽の光がそこかしこに浮遊する埃を照らしている。古びた机に椅子に、いくつもの本棚。平日の夕方は大学の近くのこの図書館で過ごすのが日課になっていた。本来なら出席なんてしたくないのだけれど、研究期間は仕方がない。それもあと一週間だ。これが終われば再びリモート授業に戻れると思うといくらか気が楽だった。
    研究に必要な本棚の前で、その違和感に一瞬動きを止める。大きな本棚は天井近くまでみっちりと本を抱えていて、その一番上の棚などは幾ら身長のあるイデアでも踏み台を使わないと届かなかった。
    そんな所へ。三段の脚立に跨り、小さな手が震えながら天井の方へ伸ばされている。小さいと言っても、イデアと比べたら、程度だ。全体的に小柄なその人からしたら標準だろう。時折、うう、と唸り声を上げて必死に伸ばされたその指先が示している背表紙に、イデアが手を伸ばした。踏み台を使ったイデアが背伸びをしてどうにか。手にしたずっしりとしたその本を彼の前に差し出す。
    「……これ?」
    どうぞ、なんて愛想良く笑いかけられはしないから、これが精一杯だ。眼鏡の向こうでぱちりと瞬いた睫毛が窓の光を受けてきらりと光る。銀色の髪と同じ色なのか、全体的に色素が薄い子だ。銀の髪に、白い頬。瞬いた瞳は青い空。
    「ありがとうございます」
    「いえ……頼まれた、の? 随分難しい本だけど」
    「いいえ、僕が読むんです」
    言い切った彼と目が合った。涼し気な目元の意志が強い。見た目随分と子供に見えるけれど。彼が胸に抱えたその本はイデアが研究の参考に使うくらいのそれで、ジュニア・ハイスクールくらいのその子が読んでも理解できるとは思えなかった。とは言え、わかるの?と訊くのも失礼だし、イデアには関係のないことかと割り切って、「そうなんだ」とだけ言ってその場を離れる。背中に掛けられたお礼の言葉には軽く頭を下げるだけで答えた。

    別の棚で資料を漁り、いくつかを抱えて帰ろうかとカウンターに向かう。ふと、彼は席に戻れただろうかとよぎって、中二階のバルコニーからぐるりと館内を見渡した。けれどもあの銀糸は見当たらず、もう帰ってしまったのかと踵を返し、ふと。もう一度あの本棚に向かってみる。棚の影から顔を出して驚いた。
    「ま、まだここにいたの」
    思わずかけた声に、彼が顔を上げる。脚立に跨ったまま一丁前に白い指先をとがった顎に当て、取ってやった本を膝の上に広げていた。
    「あっ、助かりました」
    「え、うん、本でしょ?」
    「違います」
    「え?」
    ぱたむと閉じた本から埃が舞う。古い書籍はこれだから、と思うけれどその独特な匂いや手触りは嫌いではなかった。本を胸に抱えた彼がイデアの方へ体をひねる。
    「降ろしてもらえませんか」
    「は?」
    「ちょっと……降りるのは中々……」
    脚立と言っても、段と段の間がやや広めのそれは、大人にとっては大した高さでなくとも、彼からしたらそれなりの高さなのだろう。登るのは上を見ているからいいものの、降りるとなると下を向いて、遠い床に向かわなくてはならない。高いところが苦手なのかな。イデアも得意ではないからその気持ちはよくわかった。少し驚いたけれど、馬鹿にするでも拒否するでもなく、ただ小さく「いいよ」とだけ言って彼の脇に腕を通す。左手に本を抱えたままイデアの首に回った右手が細かった。
    「……お兄さんの視界は綺麗ですね」
    ぽつりと背中に転がったそれが優しく溶ける。少年独特の舌っ足らずの高い声が柔らかく差し込む夕陽と混じって、イデアの背中を照らした。
    「脚立の高さは怖いのに、僕の高さは平気なの?」
    「はい、抱えてもらっているので」
    「落っことしちゃうかもよ?」
    「しませんよ、そんなこと」
    「どうしてわかるの?」
    「わかります。お兄さん優しいから」
    身体を離して、思いのほか近い所でふんわりと笑ったその顔が無邪気なそれで、心臓の裏側がくすぐったかった。
    「随分難しい本読むんだね。いくつ?」
    「12です。工学に興味があって。お兄さんこの近くの大学生ですか?」
    「うん、ナイトレイブンの工学科」
    「すごい!」
    降ろしてやりながらぽつぽつと話をする。彼が使った脚立を壁際に片付けて振り向くと、きらきらとした瞳がイデアの胸の辺りで輝いていた。この年でこの本に行き着くとは、才能がある子なのかもしれない。ちらと細い腕に通された時計を確認した彼が再びイデアを見た。
    「またここに来たら会えますか?」
    「え、ああ……うーん、今週、来週くらいまではほぼ毎日いると思う」
    「そしたらまた明日、この本少し教えてください!」
    約束です。そう言って差し出された小指は今にも折れてしまいそうなくらいに細くて、小さかった。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/04/07 0:22:53

    21歳×12歳

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