TO麺×$ 3会場近くにある古びたカラオケボックスは地下アイドルオタクの御用達だ。ややマイナーな曲もラインナップされたカラオケ機種に、そこだけ最新機種の大きな4Kテレビ。もちろん、ゲームやスマホを繋いで上映会も可能。イベント後にまったりするも良し、テンションのままカラオケするも良し、どでかいテレビで上映会するも良し、まさにオタクのためのカラオケボックス。
通い慣れた自動ドアを潜り抜け、メールで示された部屋を一度覗いてからドアを開けた。
「乙〜」
「遅かったですね、お疲れ様です」
ソファに座って長い足を組んでスマホをいじる姿はオタクと言う言葉とは縁遠く、クラブなんぞにいたら引く手数多であろう美形が顔を上げる。器用に編み込んだ黒く長い髪に、褐色の肌。きりとつり上がった涼し気な目元。
イケメン乙、と茶化しながら、彼の斜めに位置するソファに座った。
「ジャミル氏相変わらず撤退早いですな」
「だらだらいても仕方ないんで」
先刻まで同じ会場にいたはずなのに、もう数時間前からここに居ますが? みたいな余裕は一体何なのか。
表情を変えずに素っ気なく答えるジャミル氏。彼はこれがニュートラルであるから、特に気にせず、コートの深いポケットから戦利品を取り出した。
「あいこれ」
「ちょ、ポケット直入れやめてくださいよ、折れる」
「ケースに入れてたでござるよ〜」
慌てたジャミル氏ににやにやしつつポケットからプラスチック製の小さいクリアケースを差し出す。丁度チェキが収まるそのサイズは既製品を少し改造した僕の特製だ。カバンを持ち歩く習慣がないため、ポケットで全てを済ませるためのアイテム。揶揄を含んだ僕の返しにほっとしたような、むっとしたような表情の彼が机に広げられたチェキを検める。丁寧に全部に目を通してから、横に置いてあったカバンから彼も戦利品を取り出した。
「今回、俺アズール全然で。すみません、5:5です」
「あーいーよいーよ、拙者が持ってても仕方ないゆえ、今度どっかでチャラにして」
言いながらテーブルにアズール氏のチェキを並べる。一枚とて同じものがないそれは、正直何枚でも欲しい。それはきっと彼も同じだろう。差し出したチェキに目を輝かせた。
同数交換が基本であるものの、気心知れた仲であるから提供枚数が上回ったとて問題はない。今後逆の立場になった時に穴埋めしてくれればそれでよかった。
「次こそ」
「期待してるでござる〜」
受け取ったチェキを扇のように広げて、こちらを見て微笑むアズール氏に頬を弛める。
と、個室のドアがノックされて、部屋を覗く黒髪が目に入った。ぱちりと目が合うと、ほっとしたようにドアが開けられる。
「シュラウド先輩、バイパー先輩! お疲れ様です! 遅くなりました!」
「乙〜」
「デュースお疲れさん。握手会終わりか?」
「はい!」
僕らの中で唯一の握手会参加組であるデュース氏が元気よく頷き、興奮冷めやらないままドアに近い僕の正面のソファに腰を下ろした。
デュース氏が僕を「先輩」と呼ぶのは、決して学校での関係ではない。あくまで、この現場での話だ。ふたつ年下のデュース氏は割と最近通い始めた、所謂新規。先に通っていた僕らを何故か先輩と呼ぶ。
ジャミル氏は正真正銘僕の学生時代の後輩で、軽い気持ちで誘ったらハマッてくれた。布教成功というやつだ。ダンスが趣味の彼は最近配信サイトでダンス配信とかしてるらしい。
そんな二人は、それぞれ、リドル氏とカリム氏を推す同志だ。僕とジャミル氏は強火の同担拒否だから、この三人でつるむのは非常にメリットがある。特に、ランダムグッズに関しては。
「デュース氏は自引きできたでござるか?」
「はい、今回割と」
「俺もリドル結構出たよ。交換できそうか?」
身を乗り出したジャミルに頷きながら、デュースが背負っていたリュックを下ろして買い込んだチェキを広げた。その中から手早くアズール氏の枚数を確認し、手持ちのチェキから同じ枚数のリドル氏を引き抜く。
「これでヨロ〜」
「うッス」
「俺も、同数」
「あざッス!」
30枚買って、24枚がアズール氏に変わった。足りない6枚は後日ジャミル氏に補填して貰うこととして、今日のところは十分。交換の枚数合わせをしているふたりの会話を聞きながら丁寧にケースに入れてポケットにしまい込んだ。
「カリムのレーンどうだった?」
同じようにチェキをしまいながらジャミル氏が問い掛ける。受け取ったデュース氏も片付けを進めながら、んんと唸った。
「今日全体にちょっと少なかったんですよ。例の騒ぎのせいで」
「例の?」
「はい。リーダーも表情硬くて」
リーダー、と言うのは、デュース氏の推しであるリドル氏のことだ。
赤い髪をツインテールにしたロリツンデレ。彼女がにこやかにファンサをしているのを見たことがないけれど、ファンからするとあれで表情の変化はそれなりにあるらしい。
そんな事より、例の、と示唆されたのが何を指しているのかすぐに分かって、トイレに逃げようかとした瞬間、ぱっと僕を見たデュース氏が思い切り表情を輝かせた。ぐあ、眩しい。
「シュラウド先輩っ、オレ、感動しました!」
「なななななんのこと……」
「あんなやつ、制裁されて当然ッスよ! めちゃくちゃカッコよかったッス!!」
「何があったんだ?」
何も分かっていないくせしてもう既ににやにやしてるジャミル氏の底意地の悪さが憎い。誤魔化してしまおうにも、デュース氏がまるで武勇伝かのように一連の出来事をやや誇張して語るものだから、ジャミル氏のにやにやがますますひどくなった。誇張については気付いているけれど、面白いからいいか、と言うのが見え見えだ。
「推しの為に体を張るなんて……やっぱりシュラウド先輩はすごいッス!」
「いいよそう言うの……」
きらきらの視線のにやにやの笑みに耐えられなくなって、かぶったままのフードをぎゅうと引っ張る。つい頭に血が上って咄嗟にやってしまったけれど、やっぱりやめておけばよかった。目立つのは好きじゃない。
「あ、ボディガードが探してましたよ」
「ええ……また……?」
「ああ、フロイドか」
この件についてはジャミル氏にも共有済みだ。なぜか少し前からやたらと運営が握手会に参加させようとして来る。はっきり言って、迷惑だ。認知なんて欲しくないし、接触もしたくない。あんなきれいなものに触れたくなんてない。それを何故。はあー、と長い溜息を吐いて、ちらとジャミル氏を見た。
「大体、ジャミル氏だって握手会行ってないじゃん」
「俺はいいんですよ」
「なんで? 前は行ってたでしょ」
意趣返しとばかりに突っ込んで行くと、明らかに忌々しげに顔を歪めて舌打ちをされる。少し溜飲が下がった気がして、まあいいけどと言わんばかりに肩を竦めた。
「バイパー先輩、大体いつも中柵ですしね」
「いいんだよ。そっちの方が観やすい」
「それでもカリム氏から個別レスもらえますしな〜」
再び舌打ち。ひひ、と笑ってドリンクオーダーのためにタブレットを手に取った。何故握手会に行かないのか、などと言うのは愚問だ。オタクにもそれぞれ事情がある。これ以上掘り下げても無駄だろうと判断して、コーラを注文した。