TO麺×$ 4事務所の施錠を確認したアズールが振り向いたタイミングで、フロイドとカリムがアズールを挟んで歩き出す。必然的にボクの隣にはジェイドが並び、小さなエレベーターに乗ってマンションを出た。5人の住まいはここからすぐのマンションだ。メンバーはそれぞれ一部屋ずつ借りていて、そのすぐ下の階に双子が一緒に住んでいる。物理的なセキュリティも去ることながら、彼らが同じ建物にいるのは非常に心強かった。
「そう言えばリドルさん」
頭上、随分高い所から声が落ちて来る。見上げると、ジェイドが視線を前に向けたまま話し始めた。
「リドルさんの幼なじみさんて、バンドやっていらっしゃいましたよね」
「ああ、うん」
「ご紹介頂きたいのですが、難しいですか?」
突然の話題に顎を引く。以前雑談でそんな事を話た気がするけれど、それも随分前の話だ。何故今更。その疑問が顔に出ていたのか、ジェイドが更に続ける。
「そろそろ少し毛並みの違う楽曲を入れてはどうかと思いまして。例えばロックとか」
「ああ、そういう事か」
幼なじみであるトレイ・クローバーのバンドは、世に言うビジュアル系ロックバンドだ。動員数はボクらのグループよりも少し多いくらいで、最近増えて来たと言っていた。トレイも作曲はするし、相談するくらいならいいかも知れない。
「聞いてみるよ」
「助かります! ついでに、ファーストアルバムの3曲目のようなイメージがいいんですよね。作曲担当の方とお会い出来ると嬉しいです」
「ふうん……?」
どの曲を誰が作っているのかなんて意識した事がなかった。曖昧に返事をすると、おや、と片眉を持ち上げたジェイドが肩を揺らす。
「リドルさん、幼なじみなのに聴かれないんですか?」
「いや、聴いてはいるけど、どれを誰が作ったまでは意識していなかった」
正直、ロックは専門外なのだ。じゃあ専門とは、と問われれば、クラシックになってしまうのだけれど。けれど、興味がない、で片付けてはいつまでも世界が広がる事はない。これはボクが悪かったなと反省した。
「ライブにも行かれないんですか?」
「行ったことがない。向こうも来たことがないし。とは言え、勉強のために行くべきだね」
お互いのライブにはジャンルも違うせいで行き来はない。そもそも普段の会話では動員増えたかどうか程度の会話で、互いの内々の事情はあまり話して来なかった。
しかしこれはいい機会だ。取り敢えず軽く食事しながら打ち合わせをして、ロックシーンの話を聞こう。早速取り出したスマホでスケジュールを問い合せた。部屋に戻ったらちゃんと聴こう。仕事となる以上、予備知識なしでの打ち合わせは失礼だ。
そろそろマンションが見えて来る頃、トレイからのメッセージを受信する。案外マメな幼なじみは、メールの返信が早い。ついでに食事の心配までされて、母親か、と突っ込みたくなるのを堪えた。
「木曜なら空けられるそうだ」
ジェイドに告げると、メールの返信の早さに驚かれる。それはそうだ。5分程度しか経っていないのに、もう同席メンバーの出欠確認と打合せ場所まで送って来ているのだから侮れない。
「早速ありがとうございます。ではその日に。ご紹介いただくのはトレイ・クローバーさんでよかったですよね?」
「ああ、あとメンバーさんもOKだそうだ」
「そうですか! それはよかった!」
少し声のボリュームが上がって、喜んでいるのが見て取れた。そんなにいい曲なのか。最初のアルバムの3曲目。必ず聴こう。
ジェイドの声に反応したフロイドがちらとこちらを振り向いた。双子の間でやり取りされたアイコンタクトの意味をボクが知るはずもなく。到着した自宅マンションの自動ドアを入った。
**********
注文したコーラを飲みながら今日のセットリストについて話をしていると、ポケットの中で携帯が震える。バイブの長さから言って、電話だ。きっとろくでもない。ここは無視に限るとそのまま何となくカラオケのメニューを眺めた。
やがて諦めたらしいコールがやむ。僕に電話をして来るのなんて、メンツが限られているばっかりに出たくなさはMAXだ。これで平和が保たれた、と画面を操作していると、正面でデュース氏が通話を始める。
「はい、あっ、はい、はい……」
見えるはずもないのに、電話の向こうに向かって頭を下げているのを不思議に眺めた。彼はどうも体育会系と言うかヤンキー系と言うか、上下関係にやたらと厳しい。あんな風に頭を下げるのはきっと、先輩か何かなのだろう。面倒そうな性格しとるな、と思った目の前に、デュース氏のスマホが差し出された。目をぱちくりとさせている間に、スピーカーマークが押される。
『お、イデアかー? ちょっとスケジュールの相談なんだが、今いいか?』
「え? いいわけないよね? さっきの電話トレイ氏だったの? 何でデュース氏経由した?」
『だってお前俺の電話無視するだろ』
ご名答過ぎる。くそ、だから出なかったのに。悪い予感的中だ。
トレイ氏とデュース氏は高校時代の先輩と後輩らしい。そんな関係を知ったのは、現場で出会ってからだ。偶然もあるものだと感心したのを覚えている。そして、僕とトレイ氏はと言うと、所謂仕事仲間。
『次の木曜空けといてくれ』
「無理です」
『オルトに確認したら大丈夫だったぞ』
「もーー!!」
超優秀な弟に先に聞いたなら何でわざわざ僕に確認して来るの。もうそっちで勝手に決めてよ。唸り声で全てを悟ったらしい受話器の向こうから笑い声がした。
『じゃあ12時に迎えに行くから』
イエスともノーとも言う前に一方的に電話が切られる。まずい事をしたのかと視線をうろつかせるデュース氏には申し訳ないが、二度とやるな。ジャミル氏の、ほっとけ、みたいなジェスチャーが腹立つ。くそ、マジで嫌だけど、行くしかない。
「金がないと推し活できませんからね」
いつの間にか注文していたジンジャーエールをずごごと飲み干しながらジャミル氏が呟いた。全くその通りなのだ。こればかりはもう仕方がない。
絶望に打ちひしがれながら、数日後である「次の木曜日」が来なければいいのにと心底願った。