TO麺×$ 7メイン通りの一本裏の道を進む。立ち並ぶ飲食店や店頭に置かれたド派手な看板は夜にならないと明かりは灯らず、昼前のこの時間ではまだ沈黙していた。担いだギターの重さはもう慣れた。普段から猫背のせいか、ギターを背中に乗せたような姿勢で目的地へと到着する。
入り口は狭く、そこから続く地下への階段も狭い。ギターを担いだままだと壁にぶつかるし、このタイミングで誰かと擦れ違おうものならどちらかが壁と化すしかない。RPGに出て来そうな古びた階段をどうにか通り抜けて分厚いドアを開けた。
「……っす」
フロアには既に数人がいて、ドリンクバーの什器チェックやフロアの床磨きをしている。僕に気付いたオレンジ頭が顔を上げて、人懐こく笑った。
「オハヨウゴザイマッス。早いっすね」
「んー、ちょっと……」
早いと言ってももうあと小一時間すれば昼時。つまり集合時間だ。
モップの柄に両手と顎を載せたエース・トラッポラが笑う。彼はこのライブハウスのスタッフだ。僕らのバンドは結成当時からこのライブハウスをメインに使っているせいで、彼は顔見知りを超えてもう身内みたいなもの。のそりと答えてそのままフロアを抜けて奥に進み、トイレの奥の突き当りにある楽屋のドアを開けた。
狭いその部屋は落書きだらけの壁にタバコの匂いが染みついていて、決していい環境ではない。最初に来た時は長時間ここにいる人の気が知れないとまで思ったくらいだったけれど、慣れてしまえばどうと言う事はなかった。うちのメンバーに喫煙者はいなかったけれど、タバコの匂いももう慣れた。ギターを下ろして一息吐く。
「お、イデア早いじゃないか」
そろそろ来ると思った。かけられた声に振り向いて、これ見よがしに深い溜息を吐く。
「トレイ氏さぁ~~~この前の何だったわけ~~~」
「あはは、文句言うのに早く来てたのか」
困ったように眉を下げて笑うトレイ氏は絶対に悪いと思っていない態度で、背中のベースを下ろした。
あんな騙し討ちみたいな。単なる新曲の打ち合わせだって言ってたくせに。指定の場所に行ったら推しの関係者が座ってるとかそんな事ある? リドル氏がトレイ氏の幼馴染だと言う事は知ってたけど、別にメンバーと繋がりたい願望があるわけじゃなかった。だから、冗談半分の「紹介しようか?」みたいなのも断ってたのに。
「あの事バラしたのもトレイ氏? 万死に値するんだが」
「俺じゃないから万死は嫌だな」
「は? じゃあ勝手に調べて行き着いたの? こわ……」
シングロイドと呼ばれる、音声合成作曲ソフトでの活動。クリエイターは皆プロデューサーとして、ハンドルネームの最後に“P”を付けた名を名乗る。最近はだいぶその文化は薄れてしまったけれど、シングロイドの黎明期からずっと活動を続けている僕のハンドルネームにも、当然それは付いていた。「ネクラP」は、一切の情報を明かしていない、シングロイドクリエイターだ。今後も正体を明かす気はない。よって、情報が漏れないように細心の注意を払っていたと言うのに。一体どこでどんな情報を入手して“ネクラP”が僕である事に辿り着いたのか。やっぱりあの双子は底が知れなくて苦手だ。アズール氏の幼馴染って言うのも気に入らないし。
「シュラウド」
「おわ!?」
考え込んでいた所に、突然間近で名前を呼ばれて思わず飛び上がった。目をやると、うちが誇るボーカル様がしゅんとした表情で手に何かを持ったまま僕を見ている。何事かとその手の中のものを探ってみた。
「……お墓じゃん」
「今朝な……」
泣き出しそうな声でそう言って、掌の中の楕円の玩具を僕に差し出す。いや渡されても困るんだけど。手渡された「がおがおドラコーンくん」は昔流行った育成ゲームの走りのそれ。僕もたまたま持ってたから一緒に遊んでいたけれど、どうも今朝天寿を全うしたらしい。小さなディスプレイの中にお墓が立っている。
「まあ……また次頑張って……」
何と言葉をかけていいか分からずに適当にそう言うと、何かを決意したようにこくりと頷いた彼がドラコーンくんをポケットにしまった。
マレウス・ドラコニア。うちのボーカルで、子供の頃に世界的な合唱団に所属していた、神の声を持つ男、らしい。雑誌に書いてあった。実際マレウス氏のファンは圧倒的に多いし、彼の歌でうちのバンドの評価が爆上がりしてるのも事実だから、特に異論はない。
それから、もうひとり。
「いい年してまーだゲームかよ」
大欠伸をしながら楽屋に入って来たのは、レオナ・キングスカラー。うちのドラムだ。彼もその見た目とドラムセンス、それから色んな意味でのワイルドさでファンの心を鷲掴みにしている。この二人が目立ってくれるお陰で僕の存在を消せるのは非常に有難かった。
ちなみに。トレイ氏にはガチ恋勢が多く、ファン同士のいざこざが絶えないのは圧倒的にトレイ氏のファンだ。極力見ないようにしているけれど、バンドの裏掲示板は大体いつもそのせいで荒れてる。
「またまたァ、レオナさんもやってみたいんじゃないッスかァ?」
しし、と肩を揺らした小柄女子は、レオナ氏に憧れて三日三晩頼み込んで採用されたと言う、レオナ氏のローディーだ。扱いが難しいレオナ氏のローディーになろうと言う時点ですごい勇気だと思う。ラギー・ブッチは見た目こそ細くて小さいけれど、あれで案外力はあるし、手先が器用なのでメイクも得意だ。今日も軽口を叩きながら、楽屋の隅でメイクボックスを広げている。
この四人でバンドを始めて一年が経った。最初は数人しかいなかった客も、今は数百人のライブハウスが埋まるくらいになり、今日はこのライブハウスで最後のライブと言う事になっている。キャパシティが足りなくなったのだ。
「寂しくなるっすよ~」
フロアの掃除を終えたらしいエース氏が楽屋を覗いて、わざとらしい顔でそう言う。結成当時から使い続けたこのライブハウスから離れるのは確かに少し寂しい気もした。
いつか、アズール氏達も今のような狭い箱じゃなくて、アリーナとか、ドームとか、そんな広い所でライブをやるようになるんだろうか。いや、きっとなるんだろう。
少し前に、「会場が大きくなったら遠くなってしまうような気がします」と書いたファンレターをもらった事があった。今だって物理的に近いだけで心的距離は変わらないのでは? と、その時は思ったものだけれど。今になってようやく、その手紙の真意がわかったような気がした。
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照明が落とされた会場。スモークがステージを包み、中央に置かれた白のマイクスタンドには絡まった蔦と、マイク横に青い薔薇が咲いている。このバンドを象徴するそれだけがスポットライトに照らされて浮かび上がっていた。
お馴染みのオープニングに合わせ、レオナ・キングスカラーが登場すると同時に会場内のボルテージはマックスになる。あちこちで彼を呼ぶ声が聞こえ、それを足蹴にするようにどかりとドラムセットに腰を下ろした。
次いで、イデア・シュラウド。黒いロングコートに身を包み、フロアを一瞥もしないままスピーカーの前に立つ。抱えた青いギターは特注のそれで、彼がデザインしたものだ。蒼く長い髪をストラップの上に掻き出し、送られる熱視線から顔を背けた。
下手袖から静かに登場したトレイ・クローバーは二人と違い、柔らかに笑みを浮かべて呼びかけるファンの声に片手を上げて応える。トランプのクローバーを模した目元のメイクは彼のトレードマークだ。ベースにも同様のマークが施されている。
最後に、ヴォーカル、マレウス・ドラコニアが登場。頭の大きな角は丸で本当にそこから生えているようだ。会場のテンションが最高潮になり、彼がマイクスタンドを掴むと同時に一瞬でしんと静まり返る。
「ようこそ、悪魔達の宴へ」
艶やかな声がそう告げると同時に演奏が始まり、詰めかけた子羊(彼らのファンの総称だ)達が一斉にヘッドバンギングを始めた。
大注目のこの若手ビジュアル系バンドの歴史はいま始まったばかり。半年後にはホールライブも予定されている。その前に、三か月後から全国五か所のツアーもあると言うから、気になる人は今からチェックしておくといい。伝説の目撃者になれるかも知れない。
(ロック雑誌「コア」編集部)