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    TO麺×$ 13終わった。全力が出せたかと言われると、まだ、もう少し出来たんじゃないかと思ってしまう。でもいま。この時点での全力だったのは間違いない。ボイトレも体力作りも、通うのは当然の事ながら、家でできるメニューを作ってもらって、毎日頑張った。大好きな歌だったし、みんなに聴いて欲しかった。
    「お疲れ!」
    楽屋で呆然と座っていた僕のタオルがかかった肩をカリムさんが軽く叩く。何だかもう、抜け殻のようになってしまって、一度頷くのが精いっぱいだった。
    「カリムもお疲れ様」
    リドルさんも楽屋に戻って来たようだ。カリムさんに声を掛けながら、僕を労うように背中をぽんぽんと叩かれる。
    「……は~~~~~」
    「あはは、やっぱ久々のワンマンは疲れるな~」
    「いま座ったらもう立ち上がれない気がする」
    長い長い僕の溜息に笑い出したカリムさんがペットボトルを煽り、リドルさんが困ったように肩を竦めた。既にパイプ椅子に座っていた僕は溜息と共に腰を折り、タオルで顔を覆って太腿の上に俯せる。2時間と言うのはこんなにも長くて短いものか。ワンマンライブが久し振り過ぎてちょっとその感覚を忘れてしまっていたなと思う。
    「ソロよかったよ」
    リドルさんの声に身を起こし、彼女をじっと見詰めた。意表を突いた行動だったのかも知れない。胡乱に眉を寄せて身を引いた。
    「本当ですか」
    「えっ、うん。納得行ってないのかい?」
    「……いえ」
    決してそう言うわけではない。リリアさんに指摘され続けた音のズレも修正できていたし、伸ばす音もブレずに伸ばせた。
    「すげーよかったよ! やっぱあの曲歌ってるアズール好きだなあ~」
    短い髪を乱暴にタオルで拭きながら笑う。既にメイクを落としたらしいカリムさんがそのままがしがしと顔を拭くものだから、思わず眉を寄せた。ああ、そうか、メイクも落とさないと。いつまでも衣装を着ているわけには行かないし。
    でも、どうしても気力が沸かない。ライブは成功。ソロだっておおむね成功。チケッティングは120%を達成、物販の売上もよかった。それでも、何故か。いや、何故かなんて考えなくてもわかっている。考えないようにしているだけだ。
    「……あんまり気にしない方がいいと思うけど」
    狭い楽屋で唯一の鏡の前でメイクを落としながらリドルさんが呟く。
    「まあさ、何かあったのかも知れないだろ。腹が痛くなったとかさ」
    カリムさんも同調してそう言って、僕を見ないまま着替えを始めた。
    二人とも気付いていたのか。そう思ったら余計に身体から力が抜けて、再び太腿に身体を伏せた。ああ、メイクがついてしまう。衣装が皺になってしまう。それでも。
    「……どこかダメでしたか」
    「そんな事ない。カリムの言う通り、何かあったのかも知れないだろう」
    「そうそう。アズールがダメだったんじゃないって」
    「だって」
    ソロが終わってステージに戻って、最初に目についたのは僕の目の前の『空間』だった。先刻まで、ソロを歌った時まではそこにいたはずのひとの姿はなく、ぽつりとそこが空いていて、その内にそこに人が戻らないと分かってからは周りのお客さんで空間が埋められた。
    曲目が気に入らなかったのか。僕の歌がダメだったのか。聴くに堪えなかったのか。僕の全力は彼には届かなかったのか。もしかして気合が空回りしてたとか。衣装が気に入らなかったとか。
    考え始めたらもうずっとその事ばかりで、それでもステージはやり切った。僕はプロだ。彼一人の動向でステージを放棄するわけには行かない。結局、最後まで戻って来なかった彼一人にこだわる訳には行かないのだ。頭ではわかっているんだけど。
    「入りますよ」
    楽屋がノックされて、丁度着替えを終えたカリムさんがドアを開けてやり、ジェイドが顔を出す。二人にお疲れ様と声を掛けながら僕の前までやって来て、メモの切れ端を差し出した。
    「外でお預かりしてきました」
    笑ったジェイドに眉を寄せながら紙片を受け取る。掌ほどのサイズのメモ帳をふたつに畳んだだけのそれを開いて、息を飲んだ。
    『ソロ素晴らしかったです。キミの歌に救われました。ありがとう』
    随分な癖字の手紙とも言えないそれが、誰からであるのかはすぐにわかった。
    「最後まで観られなくて申し訳ないと。何か急ぎのご用事が入ってしまわれたようでしたよ」
    「そ……ですか」
    ああ、なんだ。そうかよかった。僕がダメだったんじゃなかった。何から救えたのかは分からないけれど、彼がそう言ってくれたならきっと今日は合格点だったのだ。彼も、他のみんなも喜んでくれたなら、今日は間違いなく大成功だった。
    初めてもらった彼からの手紙をぎゅうと胸に抱き締めて、漸く解けた緊張に少しだけ涙が滲む。もっと前に、もっと上を目指さなきゃ。明日からまた頑張ろう。

    **********

    差し出された紙片は明らかに走り書きの、丸で買い物メモのようだった。受け取りながら首を傾げると、困ったように俯いた彼が口を切る。
    「それ……アズール氏に渡してくれない……?」
    本来なら、ファンレターやプレゼントの類は全て受付のプレゼントボックスで回収をしているのだけれど。いま僕らが立っているドアの向こうでは、まだライブは続いているはずだ。道路に面した入り口前の歩道は狭い。通り過ぎて行く車のヘッドライトが黒いパーカーから零れる蒼い髪を撫でた。
    「最後まで観られなくて……ごめん、どうしても、その、やらなきゃいけないことが、できて」
    言い訳は尻すぼみに消え、ポケットに避難した指先がその中でもじもじと動いている。僕がここに出て来たのは偶然だ。ライブももう終わりに近付き、物販の売上状況の確認だけしておこうとロビーに出たら、何かを探しているイデアさんを見つけた。どうも僕を探していたらしい彼は、僕を連れて外に出て、このメモを渡して来たのだ。
    「この、前の話。受けるよ。データで送るから名刺、ちょうだい」
    「喜んで」
    ポケットから名刺ケースを取り出して、一枚手渡す。彼もまたポケットから名刺サイズのケースを取り出したものだから、てっきり名刺があるのかと思ったけれど。
    「お買い上げありがとうございます」
    「エッ、イヤ、その、お、オタとしてはお布施は当然ゆえ……」
    名刺サイズのクリアケースに入っていたのは、アズールのチェキだ。それも十枚単位。交換やら何やらでそれだけ集めたのだろうけれど、それにしても凄い数だと思う。初めて目の当たりにして感心してしまった。
    「アズールは……あの曲を歌うために頑張っていましたよ」
    本当は、こんなことをファンに話すべきではないと分かっているのだけれど。何となく口を突いてしまったそれに、一瞬目を丸くしたイデアさんが再びフードに隠れた。
    「…………あの曲は、僕にとっては失敗作で……あんまり、よく、なくて」
    彼が何を基準に失敗作だと評したのかは分からないけれど、作り手と聴き手の受け取り方の違いと言う物はあるのだろうなと思う。誰かの駄作は誰かの名作だ。
    「でも、アズール氏が救ってくれて……よかった」
    僅かに後悔が見えるのは、駄作であると烙印を押し、そこから引き上げてやろうとしなかった自分への呵責であろうか。独り言のようなそれを黙って聞いていると、はっとした彼がこれまでの発言を掻き消すように慌てて続けた。
    「じゃ、じゃあ、ジェイド氏宛てにメールするから。連絡先とかぜ、絶対漏らさないで」
    「もちろん」
    ここは普通、僕を媒体に推しと繋がれるかも知れない、と来る所だろうに。繋がり目当てではないと断言していたのは本当らしい。会場には戻らず、そのまま駅に向かって歩き出した背中を見送り、手の中のメモに目を落とした。
    「……名前もない」
    出会わせてやるのは簡単なのかも知れない。でも何故だか、放っておいてもいずれ出会うような気もする。取り敢えずグッズの売上確認を済ませてしまおうと会場のドアを開けた。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/04/07 8:12:07

    TO麺×$ 13

    ##君に夢中!

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