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    TO麺×$ 12人混みは嫌いだけれど、ライブのためならば何のその。大きな駅のひとつ隣。学生街の奥にあるライブハウスが、今日の会場だ。ここは時々バンドマンも使う、100人くらいのキャパシティの小さなライブハウス。会場近くのファミレスで、探している姿を見付けた。
    「乙~」
    「シュラウド先輩、ちっす!」
    「チェキ買えました?」
    事前物販からの帰り。僕だけ所用で少し遅れたせいで、買い物が遅くなってしまった。ジャミル氏に頷いてデュース氏に席を詰めてもらって腰を下ろす。メニューを広げもせず、先に戦利品をテーブルに広げてチェックを始めた。
    「あ、俺今回アズール結構出たんでこの前の分と合わせて交換してください」
    「俺も結構出ました。ていうかサイン入り出ました」
    「マ!? 神!」
    どんな確率なのかは分からないけれど、数枚に1枚、直筆サイン入りのチェキが紛れ込んでいることがある。デュース氏が躊躇いなくどうぞと差し出してくれるのを、恭しく両手で受け取った。銀色のペンで書かれた、アズール氏のサイン。きっとめちゃくちゃ練習したんだろうなあと思うくらいに流暢に書かれている。以前カリム氏のそれも見たことがあったけれど、明らかに書き慣れていなかった。こう言う所にも性格と言うのは表れる。
    「こ、これいいでござるか? 何ならリドル氏全部と交換でいいでござる……!」
    「でも……」
    「そのくらいの価値はあるでござる!! いやむしろそれ以上!!」
    リドル氏のチェキをかき集めて押し付けると、暫し迷って素直に受け取ることにしたらしいデュース氏が頭を下げた。
    「ありがとうございます。しかしたくさん出ましたね」
    「あれだろ、自引きできないのに友達の推しはやたら引く現象」
    カリム氏のチェキをピックアップし終え、ジャミル氏が引いたアズール氏のチェキを差し出しながら笑う。友達。友達か。その響きが何だか妙に嬉しくてにたりと笑った。ジャミル氏が引いたのがわかったけど気にしない。そう、友達だから。
    「そう言えば結局例のイベントの日どうなったんですか? チケ発売そろそろですよね」
    ドリンクのストローをくわえたジャミル氏に問われて、サイン入りチェキで爆上がりしたテンションが一気に急下降した。例のイベント、と言うのは、ツアーと被ってしまったイベントの事を指している。ツアーが決まった直後に二人にはイベントに行けないかも知れない旨を伝えてあったのだ。
    「どうにかして抜け出してやろうと考えてるでござる」
    「無理じゃないですか?」
    「そんな、ダメですよ! 仕事は仕事ッスから!」
    「だってぇ~~~ブラックすぎる!」
    「マジなブラックに勤めてる人に刺されますよ」
    ジャミル氏のマジレスに唇を尖らせて、テーブルに設置されたチャイムを押す。開場までまだ少し時間があるから、ドリンクバーだけでも頼んでおくことにした。
    「そもそも推し活するのに仕事してるのにライブに行けないんじゃ意味ないでござる。やっぱりスケジュールに融通が利かない仕事なんてするんじゃなかった。どうせ拙者の代わりなんぞ幾らでもいるわけですし」
    注文を取りに来た女性店員と目を合わさないようにドリンクバーを注文して、彼女が立ち去ったのを確認してから立ち上がる。空のグラスを手に取ったジャミル氏も一緒に立ち上がり、連なってドリンクバーへと向かった。
    「ちゃんと考えた方がいいと思いますよ」
    呆れたようなジャミル氏の声を振り向かないままに聞く。ちゃんと考えてるけど。どう考えたって僕の中での優先順位は趣味が最優先なんだから仕方ないじゃないか。
    「まあ、決めるのはイデア先輩なんでとやかくは言いませんけど」
    突き放すような言い方で締めくくられて、少し居心地が悪くなった。本当は分かってる。ジャミル氏だっていつか現場に穴開けた時は散々悩んでたし、デュース氏もバイトのスケジュール調整がうまく行かずに泣く泣く諦めたこともあった。それでも、分かってますよ、とは口にしたくなくて、マスクの下で更に唇を尖らせる。一番年上の癖に一番子供だなと頭の後ろで考えて、少しだけ自己嫌悪に陥った。

    ライブが始まってしまえば、普段の鬱憤やストレスなんて全て吹き飛んでしまう。動員数が少ない内は滅多にワンマンライブができないのは、バンドもアイドルも一緒だ。そんな中で、今日は久々のワンマンライブ。二時間ずっと彼女達を観ていられる貴重な日。年季が入って来たキンブレを振り回し、声の限りコールする。ちらと眼鏡の下から視線を投げられれば、もうそれだけで満足だった。
    『でね、ジムに通ってるんですよ。最近』
    『筋肉ついてきた』
    『ついてきた? カリムは元々筋肉ある方じゃないか』
    MCは丸で薔薇の咲き誇る中庭で繰り広げられるガールズトークを遠く眺めているような、非常に尊いものを観ているようだ。リドル氏がカリム氏のむき出しの二の腕に触れると、客席から囃し立てるような声が上がる。そんな隙に、下手にいたアズール氏が袖に引っ込んだ。次の準備があるのだろう。ジムの話もう少し聞きたかったなあと彼女の姿を見送った。
    『じゃあ、ボクらはこの辺で』
    『次の曲はなんと! アズールのソロだ!』
    カリムの声に、会場が沸く。アズール氏のソロ。初めてだ。オリジナル曲すらそう数がない彼女らに、ソロの持ち歌はない。以前リドル氏がソロをやった時は、好きなアーティストの曲をカバーした。となると、アズール氏もそうなのか。どんな曲を歌うのか。どんな曲を選ぶのか。ちゃんとできるのか。僕の方が緊張に圧し潰されそうになって、キンブレを割れんばかりに握り締めた。
    バトンタッチするように、二人と擦れ違ってステージに上がったアズール氏は、シンプルな白のワンピースを着ている。マイクスタンドに触れた指先が震えているのがわかって、緊張しているのだろう丸く細い肩が深呼吸をするのを固唾を飲んで見守った。細く細く息を吐き出しながら目を開けて、きれいな蒼い瞳が、一瞬、僕を見る。
    目が合った、と思った瞬間に、流れ出したイントロが僕の心臓の真裏を擦り上げて全身を駆け上がり、頭の中をちくちくと突き刺した。それはあまりに、聞き覚えのある。
    以前ネットで発表した『ネクラP』の曲。
    他と比べて再生数はあまり伸びなかった。僕の中で、これはイマイチだったなと思ったそれを、随分と上手くなったアズール氏の声がなぞって、満たしていく。こんなに歌が上手かったっけ。否、きっと努力したんだろう。今日この場で、ソロとしてこれを歌うために。決めたことはやり遂げる。努力を怠らない姿勢。そんな彼女に魅かれたのだ。
    ツアーに行きたくないとか。仕事したくないとか。やめときゃよかった、やらなきゃよかった、なんて逃げる事ばかり考えていた自分を恥じる。僕の創った『出来損ない』を、こんなに綺麗に昇華させてくれた彼女に顔向けができないじゃないか。半ば呆然とステージライトに包まれて最後まできっちりと歌い切ったアズール氏の姿があまりに神々しくて、思わず身震いをした。
    『……ソロは初めてで、き、緊張したんですけど……いつも聴いてる大好きな曲なので、頑張れ、ました』
    そう言って締めくくった彼女がぺこりと頭を下げる。会場からは割れんばかりの拍手と、歓声。よかったよ、頑張ったね、と言う労いの声。そんな中で、僕はどうやったってぽっかりと取り残されてしまって、ほっとした彼女が逃げるようにステージから降りるのを、ただ目で追うしかできずにいた。目が合わなくてよかった。身体が金縛りに遭ったみたいに動かないんじゃ、いま目が合ってもきっと、彼女を称えてあげるための拍手も歓声も贈ることができない。

    次の曲までの僅かな合間。行き交う歓声の中で、ふと耳の奥に音が響く。瞼の裏にはスポットライトに煌めく銀色の髪。震える唇の艶黒子。少し潤んだ蒼い瞳は海を思わせて揺蕩っていた。ああきっと、ライブはまだもう少し続くに違いないけれど。居ても立っても居られなくなって、僕はその場から駆け出した。人を掻き分けてトイレに入り、ポケットに常備している小さなメモ帳とペンを取り出して、頭の中の音をひたすらに綴る。頭の中で鳴り響くメロディを一心不乱に音符にしたため続けた。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/04/07 8:11:18

    TO麺×$ 12

    ##君に夢中!

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