TO麺×$ 27事務所のソファにそれぞれ座って、手元の資料に目を通す。主に今後のスケジュール、それと、新曲の歌詞、譜面(トレイ氏用だ。だって他のメンバーは全員五線譜が読めない)。ざっと説明を終えたトレイ氏が顔を上げ、それに倣って全員が資料から目を離した。
「と言うわけで、曲はほぼ完成。イデア、マレウス、お疲れさん。ミックスまで頼むな。俺とレオナはレコーディングを終えたらそのままホールライブの準備だ」
曲出しを終えたので、僕は一旦休み。と言いつつ、マレウス氏も筆がノッているらしく、あと2曲分の歌詞を付けたらもう終わりだ。そしたらレコーディングに進む。既に付け終えたと言う歌詞を共有のクラウドから呼び出してスマホでざっくり確認した。
「みんなチケット必要枚数出しといてね~」
少し離れたところの事務机でパソコンを見ていたケイト氏が顔を上げる。ホールライブに知り合いを呼ぶ際の、関係者パス及びチケットの数を把握するためだ。ライブハウスだとあまり呼べないけれど、会場が広ければその分呼びやすい。と言っても、友達が少ない僕としてはそんなにいらないんだけど。それより。
「……艶やかな肢体が揺蕩い、渦巻く羨望を見上げた夜、貴方の唇に触れて、陽炎が私の視界を奪う……マレウス氏、この曲テーマ何で書いたの」
「この前初めてセベクとラーメン屋に行ってな……」
「なるほどラーメンね……渦巻く……ナルトの事?」
「美味かった」
「ヨカッタネー」
妙に具体的な表現だなと思ったら、マレウス氏の食レポだったか。この回りくどい表現がいい具合にマッチしてこのバンドを支えている。以前マレウス氏が初めてウサギを触った日の事を書いた曲は未だに人気曲だし、何ならラブソングとしての評価を得ている。相手はウサギなんだけど、そんな事ファンは知るはずもない。
ラーメンを思い出しているらしいマレウス氏を放っておいて、時計を確認する。今日はこの後ライブだ。じゃなかったらこんな打ち合わせのためにわざわざ事務所になんて来ない。オンラインで充分だ。
「イデアくんは何枚必要~?」
「あー……関係者席はオルトの分だけでいいでござる。あと一般席2枚希望」
「一般でいいの?」
そう言いながらも枚数をメモしてくれたケイト氏に頷いて、スマホをポケットにしまいながら立ち上がる。
「いいでござる。じゃ、拙者これにて」
すちゃと顔の前に手をかざして事務所を出た。今から会場に向かえば丁度いいタイミングだろう。ワイヤレスイヤフォンを装着して、新曲の仮歌を流す。自分で作ったとは言え一応頭に入れ直さないとレコーディングで詰まるのは流石に恥ずかしい。ポケットに突っ込んだ指先で弦とピックをイメージしながらさほど遠くない会場に向けて歩き出した。
会場に到着すると、既にジャミル氏とデュース氏が到着していて、会場から少し離れたガードレールに凭れて雑談をしているのが見えた。
「おつー」
声を掛けて近付くと、ぱっと顔を上げたデュース氏が待ってましたと言わんばかりに鞄からクリアファイルを取り出す。
「配布枚数少なそうだったんで、シュラウド先輩の分ももらっておきました!」
「おおっ!? 助かるでござる~~!」
差し出されたのは、フライヤーだ。さっと目を通すと、そこには『コンセプトミニアルバム発売決定!』の文字。今日のイベント合わせで急ピッチで作ったらしく、印刷された写真は使い回しのそれだったけれど。
「アルバムテーマは『童話』……童話?」
「正直あんまり俺もピンと来てないんすよね」
「童話ってどこからどこまでが童話なんですかね? 昔話との違いがわからない」
残念ながらジャミル氏に同意だ。童話、というのは範囲が広すぎてちょっと想像がしにくい。あれやこれやと話しているふたりの声を聞きながらつらつらと文字情報に目を通した。
「リリースイベント?」
「あ、そうなんすよ。俺は絶対行くっす」
鼻息を荒くして拳を握るデュース氏に肩を揺らして、イベント決定、の文字を眺める。
CDのお渡し会。これまでは数枚のシングルを出したきりの彼女らにとって、リリースイベントは初めてだ。ライブ後のチェキ会や握手会とはまた違うイベント。しかも、お渡しだけなら万が一会話はあったとしても接触はない。会話だって、どうせ、応援してます、ありがとう、程度の軽い応酬だ(僕がお渡しする側の時は会釈かお礼だけで済ませてる)。そのくらいなら、行ってもいいかも知れない。
「か、考えておこうかな……」
「あれ、珍しいですね。行かないって言うかと思ってました」
「う、う~ん……」
ジャミル氏は端から行く気はないらしく、ツリ目をぱちぱちとさせて僕を見た。改まってそう言われると何だかちょっと恥ずかしくて、やっぱりやめようかな、と言う気になるのだけれど。
何となく。アズール氏があの曲をどう歌って、それが形になったそれを、どんな風に手渡してくれるのかを見てみたい気がした。他のオタクににこにこしてるのとかあんまり見たくはないけれど、そこはデュース氏を先に行かせるとかでどうにかしよう。リドル氏は気まずい顔をしそうだけど、気にしたら負けだ。
「せ、拙者チェキ買って来るでござる」
二人の視線から逃げるように物販ブースに移動して、当たり前のように上限まで購入する。デュース氏の読み通り、既にフライヤーの配布は終了していたらしく、物販のアルバイトに謝られてしまった。僕の事を覚えているのか、と少し驚いたけれど、そこはコミュ障らしく「イッイエお気になさらずもう既に確保済でござるがゆえモーマンタイでござるデュフフ」なんて早口で答えて逃げて来た。ブースはそこまで混んではいなかったけれど、周回はまたタイミングを見て後でにしよう。
ジャミル氏達の方へ戻りながら、内訳を確認する。アズール氏2、カリム氏6、リドル氏2。偏り過ぎでは。ジャミル氏に引き取ってもらうかと考えつつ再び彼らと合流すると、どうも何の童話で来るのかの想像を引き続き楽しんでいたらしい。
「リーダーを赤ずきんとしたら、アジームさんが狼でアーシェングロットさんがおばあちゃんとか?」
「おばあちゃんてどうなんだ」
「えっ……かわい……」
「何でもいいみたいだ」
「て言うか赤ずきんて童話なんですか? 俺他に知らないんですけど」
「俺もだ」
「拙者もでござる~」
随分ざっくりとしたコンセプトだとは思ったけれど、今はこのくらいに留めておいた方が想像を掻き立てると言う意味でもいいのかも知れない。
「ジャミル氏、カリム氏めっちゃ出たでざる」
「あ、俺も今日アズールばっかりだったんですよ、丁度良かった」
慣れた手つきで交換して、ついでに今日のチケットを財布から取り出した。その紙片に、ふと自分たちのライブの事を思い出して、ちらと二人を見る。
「あー……そ、そう言えば、僕のライブ、来る? チケット一応取っといたけど……あ、別に無理にとは言わないでござるし、全然興味ないようなら遠慮なく」
「えっ、シュラウド先輩のですか? 行きたいです!」
「俺も。いいんですか?」
「も、もちろん、一般席の方が見やすいかと思ってそちらを2枚。べ、別に絶対来いってわけじゃないですし都合悪くなったらそれはそれで」
こういう時、断られるのを警戒して保身に回ってしまうのは仕方のない事だと思って欲しい。無理、と言われるのは非常に傷付いてしまうのだ。何せメンタルよわよわなので。それでも二人はそれを分かっていて、変にへりくだる僕を馬鹿にせずにいてくれる。楽しみにしてますね、と言ってくれたのが嬉しくて、フードの両脇をぎゅうと掴んでウンとひとつ頷いた。