のような一度手伝ってしまうと、その後もずるずると行ってしまうもので。再びオンボロ寮を訪れたアズールさんに唆されたグリムが、今度は高級ツナ缶マタタビ付きを対価にイデア先輩のお手伝いを引き受けてしまった。自分としては決して嫌なわけではないけれど、グリムがまた騙されているんじゃないかと作業する小さな手をハラハラと見守る。
「いーかアズール、マタタビもつけろよ」
「勿論です。僕は契約は守りますよ」
にっこりと笑った顔が既に胡散臭いのだけれど、グリムはもう報酬に目が眩んでいて気にならないらしかった。
そもそも、イデア先輩の発明品(の、旧作)を売れば大金になると知ったのに何故またアズールさんから報酬を受け取ろうとしているのかと言うと、それはひとえに「販路がない」からだ。アプリでやるオークションやフリマみたいな所では価値が正当に評価されず、ジャンク品扱いだったこともあったとアズールさんにスクリーンショットを見せられてしまっては、その分野に手を出すのは無理だと諦めざるを得なかった。ゆえに、今回もまた、その旧パーツを最高値で売った時の何分の一か、何十分の一かの報酬で請け負ったのだろう。上を見たらキリがないけれど、今回の報酬だけを見たら十分だ。
「ん、いいよ」
オルトくんの背中をいじっていたイデア先輩が手を止めてアズールさんを見る。
「この奥ですか?」
「そう、グリム氏行ける?」
「いいい行けるぞ! び、ビビってなんてねえしな!」
そりゃ、下手したら魔導エネルギーに攻撃される可能性があると知っての作業で怖気付かないのはよほどの馬鹿と向こう見ずだけだ。尻尾がぴんと立ち上がって膨らんで、警戒しているのが見て取れる。普段ならそんな様子をイデア先輩が「可愛いですな〜」とか言うけれど、今日はどうもご機嫌ナナメのようで、無駄口はないし、終始難しそうに眉を寄せていた。難しいメンテナンスなのかなと会話する三人を少し離れたところで見守る。
ちなみに自分に課せられているのは、パーツ交換ではなく、取り出したパーツや取り付けるパーツの整理と管理だ。さっきからずっと管理シートに入力し続けていて、キーボードを打つ手が少し疲れて来た。
「おりゃ!」
「よし、」
交換が成功したらしい。グリムが大きく息を吐いて、取り出したパーツをアズールさんに手渡す。
「ご苦労さまです」
受け取った彼がパーツを持って自分の所へ持って来て、品番とパーツ名を伝え、ひとつも聞き逃さないように入力した。これが間違っていたら一大事だ。
「まだ!?」
唐突に上がったピリついた声に顔を上げると、両手にスパナと半田ごてを持ったグリムがおろおろとイデア先輩の側を行き来している。イデア先輩はオルトくんから目を離さずに、グリムの方へ手を向けていた。何か迷惑を掛けただろうかと立ち上がりかけたのを制するように、アズールさんが駆け寄り、その足音にやっと振り向いたイデア先輩が小さく舌打ちをする。
「どうぞ」
「うん」
特に指示はなかったはずだけれど。知っていたかのように、当然の如く差し出されたイデア先輩の手にアズールさんがマイナスドライバーを乗せ、頷いた彼がまたオルトくんに向き合った。
「なんだよアイツ、言わねーと分かんねーっての」
今のは確かにグリムでは力不足だったなあと思わざるを得ない。データ入力が一段落した膝に不貞腐れたグリムがやって来て、面白くなさそうに腕を組む。
「つぎ」
「ランプついてますよ」
「電流切り替えて」
「はい」
最低限の会話でどんどん進んで行く作業をグリムを膝に抱えたまま眺め、丸で長年の博士と助手だなとむかし読んだ児童書を思い出した。
「なんかあの二人」
「夫婦みてえだな」
こしょりと小さく笑ったグリムが小さな手を口に当てて揶揄うように笑うものだから、思わず目を丸くして言葉を引っ込める。確かに、児童書の博士と助手はもう少しビジネスライクだった気がして改めて彼らに目をやり、近しい友人と言うにもやや近いその距離に納得した。