イデアズ。と🐙のクラスメイトくん。9 錬金術の授業は案外好きだ。何て言うか、これぞ魔法士! 俺魔法士やってます! みたいな気になる。それはさておき、この授業は二人一組で実施する事になっていて、今日の相棒はジャミル・バイパー氏だ。オタクに優しい陽キャ。リア充。先日寮長のお遣いついでに話した時は、確かに話しやすかったので、今日のペア発表の時にバイパーとペアと言われたのは実はちょっと安心した。クラスの中で気軽に話せる人が少なすぎる陰キャとしては、話しやすい人とペアを組めることほど安心する事はないのだ。
火に掛けた窯を混ぜながら呪文の詠唱。タイミングを見計らいながらの薬剤投入。いや~、相棒が優秀だと非常に助かる。合同授業で一緒にやってるフロイド・リーチの所はさっきからバンバン花火が鳴っていて、あいつと組にならなくてマジでよかったなと思った。
「……♪」
ふと耳に入ったそのメロディに顔を上げる。聞いた事があるような。何だっけ。割とよく聞くけど、俺のリストには入ってない、でもほんと、昨日も聞いた、……あ。
「がけも?」
確かにバイパーの方から聞こえたその旋律に問い掛けると、はっとした彼が、しまったと言わんばかりの表情で口を押えた。触れない方がよかったかとも思ったけれど、言ってしまったのは仕方がない。
「バイパー、がけも好きなん?」
「あー……まあ」
「へー、意外。てかよくそんなマイナーなユニット知ってたな」
「イデア先輩に教えてもらって」
ああなるほど。寮長布教活動に抜かりないからな。油断すると談話室でさもBGMかのように持ち歌流されてるし。何キッカケか知らないけど寮長とバイパーと仲いいみたいだし、布教されたのだろう事は容易に想像がついた。
「君も聴くのか?」
「たまにね。でもあんま興味ないかな~。俺熟女趣味じゃないし」
がけも、とは、崖っぷちもいらすという三人組女性アイドルユニットで、そのメンバー達はアイドルというには些か年齢が高め(に見える)。ファン層がどのくらいなものなのかはよく知らないけれど、少なくとも寮長は彼女らを熱烈に推している。
にしても、バイパーまでとは。いやでもこいつ熟女好きそうだしな。
「曲がいいよな、こう、パッションが滾るというか」
「あー曲ね。それはわかる」
違った。お前熟女好きそうだよな、とか言わなくてよかった。あの、アーシェングロットを見る時のような意地悪な目を向けられたらちょっと俺動けなくなっちゃう。
「夜イデア先輩とがけもの曲で打ってて」
「え? ヲタ芸?」
「ああ、この前キンブレも買った」
「バイパーが俺の予想の斜め上を行きすぎる」
なんだそれ、と笑った顔はやっぱり優しくて、こいつ案外付き合いやすいんだよな、なんて思ってしまった。それにしても、どう見てもオタクではないだろうバイパーにヲタ芸まで仕込むとは。しかもこいつダンス上手いからヲタ芸もすごそう。ちょっと見てみたくなって、掻き混ぜ棒を握っていた手に力を込めた。
「あ、あの、よければ俺も混ぜて、よ」
この、仲間に入れて、みたいなのってホント苦手。断られたらどうしよう、とか嫌な顔されたらどうしよう、みたいなのが先に来るのってオタクだからなの? みんな平気なものなの? やばい、ちょっと調子乗ったかも知れない。手袋の中で手汗が滲んだ。
「ああ、是非。明日の夜に中庭に来るといい」
「あ、明日、おう、あの、是非」
よかった、受け入れてもらえた。ほっとしながら窯の中の薬品を眺めて、少し楽しみになる。むかしは推し声優の曲で打ってたけど、この学園に入ってからとんとやらなくなってしまった。久々に打てると思うとうずうずして、キンブレの電池入ってたかななんて思いながら、最後の詠唱を終えた。
というものの、がけもについてはあまり詳しくはない。知っている曲は数曲で、明日打つ曲がどれなのかもよくわからないし、いきなり「来ちゃった」というのも気が引けるので、事前に寮長に許可を取っておこうとメッセージを送った。
『乙っす、明日、俺も打ちに行っていいっすか』
『もち』
ものすごい即レスだけどこの人スマホ握り締めて生活してるんだろうか。ピースサイン付きの返信にほっとしてると、部屋のドアが叩かれる。本を読んでいた同室のやつがそこを開けて、えっと声を上げたのに振り向いた。
「来ちゃった」
えへへみたいな言い方だけど、正直顔はかなり怖い。寮長笑い慣れてないから笑顔が本当に不気味で、薄暗い廊下に立ったままそれを見せられるこっちの身にもなって欲しい。いやそれよりも。
「どうしたんですか」
「おススメのDVD持って来たでござる~~打つならこれを絶対に履修しておいていただきたく~~音源はあとでt-tunesのリスト送るんで聴いといてくだされ~~」
この、相手がちょっとでも興味を持った瞬間に押し込もうとする勢いと行動力が本当にすごいと思う。オタクってこういうとこある。俺も気を付けよう。
引き攣った愛想笑いを浮かべつつ、ローテーブルに並べられたDVDを眺めた。やっぱり可愛い系が好きな俺にはどうもビジュアルがピンと来ないんだよなと改めて再認識する。
「……寮長ってどの子が推しなんですか?」
「拙者ハコでござるからして」
「何かもっといい写真ないんですか? パッケージの写真全体的にイマイチな気がして」
「はぁ~~~??? これは渾身の宣材でござるが?? いや待て、もっといいのがあったはず、この前光の速さで保存した最高の一枚を見よ」
言いながらローテーブルに身を乗り出して、スマホを取り出す。そもそも寮長と好みが合う気がしてないからあんまり期待はしてないが、見ろと言うなら見せてもらうか。鼻息荒い寮長の正面に座って胡坐をかき、何となく寮長の手元に目をやった。別段見ようと思ったわけではなかったのだけれど、両肘をついてスマホをテーブルに平行にするようにして操作していたせいで、俺からもその画面が見えてしまった。
そう、見えてしまったカメラロール。
横に3枚ずつ並べられたその写真たち。その殆どが、めちゃくちゃ見覚えのある銀髪のクラスメイト。の、どう見ても不意打ち写真。
夢中になってスクロールして、その最高の一枚とやらを探す寮長は俺の視線にも気付かずに、あの写真どこだっけ、とか呟きながら一生懸命探している。
「……見付けたらチャットに送っといてください」
「ぐああ悔しいでござる~~こういう時に限って見付からぬ~~~」
いや、何か。推しがどうとかじゃなくて、いや逆に寮長の最推しの写真をめちゃくちゃ見てしまったのでもうお腹いっぱいです、とは言えるはずもなく。
この衝撃を誰とも共有できるはずもないまま。何故寮長のカメラロールがアーシェングロットの写真(と、時々オルトが混じってた)で埋められていたのかは深く考えないように決めた。