イデアズ。と🐙のクラスメイトくん。4食堂でもそもそ食事をしていたら、背中合わせのテーブルにがしゃん!と乱暴に食器を置く音と、「あーむかつく!」と言う明らかに苛立った生徒の声がして、思わずびゃっと背筋を伸ばしてしまった。大きい声苦手なんだよやめてくれよ。
「どした? 何怒ってんの」
「あいつだよ! イデア・シュラウド! 何なんだよあいつマジで!」
どうも、大きな獣耳の先輩の怒りの矛先はうちの寮長らしい。そう言えば、学会だか何だかから二ヶ月が過ぎたけど、その間一度も姿を見なかった。久々に来ていたのか。再び背中を丸め、メンチカツサンドをもさもさと食べ始める。
「バルガスに頼まれて仕方なく飛行術見てやってたのによぉ」
あー、バルガスそう言うとこあるよね。うちのクラスでも前にバイパーがアーシェングロットの飛行術面倒見係に任命されてたもんな。いやよくもまあ、こんなに相性悪そうな生徒をペアにできるもんだ。逆にバルガスのセンスに感服する。
背後でぷんすかしている先輩の話を要約すると、次の通り。
バルガスに言われ、仕方なしに寮長の飛行術の面倒を見ることになったケモ耳先輩。箒を浮かせる事はできるし、ぶら下がることもできるなら、そのまま跨って飛ぶこともできるはずだと言ったところ、侮蔑を含んだ冷たい目線をよこされた。
ケモ耳先輩には悪いけど、そこは寮長に同意する。「そのまま跨って」ができないから四苦八苦しているのであって、「できるはずだ」と言われてもできないから補習を受けているんですよ。わかるかな。分からないだろうな。よく見たらこの先輩マジフト部の三年だ。絶対相容れないタイプだ。
「はー? 意味わかんね。何でそんで飛べないの?」
「だろ? やれっつっても何かちぃせえ声でブツブツ言ってるだけでやろうともしねえしよ。いいからやれって、地面に置いた箒に跨らせて、そのまま浮かしてやったんだよ」
「お前が? 魔法で? あはは! で? で?」
えぇー……これ聞いてるの気分悪いし、その後の寮長の機嫌考えたらマジで死ねるくらいなんだけど、この人よく生きてたな。そんで向かいに座った先輩もよく笑ってられるな。めっちゃ零れてるから取り敢えず食べかす拾って?
「そしたらそのまま落下よ」
「そんな高くなかったんだろ?」
「全然。五十センチくらい」
いやあ、それまあまあ高くない? 箒に跨って飛べない人からしたら結構怖いよその高さ。しかも自分の魔力じゃないわけでしょ。そりゃ落下もするし、寮長無事だったのかな。何か半分まで食べたメンチカツ食う気なくしたな。
「んでさ、大丈夫かって立たせてやろうとしたらさ、『触らないで!』だってよ。何なんだよ」
その気持ちわかる。惨めになるんだよ。同情されてるみたいな気になるの。先輩みたいに愚痴を言う友達がいて、笑い飛ばせる仲間がいる人とは違うの。わかんないだろうな、この陰キャの気持ちは。
食べかけのメンチカツをトレイに戻して、紙パックの牛乳だけを飲み干して立ち上がった。先輩達はまだ大声で寮長の悪口とも取れるような事で笑い合っている。俺も別に大した人間じゃないけど、あんな風にはなりたくないな、と食堂を後にした。
しかし寮長大丈夫かな。どんな落ち方したのかは知らんけど、寮長受け身とるの下手そうだよな。いつかに寮でやったバチボコファイターズのガチ勝負の時も受け身コマンドだけやたら下手だったし。なんて。現実とゲームは違うのはもちろん分かってるし、何なら現実の方が下手そうだから余計にタチが悪い。骨折とかしてなきゃいいけどなあ、なんて考えながら保健室に続く中庭からの渡り廊下でふと足を止めた。
ふらふら歩いてるの、寮長じゃん。頭に葉っぱついてるけど。あれ運動場に生えてるやつでは。保健室向かってんのかな。どうしよう。声かけるべきかな。
「イデアさん」
寮長が丁字路に差し掛かった時、声がかかった。聞き覚えのある声だ。のっそりと顔を上げた寮長がひとつ頷くような仕草を見せる。
「僕、保健室に用事があるので、ご一緒しても?」
言いながら、ごく自然に寮長の腕を取った。身長差的に、アーシェングロットの肩に腕を回す形で落ち着かせ、保健室に向かって歩き出す。あいつがいるならまあいいか、と教室に向かおうとした時、声を掛けられた。
「次の授業、少し遅れると伝えてもらえますか」
「オーライ」
その会話にふと顔を上げた寮長の顔は、見た事ないくらいの無表情で、何だか寒気を覚える。よくあんな顔した寮長に近寄れんな。あいつすげーな。何だかんだ寮長も顔の作りが綺麗だから、表情がなくなるとめちゃくちゃ怖いんだな。
今後絶対に役に立たない知識を手に入れた俺は、アーシェングロットに頼まれた伝言の対価として、再び月刊魔導パーツをも手に入れたのだった。