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    転生ネタ「貴方、またここにいたんですか」
     振り向くと、呆れ果てた顔のアズールが立っていた。彼がここを離れて三ヶ月。学校がホリデーになった時期かと勝手に納得した。
    「うん……」
    「まさかあれから毎日来てるとかじゃないでしょうね?」
    「流石に毎日は来てないよ」
     少し怒ったような口調で問われて苦笑する。この小高い丘で再会を果たしてから、ここへはまだ四度目だ。アズールが来ないことは分かっていたけれど、漸く出逢えた彼との場所が愛しくて疲れるとここに来るようになった。アズールから視線を外して、夕日を抱えようとしている海を眺める。はあ、とため息を吐いたアズールが、イデアの座るベンチと間を開けて置かれたもうひとつのそれに腰を下ろした。
    「イデアさんは海がお好きなんですか」
     彼もまた、海から目を離さずに独り言のように投げかける。私服と言えど、濃い紫のタートルネックセーターにシャツを羽織り、その下にはスリムタイプのジーンズを合わせてきっちりとして見えた。引き換えイデアはオーバーサイズのパーカーにゆったりしたパンツと、履き古したスニーカー。どちらが学生か分からない。いや、それは以前もそうだったかと頭を掻いた。
    「僕がってより、僕の好きな人が好きなんだよね、海」
     好きとか好きじゃないとかそう言うレベルではないのかも知れないけれど。素直にそう答えると、瞠目したアズールがイデアを見た。
    「意外です。イデアさんて人に左右されることあるんですね」
    「ないよ。そのひとだけは特別」
     きっぱりと言い切って俯く。まさか本人にこんな話をする時が来るとは思わなかった。膝の間で触れ合わせた両手の指先を擦り合わせる。キミに会いたくて、海のある街を探し回るつもりだったんだよとはとても言えなかった。そんなことを言ったら引かれるに決まってる。イデアの断言に、ふうんと鼻を鳴らしたアズールが再び海へと視線を投げた。
    「アズール氏は、海は嫌い?」
     再会した時に、憎らしげに海を睨んでいたことを思い出す。正直誤算だった。彼が海を嫌いになるとは思っていなかったのだ。きっと、生まれ変わっても海は切っても切れない縁で結ばれるだろうからと安易に近かったこの海の街に移り住んだのだけれど。
    「嫌いですね。自転車は錆びるし、磯の匂いは臭いし、風は強いし、夏になると無駄に混むし」
    「ああ……」
     舌打ちでもしそうなくらいの勢いで呟かれた不満に、思わず頷くしかなかった。それは仰る通りだ。けれど、それが好きでここに住む人も少なくはない。マリンスポーツを嗜む人を始め、ただ波の音が好きだという人だって多かった。けれどそれは皆移住組で、元々ここが地元である人の中にアズールのような考えを持っている人間がいてもおかしくはない。
    「だからここを出たんだもんね」
     大学で、彼はいまどう過ごしているんだろう。その努力の結晶を遺憾なく発揮して、それでも満足せずに努力を重ねているのだろうか。そんな彼を支える人は、例えばあの双子のような存在が、近くにいるのだろうか。そうでなくては加減を知らないこの人はすぐ無茶をしてしまう。そう思うけれど、イデアにそれを口にする資格はなかった。単なる、偶然知り合った地元の年上の知り合いと言うだけで、他に何の肩書きもない。ベンチですら隣に座ってもらえない距離感では、心配もさせてはもらえなかった。
     イデアの発言に、アズールの返事がない。気に障ったかなと思うけれど、盗み見た横顔はそんな風でもなかった。
    「ま、結局うるさいんですよ」
     ぽろりと零したそれを慌てて拾って首を傾げる。思わず落とした愚痴は、ひとつ零れたらまたひとつ、またひとつとぽろぽろ落ち始めた。
    「夜中まで車の音がうるさいし、人の声もする。排気ガスの匂いは部屋まで上がって来るし、時々自転車にゴミを入れられてたりするし」
     元々都心部で生まれたイデアにとって、その情景を思い浮かべるのは容易い。あるあるだよね、と笑ってやるには彼の横顔が酷く歪んでいた。慣れない環境にストレスが溜まっているのだろう。いよいよ夕日が傾いてきた海に目を細め、一度大きな深呼吸をした。
    「……実際、この街を出てから暫くしたら恋しくなるんですよね。この匂いも、音も」
     じわじわと海に抱かれていく夕日を二人して眺める。照らされたそれぞれは真っ赤に染っていて、何だか怖くなって身を震わせた。丸で何かに侵食されて行くようだ。
    「海は怖いんです。何だか呼ばれてるみたいで」
     それは。言いかけて、やめる。きっと、彼の奥深くに眠るアズール・アーシェングロットを、海底が呼んでいるのだろう。海で生まれたものはいつかは必ず海に帰るのだと、いつかにアズールが言っていた。帰って来いと言っているのかも知れない。人の体を持つ、海の者に。
    「変なことを言いました」
    「ううん。けど、その声に応えて海に行かないでね」
     今の君の体では間違いなく溺れてしまう。連れて行かれてしまう。先刻の恐怖はこれかとパーカーの心臓部をぎゅうと片手で握り締めて訴えた。きょとんとしたアズールの睫毛が何度か瞬いて、小さく笑う。
    「そうですね。溺死は嫌です」
    「具体的……」
     辺りに夜の帳が降りた。夜になるのは一瞬だ。あっと言う間に海に飲み込まれた夕日が消えて、静かに夜になっていく。このままここにいては冷えるだろう。アズールさえよければ車で送ろうかと振り向いた。
     そこに、湯気の立つアルミのコップが差し出されている。突然の事に、コップとアズールを見比べた。
    「いかがですか。ミルクティーです」
    「え、……いいの?」
    「どうぞ。少しぬるいかもしれないですけど」
     これはきっと彼の水筒だろう。そのコップとなると、彼が使ったであろうそれで、つまりこれを受け取ると間接キスになってしまうのだけれど。その心配は彼には伝わらず、温度のことを返されたものだから下世話な心配をした自分が恥ずかしくなってしまった。
    「いただきます」
    「どうぞ。僕、紅茶淹れるの好きなんです」
     そんな所も以前の彼と変わらないのか。元々コーヒー派だったイデアの部屋に、沢山の種類の茶葉を置くようになったのはアズールのためだった。結局詳しくなることはなかったけれど、淹れてくれた紅茶はいつも優しい味がした。
    「暖まりました?」
    「え?」
     ごちそうさまとコップを返したイデアに、アズールが訊く。そんなに寒そうにしていただろうかと思わずパーカーを見下ろした。そんなに薄着には見えないと思うんだけど。その行動に少し笑ったアズールが、水筒を片付けながら続けた。
    「だってイデアさん、唇が真っ青だから。少しは良くなりました?」

     ねえイデアさん。少しは顔色をよくする努力をしましょう。唇だっていつもそんなに青くして。ちゃんと寝てるんですか? ほらまたそうやってお菓子ばっかり。明日は僕が用意した食事を食べてもらいますからね。

     何気ない一言に、愛しい日々がオーバーラップする。抱き締めたい。そうはできない。今すぐに君を待っていたと泣いて縋りたい。できるはずがない。わなわなと震えた指先がアズールに向かおうとするのをどうにか押し留めて、思い切り深呼吸をした。奥歯をきつくきつく噛み締めて、そのせいで頭痛がする。いや、涙を堪えているせいか。とにかく頭が痛かった。
    「イデアさん? 大丈夫ですか?」
    「……………………うん。ありがとう」
     力なく笑って、波の音に気持ちを落ち着ける。吸い込んだ空気は、彼が好きだと、彼が嫌いだと言った磯の香りだった。

    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/07/07 11:09:36

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    芸術家イデア(記憶あり)×学生アズール(記憶なし)の書きたいところだけ。

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