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    TO麺×$ 35 〝ネクラP〟さんが創ってくれた曲には、片想いを綴る歌詞が乗せられていた。シングロイドの女性キャラクターに恋をするストーリー。最後は夢から醒めるように『次元の差』を痛感して恋を手放してしまう物語だったのだけれど、片想いを諦めてしまうのは悲しいので、ユニットコンセプトと合うように陸の王子様に恋をした人魚姫の歌詞に改編させてもらった。最後はもちろんハッピーエンドだ。
     ありきたりだと言われてもいい。僕なりの解釈と表現(は殆どネクラPさんから拝借したけれど)での人魚姫。魔法だって取引だって、何を使ったって恋を叶える強い女性。僕にとって欲しいものは欲しいと手を伸ばす姿ほど、美しいと思うものはないのだ。

     レコーディングスタジオの廊下にある丸テーブルで先に収録しているリドルさんが終えるのを待機している間、机上に歌詞が印刷された紙を置いたまま、目を閉じて何度も繰り返しカラオケを再生しながらぶつぶつと歌を口ずさむ。収録であるからミスってはいけないということはもちろんないのだけれど、表現のパターンは作っておきたい。
    「人魚姫っすかぁ?」
     イヤフォン越しに掛けられた声にふと目を開けた。今回、演奏チームに参加してくれているラギーさんだ。ケイトさんの紹介で来てくれた彼女は、小柄な体躯からは想像がつかないくらいに豪快なドラムを叩く。片耳のイヤフォンを外して頷いた。
    「リドルさんはもう終わりましたか?」
    「もうすぐッスよ」
     正面に腰を下ろしたラギーさんが歌詞カードに目を通す。改変程度とはいえ、自分が書いた文字を目の前で人に読まれるのは少し気恥ずかしかった。
    「これ、上の段は元ネタッスか?」
    「元ネタというか、まあ……作曲者の方がつけてくれた仮歌詞です」
    「ふうん……」
     彼女がここにいるという事はリドルさんのレコーディングはもう楽器が必要ないところまで終わったという事なのだろうか。そしたら本当にもうすぐ出て来るのだろう。そう思うと腹の底から緊張が込み上げて来る。
     上手く歌えるだろうか。ネクラPさんにがっかりされないクオリティが出せるだろうか。最近は後で幾らでも調整が効くから、と言われることも多いけれど、僕の、いや、僕らのプライドがそれは許さなかった。できるだけ生の歌声を。加工のない、素直なそれを聴いて欲しい。そう思うけれど、果たしてそこまで到達する事ができるのか、そこについてはまだ胸を張れるほどではなかった。下腹部を摩りながら、片耳から流れ込んで来るカラオケに深呼吸をする。
    「いいっすね。元の歌詞もいいし、アズールちゃんが書いた方も、どっちも」
    「そ、そうですか」
     ししと笑った笑顔にほっとする。ラギーさんの言う通り、仮とはいえ元の歌詞がいいから、いつかこれはこのまま世に出したいなとも思うけれど、それはまた別の許可を取らなくてはいけなくなるし、よくある、オリジナルバージョンとして後日本人が使用したいということもあるかも知れない。そこについては相談かなと何度目かわからないループを終えたイヤフォンを外した。
    「緊張してるっすか?」
    「かなり」
    「大丈夫、練習通りにやれば上手くいくッス」
    「ありがとうございます」
     ラギーさんとは知り合ったばかりだけれど、肩の力が抜けていて話しやすい人だと思う。安心感を与えてくれる雰囲気にほっと笑った。
    「お待たせ」
     防音扉が開いて、疲弊したリドルさんが出て来る。まるで何か運動した後のようだ。歌唱というのは案外体力を使うため、そうなってしまう気持ちもよくわかった。
     リドルさんの声に反射的に強張らせた背中をラギーさんに軽く叩かれる。
    「リラックスリラックス!」
     笑ったたれ目に頷いて立ち上がり、リドルさんに労いの声を掛けてから防音扉の中へ踏み込む。収録スタジオは初めてではないけれど、この楽曲にかける想いや、このアルバムがターニングポイントになるのだという想いがプレッシャーになり、防音扉を閉じ、空気を丸ごと塞がれたような空間の中で思わず呼吸が浅くなった。
    「よ、ろしくお願いします」
     操作盤の前に座っている髭の生えたスタッフが愛想なくぺこりと頭を下げる。その奥にもう一人座っている金髪のスタッフも、ちらと目を上げただけでまたすぐに手元に視線を落としてしまった。感じがいいとはとても言えない彼らにますます緊張して、どうにか浅い深呼吸を繰り返しながら、更に奥にある防音扉を開けてブースへと入る。続いて入室したラギーさんが背後で、しし、と笑った。
    「レコーディングスタッフさん、アズールちゃんたちに緊張してるんスよ。始まる前にめっちゃ可愛いってはしゃいでたッス」
    『おいラギー! 聞こえてるぞ!』
     マイク越しの声がレコーディングブースに響き、ぴゃっと飛び上がったラギーが笑いながらドラムセットの中に入って行く。それを目で追った延長線上に、ピアノと、ギター、ベース。それぞれの演奏者は目が合うと、よろしく、と笑ってくれて少しだけほっとした。
    『あー、じゃあ、まずテストから』
    「はい」
     ラギーさんのいじりのせいでやや気まずくなったらしい髭の生えたスタッフが目を逸らしながらレコーディングブースとサブブースを繋ぐ長方形の大窓の向こうから声をかけて来る。一連のやり取りで多少肩の力を抜けた気がして、更にそうすべく、ポップガードのついたコンデンサーマイクの前でゆっくりと目を閉じた。

     想像するのは、蒼い海。陸に憧れる人魚姫と、彼女を見初める王子様。彼に会いに行くべく、海の魔女に師事して魔法を身に着け陸に上がる人魚の恋の物語。
     柄にもないと言われてしまえばそれまでだけれど、想像の世界を歌う時くらい赦して欲しい。女の子はいつだって、ロマンチックに憧れるものなのだ。



     レコーディングはやや難航したものの、どうにか終える事が出来た。というのも、アズールちゃんの細かいこだわりに対応すべくレコーディングスタッフまでもがあれやこれやと乗っかり始めたものだから、中々着地ができなかったのだ。いいものを創るためだ、仕方ない。スティックを握り続けて酷使した両手の平をぷらぷらと動かしながら、女子トイレからコミュニケーションエリアの丸テーブルへと戻った。
     そこではジェイドくんとアズールちゃんが何やら話し込んでいて、テーブルの上には例の歌詞の紙が置かれている。今回、メンバーそれぞれ好きなアーティストに作曲依頼をしたのだと、今日トップバッターでレコーディングを終えたカリムちゃんから聞いていた。リドルちゃんの好きなミスター・クルーウェルは超有名アーティストだから当然知っていたけれど、アズールちゃんが好きだというネクラPというひとはよく知らない。
     仮歌詞とはいえ随分本気な歌詞を付けて来ていたのに興味を持ち、丸テーブルに腰を下ろしてスマホを操作した。〝ネクラP〟を検索して、表示されたラインナップをさらりと撫でる。見たところ、あんまり恋愛系の曲を書いているようには見えないけれど、女の子への楽曲提供だからというのを意識した歌詞だったんだろうか。
     提供された楽曲はキャッチーで、でもどこか不思議な音使いの印象的な曲だった。そうだ、イデアさんが好きそうな系統。楽曲傾向にも興味があるし、帰りがけに聴いて帰ろう。サブスクサイトで数曲ピックアップして、リストに放り込んだ。
     ていうかもしかして、ネクラPとアズールちゃんは個人的な知り合いとかなのかな。いや、むしろ付き合ってたりして。あっ、そしたらイデアさん発狂しちゃうのでは? やば。余計な事言わないでおこ。でもそれはそれでちょっと面白いかも。しし、と笑って、また歌詞カードを眺めた。
     だってこれ、仮歌詞に対してのアンサーソングになってるッスよね。次元が違う存在の女の子への片想いと、住む世界が違う二人のハッピーエンド。ま、真実はどうであれ、この仮歌詞を知らない限りは単純にアズールちゃんが童話を元に作った歌詞としてしか認識されないだろうから。取り敢えずイデアさんの自決は免れるかな。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/07/13 12:12:13

    TO麺×$ 35

    ##君に夢中!

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