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    メモリアル(仮) 気が付いた時に手にしていたのは小さな宝石の欠片のような、青い破片。深い、深い水の底から浮上して来るような感覚と共にはっと息を吸い込んで、周りを見回す。見慣れているはずのそこは、ナイトレイヴンカレッジの自室だ。間違いない。実家から持って来たお気に入りのぬいぐるみや、愛用のマシン、ベッドカバー、全て自分のものであるという認識は間違っていないはずなのに。
    「兄さん?」
     背後で部屋のドアが開く。同時に掛けられた声にはっと振り向いたそこにいたオルトの姿にほっとした。
    「オルト……」
     じわりと浮いた冷汗は恐らく、この言い知れぬ違和感を本能的に察知したせいだろう。手の中に握った宝石がじわりと発熱して、その熱さに驚いて慌てて手を離した。かつんと小さく音を立てて床に転がったそれは最初に見た時とは違い、紫に色に変色している。
    「兄さん、それって?」
    「何だろ、わかんない」
    「……? 兄さん顔色が悪いよ」
    「う、うん……ちょっと……」
     床に転がった欠片を見ていたら、足の下から世界がぶれるような眩暈に襲われ、腹の底から吐き気が込み上げた。嘔吐感に思わず身体を折ってその場に膝を着く。
    「兄さん!?」
     体調不良を察知したオルトがヘルススキャンを開始した音がした。電子的なオルトの声とスキャニングが開始される音を遠く聞きながら、床に着いた両手の真ん中に転がる紫色のそれを凝視する。
     宝石ではない、けれども硝子でもないそれに見覚えはあったけれど、一体いつ、どこで見たものなのかはどうしても思い出せそうになかった。
    「体調的におかしなところはなさそうだけど、大丈夫?」
    「うん、ありがとう、オルト」
     先刻の激しい嘔吐感は既に引き、眩暈も随分ましになっている。今の内かとどうにか身体を起こしてそのままベッドの上に転がった。
    「ねえ、さっき持ってたのって、魔法石?」
     心配そうに眉を寄せたオルトがタオルケットを引き上げながら訊いて来る。魔法石、確かに、材質的にはかなり近かったし、言われてみればそうなのかも知れない。無意識に拾い上げた手のひらを広げて石を見詰めるけれど、特に何の変哲もない、水晶の原石のようなそれがただそこに沈黙していた。
    「魔法石か……これってどこで手に入れたんだっけ?」
    「ん~? でも何かの研究に使うからって言ってたような……」
     オルトには詳しく説明していなかったのかも知れない。それにしても自分のことであるのに出所すら思い出せないとは。出て来そうで出て来ない、気持ちの悪さに眉間を狭めた。
    「イデアさん」
     部屋のドアの方で声がする。聞いた事があるはずのその声に妙な不安を覚えてゆっくりと身体を起こした。
    「オルト、ドアのカギを――」
     言い終わるよりも前にロックがかけられていたはずの部屋のドアは簡単に開かれてその向こうから来訪者を招き入れる。こつりとローヒールが音を立てて、銀色の髪を揺らしてイデアの部屋に入って来たその人の姿に思わず口許が引き攣った。
    「……? どうかしました?」
    「アズールさん、兄さんと約束があったの?」
    「ああ、いえ、あ、何かご用事でしたか?」
    「ううん! でもちょっと兄さん体調がよくないみたいで」
     オルトの言葉にメガネの向こうの眼が僅かに瞠られる。手にしている書類の束はこの部屋に来た理由なのだろうか。すいと動いた視線がイデアを見て、ベッドへと近付いた。
    「スキャンしてみても異常はないんだけど」
    「そうですか……イデアさん、ご気分は?」
     柔らかな声が問い掛ける。イデアはと言えばただベッドの上、どこか焦点が合わないような視線をもって彼を呆然と見上げているばかりで答えはなかった。様子がおかしい事を認めた形のいい眉がきゅうと寄せられ、皺のない制服のズボンが床に膝を着いてイデアを見上げる。
     書類をベッドの端に置き、嵌めていた手袋をすいと抜き去って素手となった右手がイデアの額に翳された。熱を確かめようとしているのはすぐにわかった。わかったけれど、その手のひらが額に触れるであろう直前に、イデアが思わず勢いよく身を引いたものだから、足がぶつかって彼の持参した書類が床に散らばり、柔らかそうな手が行き場を失う。
    「き……キミ、誰……どうして僕の部屋に入って来れたの」
     精一杯だった。喉の奥に何かがつっかかったような違和感をどうにか押しのけて絞り出した声は確かに銀色の髪がかかるその耳に届き、やがて理解した彼の長い睫毛を蓄えた眼が大きく見開いてイデアを見る。空を思わせる蒼い瞳に、怯える自分の姿が映っているのを見た気がした。



     ナイトレイヴンカレッジからの迎えは棺と黒い馬車と聞いてはいたけれど、わざわざご苦労な事だとその立派な馬を見上げて思ったのをはっきりと覚えている。確かあれはもう半年も前の事だ。入学してから、何があったわけでもなく。何を期待していた訳ではなかったけれど、学生生活とはこんなにも詰まらないものなのかとがっかりした。嘆きの島にいた時は通学という手段ではなく、家庭学習と称して家庭教師を招いての勉強であったから、アニメや漫画でよく見る学校生活とはどんなものかと思っていたのだけれど。
    「見た目は変わらないのね」
     会議室の円卓の正面でイデアを見据えたまま腕を組んだヴィルが告げる。その隣ではレオナが面白そうににやにやしていて居心地が悪かった。
    「話を聞いた感じ、どうも一年生の春頃までの記憶しかないみたいなんだ」
    「じゃあ俺の事もわからないのか?」
     眉を下げたオルトに、褐色の肌をした白髪の少年が詰め寄る。オルトに何かする気かと一瞬思ったけれど、オルトの防衛システムが作動していないのであれば心配はないかと思い直して反射的にポケットの中に握り締めたシステムの強制作動装置のボタンをゆるゆると離した。
    「うん。一年生の頃から知ってるひとはわかるんだけど、それ以降は……」
    「はっ、丁度いいじゃねえか、もう一度やり直してその辛気くせえツラ直したらどうだ?」
    「直すも何も、入学した頃からイデアはこんなよ」
     呆れたようにレオナを見るヴィルに、全くフォローになっていないし、何なら一緒にディスられたなとすら思う。別に、彼らと特別仲が良かったわけではない。フォローし、される関係でもなければ、何を助けてもらうわけでもない。
     大体、寮長に就任していたということもイデアにとっては晴天の霹靂であった。一体何があれば寮長などという目立つ仕事を引き受けることにしたのか。または、そうなったのか。この二年の間に何があったのだろうかと皮張りの椅子に深く腰を埋めながら腹の上で両手の指先を擦り合わせた。
    「それで、治るのかい?」
    「それがまだ分からなくて」
     治るというのは、記憶を取り戻すのかどうかということだろうか。確かに知らない生徒に囲まれているのはこの上ないストレスであるし、授業や他の事でも何かしらの不具合が生じるだろう。面倒なことになったなと小さく溜息を吐くと、隣に立ったままだった褐色肌の少年がぱっとイデアを見た。
    「俺はカリムだ! よろしくな、イデア!」
    「えっ、おっ、は、うん……?」
     満面の笑みで差し出された手のひらが握手を求めているのは当然すぐに分かったけれど、見ず知らずの人間と握手ができるほどイデアのコミュニケーション力は高くはない。触れるのを避けるように胸の前に両手を縮めた態度に、カリムがしゅんと眉を下げた。けれどそれも一瞬で、再びにかりと笑う。
    「なくしたらまた作ればいいんだ!」
    「あんたポジティブね~」
    「そう簡単なことではないだろう」
     特大の溜息と共に肩を竦めたヴィルと眉を吊り上げた赤い髪の少年にカリムが首を傾げた。自分でいうのも何だけれど、カリムの案は流石に楽観的過ぎる。人間関係は確かにやり直した方が早いかも知れないし、場合によってはいいのかも知れないけれど、二年間蓄積したであろう知識が惜しいというのが本音だった。
    「まずはクルーウェル先生からの結果報告を待つしかないね」
     赤い髪を揺らした少年が立ち上がる。カリムの横に立ち、座って身体を小さくしたままのイデアを見下ろした。
    「僕はリドル・ローズハート。よろしく、イデア先輩」
     きりりとした眼がイデアをまっすぐに見据え、その視線にどきどきと心臓が暴れ出す。そもそも、こういうタイプが苦手なのだ。曲がったことが嫌いそうな、圧の強いまっすぐな眼。それから逃げるように顔を背け、イスの上で身体を丸めた。
    「な……」
    「ほっときなさいリドル。アズールはもう自己紹介は済んでるの?」
    「ええ、まあ」
     ヴィルは随分とイデアの性質を理解しているようで、イデアの態度を咎めようとしたリドルを押さえ、話題を別の所へと移動させる。呼びかけられたアズールは今の今まで我関せずといった風に、イデアの部屋に持ち込んでいた書類に視線を落としていた。イデアの左隣の席からやっと顔を上げたアズールはイデアを一瞥もしないままにヴィルを見る。
    「まあ、その内どうにかなりますよ」
    「あら。アンタもっと慌てるかと思ったけど」
    「きっと一時的なものですよ。そうでなくとも治す魔法薬を作ればいい」
     テーブルに両肘をつき、手を組んだその上に顎を乗せてにこりと笑った。その胡散臭さと言ったら、初めて見るイデアですらそう思うのだから恐らく見慣れているのであろう他のメンバーからしたらまたかというものに違いない。現に、じゃあ今日はこれで解散ね、と告げたヴィルも呆れたように溜息を吐いていた。

     けれども、それは今だからであって。先刻はもっと、全く別の人であるかのようだったと思う。ばらばらと皆が会議室から出て行く中で、イデアとオルト、それからアズールだけが残された。彼ももうここから出て行っていいはずなのに、動く様子はない。
     イデアの部屋で、アズールの事がわからないと言った時の彼は、それはそれは痛々しいくらいに絶望の表情を浮かべていた。彼が何故そんなにもショックを受けたのかはわからない。けれど、そんな彼にすかさずオルトがフォローに入っていた所を見ると、きっと、僕と彼の間には何か、オルトがフォローをしてやらなくてはならないような何かがあったのだろうと思う。
    (友達? ……まさか)
     呪いの髪を持ち、呪いの運命を持つ自分のような人間に友人などできるはずがない。心の中に浮かんだ疑問を鼻で嗤ってイスから左足を下ろした。その動作に気付いたアズールが書類から顔を上げる。
    「部屋に戻られるんですか?」
     彼が話すと、水面が揺れるような、輝くような音がした。それは当然、完全にイデアの妄想であり、想像でしかないのだけれど。
    「ま、まあ……」
    「では僕もそろそろ」
     曖昧な返事が精いっぱいのイデアを気に留めることもなく立ち上がったアズールを眺めながらイデアものろのろとその場に立ち上がった。
    「シュラウド、いるか」
     開けっ放しにしていたドアから入って来たのは、例の魔法石を預けていたクルーウェル。何かわかったのかと無言のまま彼に目をやると、随分と厳しい表情をした教師がイデアを見る。この様子からすると、あまりいい知らせではないようだ。
    「まずはこの魔法石はお前に返しておく」
    「はあ……」
    「先生、兄さんはどうなるの?」
     ガーゼに包まれ、更にファスナー付きのプラスチックバッグに入れられた石を受け取ると、隣から心配そうなオルトが問い掛ける。どうなる、というか、どちらかというと失っているらしい記憶が戻るのかどうか、というのが正しい気がした。そんな事を考えながらクルーウェルの返事を待つ。オルトと反対の隣にいたアズールが妙に緊張している気がした。
    「結論から言うと、恐らくお前の記憶はこれに『食われた』」
    「食われた?」
    「つ、つまり、戻らないということですか?」
     焦ったアズールが一歩教師に詰め寄る。硬い表情を崩さないままのクルーウェルがゆっくりとひとつ頷いた。
     正直、イデアとしては真っ先に頭に浮かんだのは「もったいない」であった。二年間蓄積したであろう知識、技術。発明品。それらが自らの頭からは削除されてしまったということで、それらをもう一度、というのは素直に時間の無駄だと思ったからだ。そして、失われた時間と記憶について抱いた感情はただ、それだけだった。
     入学して半年、可もなく不可もない学園生活はきっとそのまま継続されていたのだろうし、だとしたら別に失ったとしても痛くも痒くもない。
    「……そんな、」
     先刻は余裕だとヴィルに揶揄されるくらいに何でもない顔をしていたはずのアズールの顔色が悪い。奥歯を強く噛んだのが分かるくらいに顎の奥の骨がきりりと動いた。
     学園生活の思い出を失うことはどうということはないけれど。
     ただひとつ、気になるとすれば。
     このひとはどうしてこんなにも自分のために今にも崩れ落ちてしまいそうになっているのだろう。失った二年の間で、彼と自分の間に何があったのか。何故こんなにもイデアに肩入れをして、イデア本人よりもショックを受けているのか。「なくしたならまた作ればいい」というカリムの理論では補えない何かを、イデアは彼と共有していたのだろうか。
     真っ青な顔をしたアズールをオルトが支えているのを、イデアはただ遠くから見詰めていた。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/10/29 14:45:47

    メモリアル(仮)

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